CMオーディション(LightPillar)

「結構いい線行ってたと思うんだけどな。最終審査まで残れたし」

 私に向けられるミチルちゃんの声は慰めを含んでいた。けれど私の落ち込みは止まらない。私は俯いて目の前に置かれた不合格通知から目を逸らす。

 オーディションを舐めていたわけではない。むしろ過去の経験を思い出して神経を尖らせていたくらい、それ相応のものであると理解し覚悟していた。そのはずなのにこれほどまでにショックを受けている。今回受けたものは手応えがあったぶん落ちたときのダメージも大きい。

 今の企業で落ちた審査の数は三件。数で言えば大したことないのだけれど経歴のない私達が出られるオーディションには如何せん限りがある。手当たり次第にどんどん受けていくわけにもいかないプレッシャーが重くのしかかり、事務所のオーディションを受けていた頃よりも私の精神をすり減らした。

「何がいけないんだと思う?」

 二人に問う。ミチルちゃんは悩んだ様子で黙ったがレイちゃんは違った。

「俺達が自分たちの個性を上手く活かしきれていないのが原因かな。個人でもユニット全体でもね」

 各々とユニットの個性……。確かにどこがアイドルとしての自分の長所です強みですってまだ分からない。

「俺達は結構特殊なユニットでね。男女混合アイドルってだけでも珍しいのに大きい男二人に小さい女の子一人、年齢も離れている」

 レイちゃんの説明にこくこくと頷く。

「詩子だけ見れば元気溌剌なフレッシュさが利点になるかもしれないが俺やミチルはそれとは遠いだろう? 逆もそうだ、俺とミチルだけなら大人っぽい男性アイドルだけど詩子が加わると平均年齢も下がるし格好良いと手放しで言う感じではなくなるね。お互いがお互いの個性を打ち消してしまいがちなんだ」

「なるほどな。要するにバランスが複雑で、そのせいで色気や格好良さを求めている企業にも可愛さフレッシュさを求めている企業にも微妙に引っ掛からないと」

「うん。けれどこれは決して悪いことではないんだ。使い方さえ工夫できればとても大きな個性になると思う。だってただ若くて元気な女性アイドルもただ大人っぽくて格好良い男性アイドルも溢れるほどいるからね。各々の個性を残しつつ俺達三人特有の個性をアピール出来れば結果は変わってくるはずだ」

 私達三人揃って発揮されるなにか、か。

 ミチルちゃんの良いところもレイちゃんの良いところも言える。自分の良いところもオーディションの自己アピールで沢山考えたから一応言える。けれど、三人じゃないといけないことってなんだろう?

 話し合いはノックの音で中断される。入ってきたのはマネージャーさんだった。彼の手にはコピー用紙が何枚か持たれていた。

「新しい募集要項を三つ持ってきましたので目を通していただけますか?」

 そう言ってマネージャーさんは休憩室のテーブルに用紙を並べていく。それらに書かれている概要をミチルちゃんは一つずつ読み上げていく。

「今度のCMオーディションは、旅行会社の新プランの宣伝、電球会社のLEDライトの宣伝、それと製菓会社の新作チョコのイメージキャスト」

「チョコ! 詩子チョコのCMやりたい!」

 お菓子が食べられるんじゃないかなとはしゃぐ私にミチルちゃんはとても呆れているが、レイちゃんは違った。

「……これだ」

「え? レイどうした」

「これだ!  俺が求めていたものは!」

 レイちゃんは珍しく大きな声を上げ、募集要項の紙を私達に見せながら興奮した様子で続ける。

「日本三大製菓会社の一つツバイ製菓から新しく三種類の期間限定チョコレートが発売される」

「ツバイ製菓って知ってる! 詩子が好きなアイドルもそこのCM出てた!」

「子役を起用したり家族愛をテーマにしたり、なんとなく家族向けっぽいCMをよく作ってる企業だよな」

「そう、その認識であっているよ。今回発売される味はパッションベリー、ビターモカ、チョコミント。三種類それぞれの配役を決め、担当イメージキャストと各味をピックアップした三種類の映像と全員が参加する映像の計四種類を撮影してランダムで放送するらしい。これなら三人で映っている画を撮りつつ一人一人の個性が出た画も撮れる」

 レイちゃんの熱のこもったちょっと早口な説明に圧倒される。だけど私達にとってとてつもないチャンスであることはしっかりと伝わった。

「詩子がベリーで俺がモカ、レイがチョコミントか。カラーリング的にも良い感じだな」

「そうなんだ。イメージキャストである以上商品のイメージと沿った人員が採用されるだろうからそこも重要なポイントだね。このオーディション受けたいんだけど二人はどうかな?」

「詩子も受けたい! CM出たい!」

「藁にもすがる思いなんだ、文句はないし、レイにそこまで言わせて受けない理由もないだろう」

 その会話を聞いたマネージャーさんは嬉しそうにそれではこちらのオーディションの手配をしてきますねと休憩室を後にした。

「これ以上ないチャンスだ。なんとしても受かろう」

 そう言うレイちゃんの表情は野心に燃えていた。

 ♪♪♪

 最終審査会場の控え室で私達は作戦会議をしている。だがそろそろ審査本番に臨まなければならない。

 これまでも最終審査まで残れることは多かった。今回も運良くここまで辿り着けたけれどここが最大の難所。今までの壁なんて小さく見えてしまうくらい厚くて高い大きな壁。

 今回のオーディション、最終審査は二組しか残っていないらしい。私達Light Pillarと、まさに今、私達の前に審査を受けているグループ。

「審査内容は直前まで伏せられているから対策のしようがない。けれどとにかく自信を持って自然体で挑もう。前のユニットより今回の商品にあったアピールをすれば受かるんだ。それは決して容易いことではないけれど不可能でもない」

 レイちゃんの声は落ち着いているけどとても熱く感じた。その声につられ、私達の士気も上がる。

 そろそろ行こう、とミチルちゃんが立ち上がり私達もそれに続いて立ち上がる。

 廊下に出て扉を閉めたとき、向こう側から歩いてくる三人組の一人が声をあげた。

「げぇ、らいとなんとか」

 声を発したのは黄緑色の髪をしたお兄さんだった。彼は眉を顰めて苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 私は、彼の声に聞き覚えがあった。

「あ! レイありきのくせにのひと!」

 忘れもしない。合同ライブで嫌なことを言ったあの声。

「はぁうるさい、騒ぐなよちっちゃいの」

 私を見下ろす彼の目はとても意地悪で、思わず身が縮こまった。その視線を防ぐように私の前にレイちゃんが立つ。

市先侑生 しさきゆうせい 、君か、新人に嫌味を言ったのは」

「嫌味? 実際そうだろう。今回のオーディションだって、どうせ元αIndiがいるから残っているようなもんだって誰もが思っている」

「随分な口の利き方だね。君は敬語が使える人間だと思っていたのだけれど」

「αIndiのネームバリューがないやつに気ぃ遣うわけがないだろ。それともなに、まだ自分の地位が今までのままだって思ってる?」

 市先さんは牙を剥く。だがそれを諫めるように「こらこら~、ゆーちゃん。よその敷地で険悪なムード出さないの」と間延びした声を発する三つ編みのお兄さんが彼の頬をちょいちょいと突いて割って入る。

「ゆーちゃんがなんかするとさぁ、俺らもゆーちゃんと同レベルだと思われるでしょ? 恥ずかしいからやめてよね」

 そう言って三つ編みのお兄さんは市先さんの頬を引っ張る。顔を歪めながら抵抗する市先さんを物ともせず、彼はふふっと笑っている。

 もう一人のお兄さんは隣の二人のことなど気にも留めず私達に話しかける。

「もしかして俺ら認知されてない感じ? お嬢さん俺らの名前とかユニット名分かるかい?」

 私は誤魔化すように苦笑いを浮かべたが、ミチルちゃんは正直にすみませんと一言謝罪を伝えた。

「なるほどーとてもショックです。 KeepOUT キープアウト のネオンライトブルーこと 色水光蛍 しきみみけ です。逆さから呼んで 蛍光水色 ネオンライトブルー ってね。名前が難読だから色で把握してくれると有り難いな。もしあだ名で覚えるんだったら〝みみけ〟でよろしく」

 そう言って、何を考えているのか読み取れない笑顔で私に手を振る。お腹の前あたりの低い位置で両手を振るその姿と淀んだ瞳がなんだかテーマパークの着ぐるみみたいだ。

 ぎこちなく手を振り返すと「あれ? もしかしてとても怪しまれているのでは?」と彼はより目を細めより口角を上げて笑った。

「だってみみけくん実際に怪しいし笑顔が嘘くさいんだよねぇ」

  色水 しきみ さんは悲しいなぁとしくしくと泣き真似をしたあと「まぁわざとなんだけど」と冷ややかな笑みを浮かべた。

「えっと、こんにちはLight Pillar。俺は 上岡 かみおか ひいろ。ちょっとゆるめの三つ編みがトレードマークのKeepOUTの自称良心です。そんでこっちが市先ゆーちゃん」

市先侑生 しさきゆうせい だ。忘れそうならゆーちゃんでもいいけど」

 ムスッとしているが最初よりも棘のない声だった。

「KeepOUTさんお名前覚えてなくてごめんなさい。Light Pillarの百瀬詩子です」

「本当に失礼しました。同じくLight Pillarの佐倉ミチルです」

 二人揃って頭を下げると市先さんは僅かにたじろいだ。

「別に、いいし、今覚えれば」

 そう言ってそそくさと去って行く市先さんの後ろ姿を色水さんと上岡さんはくすくす笑っている。

「ごめんねぇ。ゆーちゃんはさ、αIndiが嫌いなだけで君らのことは別に嫌いじゃないんだ。性格がアレなのは事実だから全然許さなくて良いけど誤解はしないであげて」

「それじゃあ俺らももう行くね。君らも急がないと審査が始まるよ」

 それだけ言い残すと二人はのんびり悠々と歩いて市先さんの後を追った。

 彼らの後ろ姿を見送ったレイちゃんは急ごうと私達を引き連れその場を移動する。

 移動途中ミチルちゃんが彼らのことを幾つか質問していた。それにレイちゃんが答える。

「彼らもWdFに参加経験があるそれなりに人気のあるアイドルだ。ただ系統がαIndiとだだ被りしているせいでなかなか本戦で目立てないといった問題があってね。市先なんかはデビューしたての時にとあるメンバーにとても弄られたせいでαIndiが嫌いなんだ。あの悪口は詩子達が気に入らなかったというよりも遠回しに俺を批判するために言ったんだろう。本当にごめ――」

「すぐ謝らないの!」

 私に叱られたレイちゃんはぐっと言葉を飲み込み、飲んだ謝罪の代わりに「合格を勝ち取って見返そう」と強く宣言した。

 ♪♪♪

 オーディション会場は普通の会議室で、一つの長机に三つの椅子が備えられており、その目の前には三脚に固定されたカメラが設置されている。審査員用の机や椅子は見当たらない。

 それぞれ自己紹介を終え、一体どんな試験が行われるのだろうと固唾をのんだ。 「Light Pillarさんおはようございます。審査の案内を務めさせていただきます、ツバイ製菓広報担当の村上と申します。今回の審査内容ですが、お三方に新作商品を実食していただきながらお喋りをしていただきます。その様子をこちらのカメラで録画し、その映像を審査映像として用い合否を決定させていただきます」

 チョコを食べてお喋りするオーディション。少し前の私だったらとても喜びそうな審査内容だけど今の私は違った。何を話せばいいんだろうとそればかりが頭を占める。

「皆様席にお掛けください。私が退室してから二〇分が経ちましたら再びこちらに戻りますので、そうしたらオーディション終了です。それでは審査を始めます」

 そう言って案内をしてくれた村上さんは部屋を出て行った。残されたのは私達三人とその前に並べられた三つのチョコレート。

「とりあえず開封して順番に食べようか」

 レイちゃんは事務所の休憩室でお菓子を開ける時みたいに自然にチョコミントの箱を開けた。その様子に少しびっくりしたけれど、すぐにそれが正しい対応だと気がつく。

 そうか、なにも緊張しなくていいんだ。オーディションなのを意識しつつもいつも二階の休憩室でしているお喋りをすれば良いだけなのかもしれない。そう思うと少し緊張が和らいだ。

 私もパッションベリーの箱に手を伸ばすとそれを開け、整然と並んだチョコを一粒摘まんで口へ運ぶ。甘さのなかにほんのりしたすっぱさと果実の香りが詰め込まれていて私は思わず声を上げた。

「おいしい! もう一個食べていい?」

「いいけど食い過ぎんなよ」

「十二粒入りだから一種類四つずつね」

 はーいと返事をし、また口に放り込んだ。やっぱりおいしい。

「モカは意外と苦くない。でもちょっと苦い」

「どっち」

「どっちも」

 私とミチルちゃんの掛け合いにレイちゃんがクスリと笑う。そして、詩子も食べて見れば分かるんじゃない? とビターモカの箱を私の前に差し出した。

 私は「苦いの得意じゃないんだけど……」と言いつつそれを口にした。

「……うん? お~! 一瞬苦いって思ったんだけど、後味っていうの? 口からなくなったあとが甘い! でもちょっと苦い! これすごい」

 これなら食べられるともう一つ口に運ぶ。今度も同じように、溶けて口からなくなったあとの甘さと少しの苦さに感激する。またもう一つ、と手を伸ばしたところでミチルちゃんから「凄いペースで食ってるけど一人四つまでだからな」と釘を刺される。怒られた……と少し拗ねながらレイちゃんの方を見ると、彼はチョコミントの箱を自分の前に寄せ、もぐもぐとそれを咀嚼していた。

「レイちゃん、独り占めだめ、一種類四つまでだよ」

「さっきミチルから三つ貰っちゃった」

「あぁ、あげた」

「えー! そういうのあり?」

「詩子とミチルにモカとベリー一個ずつあげたらありってことにならないかな?」

「え~しょうがないなぁ~」



   ぱくぱくと調子よくチョコレートを食べながらお喋りをしていたら二〇分なんてあっという間だった。丁度全ての箱が空になったとき、ノックと共に広報の村上さんが戻ってくる。

「お疲れ様です。チョコどうでしたか?」

「とってもおいしかったです!」

 元気いっぱいに返事をした。ミチルちゃんもレイちゃんも口々に美味しかったですと笑い、それを聞いた村上さんはとても嬉しそうに微笑んだ。

「審査はこれにて終了です。審査の合否は一週間後までに事務所の方に郵送させていただきます。本日はありがとうございました」

「ありがとうございました!」

 三人の声が重なり会場内に響いた。

 ♪♪♪

 今日でオーディションからぴったり一週間。落ちても受かってもその報せは必ず今日来る。私やミチルちゃんだけでなく、珍しいことにあのレイちゃんも落ち着きがないようだった。

「KeepOUTと俺達しか残っていなかったんだ。半分の確立で受かる」

 自らを落ち着けるようにレイちゃんはそう呟いた。

 休憩室の扉がノックされ、私はマネージャーさんが来たのかなと思いどうぞと返事をした。入ってきたのはやはりマネージャーさんだったが、その隣には社長も一緒だった。

 まさか今回の成果も振るわなかったからCMオーディションは一端止めにしようと社長直々に言われるのではと私の脳裏に不安がよぎる。ミチルちゃんやレイちゃんも似たようなことを考えているらしい。二人とも顔に緊張が表れている。

「一週間前に最終審査を終えた製菓メーカーから合否通知が届きました」

 社長が普段の柔らかい声とは違う厳かな声で切り出す。その様子に思わず生唾を飲んだ。これはやはり、残念ながらと不合格を報されるのではないか。

「こちらが郵送されてきた文書です。代表して水森くん、中身の確認をお願いします」

 名指しされた彼は立ち上がりマネージャーさんの元へ向かう。

 マネージャーさんから手渡されたのは既に開封を済まされた茶封筒で、それを受けとったレイちゃんは一度深呼吸をして、中から用紙を取りだした。

 ゆっくり慎重に紙を開いていく音が聞こえる。私達にはレイちゃんの背中しか見えない。

「はぁ……」

 中身を見たらしい彼は天を仰いで大きな溜め息を吐く。私のドキドキは最高潮に達していた。

「ど、どうだった?」

 私はレイちゃんを急かす。

 レイちゃんは手にしている用紙を私達に向けて掲げる。その表情は出会ってから今までで一番の笑顔だった。

「受かったのか!?」

 ミチルちゃんがレイちゃんの手から合格通知をひったくり内容を確認する。

「すげぇ、本当に合格通知だ」

「よかった~! 本当によかった! あぁ嬉しい」

 彼の声は少し掠れていた。ピンク色の瞳がうるうるしていて、それを抑えながら嬉しいと何度も呟いている。

「大手製菓メーカーの新作チョコのCMだ。宣伝効果は十分だし個人をピックアップした映像も撮ってもらえる。詩子とミチルがちゃんとテレビに出られる」

 その言葉でどうして涙を浮かべるまでに喜んでいるのかを理解して私まで涙目になった。

 レイちゃんは自分に仕事がきたことが嬉しいのではない。〝私とミチルちゃん〟に仕事がきたことが嬉しいのだ。彼は私達二人のことでそれほどまでに喜んでいる。

「信じられないけど実際に通知が来ているんだから俺達が受かったんだよな……。でもどうしてKeepOUTじゃなくて俺達が選ばれたんだろう」

 あっちの方がキャリアや人気も上だろうにとミチルちゃんは付け加える。

 そうだ。私達が受かっているということはKeepOUTさんは落選したということになる。俺達を選んだ理由……とレイちゃんも考え込んでいる。

 顔を見合わせて悩みふける私達に向けて口を開いたのは社長だった。

「それなら多分、君達の家族っぽさが理由じゃないかな」

「家族っぽさ?」

 ミチルちゃんは不思議そうな顔をしたがレイちゃんはピンと来たらしい。なるほどと手を打ち鳴らしている。

「そうか、あの企業のCMは広い年齢層を対象としているからアイドル特有の色気や可愛さ格好良さという所謂〝それらしさ〟を前面に出すというより、人気俳優と子役を親子に見立てた家族愛をテーマにした映像を撮ることが多い企業だ。だから、その、親子とは言わずとも俺達の身内っぽさが受けたんじゃないかな」

「レイが長男、俺が次男、詩子が末の妹みたいな?」

 照れながらレイちゃんはそんな感じだと頷く。恐らく最終審査で撮った映像で素の人間関係が企業コンセプトと合っていた方が選ばれたのだろうと彼は続けた。

「KeepOUTの仲の良さは家族というよりも三人組の悪友といった感じだから、仲の良さは申し分なかったけれどテーマと少し合わなかったんだろう」

「企業が求める人材はキャリアだけが重要じゃないって話か。なにはともあれ仕事ゲットだな」

 レイちゃんは合格通知を封筒に戻しマネージャーさんに返した。その目にはもう涙は浮かんでおらず、かわりにこれからに対する希望が溢れていた。

「CM撮影もまた慣れないことで大変だろうけど俺達ならきっと大丈夫だ」

 そう言ってレイちゃんは放送されるのが楽しみだねと私とミチルちゃんに笑いかけた。

 ♪♪♪

 新作チョコレートのCMが流れている。画面に映る一人に見覚えがあった。いや、見覚えがあるなんてものではない。ずっと、毎日のように顔を合わせていた相手だ。

「瀬川、アレ、気になるか」

 五十嵐がぶっきらぼうに声を掛けてくる。表情は俺を心配しているようにも何か釘を刺そうとしているようにも見えた。

「……チョコ、美味しいのかなって」

 彼は怪訝な顔をして、誤魔化すのど下手くそだなと呆れて溜め息を吐いた。

「あのユニットは仲がいいの?」

 バレているならいいかと俺は誤魔化すのを止めた。五十嵐には話しても構わないと思ったから。

「仲は良いんじゃないか。見た感じじゃレイが他二人に甲斐甲斐しく過保護に接している感じだ」

 五十嵐は他人のことを良い意味でよく見ているタイプだから彼にそう見えていたのならきっとそうなのだろう。

「あのユニットのこと詳しいんだね」

「ちょっと前に共演してな。レイ以外とは一言も話さなかったが、ついでにちょっとばかし調べた。誤解すんなよ。好きで探ったわけじゃない」

 彼の様子からきっと新堂に言われたのだなと察した。

 あのユニットのことを教えてほしいと頼むと五十嵐は仕方がないといった様子でまた口を開いた。

「Light Pillarっつー男二人に女一人の三人組だ。レイのことは言うまでもないから他の二人についてだが、女の方が百瀬詩子っていう。いろんな事務所のオーディションに落ちていたらしい。うちの事務所を受けたときのエントリーシートを見たが養成所に長く通っていたみたいだからそこそこ歌えるしそこそこ踊れる。でもどっちも中途半端で、そこそこの中でも特にそこそこって感じ」

 先ほどのCMでベリー味を推していた子かと顔を思い出す。外見的にかなり若いだろうに、いろいろな事務所に落ちて大変だっただろうなと思った。

「そんでもう一人の男の方が佐倉ミチルって――」

「佐倉ミチル?」

 説明を途切れさせられ五十嵐は一瞬口を閉ざす。そして「何か知っているのか」と俺の返事を待った。

「どこかで名前を見たんだ。えっと、あぁそう、さっき受け取った台本の出演者リストだ」  そう言ってクイズ番組の台本を取り出し五十嵐に見せた。

「あぁ、いつものね。それに佐倉ミチルも出るのか」

「うん。ほら、名前が載っているだろう。なら彼とは近々顔を合わせることになるんだね」

 興味があって少し楽しみになった。だって――

「……程々にしとけよ」

「? なにが?」

 五十嵐はやっぱいいやと言い残してスマホを弄りだした。だから俺もさほど気に留めなかった。

 ――レイと仲がいい佐倉ミチルくん。レイに面倒をみてもらっている佐倉ミチルくん。レイの隣にいる佐倉ミチルくん。俺が昔いた場所に今いる佐倉ミチルくん。

「…………仲良くなれるかな」

「あ? なんか言った?」

 小さく口に出ていたそれは少しだけ五十嵐の耳に届いていたようで。俺はなんでもないとまた下手くそに誤魔化した。

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