嫌がらせ
「なんかさぁ」
ホテルのベッドに横たわりながら新堂が不機嫌そうに口を開いた。視線はスマホのニュースサイトを見ている。
「最近あいつら曲出し過ぎじゃない?」
新堂が示している『あいつら』とはレイが所属しているアイドルグループLightPillarのことだろう。
「そりゃそうだろうよ。どうせWdF予選までに出場条件満たそうとしてんだろ。新人はどこもそんな調子なんだからレイのグループだけ特別ってわけじゃない」
むくれた顔をしながら新堂は枕元に置かれている水を一口飲む。それから改めてスマホを見るとトントンと指で画面を示した。見ろってことらしい。
「メジャーの方のシングルランキング5位だってさ」
「あーじゃあランキングの要件はクリアか」
「八月でデビュー1周年、そんでWdF予選選考申し込みまでに12曲以上持ってるように調整しているらしい」
「じゃあどう足掻いても予選くるじゃん」
新堂は「あー!」と苛立ったように足をばたつかせる。しばらくバタバタ、バタバタと足を交互に動かしていたと思ったらぴたっと止まる。
「むかつく」
「なにが」
「ハエみたい」
「別に飛び回ってんのはLightPillarだけじゃないだろ」
「一番羽音がでかいのー!」
新堂はまたバタ足をはじめる。元気すぎる。これでも収録三本撮りしたあとなんだが。
「はぁー、わかった。予選で即レイを潰せないのが気に入らないんだな?」
バタ足が止まる。新堂はくるっとこちらを向いた。無言だが顔が「察し良いじゃん」と言っている。
「ほら僕ら決勝シード枠じゃん~?」
新堂はかわいこぶった普段よりちょっと高い声で話し出す。
「だから予選のことは手を出せる範囲がだいぶ限られるでしょ~?」
俺は面倒だなと思いながら「で?」と続きを促す。
「で? じゃなくて。なんか良い案ない? 早めに水森レイを潰す方法」
「そういう嫌がらせなら俺じゃなくて柊に聞け。あいつそういうの大得意だから」
それもそうかと納得してスマホを持つとポチポチとなにかメッセージを打ち始める。少しして俺のスマホに通知が入る。
『Hey柊! 自分の手を汚さずに出る杭を打つ方法!』
「グループチャットに送るんじゃない」
「だって僕あいつの個別チャットブロックしてるし」
「なんでだよ」
俺の問いには答えず、新堂は画面を眺めている。仕方がないから俺も自分のスマホを見る。
しばらくして一件の既読と柊からのレスがつく。
『なんで俺に聞くんですか?』
その返事はまぁ至極まっとうというか、俺はむしろノリノリで答えると思っていたからちょっと意外だった。
『一番嫌がらせが得意だから』
新堂のそのレスポンスに既読がついてから返信まで数分時間があいた。おそらく長考しているか長文を打っている。
『他のヤツけしかければいい』
その返事に新堂は一瞬ニヤッとした。多分柊と同じ考えなのだろう。しかもこの顔は誰をそそのかせば良いかまで思い至っている顔だ。それを確信に変えるように新堂は『誰が良いと思う?』なんて、きっと自分の中で決まっていることを柊に問う。
『そらもう侑生くんたちやろ』
くつくつと喉を鳴らして新堂は邪悪に笑った。
『少なくともKeepOUTは予選シードにいるわけでレイのとこが勝ち抜いてきてもそこで仕留めればいいだけちゃうん?』
『Hey柊! ありがと!』
『おう。お礼に個別チャットのブロック解除しといてな』
新堂はるんるんといった顔でスマホを置くとごろんとうつ伏せだった体制を仰向けに変えた。
「やっぱり他人使うのが一番ってことで、それにはKeepOUTがぴったりってことだ」
「一応忠告だけど自分が思うとおりに上手く事が運ぶなんて思わないでおけよ」
「わかってる。これはあくまで〝嫌がらせ〟だからね。いわばちょっかいだよ。その程度でいい」
そのときピロンと通知が鳴る。またグループチャットにメッセージが入っている。送信者は意外や意外、メッセージは基本既読無視の瀬川だった。
『KeepOUTじゃ多分相手は難しい』
それからすぐ続きが入る。俺はそれを読み上げる。
「瀬川が『あの女の子はわからないけど、レイは知っての通りだしミチルくんもなかなかやるよ』って言ってる」
「知らんって無視したいところだけど瀬川はLightPillar好きらしいし、そういう意見も大事だよね」
新堂は瀬川を詰めるように『じゃあどうしたらいいと思う?』とメッセージを入れる。
『レイとミチルくんのふたりにすればいい』
理解が追いつかず、既読を付けたあとしばらくふたりでそれぞれ手元の画面を見つめたまま固まる。
『あの女の子が抜ければLightPillarは人数足りなくてWdFには出られないよ』
「こいつ柊より嫌がらせしなれてないか?」
さすがの新堂も顔を歪める。
「あくまで推しは生かして、でもそれ以外は殺せって言っているのやばすぎない?」
新堂は俺に問う。苦笑いもできないままそっと頷くと新堂は「だよね」なんて同調してくれる。
「っていうか瀬川の方法じゃレイが生き残ってるから僕的にはナシなんだけど」
「だと思ったよ」
新堂が消したいのはレイであってLightPillar本体ではないってことくらいはわかっている。少なくともレイ以外を潰す理由は現在はないはずだ。
「まぁでも直前に行動するのイヤだし今のうちからKeepOUT突っついておこうか。ってことで今度KeepOUTの面々と個人的に食事にでも行ってこようかな。五十嵐も来る?」
「新堂ひとりじゃ心配だから行く。あぁ、わかっていると思うけど柊も瀬川も呼ぶなよ。瀬川は呼んでも来ないだろうが、柊は市先のこといじめすぎると思うから」
「さすが五十嵐はやさしいねぇ~」
そんなんじゃないと言いながら「じゃあ上岡あたりにアポ取っておくから」と新堂に言い、その場で連絡を入れた。
♪♪♪
「なんで飯なんて呼んでくれたんですか?」
警戒心マックスといった様子で市先侑生は座敷の向かいに座った俺たちを見る。KeepOUTの他ふたりも同様にかなり警戒しているようだ。
「ほらそろそろWdFの予選出場者の選考あるでしょう? あれ大抵9月の真ん中あたりに開始じゃん。予選頑張ってちゃんと本戦に来てくれるように鼓舞でもしようと思って。ちなみに予選で注目してるグループとかあるの? 例えばここにだけは負けたくないとか」
にこにこ微笑みながら新堂は向かいの三人に問う。真っ先に市先が口を開く。
「LightPillarです」
新堂はもっともっとご機嫌な様子で笑う。
「レイのとこでしょ?」
俺は知ってるくせにそんな聞き方すんなよと思いながら呆れつつ黙って話の行く末を見守る。
「そうです。一回負けてるので」
「え? そうなの? なんかあったっけ?」
リサーチ不足でごめんねと軽く謝りながら新堂は掘り下げる。
「ツバイのチョコのCMあるじゃないですか」
「あー、うん、あるね」
「その最終審査で残ってたのが俺たちとLightPillarだったんです」
面白いことを聞いたと言わんばかりに新堂は目を輝かせて「うんうん」と頷いている。
「じゃあ次こそは勝ちたいよね! それも今度は視聴者がいるわけだしさ」
KeepOUTはそろって頷く。
「じゃあ俺が色々はからって予選同じブロックにしてあげる!」
「っおい! それは勝手に言っちゃダメだろ!」
すかさず俺は止めたが新堂は「まぁまぁ」なんて軽く応対してまたKeepOUTに向き直る。
「勝ちたいよね。みんなの前で。そりゃあもう、でっかくさ」
「――……はい」
「じゃあやっぱり少しでも対戦する機会があった方がいい。決勝までくすぶるより予選でバチッと火花散らした方が番組的にも面白いし、それに――決勝で俺たちに集中できるでしょ?」
「……そうですね。次は勝ちますよ。LightPillarにも、αindiさんにも」
「じゃあプロデューサーに言っておくね! 因縁のライバルなんですよとか言えばきっと通るから」
ふふふと笑う新堂に色水は妖しい笑みを浮かべながら声を掛ける。
「新堂さんは、相変わらず人が悪いですね」
「そう?」
「わざわざけしかけなくても俺たちは最初から誰にも負けるつもりはありません」
「なにが言いたいのかわからないけど、僕はエンタメを追求しているだけだよ。面白いこと放送してこその業界でしょ?」
「そうですね。きっと、面白いことになるんじゃないですか? 番組に限ったことならね」
胸に引っかかりを残すみたいに色水は含みのある物言いで会話を終わらす。
彼らの命運に興味がある人間は彼ら自身とそのファンだけだ。それ以外はまた別のことしか見ていない。それでいい。それが正しい。いつだって自分の中は自分たちの今後で占めている方がいい。
俺たちだってそうであるべきなんだろうなって、打倒水森レイおよびLightPillarを掲げる我が王を横目に茶を飲んだ。