第9話

「では『ことぶき いし』さんはTAKARAちゃんの楽曲を作るときはどのような工夫をされているんでしょうか?」

 今日は『ことぶき いし』として雑誌記事の取材があった。そのとき問われた質問がそれだった。

「そうですね。やっぱり神様らしくとはいつも気にかけています。でも最近はそれだけじゃなくて、あまりに厳格なふうじゃなくて、もっとかわいさみたいなものも出せるように頑張っています」

 ほうほう、と記者は面白い話が聞けそうだというふうに身を乗り出す。

「というのも、今までは神様としての側面を大きく出していましたがこれからはアイドルらしい場面も出していけたらと思いまして」

「でもそれじゃあファンの皆さんはがっかりしたりするんじゃないですか?」

「どうしてそう思うんですか?」

「昭和のレジェンド級女性ソロアイドルをご存じですか? 『ことぶき いし』さんは生まれていない頃でしょうからご存じじゃないかもしれませんが、それはそれはすごかったんですよ。今のグループアイドルなんかとは一線を画していました」

「あはは、アイドル好きでアイドルの音楽プロデュースしているくらいですからもちろん知っていますよ」

「近寄りがたささえ感じる美貌と圧倒的パフォーマンス能力を持ってしてソロアイドル界で若い女の子がバチバチ競争していた時代は尊いものでした。今はそんな時代じゃないのはわかっていますが、TAKARAちゃんにはあの頃のソロアイドル相当の実力があると思っているんですけどねぇ」

「結局何が言いたいんですか?」

「いやぁ、僕自身としてはね、TAKARAちゃんが路線変更しちゃうと今まで消え去っていったレジェンド級のソロアイドル達がTAKARAちゃんも含めて本当に過去の産物になってしまうんじゃないかって心配なんですよ」

 マジでいらない心配だな。

「マジでいらない心配ですよ、それ」

 わたしの対応ががらりと変わったことに驚いた記者はそそくさと次の質問に移ろうとしたがわたしはそれを遮って話し出す。

「ソロアイドルは絶滅なんてしませんよ。だっていつでも、少なくともわたしは、TAKARAちゃんの名前を心の底から呼んでいますからね」

「名前を呼ぶことがなぜソロアイドルの絶滅と関係があるのでしょう?」

「名前を呼ばれることってそのものの存在の証明なんですよ」

「その理論でいくと宇宙人とかまで存在していることになりませんか?」

「その名が誕生するくらい存在を証明できそうな仮説が揃っているなら、それはもう存在するってことにしたほうがロマンがありませんか?」

 ニコニコと微笑みながら返答すれば、記者は丸め込まれたように首を傾げながらそうですね、と応えた。

「まぁいいんです、宇宙人が実際に存在するかしないかなんて。けれどTAKARAちゃんはたしかに存在しているでしょう?」

「まぁそうですね」

「TAKARAちゃんの存在をたしかに証明できる理由のひとつにだれかがTAKARAちゃんの名を呼べるというのがあるのです。だれもTAKARAちゃんの名前を言えない、〝いる〟ことの仮説すらも立てられないのだったらその存在はほとんど無いに等しいものだと思いますが、けれど少なくともわたしやあなたはTAKARAちゃんの名前を言える。それだけで、まだふんわりした存在かも知れませんが、たしかにそこにいるものになれるのです」

『ことぶき いし』さんは……となにかを言いかけて記者は止めた。その先をわたしが知ることはなかった。


♪♪♪

 名前は存在を世界に固定するためにある。いつでも名前が言えるくらいその存在のことを覚えたら、それはもうあなたの世界に存在を固定されて、その存在が〝いる〟ことになっている。


 この物語に登場する神様の名前は?

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