第16話
十二月二十七日。ボクは今年もしらあいで冬休みを過ごしている。一応帰省の誘いはあったんだけどボクはそれを断ってここに残ることにした。
「帰省に行っててひとが少ないとやっぱり静かになるねぇ」
朝食時、ヨリトくんは自席でお茶を啜りながら食堂を軽く見回す。幼児と小学生のテーブルのほとんどが空席で、中高生テーブルもイブキくんとランくんがいない。
「ソラは帰省行かなかったんだな」
そう言ったのはゼンくんだった。彼は「てっきり今年は帰るんだと思ってた」といつものクールな顔のままこちらに視線を向ける。
ボクはすこし言葉を選んでから口を開く。
「寮にいた方がなんとなく気持ちが楽だなって夏休みの帰省のときに思ったから」
嘘は言っていない。けれど理由はそれだけではなかった。
後悔しないようにヒノデくんとの思い出をたくさん作る。そのためにボクは少しでも寮にいられるよう帰省を断ったのだ。
「まあでもソラがいてくれてちょっと安心してるというか、うれしいというか」
それはゼンくんにしては珍しい発言だなと思った。ボクは「どうして?」と首を傾げる。
「ランくんは中学卒業したら家に帰るかもしれないって言ってたし、ヒノデくんもヨリトくんも退所に向けて動いてるじゃん。なんかさ、少しずつ置いていかれる感じがしてたんだ」
彼はきっと夏や秋を超え冬を迎え春に向かっていくなかで募っていくその寂しさをひとりで抱えていたんだろう。それをやっといま口に出せたことが伝わってくる。
「ランくんも卒業したら家に帰っちゃうの?」
「こっちの普通高校に進学できるかどうからしい。こっちで無理だったら自宅から障害の支援に特化した学校に入らなきゃいけないって言ってた」
そういえば夏休みが終わったあとくらいからよくランくんはイブキくんやミズキくんに勉強をみてもらっていたっけ。
「ミズキ的にはランの様子はどう? 高校進学できそう?」
ヨリトくんの問いかけを受け、ミズキくんはテレビに顔を向けたまま答える。
「ランは、たぶん大丈夫」
「普通高校入れそうってこと?」
ミズキくんは「うん」と小さく頷いて答える。
「学力的には『かなりヤバいやつ』から『ちょっとダメなやつ』くらいにはなってるはず。理解するまでが長いけど理解したらずっと覚えているタイプで一度間違えないようにできた問題は平気らしいから、あとは引っ掛け問題とかややこしい言い回しの設問が出なければ大丈夫だと思う。だがこればっかりはランの運にかけるしかない」
「そっか。じゃあランがラッキーボーイであることをみんなで祈っておくかぁ」
軽い調子で言うヨリトくんに「そういうヨリトくんは受験大丈夫そうなの? ヒノデくんやランくんと違って最近あんまり勉強してる様子なかったけど」とゼンくんが聞く。たしかに彼も受験生なわけだけど、最近はあんまりそういうところを見ていなかった。
「ん? 俺就職組だよ? とうに内定貰ってる。っていうか施設育ちはみんなそうだよ。親の援助が受けられるなら進学って手ももちろんあるけど、それ以外は基本就職しかない」
「しらあいに限らずうちの施設でわざわざ進学校通ってるのヒノデくんくらいだ。俺もヨリトくんもイブキも退所後は就職一択だから商業高校入ってるし」
「ヒノデくんって進学校に通ってるの? もしかしてすごく頭がよかったりする?」
「ヒノデは進学校の中でもトップクラスの成績だよ。知らなかったの?」
ボクは首を横に振る。ゼンくんも隣で小さく「そうなんだ……」と呟いている。
「でも、ヒノデくんの家族が大学の学費とか出してくれるとは思えないんだけど……」
ぽつりとこぼしたボクの言葉にヨリトくんは「だよねぇ」と苦笑い。
「だからあいつ国立行くんだって。学費安いから」
「国立って入るの難しいんじゃ……」
「ヒノデならいけるっしょ」
ヨリトくんの口調は依然として軽かったけどそれは他人事だからではなく、きっとヒノデくんのことを心の底から信じているからこそなんだろう。
そこへガラガラと食堂の引き戸が開く。入ってきたのはヒノデくんだった。
「あれ、おはよう。今日は起きるの早いじゃん?」
ヨリトくんが後ろを振り返ってヒノデくんに声をかける。ボクは時計を見た。まだ九時になる前だった。
「トイレ行って二度寝しようと思ったけど廊下寒すぎて起きちゃったから朝ご飯食べに来た」
彼はラップのかけられたお皿を手に取って電子レンジに入れると指先でボタンを操作して温めを開始する。
「あ、そうだ。さっき大塚さんが明日餅つきあるって言ってた」
そういえば昨年もこのくらいの時期にもプール棟の前で餅つきをやった気がする。
「今年もきなこ餅をたらふく食べたいな……」
「ヒノデはほんときなこ餅好きだねぇ」
「きなこ餅というか、正確にいうときなこがすきなんだわ。そもそも大豆製品が好きなので」
「大豆ってそんないい? 俺は餅食べるなら海苔を巻いて醤油が無難かな。磯辺餅はうまい」
「いや、醤油も大豆じゃん」
ヒノデくんとヨリトくんの会話に思わずクスリと笑ってしまう。彼らは本当に仲が良い。
みんなで好きなお餅の食べ方を話していると明日の餅つきが一層楽しみになった。
***
十二月二十八日。施設のプール棟前の駐車場には餅つき用の臼が用意され、他寮の男性職員が杵を持って餅をつく。つかれた餅を傍らで膝立ちする別の男性職員がひっくり返す。その繰り返しを、ボクたちしらあい年末在寮組は眺めていた。
他寮の子たちも参加しているけどほとんどの児童が帰省に行っているからそこまでひとは多くない。ちらほら見かける知り合いに声をかけられたりしながらボクは餅つきの様子をみんなと喋りながら眺める。
しばらくしてつきたてのお餅がみんなに配られる。一生懸命餅をついてくれた職員さんにお礼を言って紙皿の上に餅を分けてもらう。
臼の隣に配置されたテーブルにはトッピング類がまとめられて自由に使えるようになっていた。ヒノデくんは砂糖の混ぜられたきなこを、ヨリトくんは海苔と醤油を、ミズキくんは砂糖醤油、ゼンくんは餡子をそれぞれ自分の持つ紙皿の上の餅にかける。
「ソラはどれにする?」
ヒノデくんがボクを見る。みんなの手元のお餅を見比べてどれもおいしそうだなと悩む。
「おかわりもできるだろうからとりあえず今の気分のものを選べばいいんじゃない?」
ヨリトくんはそう言ってトッピング台の前から退いてボクの立つスペースを空ける。
「それじゃあ――」
ボクは遠慮がちにきなこに手を伸ばして大さじの軽量スプーン一杯分お餅にのせた。
みんなでいただきますを言って、駐車場の端の方で立ったままお餅を食べる。外の冷気に当てられてもお餅は全然冷めておらず結構熱かった。
「うっま! やっぱり大豆製品はうま――っけほ」
軽くむせたヒノデくんの背中をボクは片手でさする。
「おいおいきなこでむせるなよ」
「えぇちょっとくらい心配してくれてもよくない?」
「ヒノデくん大丈夫?」
「うん、ありがと。もう大丈夫。おまえも気をつけろよ? 気管に入るとわりとやばい」
隣ではゼンくんとミズキくんがすこし喋ってた。
「ゼン、餡子それこしあん?」
「うん。こしあんしかなかったよ」
「じゃあ二個目は餡子にしよ」
「ミズキくん粒あん食べれないの?」
「うん。なんか粒の食感が嫌いだから」
ゼンくんはミズキくんに対して結構普通に会話ができていた。ボクが来たときのなんとも言えないぎこちなさは多少改善されたのかな。
最高気温9度の寒空の下でボクたちはなんでもない会話を楽しんで記憶に残す。
明日も、明後日も、その次の日も、来年も、その次の年も。楽しくあればそれでいいんだ。