夏休み6日目 生然視点
今日は夏休み六日目。昨日と違ってみんなで集まることはできたけれどうるるのわがままにより宿題は一旦お休み。
みんなでのんびり休息を満喫する日になったのを良いことにうるるは「今日は雲が多くて涼しいから外に出て庭で遊ぼう!」と普段宿題を前にしてべそをかいている様子からは考えられないくらいはつらつとした笑顔を浮かべながら僕とイツカの手を引いてすっかり乾いた庭に出て行く。麗璃さんと慧念さんはといえば「俺たちはここで涼んでいるよ」なんて言いながらテレビにゲーム機を繋いで格ゲーをはじめてしまう始末。
彼らを頼れないと理解した僕は小言を呟きながら瀬戸瀬家の庭に出た。玄関の前に広がるバスケットコートに連れられた僕たちはうるるがいつの間にか持ってきていたバスケットボールを使ってフリースローをして遊ぶことに。
庭に出て一番最初にしたことは順番決めのじゃんけんだった。一番最初にひとり勝ちしたイツカは「じゃあ二番」と、二戦目でうるるに勝った僕は「最後がいい」と言う。言い出しっぺは「えーうるるが一番ー?」と不満げだがしぶしぶといった様子でボールを構え、狙いを合わせると「えい」と意外にも力強いシュートを打った。しかし放たれたボールはネットに入らず、ゴールの縁に当たって跳ね返る。
「あちゃー。じゃあ次はイツカちゃんどーぞ」
うるるは転がっていったボールを拾い上げてイツカへパス。それを受け取ったイツカは照準もそこそこにひょいっと軽い動作でボールを放った。
二番手のイツカが投げたそれは上手い具合にボードに当たり見事に一本先取。
「すごーい! じゃあイツカちゃんはあと二本入れたら勝ちね!」
どうやら三本先取したひとが勝ちらしい。そういう説明は先にしろと心の中で思う。
「やった~」
うるるとイツカはきゃぴきゃぴとハイタッチをしている。僕はあのノリ正直苦手だ。
そして今度は僕の番。僕の背中に向けてふたりは「がんばれー」と緩い声援を送ってくる。それがなんだか小っ恥ずかしくて、僕は思わず完璧にタイミングを計りきる前にシュートを打ってしまう。
案の定、手から放たれたボールはゴールネットの下を通り抜けあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。僕は慌ててボールを追いかけ捕まえる。
イツカが成功した手前、直後に盛大に外すなんてかなり恥ずかしいなと思いながら一巡して次の番のうるるにボールを手渡そうと後ろを振り返った。
視線の先で、うるるとイツカは手を繋いでなにか会話をしているようだった。
途端、強風が吹き荒れる。ばさばさと木々が暴れるように揺れて、僕は思わず目を瞑った。
次に視界に世界が広がったとき、そこにはうるるの姿もイツカの姿もなかった。あたりを見回しても、やはりどこにもいない。僕はこれはイツカが考えたいたずらで、それにうるるも乗っかったんだなと憶測をたてた。
「おい、隠れてないで出てこいよ」
風の音がびゅうびゅうと鳴り響く以外、世界はとても落ち着いてる。
もしかして風が強くなってきたから先に家の中に帰ったのか? けれどあの一瞬吹いた強風の間にこの庭から家の中に戻るなんて可能なのか?
思慮を巡らせながらも僕は一度家の中へひとり戻る。
リビングのキッチンカウンターで麗璃さんたちは作業をしていた。ゲームは早々に切り上げたらしい。僕はリビングの入り口から「うるるたちが先に帰ってきませんでしたか?」と問いかける。しかしふたりは不思議そうな顔をしながら「帰ってきてないよな?」と顔を見合わせている。
「フリースローして遊んでたんですけど、僕の番が終わってうるるにボール回そうとしたらもういなかったんです」
「えー、うるるちゃんもイツカちゃんも?」
「はい。〝突然凄い強風が吹いたあと〟ふたりともどこかに消えてしまっていて――」
そのとき慧念さんがガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。
「突然強風が吹いて、目を離した隙にいなくなった!?」
目を見開きとても慌てた様子でそう言うと、彼は立ち尽くした。
「慧念?」
「……、――あの日と、うるるちゃんが【神隠し】にあったときとまったく同じ状況だ」
それを聞いた麗璃さんは考えこむように顎に手を当て瞳を伏せた。慧念さんは依然として動揺している様子で「また【神隠し」が起こるなんて……」と顔を青くしている。
「うるるたちがいなくなったのは十年前のあれがまた起きたからって言いたいんですか?」
「突然強風が吹いて目を離した一瞬の間にいなくなるなんてどう考えたって【神隠し】意外ありえないだろう!?」
慧念さんはすっかり冷静さを欠いている様子でぶつぶつとなにやら独り言を言っている。そんな慧念さんを放って、麗璃さんは組んだ指を額に当てて祈るように俯いてた。
「一瞬だけ、二人の居場所が軽くわかる程度に『干渉』の能力を使う。それなら神隠しだろうと誘拐だろうと今の二人の状況がわかるはずだ」
「『干渉』って、お母さんが持っていたっていう? どうしてそれを麗璃さんが……」
「――まさか、彩命さんが『分配』の能力で麗璃に力を……?」
麗璃さんは祈るような姿勢のまま「ああ」と素っ気ない肯定を示す。
僕はみるみる顔色が悪くなっていく麗璃さんを見つめながら「まさか今、その力を使っているんですか……?」と問うた。彼はまぶたを閉じたままそっと頷いた。
少しして麗璃さんはぱっと目を開いた。そして肺の空気を全部出すくらいの大きな溜め息をつく。
「ふたりが一緒にいることとある程度の場所はわかった」
とても辛そうな表情で眉間にしわを寄せたまま麗璃さんは慧念さんに向き直る。
「慧念、頼みがある。おまえにしか頼めない」
「な、なんだい? それはうるるちゃんたちの【神隠し】解決に関係があること?」
「ああ。慧念は浅古医院に行って十四年から十五年前に浅古医院で【神様の器】を持って産まれたこどものカルテと世命イツカのカルテを探してくれ」
「該当者はそう多くないだろうし構わないけど、それと今回のことと何の関係が……」
「理由はあとで説明する。とにかくお前は一刻も早くカルテを探してきてくれ。俺と生然は青澄神社へ向かう。カルテが見つかったら神社に来い」
切羽詰まった様子で指示を出された慧念さんはそれ以上意見することなく瀬戸瀬の家を後にした。
「神社に行くんですね、僕にはなにか出来ることってありますか?」
麗璃さんは難しい顔のまま僕を見る。その眼差しは曇っていて、冷や汗もかいている。どうやら本当に麗璃さんにはそのお母さんから引き継がれた【神様】の能力があり、たしかに寿命と引き換えに力を発揮しているようだ。
「生然は、願え」
「え? な、なにをでしょう?」
「うるるが戻ってくるように、全身全霊をかけてとにかく願うんだ」
息も絶え絶えになりながらそう言うと麗璃さんは大きく咳き込む。
「わかりました。とにかく願えばいいんですね」
そして僕たちも家を出て神社を目指す。移動中も僕はとにかく願った。うるるもイツカも無事であることを、ただ願った。
苦しそうでたまらない様子の麗璃さんを気にかけつつも、けれど悠長にもしていられない切迫を感じながら僕たちはやっと神社に到着した。
「これからどうするんですか?」
「……生然はそこの鍵を、取ってきてくれ」
息苦しそうにしながら麗璃さんが指さしたのは青澄神社の祠だった。
「祠の鍵? どうしてですか?」
「うるるたちのいる場所に一番近いからだ、とにかく、はやくあの中に入らなきゃ……」
僕はおとなしく指示に従い麗璃さんを祠の前にある階段に寄りかからせると集会場へ鍵を取りに行く。
怖いことで有名な鍵番のおじさんが留守にしていることを確認して、僕は祠の鍵と電池式のランタンを手に取り急いで麗璃さんの元へ駆けていく。
僕が再び祠にたどり着いたのはすでに慧念さんが一足先に神社に着いたあとだった。先程以上に真っ青な顔をした慧念さんは「これはどういうこと!?」と麗璃さんに詰め寄っている。
「その話は祠に入ってからする。――生然、鍵を開けてくれ」
厳かなその声色に突き動かされるように僕は錠の穴に鍵をさして回した。
鈍い音を立てて開いた扉から中を睨む。僕たちの背中越しに入る日光で照らされた内部にひとはいないようだ。
「入るぞ」
男が三人入るには狭い空間に麗璃さんは背をかがめて入っていく。僕と慧念さんもそれに続き、全員が入ったことを確認した麗璃さんは僕に扉を閉めるように言った。指示に従い入り口を塞ぐ。日光が遮断され、祠の中は真っ暗になった。僕はランタンを灯すと三人の中間に置いた。
「ちょっと麗璃、あれはどういうこと!? 頭がこんがらがってどうにかしそうだ」
慧念さんは落ち着きがない様子で乱雑に自らの頭を掻く。
麗璃さんは辛そうな顔をもっと険しくさせるとゆっくり話し始めた。
「まず慧念に調べさせた十四年から十五年前に【神様の器】を持って産まれたこどものカルテについてだが、それはたしかに存在したか?」
「あったよ! うるるちゃんの他にひとりだけ、でもあれって――」
「ああ。それは同時に間違いなく世命イツカのカルテだったはずだ」
僕は話しについていけず、ただ「どういうことですか……」と掠れた声を出すので精一杯だった。
「世命イツカはすでに十年前【儀式】を終えたれっきとしたこの村の【神様】だ」
慧念さんは信じられないと言った声色で「根拠は……?」と問いかける。
「十年前の祭りの日に【神様】になるとされていたのは麗瑠だった。しかし麗瑠は忽然と姿を消した。だから代理の依り代があてがわれたことは慧念も知っているな?」
「ああ、神隠しは実際に見ていたし、代理の件も兄さんから聞いたからね」
「すべての祭具が麗瑠用に作られていたあの日、例に漏れず祭服も麗瑠のサイズで作られたいただろう。その祭服を着て【儀式】を受けられるのは麗瑠とほぼ同じ年齢で似た体格のこどもであるはず。そしてその年代で【神様の器】を持って産まれたのが麗瑠か世命イツカの二択なのであれば答えは明白だ」
「待ってください。十年前よりもっと前に作られた祭服を使った可能性があればうるるのお母さんみたいな成人女性が代理になった可能性だってあるはずです。それにイツカは村には出戻りだって言っていた。本当に【神様】なら村の外には出られないはずだ。なにもそこまでこじつけてイツカを神様だってことにする必要は――」
「こじつけなんかじゃない。世命イツカが一度村を出ているというのは彼女の、いやそれどころか村ぐるみの嘘だ。そうだろう? 慧念」
「……ああ、たしかに彼女が転校してきたとされる時期以前、それもかなり長期間うちの医院を受診していた痕跡があった。父さんを詰めたら昔からあの子のことを知っているようだったし、たぶん麗璃が言うとおりなんだろう……」
「でもそれならなんでわざわざ――」
「理由は本人に聞けばいい。だが世命イツカはたしかに【神様】の力を持っている。おそらくは『干渉』に似た力も持っているだろう。それが今起きている【神隠し】の原因だ」
「どうして……どうして、そんなことが言えるんだい?」
「十年前、俺も似たようなことをしたから」
慧念さんはハッとした様子で呟く。
「まさか、十年前の【神隠し】は……」
麗璃さんは観念したように疲れ切った笑いを漏らすと口を割る。
「そのまさかだよ。……十年間の【神隠し】は俺が『干渉』を使って行った。麗瑠を【神様】になんてさせないために」
「麗璃……それじゃあおまえは一体今まで何年分の寿命を消費したんだ……? 人間ひとりを六日間も【神隠し】にあわすなんて【儀式】を経ていたって――」
麗璃さんは「まったく、俺もどうしようもない馬鹿だよなぁ」と自嘲気味に笑う。そして彼はさきほど瀬戸瀬の家でしていたように指を組み願う姿勢をとる。
「待て、麗璃――! おまえまた力を使うつもりか!? いい加減にしないと本当に死ぬぞ!」
慧念さんは依然として願うことを辞めない麗璃さんの肩を掴んで自らと向かい合わす。
「本当に世命イツカがすでに【儀式】を終えた【神様】だったとしよう。今おまえは【神様】に干渉しようとしているんだ。それがどういうことかわかるな? 下手したら一発で寿命が吹っ飛ぶ可能性だってありえるんだぞ」
「――知ってるか、慧念」
麗璃さんは不敵な笑みを浮かべながら自身の肩を掴む慧念さんの手を振りほどく。
「自分の命をかけるほどの願いっていうのは〝運命すら動かし、【神様】すら上回る〟んだよ」
彼はたしかに胸に抱いた決心の元、それを願い続ける選択をした。
じゃあ僕は? 僕が今だれかを救うためにできることは? 僕が今できる精一杯は?