第10話

 十二月八日。夕食時に職員からクリスマスに欲しいものについて聞かれた。詳しく話を聞くと毎年クリスマスには上限五千円までクリスマスプレゼントを買ってもらえるらしい。

「もし欲しいものが五千円以上だったらお小遣いから足せばそれ以上の額の物も買えるよ」

 イブキくんの補足を聞いて、ボクは自分の欲しいものについて考えてみた。

「やっぱりゲームソフトかなぁ」

 ゼンくんに「さすがブレないな。本当に生粋のゲーム好き」と笑われてちょっと恥ずかしい気がして、ボクは誤魔化すように他のみんなにもクリスマスに頼むものを聞いてみる。

「おれもゲームがいいな! クリスマスどきって絶対新作出るじゃん!」

 ランくんの言葉にそうそう絶対新作ゲームの発売時期と被せるよねと頷く。

「俺はCDを買う予定。最近友達に教えてもらったバンドの曲がすごくよかったからアルバムを二つくらい買えたらいいなって思ってる」

「イブキくんは音楽好きだもんね。俺は漫画を買うかな。途中まで買ったきり購入を見送ってた作品があるから」

 ゼンくんはゲームより漫画派なことをボクは最近知ったがどんなものを好んで読んでいるかまでは知らなかったら、興味本位で聞いてみる。

「え……? 気になるか?」

「うん」

「えー……」

「なんで渋るの?」

「ちょっと恥ずかしいから」

 ボクとゼンくんの会話を聞いていたイブキくんは「別に恥ずかしいことじゃないと思うから教えてやれば?」ってゼンくんに言ってくれる。

「そうそう、少女漫画好きなことは別に恥ずかしがることじゃないよ」

 さらっとバラしてしまったのはヨリトくんでゼンくんは眉をつり上げて照れながら「ヨリトくん!」とちょっと怒っている。

「ゼンくん少女漫画が好きなの? なんか意外」

「過激なの得意じゃなくて、少年漫画は苦手な描写にぶち当たることが多いからちょっと避けてるんだ。あと少女漫画の方が絵が好きだから」

 なるほどと納得して「どんなジャンルを読むの?」掘り下げてみる。

「ファンタジーが多い。……今度読んでみる? 俺の目の届く範囲でなら貸し借りは問題ないから。まあ興味あればだけど」

「いいの? 読みたい」

 ゼンくんは「じゃあ後で持ってくる」とどこか布教の第一歩を喜んでいるように見えた。

「俺は小遣いも足してアクセサリー買う」

「ミズキはシルバーのブレスレットとか指輪とか良く付けてるもんね。俺はきっちり上限五千円まで使いたいから毎年図書券とか金券にしてるよ」

「クリスマスプレゼントに金券……なんかすごくヨリトくんらしい……」

「ヨリトは貰える権利は目一杯使うタイプだもんな」

「使用期限があるのがデメリットだけどね。ヒノデは今年もみんなで遊べるなにかでしょ?」

「え、ヒノデくんは毎年自分用のなにかじゃないの?」

「そうだよ。食堂に人生ゲームとかトランプとか置いてあるでしょ? あれはヒノデが買ったやつだよ」

 ボクはおもちゃ置き場に目をやりながら「あれ全部?」とヒノデくんに聞く。

「さすがに全部ではない。でも七~八割は俺が買ったかな?」

「しかもヒノデが買ったやつは全部しらあいに寄付するんだってさ。ほんと、やることがヒノデらしいよね」

 ヨリトくんはヒノデくんに優しげな視線を送りながらなんだか嬉しそうにそう言った。



 ***



 十二月二十五日。まだ雪こそ降っていないけれどすっかり冬の気温でしっかり着込まないと風邪を引いてしまいそう。

 冬休みなのを良いことに温かい布団の中で丸まって、うとうと……ぬくぬく……。

 少しずつ覚醒していく頭がいつもより騒がしい廊下の存在に気がつく。たぶんだけど小学生たちがいつもより早起きをしている。

「ああ、そうか。今日はクリスマス当日か……」

 もぞもぞと身を動かして布団から這い出たボクはパジャマの上にパーカーを羽織って、ヒノデくんを起こさないように廊下に出る。中庭に面した大きな窓ガラスの向こうは清々しいくらいに晴れていた。

「あ、ソラおはよう」

 先に起きていたらしいゼンくんがボクに声をかけてくれる。手には包装紙に包まれたプレゼントが持たれている。

「職員室で受け取れるからソラも行ってこいよ」

 それだけ言うと彼はプレゼントを置きに自室に戻った。

 小走りで職員室に向かう途中に各部屋の小学生たちの様子を覗いた。みんなプレゼントに夢中になりながらもボクにしっかり挨拶をしてくれる。

 職員室の引き戸をガラガラと開けて踏み入る。ストーブでほどよく温められた部屋の中で大塚さんが起きてきたばかりの小学生たちにプレゼントの受け渡し会を開催していた。

「ソラもおはよう。はい、メリークリスマス」

 挨拶と一緒に青い雪の結晶が印刷された包装紙が印象的なプレゼントを渡される。

「大塚さんおはよう。プレゼントありがとう。メリークリスマス」

「クリスマスは毎年お夕飯にケーキやジュースも出るのよ。楽しみにしててね」

 嬉しそうな大塚さんの顔を見て、児童だけでなく職員もクリスマスを楽しんでるのかな。そうだったらいいななんて思いながらボクは「うん」と頷いた。



 ***



 待ちに待った夕ご飯の時間。大塚さんは宿直の職員さんと交代しちゃったからいなかったけど帰り際に「パーティー楽しんでね~」と言っていた。今度会ったときにちゃんと楽しかったよって伝えよう。

 ホールのショートケーキとチョコケーキ。ジュースもいろんな味のものがたくさん。お昼の間に小学生たちが頑張ったらしく飾り付けまで施されて食堂は立派なパーティー会場だ。

「じゃあ一番お兄さんのヨリトと一番小さな子でじゃんけんしてね。勝った方から順番にショートケーキかチョコか好きなケーキを選んでください」

「毎年思うんだけど別に高校生は最後でいいよね? どう?」

 提案するように聞くヨリトくんにヒノデくんとイブキくんは賛同したがミズキくんは「俺はヤダよ。なにがあろうとチョコ食いたいよ」と抗議している。

「えぇーじゃあしゃーない。ミズキのためにじゃんけん勝ってあげるよ」

 ヨリトくんは対する四歳の幼児さんの片方とじゃんけんをして見事に勝利を掴む。彼は「あ、勝っちゃった……」という顔をしている。一応負ける気ではいたらしい。

「ごめんごめんごめん! 小学生と幼児はそんな哀しげな目で俺を見ないでくれ……! 勝ったのは100%運だから。ほんとうにごめんね! でも勝者は俺なので俺からケーキを選びます! 小さいのにするから許して!」

 そう言って切り分けられたショートケーキから一番小さな一切れを取っていく。

 順番的に次はヒノデくん……なんだけど彼はイブキくんと相談して「俺とイブキは幼児のふたりに順番譲るよ」と申し出る。

「はぁ? なんか俺がチョコ食いたいからチビ共いじめたみたいじゃん」

「実際そうじゃん。おまえが諦めれば幼児や小学生からになったわけで」

「イブキは黙ってろよ」

「クリスマスに喧嘩すんなよォ~!」

 ヒノデくんの仲裁にミズキくんとイブキくんはお互いをぐぬぬと睨んだまま静かになる。



 ***



「それじゃあケーキも配り終わったのでみんなでいただきましょう! メリークリスマス!」

 職員さんのかけ声をみんなで真似をするようにクリスマスらしさいっぱいの挨拶をして、取り分けられたチョコケーキにフォークを刺す。

「おいしい!」

 目を輝かせるボクにヒノデくんは「よかったなぁ!」と我がことのように嬉しそう。

「もっとたくさんケーキが食べたくなっちゃう……」

「クリスマス以外だとケーキが食べれるのは面会か誕生日外食のときくらいかな」

「ああそっか、誕生日は外食ができるんだよね。たしかランくんとかゼンくんとかが前に夕食のときにいなかったのは誕生日外食だったからって聞いた気がする」

「おう。ソラは何月生まれ?」

「ボクは二月二十八日。ヒノデくんは?」

「え!? まじか! 俺も二月二十八日! 誕生日外食はその月の誕生日のひとをまとめて連れて行くから一緒に行けるな!」

 すごい偶然に「ボク同じ誕生日のひとはじめて!」って驚いているとヒノデくんも「俺も!」と笑っている。

「七室は仲がいいねぇ」

 ヨリトくんが楽しいものを見たような顔でそう言った。ヒノデくんは「そりゃそうよ!」とニコニコしている。

「ヨリトくんはどうしてそんなにうれしそうなの?」

「実は今まで長いことしらあいには二月生まれがヒノデだけだったからこいつ毎年職員とふたりでご飯食べに行く感じでさ、俺なんかは毎年六月生まれの小学生とかいるから何人かで行けるんだけど、こいつはそうじゃなかったから。ソラが来てくれてよかったね~」

「ヨリトくんはなんだか、ヒノデくんと同い年だけどヒノデくんのお兄さんみたいだよね」

「えぇ~まぁそうかもねぇ」

「いや、そうかもじゃねぇだろ。全然兄ちゃんじゃねーよ」 

 ヨリトくんは「照れるなよ~」とヒノデくんを茶化しながら笑った。

 しらあいのこういう空間がボクは好きだ。楽しいし、あったかい。

 どうか明日も変わらずに。こうやってみんなで一緒に食事ができたらいい。



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