第6話
七月七日。年に一度の七夕の日。この施設では毎年みんなで願い事を書いた短冊を笹に吊して近所の川に流すのだとランくんが言っていた。数日前に配布された短冊にみんなはもう願い事を書き終えたようだったけど、ボクはまだなにも書けずにいた。
「でもボクだけ書かないのはちょっとな……」
とは言ってもどうしよう。嘘を書くのも違うし、他人の真似をするのも絶対違う。かといって無理にオリジナリティを追求するものでもないだろう。
夕食前の食堂のテーブルでうんうん唸りながら頬杖をついて短冊を見下ろしていると頭上から声がかかる。
「どうしたの? そんなに難しそうな顔をして」
「あ、ヨリトくん」
彼はボクの隣に椅子を運んでくるともう一度「どうした?」と聞いてくれる。
「あの、短冊ってなに書いた?」
「短冊? 『お母さんに会えますように』だけど、それがどうしたの?」
一瞬まずいことを聞いてしまったのかもと思ったが、ここまで言ってしまったら隠すことはできないと、ボクは今自分が置かれている状況について彼に包み隠さず話す。
「なるほどねぇ。そんなに悩むことないと思うけど。シンプルでいいんだよ、こういうのは」
「シンプル……」
「そうそう。難しく考えすぎ。どうせその小さい紙に書ききれる量しか書けないんだしさ、もっと簡単に考えて良いと思うよ」
彼の言うことが正しいことはわかっているが簡単に考えることが今のボクには難しい。
「まあでも丸写しは良くないにしても他のみんなの願い事を参考にするくらいならいいんじゃないかな? せっかくなら自分が願いたいことを願うのが一番だろうけど見当がつかないなら願うこともできないし」
そう言うとヨリトくんはおいでおいでとボクに手招きをする。ボクたちは椅子を出しっぱなしにしたまま食堂を出た。
職員に一言外に出ることを伝え、ヨリトくんの先導に従うままたどり着いたのは職員棟の廊下だった。そこにはすでに何枚か短冊が引っ掛けられた笹が壁際に立てかけられていた。
「他寮の子の分もあるし、参考資料にするに適した量があるんじゃないかな」
「勝手に見てもいいのかな……」
「気にしない気にしない。ほら見てみな。『猫が飼いたい』とか『恋人がほしい』とか、結構みんな自由に書いているだろう?」
ヨリトくんが示す方をボクものぞき込む。たしかにみんな各々自由に願い事を記しているようだった。
「なんだっていいんだよ、願い事の内容なんてものは。見る人によっちゃしょーもないことでも当人にとっては重要だったりするわけだし。そもそも願いに大も小も関係ないでしょ?」 そう言いながら彼は上の方の短冊を眺めている。
「あ、うちの寮のやつもそこそこあるね」
「え、だれの?」
「とりあえず見つけたのはランとイブキとミズキの分」
ボクも自分の目で確認するように上の方を注視する。あ、あった。
「えっと『頭がよくなりますように』『家族みんなが健康でいられますように』『お小遣いが増えますように』……なんか結構個性が出てるね」
「そうだねぇ」
ボクたちはそのまま時々なんてことない会話を挟みながら他の短冊も見ていた。
「お、なぁにしてんの?」
ふいに後方から声をかけられて二人揃って振り返る。そこにはヒノデくんとゼンくんが短冊片手に立っていた。
「ソラ達も短冊かけに来たの?」
ゼンくんの問いかけに「えっと……」と言い淀むボクに変わってヨリトくんが話し始める。
「俺たちはどんな願い事があるのかな~って見てただけ。でも参考になったら書いて吊すよ」
その言葉で大体の察しをつけたらしいヒノデくんは「なに書いてもいいんだぞ」とちょっと心配そうにボクに言う。
「叶ったらいいなぁってこと素直に書いても別に罰は当たらないしさ、若干不謹慎なこと書いたってそれが本当に願っていることなら仕方がないってもんだ」
彼は小さく微笑むと手に持っていた短冊を笹に吊す。ボクはヒノデくんの手が離れた短冊に目をやる。『みんなが楽しく過ごせますように』と書かれたオレンジ色の紙がどうにもボクには眩しく見えた。
「ゼンはなに書いた?」
ボクに変わってヨリトくんが聞いてくれる。ゼンくんは手元の薄灰色の短冊をボクたちに向けて『ほどほどに生きられますように』という文字を見せる。
「ゼンくんらしいね」
「そうかな?」
「ヨリトは毎年恒例のやつ?」
「うん。それ以上に願っていることないし」
「ヨリトくんは毎年同じお願いをしてるってこと?」
彼はボクの問いににこやかに頷いた。
「そろそろ願い事は決まった?」
ヨリトくんが優しくボクに声をかける。ボクはちょっと遠慮がちに頷き、学園長へのご意見箱の隣に置かれたボールペンで持ってきた短冊に願い事を記す。
「…………うん。書けた」
「よし。じゃあ吊そう。ちなみになんて書いた?」
ヨリトくんはボクの手元をのぞき込む。同じようにヒノデくんもゼンくんもぼくの手元を見た。そして三人揃って微笑む。
笹に追加されたボクの短冊を見て、ヨリトくんは「いいんじゃん」と目を細める。
ボクはその日深い緑色をした葉に『明日も良い日になりますように』と願いを託した。