夏休み4日目 麗瑠視点

 今日もイツカちゃんは【神様】の話題を出す。最近の彼女のマイブームがそれらしい。生然くんはちょっとだけ呆れた顔をしながら「まぁ珍しい話題ではあるもんな」と言い、ちらりと慧念さんをうかがう。わたしも視線だけそちらに向けて同じように彼の顔を見たがその表情にはなんとも言えない不機嫌さみたいなものがあらわれていた。

「【神様】にはふしぎな力があるのよね! みんなだったらどんな力がほしい?」

 ふふふ、とかわいらしく笑いながらイツカちゃんは「私だったらねー、どうしようかなぁ」と軽い調子で思案している。珍しく話題に乗っかるように生然くんは「実用的なやつがいいよな」と真顔でぼそりと呟いていた。

「うるるだったらどんな力がほしい?」

 わたしは投げかけられた質問に応えたくて必死に頭の中に超能力っぽい言葉を思い浮かべる。サイコキネシス、千里眼、テレポーテーション……。けれどどれもピンと来ない。

「えっと……、うーん……。うーん……。生然くんはうるるにはなにがいいと思う?」

 わたしは手近な生然くんに問いかける。彼はちょっと悩んでから口を開いた。

「その決定を避ける困った性格が治る能力がいいんじゃないか? それなら実用的だろ?」

 彼のことだからそのくらい自分で決めろよと突っぱねられてしまう気がしていたけれど意外にもしっかり考えてくれたらしい。たしかに決定する力が身につくのはかなり役立ちそう。

「じゃあうるるはそれにしようかな~――あ、でもママとおんなじでもいいかも!」

 わたしは「そうしたらママとお揃い!」とにこにこする。イツカちゃんは「うるるのお母さんの能力って?」と目をきらきらさせてずいっと身を乗り出しながらわたしに問う。

「えっと、たしか――」

「『干渉』と『分配』だよ」

 わたしに代わって兄ちゃんが答える。イツカちゃんはまだまだ興味が引かない様子で「あんまり超能力っぽくない名前なのね! どんな力なの?」と続きを促す。

「『干渉』はあらゆる事柄、それこそ政治的だろうが自然的な物事にでも『干渉』できる力、『分配』は自分の能力を他人に分け与える力だって聞いている」

 ふむふむとイツカちゃんは頷く。生然くんもこの話は初耳だったらしくいつの間にかすっかり話を聞く姿勢になっていた。

「あらゆる物事に干渉できるってすごい! じゃあうるるのお母さんは明日の天気とか次の大統領選挙とかにも干渉できちゃったの?」

「実際にやるかやらないかは別として不可能ではなかったと俺は思う。でも母さんは【儀式】で生まれた【神様】だったからやっぱり例に漏れず【欠落】があって、そこまで大掛かりなことはできなかったみたい。まぁ俺が知らないだけでめちゃくちゃでかいことやってた可能性もなくはないけどね」

 兄ちゃんは他にも聞きたいことはある? とイツカちゃんに聞く。すっかり質問タイムだ。

「じゃあ『分配』の能力は? 誰にでも自分の持っている【神様】の力、要するにうるるのお母さんだったら『干渉』と『分配』の能力をあげれちゃうってことでしょ? いろんなひとに分け与えたらみんな能力持ちになっちゃいそう」

「いや、やはりこちらにも【欠落】の影響が出ていて〝だれにでも分け与えられるわけじゃない〟んだ。だからイツカちゃんが言ったようなみんな能力持ちってことはできない」

「そうなんですね! でも限られたひとはたしかにその【神様】の力を分け与えてもらえて、自分も【神様】みたいにその力を使うことができる」

 イツカちゃんの言葉に兄ちゃんはすかさず「ちょっと惜しい」と不正解を提示する。

「〝【神様】みたいに〟は使えない。なんせ【神様】ではないただの【人間】だから」

 イツカちゃんは珍しくむむむ……とわたしから見ても脳をフル稼働させていることがわかるような考えるポーズをとる。質問タイムはいつのまにかクイズタイムになったらしい。

「うーん……? なにかデメリットがあるとか、ですか?」

「そう。【儀式】を経て誕生した【神様】は【欠落】があるにせよその存在だけで能力を使える。けれど『分配』で能力を分け与えられた者は肉体が【人間】のままだからその存在だけでは力を発揮できない。そこでなんらかの代償が必要になる」

 代償? とイツカちゃんはまた答えを探そうとし始める。しかし彼女が答えにありつくより先に兄ちゃんは正解を口に出していた。

「〝寿命〟だよ。使用する力の強さに応じた自らの寿命と引き換えるんだ。だから【人間】は【神様】の力を使いすぎると死ぬ。それが最大にして唯一のデメリットだよ」

「お兄さんは【神様】の力について詳しいんですね」

「……まぁね。【神様】関連のことは母さんが昔よく話してくれていたから」

 兄ちゃんは伏し目がちに手元の麦茶を眺める。結露したコップの側面がその手を濡らす。

 ふたりのお話が一段落ついたことを確認して、わたしは話を戻す。

「それで、イツカちゃんはどんな力がいいか決まった? あ、寿命はかけない方向で!」

「そうねぇ、私はうるるとずっと一緒にいられる力がいいなぁ」

 彼女はすこし俯いてもじもじと恥ずかしげにそう言った。その耳はちょっぴり赤い。

「うるるとイツカちゃんは【神様】の力がなくてもずっとお友達だよ?」

 彼女の言葉にきょとんとしてそう言うとイツカちゃんはなぜかくすくすと笑う。

「じゃあ【神様】の力がない私でもうるると一緒にいていいってこと?」

「あたりまえだよ~! イツカちゃんだって生然くんだってうるるとずっとお友達だよ!」

「じゃあうるるもずっと私といたいって願っていてね? 願う力って【神様】の力に匹敵するくらい強力ですごい力があるの。だから私とずっと一緒にいたいって、そう強く願ってね」

 ちょっとだけ寂しさとか憂いとか、そういう気持ちを込めたような表情でイツカちゃんはわずかに微笑んだ。その笑みがすごく遠くに感じられて、わたしは思わず隣にいる彼女の手をソファの上で握った。

「じゃあ約束ね! うるるも願うからイツカちゃんも願うんだよ!」

「……うん! 約束ね。私もずっと、ずっと願い続けるから」

「おいイチャイチャはそこまでにしてくれ。除け者の僕はもう宿題に戻っているぞ」

 本当にいち早く宿題に戻っていたらしい生然くんはこちらに見向きもせず、ノートから目を離すことなくカリカリとシャーペンを動かす。彼は「別におまえらの宿題が終わらなくても僕にはなにも関係ないけど、それがどういうことかわかってる?」と言葉尻に少し拗ねた雰囲気を含めて言った。

「イツカちゃんが宿題を終えられないわけがないから、そうなるとうるるだけがひとり宿題未提出になっちゃうってこと……?」

「そうなるなぁ?」

「はわ……。それはとてもこまる……」

「じゃあとにかく手を動かせ。ああ、イツカは写させるなよ。それは最終手段だからな」

「もう、生然はいじわるね。うるる、終わらなさそうだったらワークやプリントは夏休み終了ギリギリになったら写させてあげるから、丸写しできない読書感想文とかを優先的に手をつけた方がいいかも」

「……ハイ、ガンバリマス」

 ぎこちない言葉遣いでそう言って、わたしはまたいそいそと宿題に向き合いはじめた。

 夏休み四日目。宿題はまだまだ山のよう。まるで肩に重い荷がずっしりと乗っているみたい。わたしは課題図書の小説をわからない漢字に躓きながら読み進める。

 勇敢な主人公に感情移入することも、かわいそうだって描写されているヒロインの境遇に同情することもできないまま、一ページ、また一ページと物語は進んでいくのであった。



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