夏休み4日目 麗璃視点 回想

「お母さんは【神様】なんだよね?」

 突拍子もない俺の質問に驚くこともせず、ソファの上で眠るまだまだ小さい麗瑠を眺めながら母は「うふふ、実はそうなのよ~」と朗らかでやわらかな肯定をくれる。

「じゃあやっぱりなにかすごい力が使えるの? 慧念が言ってたよ、『【神様】はすごい力を持ってる』って! ねえねえやって見せて!」

 そうわがままを言うと母はいつもの優しい笑みのまま困ったように頬を軽く掻いた。

「あははー、今は使えないなぁ~でも昔は使えたのよ? ほんとよ?」

「えー。なんで今は使えないの?」

「実はね、自分の持っていた力を全部他の子にあげちゃったの」

 意外な返答に俺は俄然がぜん興味が湧いて、すごい勢いで母に詰め寄った。

「えー! なんでなんで!? だってすごい力なんでしょ? それなのにあげちゃったの?」

 身を乗り出す勢いで、けれど眠っている麗瑠を起こさないように気をつけながら母に聞く。母は俺と目線を合わすようにしゃがんで、どこまでも優しい眼差しをこちらに向ける。

「じゃあお母さん今から内緒のお話を麗璃にしちゃいます!」

「内緒なの? 慧念にも?」

「あー、じゃあどうしても言わなきゃいけないときには言ってもよし!」

 そして俺の耳に顔を近づけてこそこそと小さく口を動かす。

「実はね、お母さんの力は麗璃がおなかにいるときにぜーんぶあなたにあげちゃったの」

「な、なんで!? っていうか俺なにもすごい力とかないよ!」

 まさかの話に驚いて思わず大きな声が出る。すかさず麗瑠を起こしてしまったんじゃないかと小さな妹の方に目を向けたがそこには依然としてすやすや寝息を立てる姿があった。

「ここからはちょっとむつかしい話なんだけど、聞く?」

 俺はこくりと頷く。それを確認した母は今度はしっかり向き合って俺の目を見ながら言葉を続ける。

「お母さんは最初から麗璃を次の【神様】にするために【神様】になったの」

「どうして?」

「お母さん体があんまり強くないでしょう? だから長く働くことも長く生きることもできない。けど村にいる以上はこどもを産まなければいけない。こどもができたら養わなければいけないし、将来自分の身を守れるように育てなければいけない。そこでこの村の風習よ」

 俺は全然理解出来ない話にわかったようなふりをして頷く。それを見て母は話を続けた。

「村から出て行くお金も働く体力もない、けれどこどもを産めっていう無茶を叶えながら産まれたこどもを守る方法を考えて、当時のお母さんは自分が【神様】になることによって手に入る特別な力や権利をこれから産まれる自分のこどもに引き継がせることで守ろうと思い立った。運が良いことにお母さんも【神様の器】を持って産まれていたから当時の【神様】さえ退いてくれたら簡単にその地位につける状況だったし、麗璃がおなかに来てくれたころに丁度よく前の【神様】が亡くなったのもあって、すべてがとんとん拍子に進んだ」

「それでお母さんは俺に【神様】の力をくれたんだね?」

「そうなんだけど、やっぱり【儀式】で生まれた存在だから力が完全じゃなくってねぇ。本当は『分配』を使って能力を引き継がせて、そのあと『干渉』を使って【神様の器】を持って産まれてくるようにしたかったんだけど……」

「だけど?」

「【神様の器】は麗璃に引き継げなくて、代わりに麗瑠に引き継がれてしまったの」

「だから麗瑠は【神様の器】を持ってるんだね!」

 母は「うんうん。そうなのよ」と頷く。

「昔のわたしが望んだのは麗璃が【神様の器】を持って産まれ育って将来の【神様】になり、お母さんの能力である『干渉』と『分配』と、麗璃がゆくゆく手に入れる新しい【神様】の能力を持っている過去一番すごーい【神様】にすることだったんだけど、まぁ、そう上手くいかないのが世界ってものね」

 母は過ぎたことはもういいとほんのすこし諦めたふうに言った。

「ねえお母さん」

「ん?」

「もし俺も麗瑠も【神様の器】を持っていたら、母さんは今も俺たちのどちらかに【神様】になってほしかった?」

「うーん。今は別に、かな。これはお母さんの勝手な感想なんだけど、麗璃は自分の力で自分のことを幸せにできそうだし、麗瑠だっておんなじ気がするの。きっとあなたたちは生きてさえいれば自分の力でなんとかできちゃうし、なんとかなっちゃうとお母さんは思う。村は今も昔も変わらずだけど村の外は年々変わっているからここを出てもやっていける気がするっていうのもあるけどね。結局お母さんはあなたたちが長く安心して生きられるようになるために村の風習を利用したに過ぎないから、別の手段を使って麗璃も麗瑠も自力で生きられるならそれでも全然いいっていうか

、村に依存するよりよほど健全だとすら感じてる」

「それじゃあ麗瑠は【神様の器】を持って産まれたけど【神様】にならなくてもいい?」

「……。……麗璃は麗瑠を【神様】にしたくないのね」

「したくないっていうか……。……ううん、やっぱりしたくない。だって【神様】になっちゃったら麗瑠はきっと【神様】としてずっと過ごさなきゃいけなくなっちゃう。母さんみたいに自分からそれを選んだんだったらまだいいけど、だれかに望まれたから【神様】になるっていうのは〝だれかのせいで麗瑠のこれからが決められちゃう〟ってことだと思うから」

 母は俺の発言に少し表情を固めて、しばらく黙ったあとその問いの答えを出した。

「もしも麗瑠が村のみんなから【神様】になることを強いられたとき、どうしてもこの子を守りたかったら、麗璃は強く強く誰よりも願うのよ『麗瑠を【神様】にしないで』って」

「……願うと、どうなるの?」

 母は優しい眼差しでこちらを見つめ優しく俺の頭の上へ手を伸ばす。そしてとてもとてもやわらかな手つきで頭を撫でるといつもの和やかな声色とは違う芯のある声で言った。

「強い願いは運命すら動かし、【神様】すら上回るのよ」



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