初戦(2年目)

 客席を埋め尽くすライトと歓声の渦。その真ん中で、わたしたちLightPillarは初戦のステージに立った。

 対戦相手はLiM。SNSでも注目されている、ダンス特化型の五人組ユニットだ。リハーサルの時点で、整いすぎたフォーメーションと目の覚めるようなキレの良さに、正直、圧倒された。

 観客の持つペンライトが揺れている。わたしたちは顔を上げて、その輝きのゆらめきを見つめる。

「大丈夫。俺たちは観客ひとりひとりに向けてありのままの自分たちの魅力を〝伝える〟ことに集中しよう」

 本番直前、レイちゃんがそう言ってわたしたちをそっと前に向き直してくれた。その言葉に呼吸が整う。

 改めて深呼吸をひとつ。ライトの下で見てくれるひとたち、テレビの前で見てくれているひとたち、みんなに届くように。まずは初戦。ここを越えなきゃ、次はない。

 負けたら、終わり。

 そんな重圧を背に感じながら、わたしたちはそれぞれの審査に臨む。

  ──〈ダンス審査〉──

 審査テーマは『シルエット』。演者の背面に強いライトを置き、ステージの床と背景に映る影をも含めて〝身体の輪郭で魅せる〟審査だ。衣装の布や髪のなびき、指先の流れまでもが採点対象になる。

 このパートはレイちゃんのソロ。彼はゆっくりと、ステージ中央に歩み出る。

 先攻のLiMがパフォーマンスを披露している間に対面の別ステージでレイちゃんが自分のステージの準備を進めている。

 スタンバイが完了し、LiMのパフォーマンスが終わるとカウントが鳴り始め、同時に光量の強い照明が点灯して彼の輪郭を影として浮かび上がらせた。

 BGMが鳴り出す。レイちゃんの一挙一動の動きが柔らかく滑らかにつながっていく。観客たちが固唾を飲んで彼のパフォーマンスを見守る。

 先に披露したLiMのダンサーの完璧なカウント、切り立った動き、鋭く的確な音ハメ、それらもたしかにすごかったが──

「この勝負、レイちゃんが勝つ……!」

 観客の反応が、何よりそれを証明していた。レイちゃんのパフォーマンスで明確に場の空気が震えたことにわたしもミチルちゃんも、審査員たちも、他の演者たちもきっと気がついていた。

──〈歌唱審査〉──

 審査テーマは『明日』。明日が楽しみになるような、明日も誰かの背中を押せるような歌であること。技術よりも、どれだけ未来にある希望を〝信じさせられるか〟が試される。

 このパートは、わたしとミチルちゃんが任された。選んだ楽曲は『またね』。「今日もたのしかったね。明日もきっとたのしいよ。だから、またね」というメッセージが込められた柔らかいピアノ伴奏から始まるかわいらしいメロディラインの曲だ。

 歌い出しの一音で空気が場内がLiMが築いた雰囲気からがらりと変わった。すこし浮かれてスキップしながら歩く帰り道のような、明日への期待を込めてたのしく、でも今日のたのしいも忘れないように……。そんな歌を一音一音に気持ちを込めて歌う。

 1番のサビが終わった瞬間、ほんの一瞬、観客の歓声が消えた。誰も彼もが気がつかないうちに息を止めていたのかもと思えるほど、きっとみんな聴き入ってくれていたのかも。

 歌が終わって、2人揃って頭を下げた瞬間、静寂が破れるようにして拍手と歓声が飛んだ。

 先攻のLiMのボーカルも、圧巻だった。パワフルで、まっすぐで、高音の伸びも見事だった。けれど──そこにあったのは『自分の力を見せつける歌』であって、『聞き手の明日に寄り添う歌』ではなかったように思う。

 手応えを感じながら、次の出演のために一度袖へ捌ける。

──〈トーク審査〉──

 テーマは『魔法』。このパートは、わたしとレイちゃんのコンビで挑む。

「詩子には、ずーっと心の支えにしてる魔法がありまして……」

 わたしの話すテンポは、普段とあまり変わらない。でも観客のリアクションのボルテージを上げるように少しずつ熱を織り交ぜていく。

「ステージに立つとかわいくなれる。それが、詩子の信じている魔法なんです! その魔法を教えてくれたアイドルさんは、今でもずっとずっと憧れで、大好きな存在です!」

 そこで、レイちゃんが助け舟を出す。

「今、ステージに立ってる詩子のこと〝かわいい!〟って思ってる人、せーので声出してみましょうか」

「えぇ!? 突然のコーレス!?」

「いきますよー、せーの!」

 ──「かわいいー!!!!!!」

 会場が振動するほどの歓声が、わたしに降ってきた。

「うわぁ~~~! みんな~! ありがとうございます!!」

 あたたかい笑いと拍手。

 LiMのトークは悪くなかったけれど……きっとこの舞台以外でも見られるだろうインタビュー形式だった。反応も淡白。観客との距離は、少し遠かった。

──〈全体パフォーマンス〉──

 披露したのは、『Weekend Sunset』。明るすぎず、でも光の差すような楽曲。青春の終わりと始まりをテーマにしたナンバーで、三人の個性と一体感を見せる勝負曲。

 フォーメーションの入り方、間奏での目配せ、歌声の重なり。一つ一つが、ちゃんと〝この3人でなきゃいけない〟という理由になっていた。

 ラスサビでわたしがセンターに立ち、ミチルちゃんとレイちゃんが両脇を固めてくれたとき、客席に涙ぐんでいる人が見えた。わたしたちの成長を見守ってくれているひとかもと思うと、すごく、勇気をもらえた。

 最後のポーズでライトが一点に絞られ、まとまったわたしたちを照らす。音楽が止み、数秒後に聞こえてくる拍手と歓声。

 ♪♪♪

 ──結果発表。

 LiMの総合得点を、LightPillarはゆうに上回り、勝利を手にした。

 まずは初戦突破。わたしたちLightPillarの名前が確かにトーナメント表の次の段に進んでいた。徐々に増していく『勝った』という実感にリザルト画面を見つめる手がほんの少し震えた。

「……勝っ、たんだ……!」

 自分のその声にようやくこの手の震えは嬉しさからくるものだと気がつく。

「でも、ここからはもっと大変だよ」

 レイちゃんが言った。あくまでも冷静で、すでに次の戦いのことを考えている顔。

「準決勝、相手は……」

 ミチルちゃんが低く小さく呟いた。

「──Keep OUT」

 予想通りだった。圧倒的な完成度で相手チームをねじ伏せた彼らは、やはり強い。

「次も、限界まで全力の戦いだね」

 レイちゃんの呟きにわたしとミチルちゃんは頷いた。

 ♪

 控室に戻ると、マネージャーがすでに動いていた。さっそくKeep OUT戦に向けて、過去のステージ映像やトークの分析資料がタブレットにまとめられていた。

「俺たちはまだ未熟だ、油断しなくても、隙は作られる。それを見つけて的確に突いてくることが彼らにはできる」

 レイちゃんが静かに言った。指先がタブレットをなぞるたびに、相手の癖やフォーメーションが浮かび上がっていく。

「去年の決勝ではαIndiに負けた。でも、だからこそ──彼らは〝勝ち方〟を知ってる。あとはそれを、どこで、どう使うかってだけ」

 去年もステージに立っていたKeepOUTさんと、去年テレビの前で見ていた側のわたしたちが、今、同じステージに立つ側になった。

 ──そう、立てるようになったんだ。

 準決勝まで、せいぜいあと数十分。

 対戦相手は前年度準優勝チーム。LightPillarよりもずっと決勝に近いユニット。

 だけど、わたしたちはその壁を越えにいく。



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