第11話
四月一日。ボクがしらあいに来てからやっと一年。去年の今頃に買った服を着て、今年も春休みを過ごす。
去年の今日と今年の今日の一番の違いといえばミズキくんだろう。去年の今日彼は児相にいたからここにはいなかった。
ボクは向かいに座るミズキくんを見つめる。去年空きだった席はしっかり埋まっていて、そのことがボクはすこし嬉しかった。
それにしても、どうして彼は児相に強制送還なんてされてしまったんだろう。ゼンくんやランくんは『不良だから』って言っていたけど、ボクが来てからの彼は怖い雰囲気はあるにせよ問題行動で怒られたりとかはなかった気がするんだけど……。
***
昼食を取り終え食器を片す。洗い場から食堂に戻ろうとしたときボクの目の前にミズキくんが立ちはだかった。しっかりボクを見下ろす彼におずおずと話しかける。
「あの……ミズキくん……?」
「さっき、なんかこっち見てたけどなに?」
気がつかれていたのか。
「えっと、ボク今日でここに来て一年なんだけど、そういえば来たばかりのころミズキくんはいなかったなぁって思って」
「……ああ、児相に連行されてたからな」
「それでなんでそんなことになったのかなって一人で考えてた」
「…………。あのさぁ、聞かれたからって真っ正面からそれ俺に言う? 普通は言わないよ」
ミズキくんは呆れたように溜め息を吐く。ボクはたしかに遠慮するべきことだったかもと「ごめんなさい」と謝った。
「いい。こっち来い」
彼は廊下に出ると中庭に向けて歩を進める。ボクは呼ばれたから素直について行った。
ミズキくんはウッドデッキに腰掛けると隣をとんとんと叩く。そこに座れって意味らしい。ボクはまた従順に指示通りに動く。
「さっきの話だけど」
「話してくれるの?」
「別に、隠すことでもない。反面教師にでもしろ」
そう言うと彼は軽く空を仰いだ。
「一気にバレたんだ。いろいろ」
「いろいろ?」
「学校サボって海行ってほっつき歩いてたこととか、夜に無断外出したこととか、友達がタバコふかしてて一緒にやってたんじゃないかって疑われたりとか、友達の兄ちゃんに酒奢ってもらったこととか」
「四つだけ?」
「だけなわけねぇーじゃん。もっと〝いろいろ〟だ。一気にそれらがバレたから、一気に罰が来た」
なるほど。たしかに一気に問題が明るみになったのなら児相に強制送還という大きめのお仕置きを受けたのも納得できる。それにお酒を飲んだことに関してはミズキくん自身認めているみたいだし。いけないことをしたら怒られる、それが深刻であればあるほど厳しく罰せられる。当たり前のことだとは思う。
「どうしてそんなことしたの? なんていうか、ボクは一年程度ミズキくんと過ごしてきたけど悪いことは悪いってわかるひとだ思うし、怒られるの承知でわざわざいけないことするようにも思えないんだけど……」
他のみんなと違いなく、ボクの目にも彼は怖く映っていたけれど、それでもどこか彼は完全なる悪人であるとは思えなかった。そもそも怖いと悪いはイコールにはならないだろうし。
彼は一旦口を閉じて、そしてまた開く。
「友達がいたから」
ついボクは首を傾げる。正直、彼の言いたいことがよくわからなかった。
「わかんねぇか。そっか」
「うん。わかんない。だからもうちょっとだけ教えてほしい」
無表情のまま軽くまぶたを閉じて、それから彼は中二のころに仲良くなった友達の話をしてくれた。
同学年にも先輩にも後輩にも友達が多くてみんなから一目置かれているそのひとの輪に入れてもらえて、彼はうれしかったんだって。彼の輪の中にいれば自然と他のひとも喋れて楽しかったようで、なるべく彼の近くにいるようになったらしい。
悪いことも遊びのようにこなす彼に憧れたてしまったミズキくんは彼のすることに従って自分も彼のようになろうとした。「やっちゃいけないことをやるのは正直ストレスだった」そう語るミズキくんはやっぱり根っこは真面目なんだろう。
ある日「今日の夜うち親居ないから」って数人の友達がそのひとの家に呼ばれたんだって。その中にミズキくんも含まれていた。しかし寮には門限がある。寮の玄関は夜の九時頃には施錠されるし深夜には宿直の職員が見回りもする。だから夜は外に出られない。
しかし彼は結局その誘いの誘惑に負けた。
十時に部屋の窓から抜け出し、自転車に乗って施設の外へ出た。街頭のない真っ暗闇の中を自転車のライトを頼りに突っ走ってそのひとの家に行った。その日なんだって、人生ではじめてお酒を飲んだのは。
結構大胆なことをしたと思ったミズキくんだったけど、意外にもバレなかったから、それからもちょこちょこ夜にそのひとのお家へ出掛けて、適当な頃合いをみて帰って、ってやってたらしい。
しかし、彼にとってよくない事態は突然舞い込んでくる。
無断外泊を覚えた翌年の六月にゼンくんが入所してきた。そしてミズキくんと同室になる。
ミズキくんは内心とても焦ったらしい。もう夜に外へは行けない。誘いを断ればそのうち誘われなくなる。仲間外れにされる。それがとても不安で怖くすらあったと彼は言っていた。
どうにかしてゼンくんを追い出す方法を考えた。そして思いつく。「職員にゼンくんとミズキくんを同室にしてはいけない」って思わせればいい。
「え、ってことは……」
「ゼンのことびびらせたの、あれはわざと」
ゼンくんを怒鳴り散らす理由なんていうのは適当でよくて、とにかく大人達に「一緒にいさせちゃやばい」って思わせられればよかったんだって。
「それ、ゼンくんは……?」
「知らないでしょ。話の流れで今はじめて他人に言ったし」
「なんでそれをボクに言っちゃったの?」
「おまえゼンと仲良いじゃん。そんでもって口軽そうだから」
「どういうこと? 口が軽そうならむしろ言っちゃだめなんじゃない?」
ミズキくんはボクの質問を「さぁね」とはぐらかし話を戻す。
それから晴れてゼンくんを追い出す事に成功した彼はまた夜間に外へ繰り出す生活を取り戻すわけだが……。やっとのこと受験を終えた三月初旬、息抜きにちょっとみんなで街の方に出たらあっけなく警察に補導され、他のみんなが次々実親を呼ばれ帰宅させられるなか、ミズキくんだけは親の連絡先を言えず……。それでも彼をなんとかしなければいけない警察は学校に連絡を入れ、そこから施設、児相にも連絡が行き……。
児相で一時預かりになることが決定したのは思いのほか早かったらしい。
「これが児相に行くまでの大体の顛末だが、処罰についてはまだ軽い方だったんだろう」
「どうしてそう思うの?」
「しらあいにまた戻れから。場合によっちゃもっと厳しい施設に移ることもあるらしい」
話はここで終わりというようにミズキくんは立ち上がる。ボクはそのズボンの裾を掴んで寮の中へ進もうとする足を止めた。
「え、なに」
「もう悪いことはしてないんだよね? どうして?」
彼をまっすぐ見上げて、ボクは問う。彼もまたしっかりボクを見下ろしながらぼそりと「もうそいつと学校違うから」と溜め息まじりに言った。
「じゃあ、俺行くから」
「うん。いっぱい話してくれてありがとう」
ボクはミズキくんが去ったあともしばらく中庭のウッドデッキにちょこんと体育座りをしながら空を眺めていた。
悪いことをしてまで友達でいたかったのに、学校が別になったってだけで過去として割り切れちゃうものなのかな……?
そう考えて、ふと、でも自分もそう変わらないのかもと思った。
ボクもミズキくんみたいに、そのときは大事だったなにかを今は『過去のこと』として割り切って忘れかけているのかもしれない。ボクだけじゃなくて、いろんなひとがそうなのかもしれない。
けれど、じゃあ――
忘れちゃった大事なことってなんだろう?