デビューライブ!

 Tシャツ姿の大人達があっちへ行ったりこっちへ行ったり、目まぐるしく働いている。控え室の隣には短い廊下と機材置き場。機材置き場を通り過ぎ、少し進めばそこはもう誰もが夢見るステージだ。

 二〇一六年八月二〇日、この日が私達にとって記念すべき日になる。

 冷房の効いた部屋で衣装に着替え、鏡とにらめっこしながら丹念にメイクをし髪型を整える。

「メイクとかヘアセットってスタッフがやってくれるもんだと思ってた」

 ミチルちゃんはそう呟きながら髪にワックスを揉み込んで毛先のハネを調節している。

「やってくれるところはやってくれるんだけどね、自分でやることもそれなりに多いよ。今のうちに慣れておくと良い。難しいようなら俺が手伝うから、とりあえずチャレンジだ」

 早々に自分のセットを終えたレイちゃんは私の髪にヘアアイロンを当てていく。

「レイちゃん、あのね、詩子髪の毛くるくるにしたい」

「んー、今日はダメかな。宣材もライブのポスターもストレートで撮ったでしょ? 最初はあんまりころころ髪型を変えない方が無難だ」

「そっかぁ……。人気になったら詩子も可愛い髪型いっぱい出来る?」

「できるできる。いろんな姿を見せるとファンが喜ぶからね。今日のライブで沢山のひとに詩子のこと好きになってもらおうね」

 ――いっぱい好きになってもらおうね。

 その言葉に胸がうずく。観に来てくれる人達は今日私達のことを好きになってくれるかな。応援してくれるかな。

 ♪♪♪

 メイクもヘアセットもレイちゃんに手伝ってもらい、ジャケット撮影の時に着たエナメルの衣装を身にまとった私達は最終チェックのため舞台に上がる。

 床に貼られた カラーテープ バミリ を目安に下手から舞台に入って自分の立ち位置に向かう練習をする。ただ移動するだけなんだけどこれが案外難しい。お客さんがいる前で下を向いちゃいけないからテープの確認も難しいし、色々な印があって気を抜くと立ち位置のテープが分からなくなってしまう。

 初めてお客さんの前に立つのに格好悪い姿は見せたくない。だって私の知っているアイドル達はみんないつだって格好良かったから。私も同じように可愛く格好良く振る舞いたい!

 最後のリハーサルを終え、控え室に戻ったはいいものの……、晴れ舞台を前に落ち着く方が無理な話で、椅子にも座らずうろうろと、棚の中を覗いてみたり、使うオケを流してみたり、とにかくずっとそわそわしていた。

 落ち着きのない私をよそにレイちゃんはのんびりと雑誌を読み、ミチルちゃんはスマホを弄っている。ミチルちゃんの元へなに見てるの? と寄っていくと私にも見えるように画面をこちらに向けてくれた。

 表示されているSNSには更新するたびに沢山の文字が流れていく。

「エゴサ。評判がえげつないから全部は追い切れないがなかなかに盛況だ。お前や俺を気にかけてくれている人もいる。これだけでもかなり安心できる」

 すいすいと人差し指で画面をなぞるミチルちゃんとその指先をしげしげと見つめる私。二人して流れていく文字に夢中になっているとレイちゃんに少し大きめに声をかけられる。

「エゴサーチは感心しないな。あまりやらない方がいいよ」

「……これはやっちゃダメなこと?」

「絶対にダメとは言えない。ファンからの応援を直に受け取れる点ではとても優れていると思う。だけど好意的ではない意見も沢山存在する。否定的だったり偏見ばかりで差別的なものだってある。好意的な意見が欲しければ事務所が内容を確認した上で安心して読めるファンレターを渡してくれる。誰でも自由に書き込めて自由に見れる場所はあまり覗かない方が賢明だ」

 レイちゃんは話している間、決して雑誌から顔を上げなかった。

「この世界はね、自分を守れなかったひとからドロップアウトしていくんだ。だからネットの意見を見るのはやめよう?」

 諭すように、子供に言い聞かせるように、レイちゃんは優しい声色のままそう言った。

 レイちゃんの言葉に従ったのか、ただ単に飽きたのかは分からないけれど、ミチルちゃんは黙ってスマホを鞄に仕舞い込んだ。

 ♪♪♪

 外が騒がしくなってきた。お客さんが入ったんだ。

「キャパ二百人って聞いたんだがそんなに入るもんなのか?」

 二百人……。そう聞いてもいまいち規模が想像できない。

「二百人ってどのくらい? いっぱい?」

 ミチルちゃんは首を捻り少し考えたあと、「多分一学年分くらいか? 一クラス四十人が五つ分」と言った。

 私の学校は一学年に五クラスもないけれど、そのさっぱりと簡潔な説明でなんとなく想像が出来た。

「今日はマスコミも入るらしいから純粋な観客はもう少し少なめかな。機材を入れる分を空けるとどうしても席を占領してしまうからね」

 レイちゃんの補足と合わせてイメージが明確な形をおびていく。いっぱい来てくれるんだなぁ。

 コンコンと控え室の扉がノックされる。部屋の掛け時計へ目を向けたがまだ開始時間まで余裕がある。レイちゃんが扉の向こうへどうぞと声を掛け、みんな揃って誰が来たのかと視線を送る。

 入ってきたのは見慣れた紳士的な男性だった。

「社長!」

「やぁ、本番前で緊張してはいないかと様子を見に来たのだけど、みんなリラックス出来ているようで何よりだ。ライブ直後にも雑誌の取材が一件入っているけれど、今はとにかく晴れ舞台を楽しんできてほしい。観客を楽しませるのは勿論だけど、演者が楽しむことも忘れてはいけないよ」

 社長は関係者席から見守っているねと言い残して控え室を後にした。本当に少し様子を見に来ただけだったみたい。

 社長と入れ違いに入ってきたスタッフがそろそろ準備をするよう私達に指示を出す。促されるまま、私達は舞台袖へと向かった。



 舞台袖にステージの明かりが入り込む。明かりの先から聞こえるガヤガヤとした音に観客の数を実感する。ここにいる人達はみんな、レイちゃんを、ミチルちゃんを、私を、Light Pillar を観に来てくれたんだ。

「さて、待ちに待った開演だ。もう時間がないけど思い残すことは何もない?」  思い残すこと――レイちゃんの問いに引っ張られるように、私は憧れていたことの一つを口に出す。

「詩子ね、あれ、円陣? を組んでみたい」

 私の提案を聞いてレイちゃんはとても楽しそうに笑う。

「あはは、円陣か! 俺もやったことないなぁ……。折角だからやろうか、初ライブの思い出に」

 三人で向かい合うように円く並ぶ。真ん中で三人分の手を重ね、目を合わせる。

「そういえばさ、円陣ってオー! ってやる前にイイ感じのコメント言う奴がいるじゃん? あれは誰がやんの?」

 ミチルちゃんの一言に答えるようにレイちゃんを見つめる。私の視線を追うようにミチルちゃんもレイちゃんへ顔を向けた。

「もしかして俺がイイ感じのコメント係?」

 二人揃ってうんと頷くと、レイちゃんは照れくさそうに上の方を見て言葉を捻り出そうとする。

「なんて言おう、本当に初めてなんだ、こういうの」

 うーんと首を傾げていたレイちゃんだったが、わたわたと走り回るスタッフを見て残り時間がそう多くないことを察したようで、意を決した表情を浮かべて私達に視線を戻す。

「今までデビューのために色んなことを頑張って来て、今日がその目指した日であり、俺達にとってかけがえのない日になる。でもここがゴールじゃなくて、むしろこれからも色んなステージに立つためのスタートラインがここだ。スタートラインからの第一歩を、記念すべき初ライブを楽しんでいこう! Light Pillar――!」

「オー!」三人分の声が重なる。

 始まるんだ! 私達のライブが!





 徐々に絞られていく照明はやがて完全に姿を消す。ステージ上に張られた蓄光テープを頼りに素早く立ち位置に移動する。

 全員が持ち場に着くと前奏が流れ出し一瞬会場のざわめきを感じる。私の歌い出しと同時に照明が点くんだ。そうしたら会場のみんなはどんな反応をするだろう。

 目を閉じ、第一声を発するために大きく息を吸い込む。

 閉じた瞳の先が明るくなったのを感じて、音色を紡ぎながらゆっくりと目を開けた。

 私は、そこに広がる世界に息を飲んだ。

 ――あぁ、魔法は本当にあったんだ。

 三色のペンライトがほの暗い客席でキラキラと揺れている。沢山の水色の中でも霞まない、あかい、赤い光が私の視線を釘付けにした。

 微かに照らされている観客の顔からは楽しんでいることが伝わってきて、じんわりと胸が温かくなった。

 

 歌い終わってふぅと息を吐くと安堵がわっと押し寄せてきて、少しふらっとした。練習ではなんともなかったのに、やっぱり人前で披露するのはプレッシャーが桁違いだ。

 一度捌け、下手の袖でトーク用の舞台セットを設置するスタッフを眺める。

「二人とも疲れてない? 喋れそう?」

「詩子は大丈夫!」

「俺も、一応大丈夫。だけど面白いことを喋れるかどうか……」

 あぁそっか、お客さんを楽しませないといけないから面白い話をしなきゃいけないんだ。自己紹介を考えるのに精一杯だったから笑えそうな話は何も用意できていない。

 急に不安になって、レイちゃんの方を見る。彼はにっこりと首を傾げて、大丈夫だよと言った。

「面白いこととは何かっていうのは所詮は主観の問題で、正解を探すのはとても難しいからね。トークは俺が引っ張っていくし、詩子もミチルも着飾らず、素で喋れば問題ないよ。心配なんて無用だ、大丈夫、俺が保証するよ」

 力強く真っ直ぐな言葉と視線を私達に向けた彼は、あっちの準備も済んだみたい、とジャケットの裾を翻しながらステージに歩み寄る。そしてステージに繫がるほんの三段しかない階段の前で肩越しに振り返ると

「さぁ、行こう」

 と手を差し出した。

 ♪♪♪

 並べられた三つの椅子に腰掛けて客席を見渡す。さて、やっとラストスパートと言ったところかな。

 他の二人と違い舞台慣れしているとはいえ俺だって歌もダンスも緊張しなかったわけではない。トークだって気が抜けない。なにしろ新しい自分としての初舞台だ。

 ……それに、ファンに何も言わずに前のユニットを抜けたんだ。一層反応が気になるさ。余計なことを言えば俺以外の二人にも影響を及ぼす可能性だってある。

 心の準備はどうかと隣を窺う。詩子は目に見えて緊張しているようだ。肩、肘、ハンドマイクを握る手にかなり力が入っていて赤いペンライトに手を振る余裕もないみたい。

 ミチルはキリとした瞳で客席を見つめている。あいつは意外に大丈夫そうかも。

 そろそろ俺も覚悟を決めなければと口元にマイクを寄せる。これでもう引き返せない。

「本日はLight Pillarのデビューライブにお越し下さりありがとうございます! 司会も務めさせていただきます、水森レイです。本日はよろしくお願いします」

 αIndiを抜けたことに関する謝罪は入れなかった。ユニットのデビューライブを私物化するわけにはいかない。

 客席から割れるような拍手が振ってくる。パッと見た限り、謝罪を入れなかったことを気に留めている人は見受けられない。とりあえずは良いスタートを切れた。

「それじゃあ、まずは自己紹介からなんだけど、一番初めにやりたいひとー?」

 俺の方を向く詩子は眉を垂らして不安そうな顔をしている。うん、詩子は後だな。そんなことを考えているとミチルが小さく挙手しているのが見えた。

「お! ミチルいけそう?」

「いけそう」

 恥ずかしそうに照れているが頷く姿は力強かった。あのミチルが自ら率先して行動する姿に思わず感動する。

「えっと、では名前と好きなものと趣味と一言お願いします!」

 あぁ……めちゃくちゃアバウトな振りをしてしまった。これは司会としてはナシ……。もう少し丁寧にやればよかった。けれどもうやり直せないから、ここから先はミチルを見守るしかない。

 立ち上がった緑のジャケットの彼に頑張れと視線を送る。

「初めまして、佐倉ミチルと申します。好きなものは楽器と醤油ラーメン。趣味は楽器を弄ったり、少しだけ作曲をしたり、それと最近はカラオケも好きになりました。人前で何かすることにまだ全然慣れてなくて、歌もダンスも未熟で、自分のアピールポイントもまだ分かっていないようなやつですが、応援して下さる方が胸を張って『佐倉ミチルを推している』と言えるようなアイドルを目指していきます。よろしくお願いします」

 固いけどハキハキとしたしっかりした口調。一番目の挨拶で、人前にも慣れていなくて、もしかしたら言葉を詰まらせてしまうかもとフォローに備えていたけれど、そんなものは不要だった。

 客席にぽつりぽつりと緑色が広がっていく。それを観たミチルは深くお辞儀をして席に座る。

 残りは俺と詩子なわけだが、あの子は大丈夫だろうかと隣に目をやる。けれどこの心配もやはり杞憂だった。

 先程まで泣いてしまうのではないかと思うほど不安げな顔をしていたあの子の席には、大きな瞳にキラキラ輝く緑色の海を映し込み目を潤ませて微笑む少女がいた。夢のような光景を前に緊張はどこかに吹き飛んでいったようだ。

「次の自己紹介はどっちがやろうか?」

「……! はい! 詩子がやります!」

 そう言って元気いっぱいに立ち上がりニコニコと笑う姿に親心のような気持ちを抱く。俺は親になったことがないから定かではないけれど、これはきっと親心っぽいものだろう。

「えっと、はじめまして、百瀬詩子です! 好きなものはアイドルと冷凍ミカンです! 趣味は、なんだろう……おしゃべり、です! ずっとアイドルを夢見て、アイドルについていろいろ勉強はしていたんですが、まだまだひよっこで、でも、詩子がアイドルをみて楽しい気持ちになるように、皆さんにも心から楽しんで応援していただけるようなアイドルになるために頑張ります! よろしくお願いします!」

 ミチルのとき同様、今度は赤い光が辺りを埋め尽くす。詩子は光の群れに向かってぶんぶん手を振っている。

 さて俺の番かと、腰を上げる。事前に考えてこなかったわけではないのだが、まだ水森レイとしての方向性を決めていないからなんとも……。αIndi時代の挨拶は使えないし、行き当たりばったりで何とかなれば幸いといったところ。

「はい、水森レイです。好きなものは歌うこととフライドポテト、趣味はクロスワードパズル。……今の情報はもしかしたらご存じの方も多かったかもしれませんが、今後はもっと、今まで以上に沢山俺のことを知ってもらいたくて、皆さんが見たことのない、水森レイを沢山見ていただく機会が増えたらいいなと思っています。もし今までにない俺が垣間見えたときは『あぁこいつこういう奴だったんだな』って新しい一面を楽しんでいただけたら幸いです。どうぞこれから水森レイとLight Pillarをよろしくお願いします!」

 勢いよくお辞儀をした。これは所謂最敬礼。

 長い、要点がまとまっていない、なんか全体的に微妙。個人採点するとすれば百点満点中四十点いっていれば御の字みたいな挨拶だ。この映像がテレビで使われたときのことを考えると胃が痛い。

 ――でも、腹を括って顔をあげた先に待ち受けていた溢れんばかりに満たされた水色に『もしかしたら受け入れてもらえたのかな』と自惚れる。誰一人、 昔の色 エメラルドグリーン を掲げるひとがいないのは、そう受け取ってもいいのかなって。



 難なく……と言えるかはさておき、無事一日の業務を全て終えることが出来た。ライブ後、休む間もなくインタビューが始まったものだから俺もすっかり疲れてしまった。

 帰りの車のなか、運転席に座る社長の横で流れていく街灯を眺めていた。二人は後部座席で寝息を立てている。詩子なんかはメイクを落としている最中にすやすやと夢の世界に入ってしまうほどで、とても頑張ったんだなと感心した。

「ライブはどうだった?」

「そうですね。慣れてはいますから、全然問題なかったです」

「それは良かった。これからも楽しく活動できそうかい?」

「……できたらいいなって、思います」

 歯切れの悪い返事だ。普段はこんなに愛想悪くないはずなんだけど、疲れているせいだろうか。

「社長」

「なんだい」

「ライブの抽選大変だったでしょう。いろんなことでお手間かけてすみません」

 観客席には詩子やミチルのファン、または二人のことが気になっているであろう人がバランスよく来場していた。ただ抽選機にかけただけならば圧倒的に俺目当てのひとの割合が多く、もっと偏りが出ていただろう。そうならなかったということは機械的ではない、もしくは機械的だが手の込んだ方法で抽選を行ったと考えても不思議じゃない。

 社長は否定も肯定もせず黙ってフロントガラスの向こうを見つめている。

「……ありがとうございます。あの子達が初ライブで嫌な気持ちにならなかった事が救いだ」

「なんだろうな、思い違いかもしれないけれど、君はよく自分を責める性格なのかな。君をうちの事務所に迎え入れて悪かったことなんて何もないよ」

「……悪かった事はあったと思いますよ。移籍の手続きの時とか移籍発表の時とか、数は少ないかもしれませんが一つの問題が大事です」

「ははは、君はなかなか難しい性格だね。Light Pillarが初ライブであれだけ集客できたのは誰のお陰だろうか、Light Pillarが初めての試みをするたびに率先して引っ張ってくれたのは誰だろうか。そういうことさ」

 社長は俺を過大評価している。俺はそこまで出来た人間ではない。

 ……けれど、うん。認めてもらえるのは、嬉しいなと、少し泣きそうになったのだ。二十一にもなって、まったく。

 ♪♪♪

 新堂が雑誌を読んでいる。貧乏揺すりから察するにあまり機嫌は良くないらしい。

 こういうときに瀬川は仕事で不在で、頼りにならねぇクソメガネ はスマホを片手にポチポチと我関せず。結局相手をするのは俺だ。

「オイ新堂、行儀わりぃぞ」

「……うるさいよ」

 キッと俺を睨む顔は流石『男性アイドル界一可愛い』と持て囃されるくらいには整っている。

「かわいいかわいい言われてよいしょされとっても、貧乏揺すりはさすがに可愛いポイントマイナスやろうなぁ。得意分野で評価落とすなんて、かわいそうかわいそう」

 俺に向けられていた刺すような鋭い視線はけらけら笑う眼鏡に移る。柊千景は普段と変わらず、新堂の睨みに怖じ気づくことなく、その視線が無意味だと証明するが如く尚も笑う。

「はぁ……、柊のことは気にすんな。そんなことよりお前は何をそんなに不機嫌になってんだ」

「理由が分からないの? 決まってるでしょ。み・ず・も・り・れ・い!」

 ――水森レイ。うちの元メンバーの新しい芸名。

「あぁそうね、お前あいつのこと嫌いだもんね」

「嫌いだけど嫌いじゃないよ。ただ単に気に入らないだけ」

「それを一般的には嫌いっていう。せやろ?」

 柊が新堂の手元から雑誌をかすめ取り中身を一瞥する。

「へぇ、デビューライブねぇ。第二のアイドル生活スタート! おめでたいなぁ、次会うたら「水森くん」って呼んだろうか」

 対して興味もないくせに、わざと楽しげな声色でそう言うと投げるようにしてまた新堂の手に雑誌を戻す。新堂は涼しい顔をしながら再び自らの手に戻された雑誌を力強くテーブルに叩き付ける。紙が発したとは思えない音が部屋に鳴り響いた。

 こいつは相当苛立っているぞ。

「なにが第二のアイドル生活だ」

「なんや、れいが楽しそうなのがそないに気に入らんか? そんで癇癪かぁ、心が幼子みたいでさすが可愛い男やわ」

 柊のニヤけた口から発せられた声はやけに弾んでいる。れいの話題の時とは違い、新堂に対する発言は本当に心の底から楽しんでいるようだった。それを受けた新堂は先程までの鋭い視線を一変させ、酷くじっとりした視線で柊を捉える。

「柊黙れ。あのね、れいが業界に残っているのは確かに大いに気に入らないけれど、他の場所で仲良しごっこをしているのは別に興味ない。でもね、今のあいつは結局『αIndi時代のファン』を連れて生きやすい所に逃げただけでしょ」

「なにが言いたいのか俺にはさっぱり分からん。五十嵐、訳して」

「あー、『強くてニューゲーム』が気に入らないとかじゃん?」

 俺の発言に新堂はムッとする。しかし暫く俺と柊の顔を交互に見たあと静かに口角を上げた。

「……よし、良いこと思いついた。このユニットはデビューライブの評判が良かったからって中規模合同ライブへの誘いが来て既に出演が決まっているらしい。――そういうことで、五十嵐、お前はれいのユニットにちょっかいを掛けてこい。手続きはこちらで済ます」

「いや、なんで俺」

 かなり、相当、非常に、どの表現でも足りないくらい面倒なことになってきた。

「弊ユニットの王者新堂サラ様の申し出やぞ。行け五十嵐、そして儚く散ってこい」

「散らねぇよ!」

「なに言ってるんだ柊、お前も行くんだよ」

「えぇ、なんで!? 俺は高みの見物要員であってそないにご苦労な役目は五十嵐のもんやろ。なぁ?」

「オラ、新堂サラ様の申し出だぞ。もう俺らがやるしかねぇんだ諦めろ」

 新堂が口に出した時点で俺達がやることは決まっているようなものだ。新堂が自ら意見を曲げるなんてことはそう滅多にないし、他のメンバーも文句は言えど最終的には新堂に従う。

 ここにはもう「そのやり方は間違っている」と明確な否定を口に出す奴はいない。

 話が早いじゃんとにこにこ笑う王を横目に、どうしたもんかと叩き付けられたままの雑誌を手に取り、パラパラとページを捲って件の記事を開く。

 Light Pillar〈ライトピラー〉男二人に女一人の男女混合ユニットという珍しい構成。写真を見るに、れい以外のどちらにも見覚えがないところから察するに二人とも新人であろう。特別目立った記述もなく、他二人やユニット全体の技量は分からない。

「あんまり新人潰しとかやりたくねぇんだけど」

「そう。別にいいよ、潰さないで。あくまで牽制だから。でもれいのことはちょっといじめといて」

「ちょっとでええんか? 本心言うてみ」

「ふふ、加減は任せた」

 柊は眉をつり上げ声を上げて笑う。とても意地汚い笑い方だ。

「ついでに朗報がある。れいのユニットには女の子がいるよ」

「おぉ、かわええ?」

「さぁ? 写真が小さくて分かんない。その目で確かめればいいよ」

 あぁもう、見事に馬鹿が釣れた。こいつはいつもそうだ。下世話な話と女の話ですぐつれる。

 俺はまだ新堂の指示には納得していない。――だけど、自分の口で「やるしかない」と言ってしまった以上はそうしなければならない。そしてやるからにはきっちりと始末をつけねぇと。

「しゃーねぇな。おい、クソメガネ! 作戦会議すっぞ」

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