お茶会の準備
所属者全員でのダンスレッスン終了後、ダンスルームには嬉しそうな顔の江坂さんと社長が訪れていた。
「二期生ユニットのグループ名が決定しました!」
江坂さんから発せられたこの報せに誰よりも心を躍らせていたのはたぶん詩子だろう。
「なんて名前ですか!?」
ずいっと身を乗り出してうずうずと目を輝かせている詩子にミチルが「落ち着け」と冷静に声をかける。
「ふふふ。百瀬くんは本当にこの手の話が大好きなんだね。――よし、それでは発表しようか」
社長は朗らかに微笑むとホワイトボードにペンを走らせる。
『TeaParty!』
その文字に俺たちは釘付けになる。
「これから君たちは『TeaParty!』の一員として活動してもらいます。『お茶会のように楽しいひとときを提供するアイドル』をコンセプトに王子様的な雰囲気で衣装なども用意している」
お、王子様……! ………………王子様!?
「う、姥原さんや一茶さんならそれっぽいっですけど、俺は……」
「いや、僕は武藤くんが良いアクセントになっていると思う。系統の違う王子様を揃えてこそじゃないか」
そういうもんなのか? と先輩グループの面々の顔を見れば「そういうものだよ!」と詩子の元気いっぱいな返事が飛んでくる。
「LightPillarのデビュー一周年記念ライブでの新ユニットお披露目にあたり事前に二期生3人のことを知ってもらうために後日二期生グループ『TeaParty!』の告知サイトを用意する予定でして、今日はそこに掲載する簡単な自己紹介などを考えて頂けたらと思いっています」
「自己紹介っていってもなにを書けばいいんでしょう……?」
俺の疑問に社長は「いきなり言われても困ってしまうよね」と優しく微笑む。
「新人だけの力じゃちょっと大変かなと僕も思う。ということで今日はLightPillarのみんなに先生役をしてもらってみんなで自己紹介文を考えよう」
「え! 詩子も先生やっていいんですか!?」
勿論だと頷く社長を見て詩子は「やったー!」と嬉しそうだ。
「掲載する内容は名前や特技などのプロフィールと200文字程度の自己紹介文です。プロフィールの方は所属の際に答えていただいたものでも新しく更新していただいても構いません。自己紹介は活動に対する意気込みなどをお願いします」
江坂さんの説明を聞いて、ふと気になったことがあった。
「一茶さんと姥原さんの特技ってなんですか?」
「利き緑茶ができるよ。ラベル外したペットボトルのお茶とか一口飲んで当てたりとか」
「俺も利き紅茶だな。他の飲料は無理だが、紅茶ならかなり自信がある」
黒は? と一茶さんが聞く。
「俺も……利きコーヒーですね……」
「おっと、これはもしかしてキャラかぶりってやつかな」
「特技欄に『利き○○』が並ぶのか……」
「一茶さんも姥原さんは他になにかないんですか? ほら、一茶さんは教員免許持ってるとか日舞の経験があるとか、姥原さんもなにか他の特技とか……」
「利きお茶以外の特技はないかな。たぶん誰かより秀でているって自信を持って言えるものって利きお茶くらい」
「俺もそうだな。“未経験者よりはできる”という半端なものは多いけど〝これなら負けない〟ってレベルになると利き紅茶に勝るものはない」
そこに水森さんが口を開く。
「利きお茶とか紅茶とかコーヒーとかそのまま書いちゃってもいいと思うけど」
「でもキャラかぶりとか……」
「一番できるひとに比べてあまりにもパッとしない完成度だったらやめておいた方がいいけれど、それぞれ利き○○を実際にやらされて全員が同じくらい完璧に正解を答えられるなら被ってもいいと思うよ。――ってことで実際にやってみよう。利き飲み物」
水森さんの提案に社長も頷いて「飲み物代は経費で出すよ」と微笑んでいる。
♪♪♪
レッスンルームから共有スペースに場所を移し、机の上にはコンビニで買える市販の緑茶と紅茶とコーヒーがそれぞれ六種類ずつと紙コップが用意され、今すぐにでも利き飲み物が始められるようになっている。
「はい、それじゃあ誰からやりたい?」
水森さんがにこやかに俺たち三人に聞く。すかさず手を挙げたのは一茶さんだった。
「最年長として俺が一番最初に幸先の良いスタートを切るべきかなと」
「良い心意気だね。それじゃあルールを説明します。いま緑川さんの目の前に置かれている1~6の番号がふってある紙コップにはそれぞれ別のペットボトル飲料の緑茶が注がれています。順番に6つのお茶を飲んでその番号にあった品名を手元のホワイトボードに書いてください。1~6まで回答がまとまったら紙コップの裏に貼ってある付箋を見て答え合わせをします。じゃあ1番から順に飲んでいってください」
水森さんの指示に従って一茶さんは1番のコップをもってしばし眺めてから香りを嗅ぐ。
「緑茶をテイスティングするやつ初めてみた」
「でも利き○○ってこういうことでしょ?」
「まあそうなんだけど」
そんな姥原さんとの会話もそこそこに一茶さんは軽くお茶を口に含み考えるように数秒おいてから飲み込む。
「これは『サイトー飲料の濃い緑茶』」
そう言いながらホワイトボードに『1.サイトー飲料 濃い緑茶』と記す。
「迷いなく書いてるがそんなに自信があるのか?」
「自信があるっていうよりこの製品は飲むとちょっと癖のある苦みがあるのに香りは甘めなのが特徴的だからわかりやすいんだ」
「利き緑茶やりなれているひとのレビューですね」
それから残りの2~6までのコップも色を見て、香りを嗅いで、味わう。一通り飲み終えた一茶さんは小さなホワイトボードに回答を書く。
「うん。こんなもんかな」
「えっと、『1.サイトー飲料 濃い緑茶』『2.花富屋 茶の園』『3.井家堂 天然水で入れたお茶』『4.茶屋三昧 からだにいいお茶』『5.サイトー飲料 京都のお茶』『6.京都庭園 緑茶』――なるほど。じゃあ紙コップの裏を確認しよう」
1番から順にコップの裏に貼られた付箋を詩子が剥がして確認していく。
「まず1番!『サイトー飲料 濃い緑茶』! 次2番『花富屋 茶の園』! 3番『井家堂 天然水で入れたお茶』、えー!ここまで全問正解!? 4番『茶屋三昧 からだにいいお茶』、5番『サイトー飲料 京都のお茶』! 最後の6番は『京都庭園 緑茶』! すごーい全問正解!」
答えあわせ係の詩子は大はしゃぎで「全部覚えてるんですか!?」と一茶さんに聞いている。
「俺は覚えているつもりないんだけどなんか口と脳は覚えてちゃってるみたい……?」
一茶さんは手放しに褒められ照れ笑いを浮かべている。
♪♪♪
それから姥原さんは紅茶を、俺はコーヒーを飲み比べて利き飲料を行い一茶さんと同じく全問正解。
「これは特技と言っても申し分ないと思いますね」
水森さんが感心したように俺たちを見ながら社長に言う。それに「水森くんのお墨付きももらえたことだし特技欄に書くことは決まったね」と社長も微笑で応える。
「あとは200文字程度の自己紹介か。自己紹介ってなにを書けばいいんだ……?」
悩ましげに呟いた俺の言葉はしっかり詩子の耳に届いていたらしい。
「どうしてアイドルになりたいのかとか、どんなアイドルになりたいかを書けばいいんだよ!」
「どうしてアイドルになりたいかはまだ難しいけれど〝どんなアイドルになりたいか〟なら俺は書けるかな」
そう言いながら一茶さんはスラスラと紙上にペンを走らせる。そして書き終えた文字を満足げに眺めている。
「なんて書いたんですか?」
「はじめまして、緑川一茶です。アイドルについてはあまり詳しくなくて、パフォーマンスを見てくれたひとや曲を聴いてくれたひとを笑顔にする仕事だという一側面しかまだ知りません。アイドル自体には詳しくない俺ですが、俺は『つまらねぇ』って今日を諦めそうなひとの明日、未来、将来を生きる自分を見つけるための〝過程〟になれるような、人生を『つまらねぇ』って生きているひとの『おもしれぇ』になるって決意してアイドルになっています。俺のことを見て『おもしれぇ』って思ってくれたら、良ければ応援して頂けたら嬉しいです」
読み上げ終えた緑川さんはかなり照れているがその内容を誇っているようだった。
「一茶さんの自己紹介すごくいいです! きっとたくさんのひとが応援してくれると思います!」
無邪気な笑みと褒めを一茶さんに送る詩子は今度は俺と姥原を見る。
「姥原さんと黒さんは書くこと決まりましたか?」
「一茶さんの自己紹介と並べるとなると俺はもうちょっと考えないとダメそう。姥原さんは?」
「俺は叩き台程度ならできた」
そう言った姥原さんに水森さんが「読み上げてくれますか?」と問う。
「はじめまして、姥原紅葉です。業界に飛び込んだばかりでまだまだ未熟で拙いところばかりですが、アイドルとしてたくさんの経験を経て他の何でもない『俺らしいアイドル』を目指していきます。『姥原紅葉というアイドル』を少しずつでも知っていただいて、皆さんと『アイドルとしての姥原』を築いていきたいです。よろしくお願いいたします」
「いいですねぇ~!」
詩子はそう言って上機嫌なにこにこ顔で何度も頷いている。
「黒はできたか?」
「一応書けたけど、他2人と比べると全然書けてないというか……熱量で負けている気がして……」
「もー! 自己紹介は勝つとか負けるとか誰かと比べるものじゃないですよ! 自分らしさをアピールできたらいいんだよ!」
弱腰の俺に真っ向から意見を説く詩子はちょっとムキにすらなっていた。
「そうそう。詩子の言う通り。嘘書いてたら流石にダメだろうけど他と比べての熱量を気にするのは違うかな」
水森さんもそれに加勢しつつ「じゃあ読み上げお願いできるかな?」と俺に促す。
「……はじめまして、武藤黒です。自分がアイドルになるなんて夢にも思っていなくてまだ足が宙に浮いているような感じがしますが、これから徐々に地に足をつけていく間に〝アイドルとしての自覚〟や〝自分が目指すアイドル像〟を明確にしていきたい気持ちは強く持っています。世界のためとか大きなことは言えないけど、これを読んでくれたあなたのためになるアイドルになりたいです。よろしくお願いします」
やっぱり自信がなくて、でもみんなの反応も気になって結局おずおずと紙面から顔を上げる。最初に目に入った社長の顔は優しい笑みに満たされていた。
「とても良い自己紹介だ。ねぇ、佐倉くん?」
「はい。黒の想いがちゃんとこもってる」
「そうですよ! 心配するところまったくないです!」
「俺もみんなが言うとおり良い自己紹介だと思ったよ」
社長だけでなく一期生の面々のお墨付きをもらって俺は照れくさいふうな笑みをこぼす。
「お疲れ様でした。それではこちらの文章でサイトに掲載させていただきます」
江坂さんは手元の資料を整えながらにこやかに微笑んで俺たち二期生を眺めてから社長に顔を向けて「TeaParty! も素敵なユニットになりそうですね」と声をかける。社長はうんと深く頷いて満足げな表情を浮かべながら席を立った。
少しずつ着実に湧いてくる『アイドルになるんだ』という実感に緊張したのは確かだ。けれどその緊張感は不快なものではなくて、むしろ高揚に似た疼きを感じる。ステージに立てるその日が近づくたび強くなる胸の高鳴りをきっとTeaParty! の3人全員が抱いているはずだ。