第8話
今日はTAKARAちゃんの復帰ライブ。会場には多くのひとたちが訪れ大盛況。物販も早くに売り切れが出ていた。みんながTAKARAちゃんの復活を望んでいた証拠だ。
純白のドレスに身を包みリボンの付いたヒールを履く。ヘッドドレスで飾られた長いピンク色の髪の毛先を丁寧に巻きながら、いつもの口上を鼻歌交じりに何度も唱える。
調子はどうかとプロデューサーはTAKARAちゃんに問いかけた。彼を振り返ったTAKARAちゃんは「ばっちりです!」とピースしてはにかむ。
「プロデューサーもTAKARAちゃんの名前をたくさん呼んで、ライブを楽しんでくださいね!」
「あぁ。約束する」
さて、と席を立ちTAKARAちゃんは舞台袖へ急ぐ。まだ準備には時間があるがそれでも客席の様子を見ずにはいられなかった。
スタッフがバタバタと忙しなく働く中TAKARAちゃんは壁に寄りかかりながら客席のざわめきを聞いていた。ざわざわと、なにを話しているのかも聞き取れない音を雑音だと言うひともいるだろう。けれどTAKARAちゃんはひとつひとつの音を聞き取れずとも、自分のライブを楽しみにしてくれている人々が発する音を愛しく思った。数分そのざわめきを聞いていたが準備を促す声に従って名残惜しく思いながらイヤモニを着ける。
開演が近い。心臓がどくどくと脈打つ。
会場の大型モニターに今回のライブ用に撮り下ろされた映像が流れる。
映像の最後。薄いピンク色のハートに被さるように濃いピンク色の文字が映し出される映像に既視感を覚えるひとは多かった。
〝わたしの名前を呼んで〟
表示された文字に応えるように客席からTAKARAちゃんを呼ぶ声が何度も押し寄せる。嬉々としている者、涙声になっている者、様々だったが一様にTAKARAちゃんの存在を待ち望んでいることは確かだった。
その声に、想いに、TAKARAちゃんは応える。
「皆に神託を与える!」
口上の始まりと同時にしんと静まりかえる真っ暗な場内。みんなはTAKARAちゃんのお告げを待っている。
ハート型のスポットライトがサーチライトみたいに舞台上を彷徨い照らす。真っ赤なカーテンの端にその明かりが止まると同時にコツコツとヒールの踵を鳴らしながらTAKARAちゃんが舞台袖から現われる。
TAKARAちゃんは握ったマイクを口元に寄せ、宣言する。
「TAKARAちゃんは、これまでも、いまも、これからも、ずっとあなたの神様である! だから病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、わたしの名を呼び、わたしに祈りなさい! 必ずわたしが導くから!」
ペンライトが一気にピンク色に灯る。この明かりがTAKARAちゃんの信仰の証。TAKARAちゃんが神であるというまさに〝証明〟。
神託Ⅰ、Ⅱを歌い上げた。客席で無数に揺れるピンク色のペンライトが眩しい。
「長くお待たせしました! 言いたいことはたくさんありますけれどまずは、みんな~! 大好きですー!」
観客席に投げキッスを送り、ライブビューイング用のカメラにも同様にキスを送る。盛り上がる客席に目を向けるとひとりひとりの顔がしっかり見えた。
「みんな~! 良い笑顔と歓声をありがとう! 次はTAKARAちゃんの復活を記念した新曲です! それでは聴いてください! 『Come alive again』!」
♪♪♪
アンコール曲は神託Ⅲだ。これは宝寿意志が進言して採用してもらった案だった。
神託シリーズの三つ目にあたる『Call my name』にはTAKARAちゃんの名前を呼んでもらうコールが随所に入れられている。「〝名前を呼ばれるということは存在の証明〟だから『Call my name=神託Ⅲ=』を最後の曲にしたい、ライブの最後はみんなにTAKARAちゃんの名前を呼んでもらって終わりたい」という宝寿意志の願いによるものだった。
みんなからの存在の証明を一身に受けながらTAKARAちゃんの復帰ライブは幕を下ろす。TAKARAちゃんは完全に観客が立ち去るまでずっと、降りきったカーテンの奥、舞台の上に立って残っていた。その存在が宝寿意志に戻るまで。
「ねぇTAKARAちゃん。今日もそばにいてくれてありがとう。――大好き」