天才じゃない
スタビ異例の研修なしでのデビュー。デビューしたときから歌割りがあって、人気投票でもいつも首位。ダンスも歌唱も他人よりちょっとだけできる。「左王テコナは天才だ」って大人達が口々に言っていたから、気が付いたらすっかり天才〝設定〟が定着してしまっていた。「私、全然そんな才能ないのに……」、そんなこと口が裂けても言えなかった。だから、少しでもみんなの期待に応えるために、影で努力して天才の仮面を被り続けた。
それがとうとう限界のところにまできた。
最終リハーサル中に「もう頑張りたくない」と突然泣き出し駄々をこねた。自分のソロ曲が流れる中、しゃがみこんでメソメソ泣く私に大人達は手を焼き、メンバーも動揺を隠せないようだった。
大人達は溜め息を吐いていたが渋々といった様子でリハーサルには出なくていいと言った。だが本番では絶対に歌えとも言われた。
対してメンバーは私を気遣ってくれてすれ違うと話しかけてくれたりお菓子をくれたりした。みんな優しかった。だから余計に罪悪感を抱いた。
「なんでみんな責めないの?」
震える声で近くにいた神山に聞けば、彼女はきょとんとした顔で、「テコナさんが頑張ってるのみんな知ってるから」と微笑んだ。
そのとき初めて気がついた。私が勝手にみんなが知らないところで努力していると思っていただけで、メンバーはちゃんと私が頑張っていることを知っていてくれたことに。
「スタビはテコナさんが真ん中で支えてくれているイメージが強いし実際そうかもしれないけれど、でもテコナさんが立てないときは横から全員で支えますから、大丈夫です!」
目が覚めていくのを感じる。視界が開けて、明るくなって、それでいて体が軽くなる。
神山はそれだけ言うと自分の支度をしに去って行く。始終を聞いていたメンバーはその背中に「かっこいい~」や「いいこと言うじゃんー!」とヤジを飛ばす。彼女は照れくさそうに笑っている。
彼女はきっと気がつかない。自分が誰かを救ったことになんて。そんな誰かを救えるアイドルが身近にいるのに、いつまでもうじうじとしていられない。
私は舞台に立つ決心を固める。決心をするのにも誰かに背中を押されなきゃ駄目だなんて、私はやっぱり天才じゃない。