WdF予選②

 一回戦で残った十六組を半分の八組ずつのグループABにわけ再度審査し、一回戦と二回戦の点数の合計点が高いユニットがAグループBグループそれぞれから1組ずつ本戦参加権を得る。

「今度は八組の中から一番高い点を出さなきゃってこと、だよね?」

「厳密に言えば一回戦の点数と合算して一番ならいいだけだから、二回戦の点数は上から二番目や三番目でも一回戦で高い点数を獲得していれば通過は易いって感じかな」

「俺たちだったら大体何点以上必要なんだ? 他のユニットの点数次第なところはあるが、ざっくりでも」

「ミチルの言うように他のユニットの得点次第なとこはあるけど、さっき話した90点の壁は越えないといけない。90点を超えてどこまで伸ばせるかにかかってる」

 俺の言ったことを素直に聞き入れた詩子とミチルはふたりで顔を見合わせている。

「壁っていうくらいのものを超えなきゃいけないから、それだけすごいインパクトを残せるようにしないと……」

「そうだな」

 ミチルは手元のメモをテーブルの中央に移動させて「これ、今まで出たABCDグループすべての得点」と俺や詩子にも見せる。

「90点以上出したユニットは5組のうち4組は一回戦で本戦出場内定しているから二回戦には出ない。そしてを一回戦の得点が90点未満のユニット中で一番点数が高かったのは俺たちLightPillarだった……というデータはあるんだが、ここで運要素が絡んでくる」

「運要素?」

「一回戦で90点以上出したユニットと同じグループに分けられたとき、二回戦ではそれなりの点数を出さないと勝てない」

「なるほど……。でもさ、もしかしたらなにかミスしてその強いユニットの点数が二回戦ではそこまで良くない可能性も……」

「それもあるかもしれない。でもないだろ、たぶん。それに誰かの失敗願って勝つのってなんかイヤじゃないか?」

「……うん、それはそうだね。……レイちゃんはどう思う?」

「確信があるわけではないけれど二回戦のグループ分けでその90点超えのユニットと同じグループになる可能性はあまり高くない」

 詩子が首をかしげて「なんで?」とこちらに疑問を投げる。

「本戦内定が出たユニットを抜いて現段階で一番高い得点を持っているのがその90点超えユニットで、二番目に高い得点を持っているのがLightPillar。この、高得点を取ってるふたつのユニットを予選段階でぶつける必要が運営側にはないんだ」

「運営って、番組の?」

 詩子の質問にうん、と頷いて応えて話を続ける。

「実際のところ可能な限り強いユニットを本戦に送り出したいんだよね。だから一回戦で本戦内定は取れなかったけど強かったユニット同士をやり合わせてどちらかを潰すって行為は必要じゃない」

 俺はつらつらと言葉を続ける。

「予選を二回戦に分けてやるのも運営側が『本戦ではできないことをやりたい』と思ってるからなんだよね。本戦って敗者復活なしのトーナメント戦だけど一回負けてもリカバリーがきくようなシステムもやりたいって制作サイドの要望があったらしくて、だから導入してるっていうか」

「…………詳しいんだな」

 ミチルの驚いているような若干引いているような声に我に返って俺はしばし口を噤む。僅かにしん、と静まった楽屋だったが、それがいつまでもそのままではなかったのはスタッフが一名要件を伝えにやってきたからだった。

「二回戦のグループ分けの結果が出ました。LightPillarさんはBグループの8組目です」

簡素な一覧表を俺に手渡しながらそう伝えて、撮影の準備が終わり次第あらためて声をかけると言い残し、俺たちの楽屋を後にした。

「Bグループの8組目ってトリってことか」

「そうなるね。……あ、さっきの90点超ユニットはやっぱりAグループらしい」

 当該ユニットの名を指さして見せる。

「あとは90点の壁をしっかり超えれば本戦出場も夢じゃないな」

「そうだね! 100点貰うつもりで全力で本気出していこう!」





 二回戦目はドキュメンタリーパートとトークパートが省略されるぶん八組ずつ十六組の審査も非常にスムーズに進んでいく。アイドルがパフォーマンスを披露し、採点が行われ、名指しされた審査員のうちひとりかふたり程度が軽くコメントを発して、その組は終わり。そんな感じで一回戦の半分ほどの時間で俺たちより前までのユニットの審査が終わった。

「緊張とかは──うん、詩子もミチルも大丈夫そうだね」

 ふたりとも顔がこわばっても不安げになってもいない。

「二回戦Bグループで90点を超えてるユニットはいない。ここで俺たちが90点の壁を超えれば本戦出場権は取れる」

「ああ、かましてやろうぜ」

「よぉし! 一回戦のときより良いパフォーマンスにしよう!」

 二回戦発表楽曲の最果ての光はLightPillar特有の電子音はそのままにバンドサウンドに仕上げられた楽曲。キャッチーなメロディーとキラキラしたシンセ音を有したバンドサウンドはきっと楽曲だけでもかなりのひとに刺さる。

 曲だけでもある程度の点数は稼げるだろう。だけどそれだけでは90点は超えない。加点はパフォーマンスで増やすしかない。

 やってやるさ。LightPillarの水森レイとして、全力で。





 カメラの先、バミリの上に立つ。イヤモニの確認も終え、しばらくしてカウントの後キューが出される。

 俺は静まりかえったその場で前方に伸ばした腕の先で開かれた手をゆっくり頭上に持ち上げる。その腕が伸びきり、ぐっと拳が握られると同時に始まるイントロ。

 ミチルの歌い出し、Aメロ後半には詩子の声も加わる。Bメロで一度ミチルの声が抜けると同時に俺の声が入る。

 ここはビブラートの幅を詩子に揃えて、なおかつ発声は力強く。そろそろ4カメが俺を抜くから最高の表情で視線を投げて、あとはサビとラスサビ。1ハーフ構成の中で極限まで俺たちの良さを詰める……!

 サビから転調したラスサビを歌いきり詩子を真ん中にして彼女の頭の位置が一番高くなるように俺とミチルは片膝立ちで座って、曲がフェードアウトしていく。





「ただいまの楽曲はLightPillarで最果ての光でした! 二回戦もいよいよ最終審査! それでは点数オープン!」

 LEDパネルに表示された点数がハイスピードでカウントアップして、80点を超えたあたりで減速していく。

 81、82、83、84、85、86、87 

 ……88……89、

 ……90

 パネルの数字はそこで止まった。

「LightPillar得点は90点! Bグループ最高得点です! すべてのユニットの点数が出揃いましたので決勝進出を決めた上位六位の一回戦と二回戦の点数をあわせた最終得点をご覧ください!」

 パネルに表示された最終結果。一位にはKeepOUT、そして六位には俺たちLightPillarの名前があった。

「こちらの上位六名がウィンターダフネフェスティバル本戦への出場者となります!」





一通りの撮影を終えて俺たちは楽屋に戻って帰り自宅を始めていた。次の現場はないので事務所の社用車で各々住まいに送ってもらう予定だ。

「あぁ~よかったぁ……」

 詩子は楽屋に戻ると体の力が抜けたように椅子の背もたれにぐでりと身を預けて何度も「よかったぁ……」と呟いている。

「ああ、よかったな」

「ミチルちゃんはなんでそんな余裕なの」

「余裕なんじゃない、むしろ逆だ。まだ気が抜けてない」

「えーそれはさ、今くらい気を抜いてもいいんじゃないの?」

「俺にはすこしむずかしい。そういう性分だから」

「そっかぁ」

 なんてことないゆるい会話をする詩子とミチルをそばから見守る。本当にこのふたりはおもしろいし、癒やされる。

 本戦出場権を手にして詩子ほどではないが俺の気も少しだけゆるみを見せていた。そんなとき、スマホが着信音を鳴らしながら振動する。

「電話?」

 詩子が聞く。それに「そうみたい。誰だろ?」と発信者を見て身が固まった。着信音はまだ鳴り続けている。

「出ないのか?」

「いや……ごめん、出てくるから席外すね。スタッフとかがなにか言ってたら聞いておいて」

 それだけ言い残しスマホだけ持って楽屋を出た。そのタイミングで着信が切れる。切れて安心したのも束の間、改めて同じ相手から電話がかかってきて俺はしぶしぶ応対する。

「もしもし」

「あ~やっと出た! やっほ~れい……今の名義は水森レイだっけ? まあおまえの名義とか何だっていいんだけど、どーせそんなに呼ぶこともないだろうし」

「は? なんの用?こっちも忙しいんだけど」

「おまえんとこ予選越えてきちゃったらしいからさぁ、なんか言ってやろうかなと思って」

「じゃあ手短にどうぞ。それ言ったら切ってね」

「“本戦参加実績なし”での“予選六位通過”おめでと~! せいぜいWdFを楽しく盛り上げていってね! そんじゃ、ばいばーい」

 まるで嵐のようにそれだけ言って通話は切られた。

「はぁ……どこかで誰かに絡まれるだろうとは思ってたけどこんなに早いとは思わないでしょ……」

呆れながら楽屋に戻る足取りで先ほど言われたばかりの言葉を反芻する。

「なにが「せいぜいWdFを楽しく盛り上げていってね」だよ。何様──……あー、新堂様、か……」

 そこまで呟いて鏡を見なくても自分がひどい顔をしているのがわかった。きっといろいろ疲れたからだろうけど、この顔のままあの子たちには会えないから、ちょっと顔余裕そうな顔を作ってから俺は楽屋に戻った。

一覧に戻る