WdF予選準備(2年目)

 わたしたちが準備体操をしている最中のダンスレッスンルームに入ってきたマネージャーさんはその場にLightPillar3人が揃っているのを確認すると「そのまま聞いてください」と手帳を見ながら話し始める。

「今日の午後から予選で放送される予定のドキュメンタリー映像の撮影が頻繁に入ります。マネージャーなど事務所の人間が代理で行う日もありますが基本的に番組制作班の方が撮影してくださることになっています。突発的にインタビューが挟まることもありますのでそのときは各自ご対応をお願いします」

 マネージャーさんの説明に返事をする。3人分の声を聞いて、マネージャーさんは「今日も頑張りましょう!」と微笑んだ。

 わたしは隣で開脚をしながら体を前に倒しているミチルちゃんに話しかける。

「詩子はアイドル大好きだからWdFで流すドキュメンタリーもなんとなくイメージできるしレイちゃんも詳しいと思うけどミチルちゃんはどう?」

「一応事前に過去回の映像を見させてもらったから編集後のものはなんとなくわかってる。でも撮影時の様子まではわからないからどんなふうに撮るのかとかどのくらい普段通り振る舞ってていいのかとかはさっぱりわからん」

「あーたしかに詩子もそのへんわからないな……なんだかんだずっと視聴者だったから編集されたものしか見てないもんね。レイちゃんは詳しいよね?」

「詳しいっていうか、経験がある分2人よりは勝手はわかるかなって程度だよ」

「なんでそんなに謙虚なんだよ」

「そうだよ~もっとこう、任せなさい! って感じでいてほしいな」

「これは根っこがそういう性格だからだと思うけど……でも頼りにはされたいから助けられる範囲にはなるけど精一杯力になれるよう頑張るよ」

 やっぱりなんか謙虚さが抜けてないけどそれでも力になれるよう頑張るって笑みを見せてくれる様子には安心する。

「外部のひとがいて落ち着かないかもだけど詩子もミチルもいつも通りにしていて大丈夫だと思うよ」

「いつも通りって?」

 わたしの問いにレイちゃんは「着飾らず、無理をせず、演じず。そのままでいいんだ」と軽く目を細めた。







 ダンスレッスンを終えたあと到着した撮影班のみなさんに挨拶をしてその場にいる全員で応接室に移動する。

 スタッフさんたちの機材準備が終わったタイミングでわたしたちは予選の選曲について話し合いを始める。ホワイトボード前に立ったレイちゃんは椅子に腰掛けるわたしとミチルちゃんに背を向けて黒いマーカーでボードの上部に【WdF予選発表曲】と文字を書く。

「さて、それじゃあ予選で披露する曲についてみんなで決めようか。この曲が良いと思うってものがあったら理由と一緒に教えてほしいな」

 レイちゃんの取り仕切りで始まった話し合い。わたしはすかさず挙手をした。

「はい! 詩子は【HOLOGRAM】がいいと思う! 曲もすごく耳に残るし、振り付けも気合い入ってるバシバシ踊る系だし、あと衣装もキラキラでかっこいいから! ライブではやったとこあるけどテレビではやったことない曲なのもその分初めて聴くひとが曲につられて思わず画面を見てそのまま引きつけれる曲かなって思うの!」

「たしかにメロディもかなり頭に残りやすいし、LightPillarらしい曲の代表だよね。一巡目でBグループの最高得点を出して早々に予選突破を決めたいから点数が伸びやすそうなHOLOGRAMを一曲目はかなりいいかも。ミチルはなにか案ある?」

「良い曲が多すぎて「これを二巡目で出すべき」みたいなのはまだ悩んでる。でもしいて言うなら【ノンフィクション】と【Biography】は本戦で出したいから予選では温存したい」

「あぁ、そういう意見も大切だよね。たしかにデビュー曲のノンフィクとその続編的な位置付けのBiographyは本戦向きだし、ノンフィクはもし本戦のどこかでデビュー曲指定があった場合予選でカードを切っているとインパクトが弱くなる可能性も高い」

 なるほど、そういうことも考えないといけないか……と思っている間に進行兼書記のレイちゃんの手でボードに『ノンフィクとbiographyは本戦用に温存』と書かれる。

「レイちゃんはなにかこの曲予選二巡目向きかもっていうのある?」

 彼はわたしの問いに「そうだねぇ……」とほんの少し悩むそぶりを見せつつ楽曲リストを軽く見やる。

「HOLOGRAMの印象に負けないくらいの曲でなおかつ系統の違う曲を選びたいなとは思っていて、HOLOGRAMがカッコイイに振り切った曲だから二巡目はキラキラアイドル感が強い【LOVE×LOVE×LOVE】がいいかなって思ってる。しっとりした曲でもいいんだけどここで決めなきゃいけないって場面でカードを切るなら明るい曲の方がLightPillarらしいかなと。どうかな?」

「あー! いいねいいね! ね! ミチルちゃんもそう思うよね?」

 隣のミチルちゃんに顔を向けて反応を見る。レイちゃんの案をわたしはかなりいいと思ったけど彼はそうでもなさそうな難しい顔をしていた。

「う、うーん……まあ曲の選択としてはありだが……」

 なんだかやけに歯切れの悪い返事。レイちゃんも同じことを思ったのか「問題点とかあったら教えてほしいな」とミチルちゃんをうかがう。

「いや、あれかなりかわいいやつだろ?」

「うん! LOVE×LOVE×LOVEはすっごくかわいいと思う!」

「もしかしたらあのかわいいに振り切った自分の姿を全国のありとあらゆる配信媒体で発信されることに俺が耐えられない可能性がある」

「なぁ~に言ってるの!! アイドルなんだからカッコイイもかわいいもやるの!! 逃げない! 恥じない! 怖じけずかない!」

「そうなんだが……いや、だがとか言ってる場合じゃないし本当に俺が悪いのはわかってる。詩子の言うことも十分わかる。でも詩子やレイみたいなタイプがかわいいのを披露するはしっくりくるが俺がやってもファンじゃないひとは喜ばんだろうよ」

「もう~? あのねぇ! ミチルちゃんみたいなカッコイイ男のひとがかわいいのをやるのを喜ぶタイプは別にファンじゃなくてもめちゃくちゃいるの! むしろそういう一面を見ていいな! 推そう! ってなるひとも多いの! これはチャンスだよ!」

「詩子の言うとおりだよ。ファンじゃない人に見せるのが恥ずかしいっていうのは俺にも覚えがあるけど、それでも詩子の言うようにそれきっかけでミチルに興味を持つひとはいると俺にも断言できるよ」

「そういうもんかぁ?」

 腑に落ちていない様子のミチルちゃんはLightPillarのリリース済み楽曲リストを改めて見つめる。どうやら他に良い案がないか探しているみたい。

「HOLOGRAMと被らない曲ってことだったけど、別に同じ系統のカッコイイ系を選んでも良さやインパクトがダウンすることはないと思う。むしろLightPillarの大きな強みはトータルパフォーマンスがカッコイイところもあるんだろうし、二巡目で高い点数を出さなきゃ予選通過すら危ういのなら決勝で出すくらいの選曲しなきゃじゃないか?」

「じゃあミチルちゃん的に【LOVE×LOVE×LOVE】より良いと思う曲はどれ?」

「俺は【最果ての光】が良いと思っている。フル尺からワンハーフに編集しても歌詞の誰かに寄り添う感じが損なわれないし、曲調もデジタル感強めなHOLOGRAMと比べるとバンドサウンドっぽさもあって差別化もできる。あとたしか予選って衣装替えなかったよな? ならHOLOGRAMの衣装で披露しても違和感がないのも良い気がする」

 意外にも理由がしっかりしていてわたしは思わず「たしかに……」と呟いていた。レイちゃんもミチルちゃんの意見に異論はないようでホワイトボードに出た案を書き記している。

「HOLOGRAMと最果ての光・・・・・・うん、いいんじゃないかな。なにか問題があってどちらかが披露できなかったときの予備曲として【LOVE×LOVE×LOVE】も入れて備えよう。ミチルも詩子もそれでいいかな?」

 わたしは元気に「うん!」と頷く。ミチルちゃんも「まあ予備曲ってことなら」と納得を口に出している。

 わたしたちのやりとりを見ていた二人のスタッフさんの片方が「LightPillarさんはいつもそんな感じですんなり話し合いを終えているんですか?」と問いかけてくる。わたしたちはメンバー同士で顔を見合わせて口々に「いつもこんなだよね」と言い合う。

「揉めちゃって険悪になることも?」

「揉めるようなことはまったくないです。言い合いになったりで険悪になることも今まで一度もないですね」

 スタッフさんはちょっとだけつまらなさそうに「そうなんですね」と相づちをうつ。



 ♪♪



 話し合いが終わって今日やるべきことはすべて終わったことを撮影スタッフに伝えると「このあとはレイさんは自主練なしですか?」と聞かれる。どうやら自主練風景も撮りたいらしい。

「俺はちょっと残ろうかなって思っています」

 レイは残るらしい。レイが自主練しない日はなかなかないからいつも通りと言えばそう。

 その返答を聞いてスタッフは今度は詩子を見る。詩子はその視線に「えっと……」と少し口ごもりながら「今日は帰ります! 明日も学校なので!」そう言って出していたノートや筆箱をしまい始める。

「ミチルちゃんは?」

 詩子がこちらに顔を向けて問う。同時に撮影スタッフからの視線も感じる。スタッフからの視線はちょっと睨みがきいているような、なんだか俺を帰らせたい雰囲気をまとっている気がして少しいやなものだった。

「……俺も今日は帰ろうかな」

 それを聞いた詩子は僅かに顔を明るくして「じゃあ一緒に事務室行こう!」と俺を誘う。それに「おう」と短く応え、レイの方を見る。

「レイは自主練ほどほどにな」

「わかってるよ」

「レイちゃんも夜遅くになる前に帰るんだよ~!」

「うん、ちゃんと21時頃に鳴るようにアラームかけるよ」

 スタッフ含むその場の全員に「おつかれさまです」と声をかけ俺と詩子は事務室に帰宅の報告をしてそのまま外へ向かう。

「駅まで送ってく」

「いいの? じゃあお喋りしながら行こう!」

 隣を歩く詩子の足取りは全然疲れてなさそうなくらい軽い。

「体力有り余ってそうだな」

「うん。本当は自主練もやっていこうかなぁって思ったけどスタッフさんいて落ち着かないからやめちゃった」

「……言いたいことはわかる。あのひとたち、なんか俺らには帰ってほしそうだったよな」

 詩子もなんとなくあの雰囲気を感じていたらしく小さく「うん……」と呟く。

「帰ってほしいって直接言えないのもわかるんだけど、なんかいやだよね~」

 困ってるというか、呆れているというか、複雑そうな苦笑を浮かべる様子にため息が出る。

「たぶんさ、レイちゃんだけの話が聞きたいんだろうね」

 その言葉に「やっぱりそうだよな」って簡単な同調しか出てこない。

「レイちゃんだけじゃなくて詩子もミチルちゃんもLightPillarで、今回はLightPillarへの取材なのに」

 しっかり伝わるくらい悔しさが滲んだ声だった。顔を見れば、俯きがちに歩く詩子はその声色の通りの顔をしていた。

「……見返してやろうぜ。まだ俺らの力に気がついてないひとも、見くびってるひとも、レイのおまけだと思ってるひとも、予選でもその先の本戦でも、一戦一戦確実に見返してやろう」

 詩子はまだ悔しそうな顔のまま「うん」と強く頷く。

「送ってくれてありがとう! またね!」

「おう、またな」



 ♪♪



「レイさんはLightPillarというユニットをどう思っていますか?」

 自主練の休憩中に撮影スタッフがそう声をかけてきて、俺は「そうですね……」としばし考えながら言葉を続ける。

「もっと上に行けるし、もっと活躍できるって思ってます。むしろ今の評価がおかしいとさえ思っていますよ。詩子は培った技術があるのに初々しさも同時に持っていて本当にかわいいこです。ミチルは音楽の素質と筋が本当に良くて、あとクールに見えてかなりしっかりアツいところがすごく良い。そんな2人の中に俺を加えることですごくバランス良くきれいに光ることができてると思います」

「そうなんですね。予選を通過したら、本戦で以前所属していた──」

 スタッフは次の質問を口にしかけて、でも俺の顔を見て発言を途中で止めた。そして誤魔化すようにぎこちなく笑う。

「……誤魔化すくらいなら最初から聞かない方が得策だと思いますよ。他人の過去に触れるようなことなら、特に。あと今のユニットを前置きみたいに使われたのもすごく気分が悪い」

 何を聞こうとしたのかバレているのを悟ったのかスタッフは「そんなつもりじゃないですよ~」とこびた笑みを浮かべる。しかし俺が抱いた不信感がそれで薄らぐことはなく、俺は警戒心を表に出したまま次を話す。

「あなた方にも撮りたい画があるんでしょうけど期待には応えませんからね。面白ければ使う、そうでなければあとでカットすればいいって話ではないですよ」

「でも僕たちもプロとして面白いものを撮らないといけないので……」

「わざわざあの子たちに気を遣わせて帰らせて俺一人にインタビューを行ったりするそれをプロ意識だとはき違えないでいただきたい。LightPillarと仕事をするならLightPillarを見てください。俺の背景なんてものは詩子にもミチルにもLightPillarにも影響させるべきではないんですから」

 大した話は聞けないと踏んだのか、はたまた俺が怒っていることを察したのか、どちらにせよスタッフは「今日はここまでにしておきます」と引き下がる。機材を片付け挨拶をして彼らはひとまず帰って行った。

 スタッフがレッスンルームを出て行ってしばらく経って彼らが戻ってくることがないと判断すると俺は壁にもたれかかる。体はまだ動かせるくらい元気なのに精神的にとても疲れてしまった。

 これまでの俺の行いが詩子とミチルに迷惑をかけているんじゃないかと思うことがある。おそらくそれは間違いとか勘違いではなくて、本当に彼らの活動の妨げになっている。

 予選を勝ち抜き本戦も調子よく進めばいずれαIndiと対戦することになり、それをエンタメとして面白がっているひとがわんさかいる。だから予選の段階から先を見据えたインタビューを撮って『予選時からαIndiのことを意識してました』って映像を出したいなんてのは見え透いていた。予測していたことだからαIndi絡みのことを聞かれたこと自体にはさほど憤ってはいない。

 問題はそのことにその質問の前座のように今の2人を使われたこと、そして詩子とミチルを巻き込んで2人に気を遣わせて帰るよう誘導したことだ。それも暗に促して空気を読ませるなんてことあってはならない。その気があろうとなかろうと俺が及ぼす影響で2人の練習時間が減ったり、インタビューで触れられにくくなったり、カメラで抜かれることが少なくなったり、そういうことが起きてはいけない。

 もっともっと詩子とミチルの良さを知らしめるためにもWdFで活躍するしかないんだ。相応の力も活躍する意思もあるのに、つまらない影響力に潰されるなんてことはない方がいいんだから。それにどこの誰にだろうと『LightPillarは元αIndiがいるユニット』って言われたくない。その程度の評価で良いわけがない。LightPillarは元αIndiだけじゃないって、今回のWdFで爪痕を残すことで証明するんだ。

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