WdF予選①

 二十組のグループを五組ずつABCDと四ブロックに分け、ブロックごとに歌・ダンス・トーク総合のライブパフォーマンスを披露。一回戦は各ブロックそれぞれの得点数1位が本戦内定。内定組以外の十六組は二回戦へ──。

 WdF予選当日、ディレクターから改めて簡単に説明を受けた全参加者はその後楽屋に戻って収録が始まるまで待機を命じられる。

 楽屋に置かれた椅子に座って私は机に頬杖をつく。鏡なんて見なくても自分でわかるくらい顔は不安げ……。

「顔こわばってるぞ、大丈夫か」

 ミチルちゃんがわたしに声をかける。彼はこちらを見つめてまっすぐわたしの顔を見ている。

「大丈夫、って感じではない……かな……」

 無理に笑うこともせず、素直に言ってみた。

「ミチルちゃんは意外に平気?」

 わたしの問いに、全然って感じで首を横に振る。

「いや、スタジオへの移動中から貧乏揺すりが止まらないくらいには緊張している」

 机の下をちらっと見やるとその言葉通り足のつま先が小刻みに動いている。

「ねぇねぇ、緊張ってどうやったら和らぐ……?」

 そのへんのひとより余程こういう場面の緊張に慣れていそうなレイちゃんに聞いてみる。彼はそうだなぁ……と軽く思案したのち、「和らげる方法は詳しくないんだけど」と前置きをしてわたしに尋ねる。

「おはモニで神山さんに会ったときと今だったらどっちの方が緊張してる?」

 予想していなかった質問を受けて「え~?」と言いつつしばらく考えてみる。ロッテちゃんと会ったときと今なら……。

「おはモニでロッテちゃんに会ったとき、かも」

「じゃあ今以上のおはモニの緊張は乗り越えられたんだから今も大丈夫だよ」

「そういうもんかなぁ?」

 口にしたのは素直な納得ではなかったけれど、それでもわたしの中の緊張は以前乗り越えられたものよりも低いんだと認識したらちょっとだけ気持ちが軽くなった。

 わたしとレイちゃんのやりとりを聞いていたミチルちゃんが「俺にもなんかそういうのくれよ」とレイちゃんに言う。

「ミチルの場合? うーん……ひとりでクイズ番組出たときと今ならどっちが緊張してる?」

「お、なかなか絶妙なところだな」

「そうでしょ」

「その二択ならクイズ番組かな。あのときはひとりだったし」

「それなら今回も乗り越えられる。今はメンバーもいるし、大丈夫だ」

 ミチルちゃんはそれもそうだなと納得を口に出す。その様子を眺めつつ、わたしは「レイちゃんは? 緊張とかしないの」と会話を広げた。

「俺が緊張するのはもうしばらく先かな」

「先ってのは、本戦ってことか」

「うん。もっと厳密に言えば“本戦決勝”だね」

 レイちゃんの表情がすこし翳ったことにわたしも、そしてたぶんミチルちゃんも気がついた。

「……まあ、それはそうか。大舞台だし、おそらく相手が相手だし」

 レイちゃんが「もしさ、」と切り出す。

「俺が、いよいよ焦ったり弱気になったりしたらどんな手をつかってでも前を向かせて一歩踏み出させてほしい。お願いできる?」

 いつもの優しさのなかに確かな切実さがある声色の頼みだった。

「あったりまえだよー! まかせて!」

「ああ、俺ら2人がかりになっても必ずどうにかしてやる」





 Aグループの審査が終わった。スタッフさんに移動を指示され楽屋へ戻るAグループのひとたちとスタジオへ向かうBグループのわたしたち。すれ違いざま、Aグループの面々の顔が見えた。本戦内定を勝ち取ったユニットのメンバーはみんな安堵しきった顔で場を後にする。対して決勝進出を一発で決められなかった他参加者はこちらにも伝わるくらい大なり小なりどのひとも初戦で解けなかった緊張でピリついていた。



♪ 

 Bグループ参加者全員の紹介後早速MCパートの撮影を終えた一番手のユニットはパフォーマンスのためにスタジオを移動し始める。待機を命じられたわたしたちはMCパートを撮影したブースに残ってモニター越しに先のユニットを見つめる。

 Bグループ一発目、流れ出した音楽と同時に動くユニットメンバー。リハでも一度見たが統率の取れた五人組のパフォーマンス。アップテンポで歌唱もダンスも激しい、一番最初に披露しても最後までインパクトを残せるだろうそれは確実にわたしたちより上手うわてだった。

 他の出演者のリサーチを一切していなかったわけではなかったけれど自分たちのことで手一杯だったからどのユニットのことも基本的なのことしか知らない。そんな中でこんなにすごいものを当てられて思わず生唾を呑み込み背筋がのびる。

 Aグループの様子を先に見て、披露されたものの完成度も、それに付けられた点数も全体的に高いことはわかっていた。でもどこか他人事のように思っていたのかもしれない。自分の配置されたグループの一番手からこのクオリティを披露されてようやく「これに勝たなければいけない」と自覚して肝が冷えていくのを感じる。スピード感を持ってプレッシャーが浸食してくる。



Bグループ一組目はトークもそつなくこなし85点





 Bグループ二組目はダンスメインのユニットだった。このひとはしなやかさ、このひとはアクロバットを得意としてるんだろうとわかる個性を重視したパフォーマンス。LightPillarもどちらかといえばダンスに軸を置いているユニットだがやはり技術面だけをとってもわたしたちより上手うわてに見えた。──が全員の動きを揃えるパートでメンバーのひとりがわかりやすく振りを間違えた。軌道修正は早かったが、たぶん、減点対象。



 Bグループ二組目のトークはすこしぎこちなかった。たぶんパフォーマンス中のミスで気持ちが落ちてしまって上手く話せる状態ではなかったのかもしれない。結果は76点。この時点で二組目のユニットはもう一戦が確定した。





 とうとうLightPillarの出番だ。緊張で手が汗ばんでマイクを握る手にも力が入る。

 少なくとも86点以上を取らなければ一発内定はない。たとえ86点に達さなくてもできる限り高い点数を出さなければ二回戦で決勝進出内定を取るのも難しくなる。ドキュメンタリー映像が流れている最中にマイクチェックやポジションチェックを済ませている間も頭の中は焦りでぐるぐるめまぐるしい。

 スタンバイを促すカンペが出る。そろそろキューが出るのに、今はパフォーマンスに集中しなきゃいけないのに、しかしどんどん思考が逸れていく。

 ADさんがカウントを出し始める。もう撮影を止めることはできない。

 5──、4──、3──、

 逃げられないのなら、

 2──、

 手を抜くこともできないのなら、

 1──、

 本気でやるしかない……!



 ♪

 不安げだった詩子の顔つきがキューを出される直前に変わる。力強いがこわばってはいない、本気の顔。レイの歌い出しに続いて発せられた歌声も安定していて伸びがある。この状態の詩子は強い。

 レイはもちろんだが詩子の心配もいらない。そもそも心配している余裕もないのだから俺は俺のことに集中。

 何度も練習した三人組にしては複雑なポジショニングもこなし、次はHOLOGRAMでの俺の見せ場とも言える部分、Bメロラストのロングトーンと細かなビブラート。

 レイと違い俺の歌はほとんどが感覚でやってる。そのうえ完璧と言えるクオリティを出せる確率もそう高くはない。完成度がどれほどかはやってみないとわからない。

 だからこそ、俺は、俺の全力で──!





 振りを締め、同時に曲が終わる。

 歌唱もダンスも手応えはあった。あとはトークパート。事前にレイから「トークに関しては正直審査員の好みが大きく反映されるから正解がないから運に身を任せることになる。あまり話すこともできないから、短い言葉で自分らしさを出して功を奏すか否かだ」と聞いている。

「LightPillarのみなさんパフォーマンスありがとうございます! LightPillarさんは初めての予選出場ですがいかがでしたか?」

 司会側のアナウンサーさんが仕切りつつこちらに話題を振る。話す順は上手から下手へと事前に決められていたため俺から話し出す。

「はい。とても緊張しましたが俺たちらしいパフォーマンスを貫いて披露できた手応えがあります。VTRでもあったとおりLightPillarがテレビでこのHOLOGRAMという曲を披露するのは初めてだったので初見方が多かったと思いますが記憶に残るパフォーマンスになっていると思います」

「たくさんたくさん今日のために練習を重ねてきて、本番で最高を出せたことがすごくうれしいです! はじめてこの曲を知ってくださった方たちが好きだな~! と感じてこれからも聞いてくれたらいいなって思います!」

「俺たちLightPillarが本気で披露したものに、見てくださった方が魅せられ惹かれたらいいなと常に思っています。そしてHOLOGRAM……実はサブスクもあります!耳に残る曲で気になってくださった方もいらっしゃると思うので、『LightPillar』の『HOLOGRAM』で調べてみてください!他にもたくさん、系統も幅広くありますので好みに合うものが見つかったらたくさん聞いて、一緒に歌ったりしてみてください」

 レイは宣伝でコメントを締め、司会は審査員へ採点を促す。すぐに手元のフリップにペンを走らせるひとも少し迷っている様子のひともいた。

 暫定一位を超えられるかはわからないがライブパートの手応え的に良い勝負はできている。トークで大きく減点がなければ、きっと──。

「LightPillarさんの点数が出揃いました! それでは一斉にオープン!」

 俺たちの点数は……──88点!

 よし……! 一組目の85点を超えた! 隣で固唾をのんでいた詩子の表情がぱっと明るくなる。レイも、わかりやすくはしゃいではいないがひとまずの安心を得られたようだ。

「LightPillarさん88点! 暫定一位です!」

司会から改めて伝えられた点数と順位。まだ他の参加者も残ってはいるが俺にのしかかっていたプレッシャーも少し和らぐ。



♪  

 四組目がLightPillarの点数を超えることもなかった。その事実に詩子もミチルも期待と希望を抱いている様子だ。

 滞りなく審査は進み、いよいよBグループ最後の審査。演者は前回の本戦準優勝者KeepOUT。

 彼らのミニドキュメンタリーの内容は前回決勝で王者αIndiに敗退したときの気持ち、そして『またあの舞台で次こそ勝利したい』という強い想いをメインにした話だった。彼らは昨年のWdF本戦決勝という舞台で勝利を掴めなかった。それだけで今回にかける想いはどのユニットよりも熱く燃えているだろう。

 その後のパフォーマンスパートの質はやはり流石前回準優勝ユニットなだけある洗練されたものだった。洒落たジャズ調の曲に合わせて披露された歌もダンスも単に上手いの一言で片付けられない技術が詰まっている。焦りはしていないが適度な緊張感のある顔で、歌って踊っている今このときも、彼らはきっと誰より自分たちの実力を信じている。それを察したとほぼ同時に俺たちは二回戦目に備えた方が良いかもしれないと悟る。

 パフォーマンスが終わる。一曲にすべてを注ぎきった彼らはまだ緊張を解いていない。このあとのトークも気を抜かずにやりきるだろう。それらが正当に評価されるなら、一回戦目のトップは間違いなくKeep OUTだ。

「点数が出そろいました! それではBグループ最終審査KeepOUTさんの点数オープン!」

 モニターに映し出される《96》、他ユニットの80点台を大きく超える点数を前に観覧席が小さくざわめく。

「KeepOUTさんの点数は96点! Bグループ一位通過はKeepOUTさんです!」

 司会の発したそれを聞いてやっとKeepOUTは表情を僅かに和らげた。

「代表して市先さん、今のお気持ちはいかがでしょうか?」

「まずはBグループの審査をご覧くださった皆様ありがとうございました! また本戦への切符を手に入れられてとてもうれしいです。今度こそあの舞台で雪辱を果たぞと闘志が燃えています。本戦でもそのときの最高を出せるよう気を抜かずに進んでいこうと思います。改めて、ありがとうございました!」

 市先のコメントでBグループの審査は終了。俺たちLightPillarも他のユニットたちもぞろぞろとスタジオから楽屋に移動する。



♪ 

「88点でも全然ダメなんだね……」

 KeepOUTの96点がかなり衝撃だったらしい詩子はむずかしい顔をしながら頬杖をついている。

「点数的には88点くらいでも一位通過できたケースはあるんだけど、今回はKeepOUTのパフォーマンスがこちらから見ても抜きん出てすごく良かったから」

「なあ、二回戦目って一回戦目より点数取りにくいとかあるか?」

「うーん……取りにくくはならないけど、後がなくなってみんな予選最後の一戦だってすべてをかけるから審査で出る平均点がぐんと上がる。さっきの俺たちくらいの88点ならわりと出る。でも90点が壁として存在してるイメージはあるかな。88点と90点だと2点しか変わらないのにその2点がどうしても掴めないなんてパターンはよくある」

 俺の言葉を詩子とミチルはこちらを向きながら静かに聞く。

「予選から本戦には6組しかいけないけど、二回戦に入るころには4組がすでに埋まっている状態になっている。残り2組に入るためには俺たちは90点の壁を超えて出せる限り最大の点数を出そう」

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