ジャケ写撮影

「ねぇねぇミチルちゃん! 次はジャケ写撮るらしいよ! 四日後だって!」

 そう屈託のない笑みを浮かべる赤髪の少女はぴょんぴょんと飛び跳ねながらまだ幼さの残る歌声を休憩室中に響かす。デビュー曲の音源が完成してからというもの毎日、毎時、毎分と言っていいほどこの歌声でこの曲を聴いている気がする。……いや、それはさすがに過言か。

「曲を知らなくてもジャケ写に惹かれて買ってくれる人もいるから気合い入れていこうね。きっと今回の仕事も楽しいよ」

 この優男はいつだって心の余裕が顔に表れている。やはり長年の慣れというものだろうか。

「ジャケ写ねぇ……」

 ぽつりと口から零れる。そんな俺に向けて詩子はもしかしてと物言いたげだ。

「ミチルちゃん、写真撮られるのも苦手な感じ?」

「あぁ、苦手というかどうしたら良いのか分からん。圧倒的に撮られ慣れていない」

 昔からカメラを向けられるのが得意ではなかった。俺の写真なんてものは撮らざるを得なかった集合写真や卒業アルバムの個人写真以外、親や友人が隠し撮りのようにこっそり撮ったものしかこの世に存在しないだろう。

「ダリアプロダクション撮影大会開催する?」なんて詩子の提案をスッパリ断る。カラオケの時は功を奏したがそう何度も大会や親睦会と称して事務所職員の手を借りるわけにはいかない。

「写真を撮られることの何が苦手?」

 レイもまた俺の助けになろうとしてくれているらしい。手掛かりを探すために俺の事を聞いてくれる。

「なんて言えばいいかも曖昧だが、多分、一瞬を切り取られることに自信がないんだと思う。俺はレイや詩子みたいに常に良い顔をしているわけではないし、撮られる一瞬のために上手く表情を作れるほど器用でもない」

 随分ネガティブな事を言ってしまったと少し後悔した。あまりマイナスな発言はするべきではないと常々思ってはいるが元来の性格ゆえ不意に出てきてしまう。

「自信がないだけで君はいろんな魅力と才能に溢れていると俺は思っているけどね。だからこの業界に招かれたわけだろう?」

 招かれるという言葉を使ったのは俺がスカウトで入ったと誰かから聞いたからだろうか、それともたまたまそういう言葉選びをしただけだろうか。

「そうだよ! ミチルちゃんはダンスもすんなり覚えちゃうし歌も慣れちゃえばめちゃくちゃ上手じゃん? 撮影もきっと大丈夫だよ」

 目の前のソファに並んで腰掛けている二人はお互いの赤い目とピンクの目を合わせて「ねー!」と小首を傾げ合う。この二人の発するのんびりとした空気にあてられ、俺は小さく溜め息ともとれる息を吐き出した。

「それじゃあとりあえず、お前らが言うように俺は才能に溢れていると仮定しよう。だがその才能を表に出せていないのは確かだろ? 内に秘めているだけじゃそれは無いのと同じじゃないか」

「ミチルちゃんそれは屁理屈ってやつだよ」

 そう、これは屁理屈であり言い訳だ。いつもこうやって逃げるのだ俺っていう生き物は。そんなこと俺が一番分かっている。――あぁまた悲観的なことを考えてしまった。

 反論する詩子とは対照的にレイは「そうだね、その通りだと」頷きながら肯定を示す。

「屁理屈どうこうは置いておくとして、才能は内に秘めているだけじゃどうしようもないっていうのは事実だ。才能っていうものは隠すものじゃなくて見せてまわるものだよ。第三者に見られて初めて評価されるものだからね」

 レイの発言の意図を理解して俺は黙る。結局は自分を曝け出せって言いたいんだろ。 「俺は読心術の心得なんてのはないんだけど概ね今ミチルが察した通りだよ。でも撮影会をしようとか、いきなり人前に出ようだなんて提案したりしないから、そう身構えないで」

 別に、身構えたつもりはなかったがレイにはそう見えたんだろう。でも無茶な提案をするつもりがないのは幸いだ。

「……散々尻込みをしたが俺も自分の苦手の多さをどうにかしようという意思はある」

 俺の言葉を聞いて嬉しそうな顔をする向かいの二人。俺はこんなに流されやすい人間だっただろうか。いや、流されざるを得ないからこういう進行になっているんだろうな。

「そんで、結局俺はどうしたらいい? 最初から人に頼ろうとか甘えたことは考えちゃいないが正直お手上げだ」

「詩子もわかんない! お手上げ!」

 二人揃って両の手のひらをレイに向ける。その光景はなにかの儀式みたいでちょっと面白かった。

 四つの手のひらの先にいるレイはそれなら俺に任せてと頼もしい返事をしてくれる。

「まぁ自分の曝け出し方なんて俺にもまだ分からないんだけど、撮影の対策なら結構自信があるよ。俺がモデルをやり始めたときからつけているノートを貸すよ。きっとなにかヒントを得られるはずだ。ミチルには寮に帰ったら貸すから詩子にも今度見せるね。と、いうことで今日はお開きにしよう、時間も時間だし」

 夏で日が延びているからまだ明るいが確かにもう遅い時間だった。二階の窓から見える空には青とオレンジの幻想的なグラデーションが広がっている。

 三人揃って事務室に挨拶に向かうと江坂さんに「仲良しですね」なんて微笑まれてしまった。まだ明るいからと詩子はいつも通り「またねー!」と手を振りながら一人で駅に向かって駆けて行く。

「あいつはいつも人目をはばからず大きく手を振って帰るんだよなぁ」

「元気が良いよね。あれは若さかな、羨ましい」

「二十一歳も十分若いだろ」

 喋りながらだと寮までの数分の道のりなんてほんの一瞬だ。もう棟がすぐそこに見えてきている。三階建ての横に大きなこのマンション一棟丸ごと事務所の物だというのだから驚きだ。



「さっき話していたノートを持ってくるからちょっと待ってて」

 その言葉に短く了承を示すとレイは自室に引っ込んでいく。そのまま玄関先で突っ立っていると五分くらいでレイが戻ってくる。

「これこれ、大したことは書いてないかもしれないけれど読めばそれなりに本番のイメージが掴みやすくなるはずだ。必要なら写真を撮ってもコピーをしても構わないよ」

 三冊の青いノートを俺に手渡した後、それじゃあまたねとレイは部屋に帰っていった。ノートの表紙を見つめながらドアが閉まる音を聞き届け、俺も自室へ向けて歩を進めた。

 ♪♪♪

 俺は風呂もそこそこにフローリングを踏みしめて一直線にロフトベッドに上がると壁に背をつけて座りながら借りたノートをパラパラと捲る。

 ノートはそれぞれ、表情、視線、ポージングと項目別で冊子が分けられており、要点と補足が簡潔にまとめられていた。

『上に目線を向けると活発なイメージ、視線を下に落とすと大人しいイメージになる。わざと目線を外したりバリエーションをストックしておくと良い』『笑顔を作るとき、口角をあげることに注目しがちだが、目元もしっかり笑っているように気をつけること』『立ちのポーズが思い浮かばなかったら確認を取った後、座るポーズに移行する』『どうしても顔で表現できない時は手で表情を作る』

 短い要点がいくつも書き連ねてあった。どれもが俺の知らないことばかりで、どの文を読んでもへぇと短い感嘆が口から零れ出る。レイも昔は、今の俺みたいに初めて知ったこと一つ一つに驚きと感心を抱いた時期があったのだろうか。そういえばこのノートはモデルを始めてから書き出したと言っていた。あいつの芸歴って一体どのくらいなんだ?

 そんな軽い好奇心に釣られた俺の指先はブラウザの検索欄に『αIndi れい』と打ち込んでいた。

「十五で芸能界に入って、モデルを始めたのは十六か」

 十六からこのノートをつけ始めるなんてあいつは随分マメな性格らしい。

 検索結果似出てきた項目の中から気になったものを幾つか覗いてみる。

 曲を少々聞きかじったことがある程度でアイドル本人にはあまり興味がなかったから知らない情報ばかりだった。どうやらαIndiに所属していた頃のレイは少々棘があるミステリアス青年という路線で売っていたらしい。そんなようなことがどこのサイトにも書いてある。俺から言わせてもらえば、確かに謎が多い奴だと思うが言うほどミステリアスでも、さして刺々しくもなくね? といったところだ。俺の認識と世間の認識はどこかずれがあるらしい。休憩室で詩子と談笑しながら朗らかな顔で菓子をつまむ普段の姿を思い浮かべる。やはり刺々しさやミステリアスさというよりのんびりした印象の方が強い。

 だからなんとなく気になって動画サイトで前ユニット時代MVを開いてみた。単純に見てみたかったのだ、普段見られないアイツが。

 ロック調の激しい曲。曲調の厳つさに本当にアイドルソングかと疑念すら抱く。しかしMVはちゃんとアイドルらしさを感じる構成で、俺は当初の目的も忘れ画面を凝視する。

 あ、レイだ――

「おぉ……、キャラが、だいぶちがうな。れいと水森レイは同じ見た目の別個体なのか――いや、そんなわけあるか」

 あまりの動揺に自分でも驚くくらい独り言が饒舌になる。いつもニコニコ微笑んでいる奴がこんな今にも喧嘩吹っ掛けそうな悪い顔が出来るなんて予想出来るものか。少なくとも俺は出来なかった。意外性が突き抜けすぎていっそ笑えてくる。

 そして俺はどうにもこの曲が気に入ってしまったらしい。三分三十四秒の動画が終わると同時に『もう一度再生』と書かれたアイコンをタップしていた。ループ再生が出来ない動画サイトはこれだからと少々悪態をつきながらもそれを数度繰り返したところで『何度も聴くのならいっそ買った方が楽なのでは』と思い始め、結局購入画面で少し悩んだ末、俺の人差し指は音楽アプリの購入ボタンを押していた。俺はあまり素直な人間じゃないと自認しているがどうやら物欲には正直らしい。

 曲をリピートするのも程々に借りたノートを返しに行こうと体を起こしたが時計の短針の向きを見て思い留まる。こんな夜更けに押しかけるのは礼儀として駄目だろう。

 俺ももう寝るべきだなと部屋の電気を落とす。常夜灯の小さく黄色い明かりの下で布団を頭に被り瞼を閉じた。

 ♪♪♪

 ついに来てしまった。レコーディングのときも思ったが四日というのは随分と早いようだ。だが心の準備をするには充分な期間があったと思う。

 スタッフに渡された緑色の衣装に袖を通す。衣装さんが頑張ってくれたようで堅い材質のジャケットも全然動きにくさを感じない。隣で着替えているレイはエナメルの衣装で撮影なんて久しぶりだと笑っている。

 別室で着替えている詩子が戻ってくるまでの間、野郎二人で他愛も無い会話を楽しんでいると、ふと思い出したような顔をしてレイが話し出す。

「そういえば最近αIndiの曲聴いてるでしょ?」

 その言葉に驚き、体が少し固まる。別に隠そうとしていたわけではないが、何というか、こいつはこの話を嫌がるだろうと思っていたから、まさか本人から話を振られるとは思っていなかった。

「ああ、まぁ、一曲気に入ったのがあって、それをよく聴いている。そんなに大音量で聴いたつもりはなかったがイヤホン音漏れとかしてるか?」

 自分でも動揺していることがわかる返事だ。何回もリピートしていたから丸聞こえだったら尚更恥ずかしい。

「そんなにはっきり聞こえなかったし、俺の耳が良いだけだろうから音量は問題ないと思うよ」

 少し安心する。きっと暇なときに何気なく耳に入ってしまった程度の話だ。

「一曲しか聴いてないの?」

「なりゆきでたまたまその曲を聴いて気に入ったんだ。他の曲には詳しくない。αIndiはああいう曲が多いのか? もし似た系統のやつがあるんなら教えてもらいたい」

 この話題のまま話が続くってことは特別嫌な話題ではないってことか? こいつのことをよく知らないからなにで地雷を踏むか分からん、慎重に会話を進めたい。

「あぁ、あの曲は柊っていう眼鏡を掛けてるメンバーが作った曲だからあいつの好みが反映されているんだ。だから柊千景が作曲しているやつは大体あの系統のロックが多いかな。帰ったらCD貸すよ」

「ありがとう。あのさ、αIndiはメンバーも曲を作ったりするのか」

「全員が作れるわけじゃないけど結構自由にやらせてもらってたね。出来るやつはソロ曲を自分で監修したりとか。でも他のメンバーはほとんどたまに作詞をやる程度だったかな……、柊が特出してるんだ。曲は作る、詩は書く、MV監修もやる。それだけマルチに色々やりたがったのは柊だけ」

「さっきの曲のMVもその人が監修したやつなのか」

 レイは少し驚いた顔をしたあと苦笑いを浮かべる。

「MVも観たの?」

「うん、レイが悪い顔をしていた」

「あっはは、出来ればアレは今すぐ忘れて欲しいな。その、とても恥ずかしいからね」

 そう投げやりに笑うレイの耳は赤くなっていた。どうやら本当に恥ずかしいらしい。恥ずかしがるってことは、実はαIndiに所属していたときは結構頑張ってキャラ作りをしていて、本来のこいつは俺の知っているおっとりしつつも頼りになる水森レイなのだとなんだか安心できた。

「さっきの質問さ、ミチルも何か作ってみたいものがあるの?」

「誰かに聴かせたこととかはあんまりないんだけど趣味で曲作ってて、そういう仕事に憧れてたから」

「そうか、じゃあアイドル活動の方に慣れてきたらLight Pillarに楽曲提供とか出来るといいね。社長ならきっと了承してくれる。もし良ければ今度俺にもミチルの曲を聴かせてね」

 俺のMVも観たんだからおあいこでしょなんて目を細めていたずらっぽく笑う姿は、女子だったらコロッと落ちてしまいそうなくらい少女漫画のヒーローみたいだった。

 そうこうしている内に詩子が控え室に戻ってくる。衣装を着た詩子を見て少し驚いてしまった。大本のデザインは俺達が着ているものとほとんど同じだが、なんというか、俺達のものと比べてとても寒そうだ。要するに布面積が少ない。冬とかきつそう。

「なんでレイちゃんとミチルちゃんは袖ありなの! 詩子もせめて袖がほしかった!」

「多分男の露出に需要を見いだせなかったんだろう」

 何度か不服を口に出す詩子だったがレイの発した「でもすごくアイドルっぽいよ」という一言でけろっと機嫌を直す。これは詩子がチョロいのか、はたまたレイの扱いが上手いのか。……両方だろうな。

 ♪♪♪

 事前にレイから色々教わっていたお陰か写真を撮られることは思っていたよりも苦ではなく、撮影を控えていた期間の憂鬱は杞憂であったと断言出来る程だった。

 何事もなく事が済み安堵を感じながら三人揃ってスタッフのデータチェックを側から覗きこむ。自分の写真を見てきゃぴきゃぴはしゃぐ詩子と同じように顔には出さないが俺の心も少々浮かれていた。

「ねぇねぇレイちゃん、この中からジャケットになるのを選ぶんだよね? こんなに沢山撮ったのに一枚しか使ってもらえないの?」

「ううん、今回はアーティスト写真の撮影も兼ねているみたいだからソロの写真とかは別の所で使うんじゃないかな。グッズに使われたり事務所のホームページに使われたり」

「なるほど! 他の写真もちゃんと見てもらえるんだね、良かったぁ」

 疑問に思ったことを素直に他人に聞き、返答に納得出来るのは詩子の尊敬できる所だ。俺はなぜ? と思っても本気で困らない限りあまり発言したくないから、こういうふうに率先して聞いてくれるやつがいると情報量が増えて助かる。気になるなら自分で聞けよって話なんだが。

 データチェック後スタッフ一同からお疲れ様ですと挨拶されて一仕事終えたことを実感する。業界に入ってから挨拶に対する意識が変わってきた。これまでも散々バイトに明け暮れてきたが芸能界とはそのどれもと違った環境である。

 現地解散で詩子はそのままスタジオの最寄り駅から自宅に帰るそうだ。その方が早いらしい。俺とレイはタクシーで寮へと向かう。

「俺の秘蔵ノートは役に立った?」

 後部座席に並んで座ると右隣からレイに話しかけられる。

「大いに役立った。あれがなかったら表情は硬いわ、ポーズはぎこちないわで大変だっただろうよ。……ありがとう」

 俺の小さな礼を聞いたそいつは照れくさそうにどういたしましてと呟く。

「実は少し心配だったんだ、お節介だったかなと思って。もしかしたら余計なことをしたかなって。基本的なことなら力になれるはずだから、もし困ったこととかあったらいつでも聞きに来てほしい」

 自主練に付き合ってくれたり相談に乗ってくれたり、つくづくこいつは面倒見がいいんだな。

「αIndiに居た時もそんな感じで周りの面倒を見ていたのか?」

 俺の言葉を聞いたレイはやや困ったように視線を斜め下に逸らす。……余計なことを言ってしまった。

「あー……いや、あいつらには特に。なんて言うか、うん。……多分あっちに居たときに出来なかったから新人の君達に対して指導者の真似事がしたかったのかもしれない。ごめん」

「別に真似事だなんて思ってねぇよ、でも真似事だっていいだろ。現にそれで俺も詩子も助けられてんだから。あと卑下はするな、するべきじゃない。なにより――」

 少しずつ尊敬し始めていた奴のそんな姿は見たくない。

 そう言いかけたところで言葉を飲み込みぐっと口を噤む。発する前にあまりにも自分の意見を押しつけ過ぎていると気がついたから。

 だが今ので何がこいつの地雷かは大方見当がついた。αIndiの作品の話はセーフ、人間関係の話はアウトだ。腫れ物のように扱うなんて真似はしたくないが最低限これは弁えておいた方がいいだろう。この話をしていいのはきっと〝どうしても聞き出さなきゃいけなくなった時〟だけだ。

「別にお前になにか説こうだなんて偉そうなことは考えていないけどこれだけは言わせろ。お前はお前で良いんだから、あんま深く考えるなよ。今は自分の心境の考察なんてしても落ち込むだけだ、晩飯のことを考えたほうが精神衛生にいいぞ」

「全くもってその通りだね。この話はこれで止めよう。ミチルも情けない俺のことは忘れて晩飯のことを考えてほしい。俺は生姜焼きにした」

「俺は焼きそばを作る」

 おかしな会話に二人して吹き出した。けれどレイはまだなにか後ろめたさを感じているようだった。

 ♪♪♪

「CDを持ってくるからここで待ってて」

 寮に着いて早々俺はレイの部屋の玄関に立たされている。部屋の中からは引き出しを開ける音や物を動かし地面に置く音が聞こえてくる。

 何分経った頃だろうか、立っているのも疲れて玄関マットの上に小さく腰掛けた。そのまま部屋の内装を眺める。白と黒と青でまとめられた部屋はとても洒落ていて格好良く俺の目に映った。

 それから少しして手に何枚かCDケースを持ってレイが戻ってくる。

「ごめん、かなり待たせたね。なかなか見つからなくてさ」

 CDと共にメモを渡される。それにはCDの名前とトラック番号と曲名が書かれていた。

「全部聴くのは大変かなと思って、気に入りそうなやつを書き出してみた。参考程度にはなるはずだ」

「律儀なんだな」

「そんなことないよ。曲を聴いてもらえるのが嬉しいだけさ」

 良い笑顔だ。見知った水森レイの顔だ。

「わざわざ手間取らせて悪かった。借りてくな、ありがとう」



 受け取ったCDを流しながら歌詞カードを眺める。勧められた曲を歌詞と共に追っていく。レイが勧めてくれた曲はどれも俺の好みに合っていた。

 全員の声を聞き分けることは出来ないがレイの声はちゃんと分かった。

 聴いていて思ったことといえばαIndiという枠組みの中だとレイは飛び抜けて歌が上手いようではないらしいことだ。レイが下手だという意味では無い、周りの奴らがレイと同じくらいかそれ以上に上手いんだ。

 いつかと同じように興味本位でαIndiのことを調べてみる。溢れかえるほどある記事やサイトの中から経歴についてまとめられているものに目を通す。



『αIndi(アルファ インディ) 五十嵐ネオン、新堂サラ、瀬川才智、柊千景、れいの五人で構成される男性アイドルグループ。五人中三人(五十嵐、瀬川、れい)はグループ結成時にオーデイションにて選出された。(第一回を除いて)WdF史上唯一、初参加で優勝を果たしている。その後も参加した回では必ず優勝している現在の男性アイドルグループ界の王者』



 文章で綴られる偉業の数々の中で特に俺の目を引いたのはやはりWdFについてだった。そういえば以前、αIndiが強すぎるからWdFへの参加を見送るグループも存在するとレイが言っていた。

 それから幾つかのサイトを流し見た。中には不仲説についてなど良くない噂話をまとめているサイトもあった。

 あまりの情報量の多さに頭が痛くなってきて、俺はそれ以上調べるのを止めた。また興味が湧いたときに調べれば良い。そう思いながらブラウザを閉じて聞き流していたCDを停止させる。

 レイの問題には極力首を突っ込まないつもりだった。今だってそのつもりでいたいと思っている。それはレイのためでもあるし俺と詩子のためでもあると思っている。

 だが実際にはどうだろうか。今までのレイの行動とネットで得た情報で既に中途半端に何かに勘付いてしまった己を実感している。このことはレイにも詩子にも言わないでおこう。俺がなにか発言してもそれは亀裂になるだけだ。

 時計に目をやるともう日付が変わりそうな頃だった。

 もう寝なければ。寝るべきだ。

 この後なにが起こってなにが変わっても、今日も今日とて、そして明日も、俺はこの常夜灯の下で眠るんだ。それは変わらない。

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