WdF本選前(2年目)

11月下旬に開催された予選から12月中旬の本戦開始まではしばらく期間が空く。多くの観客を動員したり凝ったステージ設営もある規模の大きな大会だからいろいろ大変らしい。

期間が空いているから暇だということはない。その間だってもちろんお仕事もレッスンもある。

 これから訪れる大舞台を気にかけながらわたしたちはずっとアイドルとして過ごしている。

 本戦まで2週間を切った今日、WdF本戦のトーナメント表が発表された。急遽開かれることになった作戦会議のためにわたしたちは早めにレッスンを切り上げて会議室に向かう。

 事務所の会議室にはすでにマネージャーがいて、書類の準備をしたりホワイトボードを出したりしていた。

 窓から太陽の光が差し込んでホワイトボードを照らす。そこにはマネージャーが書いたらしい「WdF本戦ルールまとめ」の文字が整然と並んでいた。

 ・本戦は全7組によるシングル・イリミネーションのトーナメント。
 ・基本的に楽曲は1ハーフ構成(決勝の全体パフォーマンスのみフルコーラス)。
 ・審査は〈ダンス〉〈歌唱〉〈トーク〉〈全体パフォーマンス〉の4項目。
 ・WdF本戦では各審査ごとに参加者はソロ・コンビ・トリオいずれかの編成で出演し、項目ごとのパフォーマンスを行う。また、同一メンバーが次戦でも同じ審査に連続出演することは基本的に禁止されている。
 ・5名の審査員が各パフォーマンスをそれぞれ持ち点20点で評価する〈審査員票〉、観客票と視聴者票の合計票数の1%を〈特別審査員票得点〉、4種目分の審査員票と特別審査員票得点が合算され、総合点が高かったユニットが勝利する。

「予選と同じように1ハーフってことはまた曲の魅力を半分の時間で出し切らなきゃいけないってことだよね」

 わたしはホワイトボードを見上げていた顔をレイちゃんに向ける。

「うん。つまり〝サビ前で盛り上げて、サビで一気に畳みかける〟構成じゃないと観客の記憶に残りにくいってこと。多分どこのユニットもそんな構成でくると思う」

 レイちゃんは手元の手帳に視線を落としていた。わたしはそちらに寄っていて一緒にノートを見せてもらう。レイちゃんの手帳には審査傾向、過去のWdFの傾向、ライバルユニットの構成まで、情報がたくさん詰め込まれていた。

「1戦目の対戦ユニットは『LiM』。五人組で、歌唱よりダンスに重きを置いてる感じ。SNSでも“振りのキレがすごい”ってバズってた」

 ミチルちゃんが備品のタブレットで該当ユニットの動画をいくつか再生する。整ったビジュアル、均一なフォーメーション、音ハメの正確さ。たしかに見ていて気持ちが良いし初見のインパクトはある。

「すごい……! 本当にキレッキレだ! もっといろいろ見てみたい!」

 3人で動画サイトの公式動画をいくつか見て回る。5曲目を見終えたときミチルちゃんが口を開いた。

「たしかにダンスのキレも揃い方もすごいが、なんというか、少しワンパターンな感じだな」

「よくわかったね。彼らは構成の幅が狭めで曲の系統も似た方向性のものが多く、派生するパフォーマンスもある程度決まった型の繰り返しだから、表現力や感情表現で差をつければこっちにも勝機がある」

 レイちゃんの言葉に、ミチルちゃんは小さく頷いた。

「トークは材料が少なくて判断がしにくいが、レイはどう思う?」

「そうだな……こっちも型にはまった返答が多い印象はあるけど、でもああいうタイプは勢いがあると強いから、初戦こそちゃんと落ち着いて挑まないと、あっという間に負ける可能性もある」

 レイちゃんの言葉に室内が一瞬だけ静かになった。

 WdFの予選を6位通過というギリギリで勝ち抜いたLightPillarにとって、ここからの本戦はどこをとっても〝格上〟との戦いになる。

「じゃあ、作戦立てようか。1回戦を〝必ず勝ち抜く〟前提で動こう」

 レイちゃんが、マグネット付きのプレートを使ってホワイトボードにトーナメント表を再現し始めた。LiMの隣にはLightPillar、勝ち抜いた場合、次に当たる可能性の高いユニットは……。

「Keep OUT、か」

 ミチルちゃんが口に出したその名前に空気がわずかに張り詰めた。

「前回準優勝ユニットだしαIndiさんとも二度対戦経験がある。初戦は大きな番狂わせがない限りたぶんKeep OUTさんが勝ち抜いてくるよね……」

「うん。そして俺たちの今回のWdFの関門の一つがこの準決勝のLightPillar VS Keep OUTになる」

 レイちゃんが表の上で、Keep OUTとLightPillarの名前をそっと並べる。

「俺たちがここで負ければ、今年の俺たちのWdFは終わり」

「……勝てる、かな」

 わたしは小さく呟いた。自分でも今不安そうな顔をしていることがわかる。

 わたしはミチルちゃんに弱気な視線を預ける。ミチルちゃんはそれをまっすぐ見つめ返す。視線をわたしに向けたまま彼は「〝勝つ〟んだろ、俺たちは」ってわたしにも、そして自分自身にも言い聞かせるみたいに言った。

「でも準決勝が大変のは事実だ」

 レイちゃんが言葉を続ける。

「Keep OUTはきっと臨機応変に対応してくる。彼らには“たくさんの強者と戦って覚えてきた者たち”の強さがある。だから本気でぶつかってくるだろうし、限界レベルの本気を出していくしかない」

 レイちゃんの言葉は静かだけど重かった。誰より分析的で、現実を見つめる彼が“限界レベル”とまで言うのなら、それはきっと嘘じゃない。

「でも、詩子たちだって覚悟はしてる」

 わたしは深く息を吸い、ぐっと手を握った。

「不安は……正直まだあるけど、でもレイちゃんと、ミチルちゃんと、3人でそれぞれの良いところを引き出し合っていけば勝てるって信じてる」

「1人で舞台に立たなきゃいけないときも俺たちは3人でLightPillarだ。3人で、強敵を乗り越えていこう」

 レイちゃんがそう言って笑ってくれる。その笑顔はどこか挑戦的で、頼もしくて、ちょっとだけ優しい。

「……うん。絶対、決勝まで行って、そこでもまた勝とう! そのためにはまずは初戦だね!」

 ミチルちゃんとレイちゃんにそう話すわたしの言葉を聞いたミチルちゃんの表情には不思議な落ち着きと熱が同時に宿っていた。それがとても彼らしくて、あたしは安心感を覚える。

 ホワイトボードに並んだ名前たちは、きっと誰もがそれぞれの想いを背負って、この大会に臨んでくる。強さや人気だけじゃない、それぞれの〝理由〟と〝人生〟がここに集まってる。

 わたしたちもきっと、その中にある一つだ。

 でもだからこそ、負けられない。

 憧れに手を伸ばすために。
 これまで積み重ねたものを証明するために。
 そしてなにより──これからもLightPillarとして歩いていくために。

「じゃあ、もう一回最初から見直そうか。LiMの動画、細かい動きまで全部確認したいね。詩子の言うとおり準決勝の心配はまず初戦に勝ってからだ」

 レイちゃんが再生リストを操作する。

「構成や各メンバーの個性も研究しておく。強い相手に勝つには、まず、相手を理解するところからだもんな」

 ミチルちゃんもタブレットを引き寄せて、椅子に深く座り直して姿勢を正す。

「よぉし! じゃあ詩子も改めて1ハーフにしてもかっこよさそうな本戦用楽曲リストとか作ろうかな!」

 再び熱を帯びていく空気の中で、わたしたちは前を向く。

 この日が、勝利への始まりの日になるように。
 ここからの毎日を、確かな一歩にしていくために。

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