デビュー1周年記念

 8月20日。サマフェスの楽屋で俺たちは若干寒いくらいの冷房に当てられている。

「僕たちαIndiのステージは13時30分からだ。あと1時間はゆうにあるけどみんな今日の体調とか気分は万全?」

 そう言ったのち発言者の新堂は「まあプロとして万全の状態以外許さないけどね」と俺たちを見やる。

「当たり前やろ何年アイドルやってると思うてんねん」

 当然だと腕組みをして柊は「おまえは?」と俺を見る。

「ああ。外がいくら猛暑だろうと関係ねぇ。αIndiとして、フェスに来たファン以外も俺たちのステージに引っ張り込む」

 そう言って俺も柊の意見に賛同するように新堂に向き合う。

「レイのところのユニット、今日デビュー1周年だからライブやるんだって。17時くらいからスタートみたい」

 瀬川はマイペースに他所の情報を口に出し案の定新堂に睨まれる。だが当の本人はスマホの画面を注視していて気がついていない。

「あーそう。それはそれはめでたいねぇ」

 新堂の声色が半音下がる。

「それで? αIndiのステージが終わってからそっちにいくのは何人くらい?」

 不機嫌っていうより怒っているふうな語調で新堂は瀬川に聞く。

「さあ? しっかりパブサしたわけじゃないからわからない。した方がいい?」

「しなくていい。自分のことに集中しろバカ」

 新堂は瀬川からスマホをひったくるように奪うと開かれていたタブを消して返した。

「余計なことは調べなくていい。余計なことは考えなくていい。ただαIndiがもっとも輝く存在だって知らしめるために動け」

 わかった? と問われ瀬川は黙って頷いた。

 

 ♪♪♪



 客席から聞こえるざわめきに詩子がきゃ~! とはしゃぐ。うれしいという気持ちをふんだんに含んだ少女の歓声には至極の喜びが満ちていた。

「TeaParty! は緊張していない? 実際に後ろについてもらうのは二曲目からだけど大丈夫?」

 はしゃぐ詩子をよそに水森さんが俺たちに問う。

「緊張はしてますが昨日の夜とかと比べたら全然マシですね」

 一茶さんが余裕そうに笑って言う。それに姥原さんも「俺もそんな感じです」とこれまたいつも通りの涼しげな顔で応対している。

「えっめちゃくちゃ緊張してるのってもしかして俺だけ!? 正直心臓バックバクでなんか出てきそうなんだけど……!」

 そんなことを言っている間にも血の気が引いているのか顔全体がなんだか冷たく感じる。こんな大事な日でさえやっぱり自分は情けなくて、しっかりしろって自分の顔面をひっぱたきたくなる。

 緊張からくる指先の震えを誤魔化すように両手を擦り合わせてみたがそれで収まるわけもなく、舞台上で何もかもが飛んで頭が真っ白になる最悪しか考えられなくなる。

「そんな顔しなくても大丈夫ですよ! 練習もいつも頑張ってたし、ゲネプロもちゃんと出来てました! 黒さんも一茶さんも姥原さんもみんな大丈夫です! はい! 笑って! アイドルには笑顔が1番似合うんですよ!」

「そうだよ。それに一時の緊張でこれまでの自分がした努力を無駄にしちゃ良くない」

 そこで今まで黙って客席を見ていたミチルが俺に手招きをしてステージからギリギリ見えないくらいの際まで来るように誘う。俺は大人しくミチルに歩み寄る。

「前から4列目の上手側見える?」

「う、うん」

「黒のうちわ持ってる」

「え!? わ! ホントだ……! え!? TeaParty! はグッズとか出てないよな!?」

「作ってくれたんだろ」

「わざわざ……!?」

「お前のファンは俺と社長以外もいるってことだ。だからそんな死にそうな顔してる場合じゃないぞ」

 指の震えがわずかに収まった気がした。

 一茶さんが「大丈夫そう?」と俺の顔色をうかがう。

「もう大丈夫です……! 一茶さんも姥原さんも大丈夫なのに俺だけいつまでもびびっていられません」

「よし! 俺たち二期生の初めての舞台だ。黒も、姥原も、俺も、後悔のないよう楽しんでいこう!」

 3人で顔を見合わせて頷きあったところで客席の照明が落ちオーバーチュアが流れ出す。

「それじゃあ俺たちはそろそろ出番だから行くよ。TeaParty! は次の曲からよろしく」

「はい。先輩達の活躍近くで勉強させてもらいます」

 ステージ上に駆けていくLightPillarの背を見守る。彼らがステージの上がった瞬間観客席から盛大な歓声が送られてきて、その音の響きを前に手の震えなんてものはどうでもよくなった。

 一曲目が終わり、二曲目の準備に入る。俺たちも素早くLightPillarの後ろに並ぶ。ここからMCまでの三曲分は休憩なしで俺たちがバックダンサーを務めさせてもらう。LightPillarを最高に引き立てるパフォーマンスをする、それが俺たちにとって第一の試練だ。

 楽曲に合わせてステージメンバーが照明が当てられる。勿論俺たちTeaParty! にもライトが当たる。眩しくて、熱い、しかしこれがないとアイドルは100%の光を発揮することが難しい。

 精一杯踊った。バックダンサーとして、TeaParty! として。LightPillarをもっともかっこよく見せられることが出来るように、たとえバックダンサーでもファンのひとが喜んでくれるパフォーマンスが出来るように。



 ♪♪♪



「LightPillarデビュー1周年記念ライブにお越しの皆さんこんにちはー!」

 詩子がマイクを通して会場全体に向けて挨拶をする。会場のお客さんたちもそれに応えるように声を出したり手元のペンライトを振っている。

「元気なお返事ありがとうございます! こんなにたくさんの方と1周年をお祝いできて詩子たちもとってもうれしいです! そして! 今日はいつもより舞台にいる人数が多いですね!? 今日は新しいダリアプロダクションの仲間、TeaParty! の3人にもステージを盛り上げるお手伝いをしてもらいます! 3人ともよろしくねー!」

 詩子に紹介してもらい一歩前へ出て客席に向けて深く頭を下げる。あたたかな拍手が会場内に響いてどんどん元気とやる気が湧いてくる。

「この6人で今日という日を最高の一日にします。みなさん楽しむ準備はできてますか?」

 水森さんの問いかけに観客はまた元気な声で応えてくれる。

「熱に満ちた大きな歓声をありがとうございます。それでは次の曲に行きましょう。最後まで俺たちのステージを目に焼き付けて行ってください」

 最初のMCをミチルが締めて舞台が暗転する。その間に俺達は各々次のポジションへ。



 ♪♪♪



 それからLightPillarのデビュー曲や今の時期にぴったりな夏曲を披露したり、LightPillarメンバーのソロ曲を初披露したり、MCパートでみんなで利き飲料をしたり、アンコールではTeaParty! にもマイクを用意してもらってみんなで歌ったり……。一瞬一瞬がずっと『楽しい』の一言で片付けるのがもったいないくらい幸せに満ちていた。その幸せな気持ちは演者の俺達だけじゃなくて観てくれていたみんなも同じなんだって思えたのはきっと俺達を観るみんなの目がきらきらしてたからだと思う。



 ♪♪♪



「たのしかったぁ~!」

 ライブ終了後の楽屋で詩子がまだまだ元気があり余ってるみたいに声を上げる。それを見てミチルも「ああ、そうだな」と微笑んだ。

「TeaParty! はどうだった? 特に黒はすごく緊張してたけど」

 水森さんが俺に聞く。その答えを考えるより先に口は動いていた。

「LightPillarだけでなくTeaParty! のことも応援してくれているひとがいてくれてこれまで以上に頑張る理由ができました。もっとみんなの前に立ちたいって、あの笑顔にまた早く会いたいって思えてしかたないです」

 正直な言葉として出力されたまっすぐな自分の本心。それを聞いたみんなも発した俺も未来に希望を持った笑みを浮かべていた。

「一茶さんは?」

 流れで詩子が聞く。一茶さんは「俺?」と首を傾げる。

「思えましたか? 『アイドルって楽しい』って」

「そうだなぁ。たぶんね、まだ黒ほどじゃないけど、でもたしかに楽しかった。もっと、すこしでも長くあの空気に触れていたかったなぁって、こころからそう思ったよ」

 詩子は「よかった! それは大事な一歩ですよ! これからどんどんアイドルの魔法にかかっていきましょう!」と頷いた。

「姥原さんはどうでしたか?」

 詩子は今度は姥原さんにも問いかける。問われた姥原さんは「俺も聞かれるのか」なんて言いながらも「……楽しかったよ。人生で一番って言えちゃうくらい。すごく」とさっきのステージを思い返すみたいに目を閉じて答えた。

「きっとね、次も人生で一番楽しいステージになりますよ! それは今日が二番になっちゃうってことではなくて、また一番が増えるってことなんです。『“一番楽しい”が増えていく』、アイドルってそういうのの連続なんです!」

 詩子の言葉は本当なんだろう。それを俺達はこの身で、このこころで何度も実感していく。そう信じられるだけの経験を今日したんだ。



 ♪♪♪

 

 無事にサマフェスを終えた俺たちαIndiは打ち上げもそこそこに会場から離れる。車内でファンクラブ会員向けのブログを書く真面目な3人を横目に俺はパブサをしていた。

「1周年ライブって聞いてたから大きなライブをするのかなって思ってたけどこっちのフェスステージの1/5にも満たない動員だったみたい」

 新堂にそう教えてあげると「それはそうでしょ」と当然だよというふうな返答。

「瀬川の感覚がバグってるんだよ。1周年ってそんな大きな規模のライブ打てるほどじゃないのが普通」

「そっか」

「っていうか瀬川は向こうを気にかけてる暇があるなら僕たちみたいに今日のブログを書いたり今年のWdFのこと本腰入れてくれないかなぁ?」

「新堂だって気にしてたよね。αIndiのファンがどのくらいあっちのライブに行くかとか」

「僕は水森レイが何をしようとすべてが気に入らないだけ。LightPillar自体にはとくになんともだよ」

「そうなんだ? じゃあミチルくんが大人気になっても特別いじめたりしない?」

「はぁ? 僕はわざわざ出る杭打つみたいに新人いびったりしませーん」

「それもそうか。勝手に杭が引っ込んでいくもんね。杭打たないといけない柊とは違うか」

「オイいきなり火の粉きてびっくりしたわ。俺は気に入らないから出る杭打ってるんとちゃうで? やる必要があるとか気に入らないからやってるんやなく、出る杭打つのが楽しいからやっとる。ほぼ趣味や」

 柊の発言に思わず「さすが。まごうことなきクソメガネだね」とこころの声が漏れる。

「はい、僕はブログ更新おーわり!」

「俺もおわり~」

 新堂と柊が伸びをする。俺はすかさず「五十嵐は?」と前の座席に座る五十嵐を覗き込む。

「俺はお前らがしょーもないこと喋ってる間に更新した」

「……そっかぁ……はー……俺もなんか書くか……」

「瀬川はブログ書くの苦手だもんね。しょうがないから写りが良い写真送ってあげる。使って良いよ」

「俺も自分とこで上げてない打ち上げのときの写真あるから送る」

「ありがとう、助かる」

 ふたりに写真を共有してもらってなんとか短いブログを更新して、俺はまたレイに関するパブサを再開した。

 MCパートで利き紅茶に挑戦して3/5当てたとか、αIndiのころには聴けなかっただろうタイプのソロ曲で新鮮だったとか、メンバーととても仲が良くて微笑ましかったとか、いろんな投稿があった。

 全然知らない彼がたくさん観測されていて、俺はただ、なんか、漠然とイヤだなって思うだけだった。

 

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