第4話


 今日はTAKARAちゃんにとって初のテレビ出演の日。全国生放送の夜の音楽番組で神託シリーズから一曲『Call my name=神託Ⅲ=』を歌うことになっている。ミニライブのときほどの緊張はしていなかったが、歌っている姿、喋っている姿、座っている姿、立っている姿、どんな姿もテレビに映る。やはりライブ以上に多くの人に見られる機会になると思うとマイクを持つ手が震えた。

 各楽屋への挨拶回りも終え、改めて台本に目を通す。

「まず司会者さんとのトークでいくつか質問をされるから、事前に書類で回答したのと同じように返して……。トークが終わったら歌う準備に移行。歌唱パートのカメラ割りも大まかに書いてあるし、サビの途中に二カメがアップで写してくれるみたいだからそれもかわいく決めて、あとはスイッチャーさんが上手いことやってくれるように祈ろう」

 一項目ごとに確認をしていたらあっという間にリハーサルの三十分前になってしまった。わたしは急いでマネージャーと例のTAKARAちゃん降神の儀式をする。降神の様子を初めて見た総合プロデューサーは最初「なにそれ?」といった顔をしていたが、その後表情の変わった目の前の女の様子を見るとどこか納得したように「そういうことね」と小さく笑った。

「その降神は良い案なのかもしれないけれど、きみがTAKARAちゃんであるとき宝寿意志はどこにいるのかな」

「意志は常に一緒ですよ。TAKARAちゃんはいつだって意志を所有している。だからTAKARAちゃんはいつも意志と共にあるのです」

 マネージャーもプロデューサーもTAKARAちゃんの発言を理解していない。けれどそれでいいとTAKARAちゃんは笑う。

「いいのです。それが正解で、それがただ人である特権なのです」


 ♪♪♪

 滞りなくリハーサルは進みいよいよ本番。本番中もTAKARAちゃんは緊張知らずで、他の出演者のパフォーマンスをニコニコと眺めていた。

 いよいよTAKARAちゃんのトークパートに入る。男性司会者がTAKARAちゃんを期待の新人として紹介し、今度は共に司会を務める女性アナウンサーがTAKARAちゃんに質問を投げかける。

「TAKARAちゃんは神様でありソロアイドルであるとされていますが、普段はどのような生活をなされているのでしょう? 趣味などはありますか?」

「お歌を歌っていますね。趣味というよりもそれがTAKARAちゃんの務めなので。それ以外だと……ずぅーっと眠っています」

 うふふ、と笑いながら目を閉じ両手を顔の横に揃え小首を傾げてすやすや眠っている様子を表す。

「神様ってなんだか威厳のある雰囲気で、天罰とか与えそうな印象がありましたがTAKARAちゃんはなんだかとっても癒やしを感じますねぇ」

「そうでしょうか? でもTAKARAちゃんにも厳かな面があるのですよ? 神罰をテーマにした曲もあるくらいですから」

「TAKARAちゃんの与える神罰……! 全然想像がつきませんね」

「厳しくちょっぴり恐ろしいTAKARAちゃんもいつかお披露目したいですね」

 談笑もそこそこに終わらせ前の出演者のパフォーマンスの間に歌唱パートの準備を整える。イヤモニを着け、改めてヘアメイクを整えてもらい、そしてマイクを握る。

 舞台の中央に立って前を向くと演奏中のバンドとその様子に熱中する観客が見えた。

 あの方達の演奏が終わったら皆が一斉にこちらを向く。たくさんの視線がTAKARAちゃんに集中し、TAKARAちゃんのパフォーマンスを求める。

 ピンク色のスポットライトが点灯してTAKARAちゃんを照らす。準備を促すカンペが向けられ、スタッフが手でカウントダウンを始める。

 胸の前で緩く握った右手を徐々に開きながら上へ持ち上げる。開ききった手のひらを天へかざし、TAKARAちゃんが顔を持ち上げると同時に前奏のヴァイオリンが響き渡る。

〝困ったとき、泣きたいとき、うれしいとき、楽しいとき、わたしの名前を呼んでね〟

 十分に潤った歌声に載せられた最初の一節で会場中がTAKARAちゃんの虜になった。今日まで必死に磨いた“TAKARAちゃん独特の歌い方”それが人々を釘付けにする。

〝空が白むときも落日のときもわたしの名前を呼んでくれたなら、わたしはたしかにそこに愛を届けるから、あなたが信じるわたしの名前をどうかいつまでも覚えていてね〟

 その舞台にTAKARAちゃんが立てた理由は『だれかがTAKARAちゃんを望んだから』に他ならない。そして神様は望まれる限り消えない。その歌詞をTAKARAちゃんの歌声で聞いた者は皆一度は『TAKARAちゃん』という名を頭の中で、あるいは口に出して唱えたはずだ。その行為はTAKARAちゃんの存在を世界に固定する儀式になる。


 ♪♪♪


「お疲れ様です! 〝宝寿意志〟さん」

 それは神様を帰す言葉。

「――あわー……疲れたぁ」

 事務所の社用車の中でわたしはだらりと背もたれに寄りかかる。

 神様を扱っているのだから当たり前だがTAKARAちゃんを降神させるのは体力的にも精神的にもとても力を使う。

「TAKARAちゃんの出番のときの視聴率が一番高かったと局からの評判も良かったし事務所にも何件か取材や出演に関するメールも来ているらしい。引き受ける?」

 新しい仕事が来るのはいいこと。メディアへの露出へが増えればそれだけTAKARAちゃんの存在を認知するひとが増える。TAKARAちゃんをだれもが知っている存在にしていかなきゃ。

「受けます! 取材でもラジオでもテレビでも。歌でもトークでもなんでもマルチにやってこそのアイドルですから」

 プロデューサー少し驚いたように目を開いた。

「なにか意外でしたか?」

「神様神様ってTAKARAちゃんが神様であることに執着しているみたいで、もうひとつの〝アイドル設定〟を忘れたのかと思っていた。しっかりアイドルである自覚はあったんだな」

「も~! 何度も言いますがTAKARAちゃんは神様でソロアイドルです! そのどちらが欠けてもダメなんですよ! あと設定じゃないですから! 本当に神様でソロアイドルなんです!」

 そんなことを喋っていたら運転中のマネージャーが話しに割って入ってくる。 「どうして神様とアイドルを一緒にしたんでしょうね?」

「どうしてって……、どうして?」

「いや。そのふたつはむしろ相性がいい――というかどちらも同義で、ちょっと名前や解釈を変えただけにすぎない。アイドルも神様も相違なく〝妄信的信仰〟の対象物だ」

「……? ようするに近い意味の言葉を二個くっつけただけってことですか?」

 わたしの質問にプロデューサーは「まぁそんなところだね」と応答して黙った。

 アイドルも神様も似たものって解釈でいいのだろうか? 本当にそうなのかな?

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