本戦決勝前
決勝戦の先攻後攻が発表され、俺たちの先攻が伝えられる。
「ここに来て先攻か……」
レイが苦い顔で呟く。後攻が有利なのは薄々感じていたが、戦相手がαIndiとなるとかなり不利なのだろう。
「相手の出方を見てから動くことはできないができることを精一杯やろう」
俺たちを前へ向かすようにそう言いながらもレイの言葉尻には焦りが滲んでいた。
決勝の審査テーマ発表のために一度舞台に上がる。熱気は準決勝以上、だがLightPillarの応援が増えてわけではなく、光るペンライトの色はどう見てもαIndiのものの方が多かった。完全にアウェーなわけではないが、それでも審査員得票での加点は望めないだろうことは明白だった。
「それでは決勝の審査テーマ、オープン!」
司会の声が鳴り響くと同時に会場内に複数設置された大きなモニターに文字が映し出される。
──ダンス〈???〉
──歌唱 〈台詞 ─ セクシー ─〉
──トーク〈アイドル〉
表示された審査テーマに会場中が大きく沸き立つ。
決勝でLightPillarはダンスにレイ、歌唱に俺、トークに詩子とレイを出すことになっている。というか、出さざるを得ない。まだ緊張でテンパりやすい詩子を補佐するために詩子の出場時は2人で出るように設定していたから結果的に決勝の場で柔軟な選定ができない現状にある。
テーマ発表を終え、一度楽屋に戻された俺たちは与えられたテーマについてそれぞれの意見を口に出す。
「ダンステーマの〈???〉ってあれだよね、相手と共通テーマじゃなくて、それぞれ別のテーマで審査されるやつ。詩子も結構WdF見てるけどあのテーマ見たのは久しぶりかも」
「レイはレア枠を引いたってわけか」
「レア枠はそうなんだけど……正直に言うと、このレア枠を上手く使える自信はないかな」
「なんでだ?」
「正直、同じ制約があった方が戦いやすかったかもって思えてしまう。αIndiが誰を選出するかわからないけど、誰が相手でもきっと同じテーマの方がやりやすかった気がする」
「不安かもだけどレイちゃんなら大丈夫だよ! もしかしたらレイちゃんが引くテーマの方が披露しやすいかもだし! いけるいける!」
いつもと変わらない前向きさでレイを元気つけようとする詩子を横目に俺も気になったことを口に出す。
「歌唱の審査テーマは「台詞」だったが、LightPillarの曲に台詞が入ったやつないよな?」
「そう言われるとそうだね! え⁉ どうするのミチルちゃん!」
最初に聞いた側の俺に向けてどうするのって言われても、それは俺も聞きたいことなんだが……と思い少し困ったような顔のまま助けを求めるようにレイを見ることしかできない。
「歌唱テーマの〈台詞〉は既存の曲に今回だけ特別に台詞を入れる感じでも大丈夫だよ。過去にもそういう事例があったし、問題ないはず。でもこれ結構むずかしくて、曲始めとか曲終わりとかに入れるとインパクトが薄いし、パフォーマンスとして高得点が出やすい間奏中に入れる形だと尺感が難しい。今回は楽曲自体ワンハーフに編集されてて間奏がまったく、あるいはほぼない状態の方が多いだろうし、インパクトを取るなら選曲と工夫は必須だと思った方がいい」
「安牌なのは歌い始めに一言入れる感じか……」
「そうだね。安牌って意味ではそれが一番良いと思う。テーマ通り台詞を入れる構成にしないとそもそも高得点は狙えないから、無理にでもどこかに台詞を入れることはしないといけない。あとは選曲と台詞の系統があっているかも審査対象になる」
「そっかぁ、大人っぽい恋愛の歌で元気いっぱいな台詞言っても違うもんね」
「そうそう。今回のテーマは『セクシー』ってことだから色気のある台詞を言わなきゃいけないけど……ミチル、やれそう?」
レイが心配そうに俺の顔を覗く。そんなこと聞かれたって、答えは決まってる。
「やらなきゃ負けならやるしかないだろ」
俺の返答を聞いたレイは深く頷く。そして俺の目を見て落ち着いた声を発する。
「ひとまず歌唱審査の前にダンス審査がある。ダンス審査中に色気のある台詞を考えて、歌唱審査で披露する楽曲を決めてどうねじ込むか考えておいてほしい。俺はダンスの方に出てるし、ミチル自身も袖で待機してないといけないだろうから3人で案を出し合って決めることができない」
「俺の正念場がここってことだな……。台詞……それも色気のあるやつ……」
歌唱審査の一勝が俺にかかっていることにプレッシャーを感じる。それも生まれてから一度だって吐いたことない色気のある台詞にすべてがかかってる。歌うだけならまだ勝機があったかもしれないとさえ思えてくる。というか、台詞でポイント稼いで歌でもポイント稼がないといけないのか……。マジか……。
「ミ、ミチルちゃん! 顔がめちゃくちゃ思い詰めてる! 纏う空気が暗いし重いよ!」
「こんな顔にもなるだろ。というか、詩子もトークで話すことまとめておけよ。テーマは相性良さそうだからやりやすいとは思うけど」
俺の発言に詩子は「大丈夫! 喋ること整理する必要はあるけどアイドルへの熱量なら詩子もレイちゃんもきっと負けない! だから絶対勝つよ!」と明るい笑顔で返す。
俺たちが話している横でレイがどこか物憂げな顔をしていることに気がつき思わず「おい」と声をかける。
「俺と同じくらい思い詰めた顔してる。そんなにダンス審査が不安か?」
「あー……うん、でも大丈夫」
その顔で言う『大丈夫』はむしろ大丈夫じゃないだろ。
そんなことを思っている間にスタッフがレイと俺に待機を命じる。
「まずはレイちゃん頑張って! ミチルちゃんもきっと大丈夫だから! ふたりとも舞台では余裕な顔するんだよ!」
詩子の応援にそろって頷いて、俺たちは下手袖へ向かった。
「さっきさ、」
詩子と別れてからそれとなくレイに話しかける。
「レイも暗い顔してたけど、おまえは大丈夫だよ。相手が誰だろうと、きっとなんとかするだろ」
そんなことを言えば、レイはさっきまでの表情はどこへやら、なでられた犬みたいにうれしそうな顔をして笑う。
「うん、ミチルも詩子も俺を信じてくれてるのに俺が俺を信じなきゃだよね」
レイはまだ顔をほころばせたまま俺側にある手を握ってこちらに向ける。俺も応えるように拳を握って向ける。互いの拳をコツンとあわせ、レイはほんの少し厳かさを含めた声で決意を自分に言い聞かせるようにそう力強く発する。
「かましてやろう!」