夏休み3日目 麗瑠視点
夏休み三日目十五時ごろ。今日のおやつは慧念さんが持ってきてくれた和風シュークリーム! 生然くんはむつかしい顔をしながら「僕シュークリームって上手に食べれないんだよね」と生地の端っこからもれ出てくる生クリームや餡と格闘している。そんな彼の手はすっかり汚れてしまっていた。
「ねえうるる」
シュークリームに大苦戦する生然くんなんてほうって、イツカちゃんはわたしに話しかける。わたしはシュークリームをかじろうと開けた口を一度閉じて「なぁに?」と首を傾げた。
「うるるは【神隠し】にあったことがあるってほんとう?」
それを耳に入れた兄ちゃんと慧念さんのまとう空気がわたしにもわかるくらいピリっとした。そのピリつきは慧念さんの方が強かったみたいで彼はイツカちゃんをたしなめるように厳しい口調で口を挟む。
「ちょっとイツカちゃん。あんまり変なことをうるるちゃんに聞かないでくれるかな」
「あ、ごめんなさい。気になったから、つい」
怒られて珍しくしゅんと小さくなるイツカちゃんを庇うみたいにわたしは口を開いた。
「まあまあ! いいのいいの! ちょっと気になっちゃっただけだもんね?」
「うん……」
「中学生なんだから気になったからって聞いて良い事と悪い事の区別くらいつくでしょう」
「いーのいーの! 慧念さんはイツカちゃんを怒んないで!」
わたしに言われて彼はそっと口をつぐんだがイツカちゃんを見る目つきは変わらず鋭い。
「えっと【神隠し】のことだよね?」
「うん」
「うるるそのとき五歳だったから、ちっちゃくて全然覚えてないんだ……ごめんね……?」
「そうなんだ。まぁそうだよね、私も五歳くらいのときのことなんて覚えてないもん」
「おもしろいお話できなくてごめんね」
「ううん。私の方こそ興味本位で踏み込んでごめんね。慧念さんも、ごめんなさい……」
「あ、いや、ボクは……」
「慧念さん、ごめんなさいって言われて許したなら『いいよ』って言うんでしょ」
「…………、うん……いいよ」
慧念さんの返事を聞いたイツカちゃんはぱっと顔を明るくして「許してくれてありがとうございます!」と微笑んだ。それを見て慧念さんはなんだかぐぬぬと悔しそう。そこへやっとシュークリームを食べ終えた生然くんが口を開く。
「醜い争いしてないで互いに文句があるなら帰りにしてください。今は楽しいおやつタイムでしょ。家主だって喧嘩させるために場所を提供しているわけじゃないんですから」
そう言ってベトベトになった手を洗いにキッチンへ向かう。兄ちゃんも生然くんに同意して「まぁ、たしかに喧嘩なら外でやってほしいかな」と言った。
「ボクはうるるちゃんが気にしていないならそれでいいよ」
「じゃあうるるは気にしてないからこれでこの話はおしまいね! はい、おーしまい!」
ぱん、と一拍手を叩いてわたしは『おしまい』の合図をした。イツカちゃんはそれを見て「かわいい【儀式】ね」と微笑む。
「これね、兄ちゃんがよく喧嘩を止めるときにやってくれるの。今から手を叩くから、そしたら喧嘩はおしまいで仲直りねって」
イツカちゃんは一度兄ちゃんを見て「そうなのね」って呟くと瞳を伏せた。その表情はどこか懐かしいものを思い出しているみたい。
刻々と時計の針が進む。時間の流れに従うことしかできないわたしたちは今日しかできないなにかを残すことができただろうか。