本戦準決勝 Keep OUT戦

 観客席を埋め尽くすペンライトの光の海が初戦のときよりも熱を帯びている。

 本戦準決勝、対戦相手はKeepOUT。去年の決勝戦でαIndiに敗れたが、αIndiに食らいつくことのできる彼らの実力に観客からの期待も大きく、SNSでは応援の声も多い。

 舞台裏、LightPillar控室。開演の15分前、3人の気持ちが揃うようにと、誰からともなく円陣が組まれた。

「よし! 今回も全力の全力を出そう!」

 詩子が言い、

「ああ、勝ってこよう」

 ミチルが続ける。

「そうだね、詩子とミチルと、そして俺で、また勝利を掴もう!」

 円陣で気合いを入れ直して廊下に出ると、丁度同じく今から舞台袖に向かうKeepOUTと鉢合わせる。

 KeepOUTのメンバーのうちのひとり、市先侑正が俺を見て軽く睨みを利かせる。そしてこちらを見据えたまま静かに口を開いた。

「αIndiは勝ち抜いてくる。だから、俺たちかお前たちのどちらかが必ずぶち当たる」

 市先の後ろから上岡と色水がどちらも闘志に満ちた顔でこちらを見ている。

「これからやる試合は今回のWdFで最も《本気の者》同士の勝負だ。……全力で来い、こっちもそれ以上の全力で受けて立つ」

 そう言ってKeepOUTは上手側の舞台袖へ向かう。その背中に向けて声を張ったのは意外にも詩子だった。少女の声がKeeOUTの背に届き、彼らはもう一度肩越しにこちらを見る。

「詩子たちは言われなくても本気で挑みます! 良い試合にしましょう……!」

 市先はフッっと笑い「ああ」とだけ返すと改めて舞台に立つ準備に向かった。

   ♪♪♪

 客席にひしめく歓声と、ステージを照らす無数のスポットライト。それを今浴びているのは先攻のKeepOUT。彼らが登場するだけで場が熱を帯びる。

 モニターを見つめながら詩子が小さく息を呑むのがわかった。それにミチルも気がついたらしい、「緊張してるか?」と声をかけている。

「緊張はしているけど、でもこれはなんていうかちょっと違くて……。KeepOUTさんの本気を超えるために、まずは相手のステージをちゃんと見ないとなって思って、でもずっと見てたらまだパフォーマンスも始まってないのに空気に圧倒されちゃった」

「彼らが俺たちに対して本気で戦いに来てくれている証拠だね」

 俺の発言に詩子は「うん」と頷く。

 ♪♪♪



 ──〈ダンス審査〉──

 テーマは『一心同体』。このテーマでは2人以上のパフォーマンスが強制される。副すす人の魂がまるで一つになったかのような呼吸と動き。ダンスの完成度、構成の妙、そして何より〝違う個体たちがいかに一つかを表現する〟ことをどう魅せるかが問われる。

 舞台中央に先に現れたのは、KeepOUTの市先と上岡。

 静かに、ステージが暗転する。無音の中で彼らが背中合わせに立った瞬間、なにが起こるのかと客席が静まり返る。

 イントロはスローバラード調。だが、その〝間〟にこそ意味があった。市先が右手をゆっくり上げると、上岡もその手を追いかけるように同じタイミングで左手を伸ばす。触れない、けれどぴったりと重なるような距離感。あまりにぴったりすぎる。シンクロ、あるいは共有とでも表現できる。

 リズムが一気に加速して、リズムにのって床を叩くステップ。音に合わせて体を折り、跳ねる、踏み込む──ふたりともが完璧に同じスピードで時間を進めている。フォーメーションは背面を多用。目を合わせない。だけど、体の動きは寸分違わない。

〝信じてるから、背を預けられる〟

 そう言わんばかりの、信頼と技術の連鎖。

 終盤、2人がスライドで対角線にすれ違いながらステージを切り裂くように動いた。観客はすっかり魅了されている。

   ♪♪♪

 舞台が切り替わり、光が落ちる。

 ミチルと詩子は目を会わせなかったKeepOUTとは違い、向かい合い、目を合わせって立っていた。最初の音が鳴る直前まで、ただ静かに視線を合わせていた。

 ──そして、始まる。

 ミチルが一歩、前に出る。詩子がそれに応えるように後ろへ引く。瞬間重なったのは、振り付けでも足音でもなく、呼吸だった。

 音楽はミドルテンポのエレクトロスウィング。足取りが軽くなるようなビートのなかで踊る2人はまるでピンと張った糸で繋がれているかのように、一人が動けば一人が揺れる。途中、詩子がミチルの手を取った──その手を振り解くでもなく、強く引くでもなく、そのまま軌道を描いて回る。美しいターンに俺は心臓が高鳴った。

 決してぴったりとは合っていない。けどそのズレが、〝その一心同体とは元は違う個人と個人が一つになることで形成されるものである〟という前提を表すポイントだった。

 完璧さなら間違いなくKeepOUTが上だった。しかしメッセージ性の強さなら勝つのはこちらだ。これに優劣をつけることはできないだろう。結局のところ互いが系統の違う良さで勝負を仕掛けた以上、どちらが審査員と観客に刺さるか、あるいはウケるかでしかない。

 最後、音が途切れるギリギリの瞬間、ミチルが手を差し出し、詩子がそれを受け取って、止まる。重なったシルエットが、ただそこに在る。

 拍手が、怒涛のように押し寄せた。

 先攻の完璧さと、後攻の柔らかい感情。観客の中には「どっちが上だったか」即答できない者も多かっただろう。



──〈歌唱審査〉──

 ──テーマは「夢」。誰もが抱いたことのあるもの。一度諦めてしまったことがあっても、聴き終えたあとまたそれを追いかけたくなる、そんな楽曲と歌が求められていた。

 舞台の中央、静寂の中に市先が立った。視線は少し落とし気味、だがその瞳には意思の強さが宿っていた。

 前奏なく発されたその声は音楽の中に〝説得〟をはらんでいる。

 彼が選んだ曲は『それでも君を!』。感情を押し殺したようなAメロ、そして激情のサビへの高まり。

 彼の歌には強さと脆さが共存していた。夢を追いかけたい、けれど夢を追う過程は痛みを伴う。そんな苦悩を味わってきた人間の声が、観客の胸を叩く。

 おそらく、市先の得意とする表現なのだろう。感情を動かされて泣いている観客も見えた。

 市先の『夢で苦しんだ者の「それでも諦めるな」という〝音楽による説得〟』に対抗する術を俺はそう多く持ち合わせていない。同じ解釈の歌を披露しても市先に勝ることはないだろう。

 そんな中、俺が選んだのは『歩む』。明日も怖れずに夢を追い続ける。夢を優しく迎えにいくようなメロディラインと歌唱。

 きっと力強い歌ではなかったけれど、それでも会場の反応を見れば想いが伝わったことはわかった。会場は静かだった。手拍子も、物音も、話し声もない。だからこそ、そのとき──〝音楽〟だけが響いていた。

 歌い終え、俺は自分の抱いてきた夢を思って小さくはにかんだ。

 その表情がモニターに映し出されたと同時に、拍手が一斉に会場中に広がった。



──〈トーク審査〉──

 ──テーマは「美容」。そのひとらしさという個性とアイドルとしての視点が問われるテーマ。

 ──先攻はKeepOUTの色水。

「今日の爪、めっちゃかわいいでしょ?」

 軽やかな声で色水光蛍が手を前に出して指先を見せる。カメラはそれを抜き出してモニターに映す。モニターに大きく表示されたのは3色のメンバーカラーが配されたジェルネイル。

「これね、よく見るとKeepOUT全員の色が入ってるんです。愛です。アイドルって、細部まで気を配ってナンボだと思うんで。女子かよ、って言われるかもしれないけど。でも、いいでしょ。全力でやるってそういうことだし」

 観客のあちこちから「かわいいー!」という黄色い声が響く。自信と余裕がにじむ回答。


 ──対するLightPillarのミチルは、ちょっと毛色が違った。

「正直、俺は無頓着だったんですよ。一般的な男性はそんなもんかなとは思いますが、俺も最近まで全然一般男性だったんで」

 ミチルが普段のクールな立ち姿のまま、観客を見渡す。

「でも、アイドルになって、ステージに立って……っていうか、詩子に言われてから、日焼け止めとかちゃんと塗るようになりました」

 会場が小さな笑いに包まれる。

「化粧水とか乳液とかよくわからないし、お店で「なんかいい感じのやつです!」ってPOPが付いてるやつを特にこだわりもなく使っていたんですけど、『乾燥肌』とか『混合肌』とか、なんか人間の肌にも種類があるみたいじゃないですか……、そういうのわからないってレイに言ったらなんかすごい量の試供品くれて、その中になんかいい感じのがあったので後日ボトルで買いました。ってレイに報告したら同じメーカーのパックもくれました」

 緩やかな空気と仲の良さが、自然と場の温度を上げていく。

「美容に詳しいわけじゃないけど──〝人前に立つ〟ことの責任、っていうのは考えるようになったかな」

 ミチルがそう締めくくると、観客席から温かな拍手が起こった。



──〈全体パフォーマンス〉──

 ついに最後の審査。全員でのパフォーマンスに一層の気合いが入る。

 KeepOUTが選んだ『Wake Up』は、力強く、まさに〝目を覚まし、立ち向かうこと〟を歌ったものだった。過去に挫折を経験し、それでも立ち上がった者たちの叫び。そのリリックも振り付けも、観客に「KeepOUTはまだ終わらない」と思わせるだけの凄みがあった。

 対するLightPillarは『ハッピー・トゥ・ライフ』。まるで光が差し込むようなイントロに、すでに客席から歓声が飛ぶ。

 詩子が最初のステップを踏み出す。3人のフォーメーションは少し変則的。けれど、移動に意味がある。立ち位置の交差、すれ違い、手を取る瞬間。すべてがこの3人のパフォーマンスで魅せるための最適解のようになっていた。

 1番のサビで、俺と詩子とミチルの3人で手を繋いで大きく跳んだ。3人でやらなきゃいけない意味がこの全体パフォーマンスに色濃く滲む振り付けだった。

 最後にみんなで各々自由に手でハートを作り、曲が終わる。

 暗転。のちに、拍手。



──結果発表──

「それではモニターに表示されるスコアグラフにご注目ください! 赤がKeepOUT、青がLightPillarです!」

 司会に促されるまでもなくその場にいた全員がスコアグラフに視線を向けていた。モニターに映し出された空のグラフに〈ダンス〉〈歌唱〉〈トーク〉〈全体パフォーマンス〉の点数が加算され、視覚的に認識できるようになる。

「おぉっと! 全体パフォーマンスまではかなりの接戦ですね! 残すは特別審査員得票のみ! 一体どちらが決勝進出を勝ち取るのか⁉」

 モニターに映し出されたグラフに特別審査員得票分が加算されていく。どちらのグラフも同じスピードでぐんぐん上がっていく。詩子も、ミチルも、KeepOUTも、不安げな面持ちでそれを見つめ、俺も固唾を飲む。

 並んでいた両者のスコアは、最後の最後でわずかに青が上回る。

 発表の瞬間、ステージの真ん中で俺たちはモニターを見上げたまま立ち尽くしていた。

「勝った……?」

 僅かに赤グラフを超した青いグラフを見つめて呟く詩子の声にミチルは頷いて肯定する。

「勝った……!」

 気がつけば、客席から拍手が鳴り響いていた。俺たちは表情を和らげて、張り詰めていて息を吸うことも忘れていた身で深呼吸をして体に空気を送り込む。

 次は──決勝。相手は決まっている、王者αIndiだ。

 勝ち進んだ実感はまだ手に取れるほど近くはない。しかし舞台に満ちる熱はたしかに現実を教えてくれていた。



♪♪♪



 モニターに映し出されたレイの笑顔を見た新堂はおもしろいものを見たように笑った。

「あっはは、あんなに喜んじゃってさぁ」

 ひとしきりけらけら笑ったあと不敵な笑みを浮かべて、今度は俺たちの顔を見渡す。

「なんだよ」

 俺は眉間にしわを寄せて新堂に問う。そうすれば「んー?」と目を細める。

「そろそろ誰をどの審査に出すか申請しないとなぁって思って」

 それからまたしばらく俺たちの顔を見て「よし」と呟く。

「瀬川、おまえは全体パフォーマンスまで温存」

「えっ、なんで?」

「ほな俺と五十嵐と新堂で〈ダンス〉〈歌唱〉〈トーク〉は回すってことになるな。俺は前の審査トークで出たから他ならどこでもいける。どうせ勝つしどこでもええよ」

「うんじゃあ柊は僕とダンスに出てもらおっかな。五十嵐はさっきダンスとトークで出てもらったからこっちも僕とコンビで歌唱に出てもらうね」

「おう」

 会話を聞いていた瀬川は「じゃあトークは?」と僕に聞く。

「うーん。トークは僕のソロかな~」

「え? 俺のことは出さないのに新堂は全部の審査に出るの?」

「まあ僕は前の試合でどこにも出てないからルール違反ではないし」

 僕の発言を聞いて、それまで若干蚊帳の外にされていた瀬川が「俺もどっかに出てもいいよ? おすすめだよ」と珍しく意見を口にする。

「でもおまえマッチアップによっては水森レイとか気になっちゃうでしょ?」

「……うん」

「はい、じゃあだめでーす」

「えー」

「ダンスにはさっき出しちゃったし、歌唱じゃ瀬川が圧勝して相手が戦意喪失しちゃう可能性あるし、トークはおまえまだ1人だと不思議な発言しちゃうんだもん。まあ、他で出ないかわりに全体パフォーマンスは瀬川が大活躍できる曲にするから、それで全力出して会場のすべてを圧倒してよ」

「そっか、じゃあ仕方ないか……」

 不服そうではあるが新堂の口からするする出てきた事実の列挙の前に瀬川は一応納得したらしい。

「それじゃあ今回もαIndiがかっこよく勝つところみんなに見せよう!」

 きらきらしたアイドルスマイルでスタッフに出演メンバーの申告に行く新堂の背を見送って、俺たちは扉が閉まるのを眺めた。

「……あれってさ」

 俺は小さな声で話し出す。

「もしかして自分の手でレイを潰したいからなるべくどの審査にも出たいとかだったらだいぶあいつも捻くれてるというか、歪んでるというか、だよな……」

「いつものことやろ、気にするまでもない」

 そんな柊の発言にも呆れた気持ち抱きながら、俺はモニターを一瞥する。そこには俺たちαIndi、そして決勝の対戦相手であるLightPillarの名前とメンバーの顔が表示されていた。

 しばらくして新堂が戻ってくる。申請はなんなく終わったらしい。

「水森レイはどこまで足掻くかなぁ」

 トーナメントを進んだLightPillarの顔を眺めて新堂は目を爛々とさせて呟いた。

「どこまで足掻くかは知らねぇ。新人2人のおもりしながらよくやった方だが、決勝はきっと波乱なんてない試合になる。番狂わせなんてない。勝つのはαIndiだ」

「それはそう。だって僕と僕にαIndiは最強だもん」

 新堂は笑みを浮かべて俺たち全員に届く声量で言葉を続ける。

「僕は、僕とαIndiが大好きで、大好きな自分のこともきみたちのことも信じている。だから、何があっても勝てちゃうんだ」

 燦然としたきらめきを抑えることなく発する新堂は〝この世界で輝き続けるために必要なこと〟をよく知り、それを体現し、実現させている。

 決勝戦開始まであと20分。多少尺が伸びてもあと1時間半程度で今年のWdFは終わる。

 あいつらは星に近づいて手を伸ばすってのはどういうことか身をもって知ればいい。
 すべてを焼かれて灰になろうと、きっと星はそれすらも平等に照らす。たとえどんな愚者が相手だろうと、近づかなければ星の輝きはあたたかいものなんだから。

 

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