二度目の握手会

「よし!」

 私は心の準備を整える。両手でしっかり持った握手券は全部で一分三十秒ぶん。前回より三十秒も長い!

 私は緊張した面持ちで彼女のレーンに足を運ぶ。私以外誰も並んでいなかったからすぐに中に通される。

 ロッテちゃんは覚えていてくれているかな……。

 前回初めて握手会に来て男の子と間違えられちゃったときの私と今の私はだいぶ容姿が違う。.髪の毛を二年間頑張って伸ばしてロッテちゃんと同じ髪型にしたり、服装にも気を遣って、人生で初めて買うような可愛い感じの洋服を纏っている。一人称だってロッテちゃんを真似て女の子らしいものに変えた。前回男の子に間違えられたショックでちょっと泣いてしまったことは出来れば忘れていてもらいたいけれど、できれば私のことは覚えていてもらいたい。そんなわがままな感情を抱いてしまう。

 スタッフさんに握手券を渡して中に入れてもらう。パーティションの中をちらりと覗くとそこには憧れの神山ロッテちゃんが見えた。その瞬間私の緊張はピークに達する。何を話すか決めていたはずなのにその全てが飛んでしまって、私は頭の中が真っ白になったまま憧れの彼女と対面することになる。

「わ~来てくれてありがとうございます! ――あ! もしかして前にやった握手会にも来てくれたよね!? あのときはほんとごめんね!」

 ロッテちゃんはしっかり両手で私の手を握ってくれる。距離がとっても近くて、その上私のことを覚えてくれていた喜びですごく胸がドキドキして苦しくなる。

「あ、あわ……と、とんでもないです! ロッテちゃんとお話できて詩子うれしいです!」

「詩子ちゃんって言うのね。また来てくれてありがとうね! 詩子ちゃんの髪型、ロッテとお揃いだ! うれしい!」

「はい! あの、可愛くなりたくて、ロッテちゃんはかわいいからまずロッテちゃんの真似っこをしてみようと思って……!」

「そっかそっか! お揃いにしてくれて嬉しいな!」

「あの、前に握手会に来たときにかわいくなりたかったらアイドルを目指しなって言ってもらえて、それで詩子アイドルの養成所に通い始めました!」

 順調にお話ししていたロッテちゃんもその言葉にはとても驚いたようで目を丸くして興味津々といった様子で私の話を聞いてくれる。

「すごいじゃん! レッスンいっぱいで大変だろうけど頑張ってね!」

「はい! ロッテちゃんを応援しながら詩子も頑張ります!」

 そのとき脇で会話を聞いていたスタッフさんからお時間です声を掛けられる。引き離される直前、ロッテちゃんは私の手をぎゅっと強く握って言った。

「アイドル目指してる詩子ちゃんすごくキラキラしていてかわいいよ! ロッテも応援してるね!」

 手が離れ、出口に案内されながら後ろを振り返るとロッテちゃんは手を振ってお見送りしてくれていた。それに私も手を振り返して楽しい時間は終りを告げる。

 会場近くの駐車場で待ってくれていたお母さんに笑顔を見せると、嬉しいことでもあった? と聞かれる。その質問を待ってましたと言わんばかりに私は車に乗り込み、声が大きくなるのも気にせずはしゃぎまくる。

「あのね、ロッテちゃんにかわいいって言ってもらえた! あとね、髪型お揃いなことにも気がついてくれてお揃いにしてくれて嬉しいって言ってくれたの! それでね、アイドルになるため養成所に通い始めたって言ったら応援してくれるって!」

 えへへと笑いながら先程の一分半のことを詳細に語る私に、お母さんは本当に嬉しかったのねと微笑んだ。

「今度はアイドルになって、絶対ロッテちゃんにアイドルになったよ! って報告するんだ! 頑張る!」

 

   ♪



 レーンはガラガラで人が寄りつかない私の握手会が神山ロッテ史上もっとも心揺さぶられるイベントになるなんて予想出来るわけがなくて、それを終えた私はまた人の寄らない個室で先程のことに思い耽る。

 まさか神山ロッテに影響されてアイドルを志す子が現われるとは……。一度や二度くらい妄想したことはある。けれど妄想は所詮妄想で、叶うことなんてないとすっかり思っていた。それが、今、現実に起った。

 詩子ちゃん、かわいい子だったなぁ。前回会ったときとは全然印象が違ったから、きっといっぱいいっぱい頑張ったんだろうな。その努力も私がした発言が原因なのだろうと思うと、心がムズムズしてくる。次の握手会にも来てくれるかな。来てくれたらきっと私はニヤけてしまうだろうな。

 自分が誰かの憧れの存在になるだなんて妄想の世界だけだと思っていた。でも違う。現に詩子ちゃんは私に憧れてアイドルを志してくれた。

 私はもしかしたこのアイドル業界に詩子ちゃんという存在を残せるのではないか? そう思うと胸が熱く激しく鼓動した。

「う~誰かに早くこの話をしたい……。自慢しまくりたい……。嘘だって言われようとも本当に起ったこの事実をメガホン片手に言いふらしてまわりたい……」

 欲望ダダ漏れの独り言はきっと警備員のお兄さんにも聞こえている。だからだかろうか、なんだか痛い視線を感じる気がしたりしなかったり。

「ていうか神山は少女の人生を大きく変えてしまったりしたんじゃないか? それはそれで嬉しいけどこの業界しんどいこと山積みだし辛い思いさせちゃったらどうしよう……」

 この業界には様々なステップがあるがどの段階も一言で言えば辛い。下積み時代である養成所や研修生時代なんてそれこそ一際くじけそうになる。厳しいレッスン、周りとのレベルの差、テストやオーディションでの圧力、色々ある。それをはねのける程の志を私は詩子ちゃんに与えられたかなぁ……。

 心配ごとばかりが募る。出来ることなら楽しくアイドル活動をしてもらいたい。そう考えてしまうのは影響を与えた側として当然のことだと思う。



   ♪



「――ということがあってね!? あまりにやばくない? これは神山ロッテ史上最もすごい案件だと思うんだけど」

 私は友人の鵯巣(ひよす)ヒヨリに事の顛末を早口でまくしたてる。鵯巣は「やったじゃん!」と一言笑いかけ私の肩に手を添える。

「それにしてもその詩子ちゃん? ロッテのファンでロッテに憧れてアイドルになるなんてすごい子だね。ロッテを選ぶあたり才能あると思う」

 どういうこと? と鵯巣に聞けば、彼女ははぐらかすように「内緒で~す」と笑顔を浮かべた。

「ねぇロッテ。詩子ちゃんが本当にアイドルになったら嬉しい?」

「あったりまえじゃん! あー早くアイドルにならないかなぁ詩子ちゃん……。出来ればスタビに入ってほしいなぁ。後輩になって欲しい!」

 彼女がどこまで頑張れるかは私にはわからない。けれどいつか彼女がアイドルになる日が来たならば、私はアイドル人生最大の決断をすることになるのだろう。

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