WdF(1年目)

「今回うちと優勝争いをしてくれるのはどちら様?」

 たいして興味もなさそうに柊は宙に問う、そうすれば誰かが答えると思っている。

 柊だけじゃない。この問いにも、その答えにもこの場の誰もが興味を持ってはいない。

「KeepOUT」

 答えたのは五十嵐だった。

「そうかー。侑生くんたち大健闘やなぁ、本戦決勝は初めてかなあの子ら」

「あいつらもギリギリのところで活動してっからな。廊下で三つ編みの奴を見かけたが今回はマジで覇気が違った。本気でうちに勝つつもりでくるぜ」

「勝つつもりで行くのも覇気が凄いのもそんなの当たり前でしょ。僕達だってそうじゃん。優勝を手にするのはαindiだ。それは揺るがない」

 隣のKeepOUTの楽屋は異様に静かだ。あそこのメンバーは焦り易い。きっとストレスと緊張感の狭間で焦燥に駆られているに違いない。

 無能な事務所の中で彼らは非常に良くやっていると思う。決勝に進んだのだって、おそらくはほとんど事務所からのバックアップなしで成し遂げたのだろう。

 だからこそ、彼等のことはここで潰す。αindiより上なぞ不要、αindiより上になりえる者も不要だ。何故ならαindiが頂点の世界こそ正解だから。その正解だけが僕の正義の肯定だ。

 僕の正しさの肯定のために潰えろ。

「WdF本戦はダンス、歌唱、そしてトークパフォーマンスやMC力を表現力として審査される。各ソロ審査の点数が出た後にメンバー全員でのパフォーマンスを行って、そこまで終えてやっと結果発表。

 それじゃあ作戦会議だ。お前達も僕と同様の予想をしているだろうが用心すべきは上岡だ。ダンスに関して彼はかなり秀でている。そこに五十嵐をあてる。歌唱は瀬川を出せば間違いないだろう」

「上岡は確かジャズダンスで賞をもらったりしてたな。そこに俺をあてるってのは妥当と言える。俺は新堂の意見に賛成だ。歌唱で瀬川に敵うやつは向こうにはひとりもいない。特別審査員票が例年通りの入り具合ならダンスで勝ってしまえば表現力の得点が低くても確実に勝てる」

「せやな。負ける方が難しいわ」

「瀬川は異論は、ある? ……――ふふ、分かってるよ、あるわけないよね!」

 彼は黙ったまま頷いた。

 ♪♪♪

「……向こうは間違いなくひいろが担当するであろうダンス審査で確実に白星をとりにくる。だからここに五十嵐さんを入れるのはもう確定だ」

 読めてんだよそんくらい、と呟き侑生は貧乏揺すりを速めた。

「そりゃそうだろうねぇ。それで、どうするよ?」

 問いかければ彼は眉間にしわを寄せたまま瞼を閉じた。

「どうもこうもねぇ。歌と表現はうちの誰がやっても大差ないがダンスはひいろに任せるしかない。魅せる大技がないんだから真っ正面からぶち当たるしか……」

「大丈夫だよゆーちゃん。五十嵐さんはもちろん他のαIndiメンバーもダンスは上手い、だけどその中で競って一番上手いのは絶対に俺だ。向こうが何人がかりで来ようとも、俺は負けない。だからゆーちゃんもみみけも自分のことに集中して」

 ひいろはああ言っているが漂う空気で分かるくらい緊張している。微かにだが指先が震えているのが見える。それはもう計り知れないほどのプレッシャーだ。

「ひいろに全てを賭けるなんてことはしない。ひいろだけ勝ったって意味がないんだ。俺と光蛍も対する者に勝たなければその先はない。……そろそろ時間だ、行くぞ」

 ♪♪♪




 WdF概要

 大手企業が主催し多くのスポンサーが集まる年に一度冬季に開催されるアイドルの大会。大衆的なアイドルから所謂地下アイドルまで幅広く出場する。

 主な種目は三種類。ダンス、歌唱、そしてトークパフォーマンスやMC力を表現力として審査される。

 予選はMCを含むライブパフォーマンスを行いダンス・歌唱・トークの総合を5名の審査員が持ち点20点で評価しその合計点数の多い順に順位を決める。本戦はシングル・イリミネーション方式を採用したトーナメントで全種目のパフォーマンスの出来を点数化し総合点で勝敗を決める。総合点とはダンス、歌唱、表現力、全体パフォーマンス、特別審査員票得点(観客票と視聴者票の合計票数の1%)の合計値をさす。

 予選(20組)と本選(予選6位までのユニットと本戦シード枠1組の計7組)に分かれており、前回本戦優勝ユニット1組が本戦シード権、前回本戦準優勝ユニットと決勝3位ユニットの2組が予選参加内定を得ることができる。

 上位入賞者には様々な分野からのオファーが殺到し、三年連続で優勝したユニットはアイドルとしての「栄光」「永遠」を得られるというジンクスがある。

『3人組以上6人組以下、デビューしてからの活動年数が1年以上かつ12曲以上の楽曲をリリースしている。その年のいずれかのシングルCDランキング(メジャー/インディーズ問わず)で1曲以上10位以内にランクインしている』ことが参加条件(インディーズ枠はメジャー枠に比べて少なく設定されている)

 予選は一つの種目に全員で参加。20組を4ブロックに分け、4ブロックそれぞれの得点数1位が本戦内定。残った16組を半分の8組ずつにわけ再度審査し各上位1組が本戦参加権を得る。本戦内定者は点数の高い順に1~6位まで割り振られる。
 本戦はそれぞれの審査時にルーレットで指定されたソロ、コンビ、トリオいずれかの人数で舞台に立ち、各項目にあったパフォーマンスを行う。必ずしも全員を出す必要はなく、全体パフォーマンスまでメンバーを温存することも可能。









「今日に向けて資料を作ってみたんだけど、これでわかるかな?」

「あぁ、俺は問題ない」

「詩子も大丈夫です!」

 二人は興味深げに手元の資料に視線を落とし、一つ一つの項目を指でなぞりながら読み進めていく。

「予選20組の中から6組が本戦へ進めるのか」

「そう。そこに前回優勝者を加えた7組で本戦トーナメントを行う。今から観戦するの本戦決勝、これで今回の王者が決まる」

「結構多いんだな、出場者」

「これでも減った方なんだ。出場条件が見直される前はもっとあったんだよ」

 ミチルは「そんなにアイドルがいるのか……」と静かに驚いていた。

 隣で黙って渡された用紙を読んでいる詩子を見ると、彼女はふむふむと頷きながら一生懸命俺が書いた説明文を読み込んでいた。

「詩子はなにか気になるところあったかな?」

「あ、えっとね、ふわっとしか詳細を知らなかったから表現力ってなにするんだろうって思ってたんだけど、お喋りをみられるんだね。なんだかお笑い芸人さんみたい」

 確かに表現力という書き方からトーク主体かどうかはわかりにくいなと同意を顔に浮かべた。

「そうだね。でもMCの上手さだけを見るんじゃないんだよ。実際には歌ったり踊ったりしてもいいし自由表現枠といったところかな」

 難しいねーと言いながら詩子は手元から顔を上げてテレビ画面を見た。そして一瞬固まる。

「あ、決勝のαindiさんの対戦相手……」

 中央に映し出されるVSの文字を挟むように両者の姿が画面に広がる。αindiの対にいるのはKeepOUTだった。

「……彼等にとっては今大会で一番負けられない試合になるだろうね」

 笑顔で観客へ向けて手を振るKeepOUT達を見つめながらソファの背凭れに身を預けた。背中に合皮の堅さが伝わる。

「そりゃ決勝の舞台は負けられないだろう」

「確かにそうだね、でも彼等の場合はもう少し色々あるんだ。KeepOUTは昨年のWdFでαindiに大敗して早期敗退している。彼等にとって本戦決勝という舞台でαindiと一戦交えるのは最大級のリベンジなんだ」

 そう、これはリベンジなんだ。KeepOUTは何が何でも勝ちたいだろう。

「ねぇレイちゃん」

 縋るように俺を見上げる少女はひどく悩んでいるようだった。

「詩子はどちらにも勝ってもらいたい。だけどそれは出来ないんだよね?」

 とても生ぬるい質問だった。肯定以外不相応な当たり前のことを彼女は俺に否定してもらいたがっている。そしてみんなが敗者にならない選択を望んでいる。

 けれど俺はそれに応えることができない。

「うん。誰かが勝てば誰かが負ける、世の中はそういうふうに出来ているんだ。敗者の存在しない勝負も、また勝者の存在しない勝負も、それはこの業界では必要とされていないからね」

 詩子は黙ってしまったがその続きを継いだひとがいた。彼は率直に聞いた。

「〝αindiが負ける確率〟はどのくらいだ?」

「贔屓目に見ても10にも満たないだろうね。それだけKeepOUTには勝ち目がない」

 自分で言っておきながら100%負けると言うよりもほんの少しばかり希望のある残酷な台詞だった。

「詩子の一票じゃKeepOUTさんを勝たすことは出来ない……」

 弱々しく零れた詩子の言葉に、俺は何故だか厳しい声が出る。

「負けて欲しくない方に投票するんじゃなくて勝って欲しい方に、そして自分が心惹かれた方に純粋な票を入れるんだ。そうじゃなきゃ舞台に立っているあいつらも示しがつかない」

 心惹かれた方に捧ぐ、純粋な票。――喉から手が出るほど俺の欲しかったもの。

「KeepOUTもαindiも本気で立ち会うからこの試合はきっと良い勉強になるよ。さぁよく見て、あれが彼らのの全力だ」

 ♪♪♪

 得意なジャンル同士の戦いは熾烈を極めた。五十嵐も柊も派手でダンサンブルな曲を得意としており曲調も相まって会場の熱気が画面越しに伝わってくるほどの盛り上がりを見せていた。上岡も負けじとジャズダンスで場を魅了させ、一見してみれば先行の二人よりも高い技術のダンスを披露しているように感じられた。

 歌唱審査は、あまり触れたくない。市先は決して下手ではない。だがあれは勝負と呼ぶには一方的過ぎる。

 表現力のパフォーマンスもダンス同様、他の視聴者には一見して熾烈な戦いに見えただろう。だが実際には――。

 その後の全体パフォーマンスはそれまでの結果でどちらが勝つか目に見えてしまって、どうにも集中できなかった。

 いや、実際には勝負の結末を俺は最初から読めていた。――おそらく、俺以外の者でも、ましてや当人達ならもっと予想は容易だっただろう。それでも真っ向から立ち向かった者がいる。

 KeepOUTは防戦に徹していたわけではない。勝つために、上岡にはジャズダンスを披露させ、市先には珍しさや特別感を優先させて普段歌わせない楽曲を歌わせた。色水のトークも審査委員や観客にうけていた。

 だがαindiはその上を行った。

 元αindiとして、KeepOUTよりも厳しい目で彼等のパフォーマンスを見ていたつもりだ。それでも俺の目にはαindiの方が勝って見えた。

 五十嵐と柊のダンスは個々で見れば上岡より劣っていたがより観客を魅せたのはあの二人の方だった。彼等は上手いダンスよりひとを惹き付けるダンスを優先し、いかに凄いことをするかよりいかに観客を楽しませるかを重点に置いた。それは技術の高さを追求した上岡よりアイドルらしい選択だったと審査員に評価されていた。

 歌唱審査は相手が悪かったとしか言い様がない。瀬川の歌唱は他の追随を許さないほど圧倒的だ。だからKeepOUTもそれを理解した上で市先をそこに置いたのだろう。言い方は悪いが市先は消去法でそこを担当させられたようなものだ。そのような者に瀬川が負けるわけがない。それでも点数を稼ごうと市先は足掻いたようだが慣れない楽曲ゆえ評価はふるわず、αIndiに勝利するには必須とも言える90点越えを成せなかった。

 表現力の審査もまた結果は歴然だった。色水光蛍のトーク力は業界でも高い方だが、それでも新堂には敵わない。彼には話術以外にも武器がある。表現力という名だが実際には〝アイドルらしさ〟を競わす競技であるこの審査項目、新堂サラはその〝アイドルらしさ〟において誰かに負けたことがない。容姿、立ち振る舞い、表情の作り方、話し方、話の内容、全てにおいて彼は『理想のアイドル』である。

 唯一、全体パフォーマンスのみKeepOUTにも勝ち目があったと俺は思っているが、それでも前戦の結果から諦めを感じ始めていたのだろう。それがこちらにも伝わってきた。結果的に彼等のパフォーマンスは今まで見た中で一番覇気が感じられず、焦りのみが手に取るように見えた。

 ――……この勝負を見て詩子達にも伝わっただろうか、上手いだけでは勝てないと。

 ♪♪♪

『決勝戦最終投票数、KeepOUTの得点! ダンス90点、歌唱88点、表現力90点、全体パフォーマンス92点、特別審査員票得点37点の合計397点! 対するαindの得点はダンス95点、歌唱100点、表現力98点、全体パフォーマンス94点、特別審査員票得点68点、合計455点!』

 その宣告に勝者は笑みを溢し敗者は震える息を吐いた。

 俺達は全身の力が抜けてしまうのを抑えながら観客に手を振る。明るい黄色のペンライトが振り返され、同時に歓声が上がる。その応援に応えきれず勝利を届けられなかったことに悔しさと罪悪感ばかりが募る。

 捌ける直前αindiの方を振り返った。

 彼等は輝いていた。俺達以上に。

「……悪い。俺が90点以上取れなかったから……、それにもっと上手く歌えていたら審査員票も稼げていたはずなのに」

 楽屋に戻って最初に出た言葉がそれだった。先程感じた歓声の振動と未だ消え失せない心残りがじっとりとした汗になり額を伝った。

「謝罪なんて不要だよー。そんなことしたら俺やひいろの口からもどんどん謝罪が零れ出ることになる。侑生だって、傷の舐め合い慰め合いなんて本望じゃないだろう?」

 光蛍は茶化すように言った。表情もわざとらしく笑顔を貼り付けていて、いかにも自分は気にしていませんよというふうだった。

「そうだよゆーちゃん。一人が責任負うとかなんか違うじゃん? 同じユニットってようは一蓮托生ってことなんだからさ、反省会はみんなでやろうよ。課題点を探して次に活かそう?」

「そーそーひいろの言う通り。それにさ、悔やむ前に授与式に備えてメイクを整えようよ。侑生だって結構流れちゃったでしょう? 反省会はそれからだ。それまでは負けたことを誰かのせいに、ましてや自分のせいにもせず、ファンのみんなが声を上げて応援してくれた事実に感謝しよう」

 光蛍の言う通り、αindiには敗れたが俺達に投票してくれたファンも沢山いるんだ。それを決して忘れたりしてはいけない。

「来年こそは……、来年こそは! αindiに勝って優勝するぞ……――!」

 ♪♪♪

「いやぁ今日も今日とてテレビ映えする勝負してしまったなぁ」

「当たり前だろクソメガネ。映えることやってこそのアイドルだからな」

 五十嵐と柊の顔は笑顔だ。望んだ通りの結果が得られて満足してるのだろう。

 喜ぶ二人とは対照的に瀬川は裏に戻るなりスマホを片手に誰かにメッセージを打っている。興味本位で「なにしてるの」と声を掛ければ「ミチルくんに見てたか聞こうと思って」と微笑まれた。やっぱりこいつにとってKeepOUTなんて最初から眼中になかったのだ。そりゃ作戦に異論を唱えたりもしない。わかってたさ、そんなこと。

「スマホぽちぽちもいいけど程々にね。このあと授与式も控えてるんだからさ。最後まで気を引き締めてくれよ」

 ♪♪♪

「KeepOUTさん、負けちゃったね……」

 トロフィーの授与式を眺めながらも詩子の心の中には彼等のことがまだ留まっているようだった。

「あぁ。でも準優勝だ。それだけの功績を残せれば仕事は充分増えるだろうしきっとまたαindiと再戦する機会が訪れるはずさ」

 俺は励ますようにそう言うと「野暮な話だけど」と言葉を続けた。

「決勝、詩子はどちらに票を入れたの?」

 沈黙がほんの少しだけ流れた。

「……αindiさん」

「それでもKeepOUTに勝ってもらいたかった?」

「わかんない……」

 彼女は落ち込んでいた。試合の結果ではなく自らの不甲斐なさに肩を落としていた。

「さっきの試合はやっぱり良い勉強になったね」

「そうなのか?」

「うん。WdFの流れも理解出来ただろうし、なにより視聴者側の心理を経験できたのは大きいと思うよ。特別審査員票を入れるのは観客や視聴者など一般人が大部分を占めている。皆一様に普通の人間だから、吟味して票を入れたり、好きなユニットに無条件に票を入れたり、知り合いに頼まれて見てもいないのに票を入れたり。今の詩子のようにKeepOUTが勝つ姿を見たいと思いながらもパフォーマンスの出来を重視してαindiに投票する者もいる。そんな多様な観戦者達に〝このグループに票を入れなければ〟と思わすパフォーマンスを行うこともこの大会では大切なんだ。審査員票得点は投票数の1%が得点として加算される。2000票稼げば20点だし4000票稼げば40点だ。αindiクラスになると票数は跳ね上がって6000票を越えるほど票数を集める」

「WdFで優勝する、即ちαindiに勝つってなるとやっぱり6000票越えが目標になってくるのか」

「いや、俺達の場合はもっと必要だ。なにぶん他の審査項目であまり点を稼げそうにないから、そうなってくると特別審査員票で点を稼ぐしか手がない」

 俺の返答にミチルは大きな溜め息を吐いてからカップに残っていたお茶をぐいっと飲み干した。空になった彼のカップに新しくお茶を注ぎながらまた俺は口を開く。

「来年の8月で俺達は活動1周年を迎える。活動1年以上というWdFの参加条件のひとつをクリアできるんだ。ランキングや曲数の問題などもまだ残っているけれど、調子よく事が進めば来年のWdFには俺達も出演出来るかもしれないね」

「来年の今頃には詩子達も試合に出る側になっているかもしれないんだ……。それはαindiさんやKeepOUTさんと対戦する機会が訪れる可能性があるってことだよね」

 詩子は思い詰めたように俯いた。そのまま口を開く。

「初めてのレッスン、レコーディング、デビュー、CMオーディション、CM撮影、テレビ出演。どの初めてもすごく緊張したけどとても楽しかった。――でもそれじゃダメなんだ。楽しいに超したことはないけれど楽しいだけならただ遊んでいれば良い。私は遊びでアイドルをやりたいわけじゃない、ちゃんとお仕事としてこの業界に携わりたい。それならやっぱり『楽しかった』って感想だけで思い出にして終わらせるわけにはいかないよね」

 授与式が終わりスタッフロールが流れるのを見届け、番組がCMに映ったことを確認すると詩子は席を立つ。

「帰るのか?」

「ううん。詩子、社長にお願いしてくる」

「なにをだ」

「来年のWdFは絶対に出たいから参加条件を満たせるように沢山曲をリリースしたいって」

 そう言い残して詩子は駆けるように休憩室を後にした。俺はミチルを置いて詩子の背中を追った。

 社長室の扉をノックして中に踏み入ると目当てのその人は朗らかな笑みを浮かべ俺達に座るよう促した。

「どうしたのかな?」

「来年のWdFに出るために予選までにあと10曲くらい新曲を出さないといけないんです! お金とかいっぱいかかっちゃうってわかっているんですが、あの、どうしても出たいので……! 中原先生とかに曲の制作お願いしたいです!」

 ソファに腰掛けて10秒も満たないくらいでバッとまた立ち上がり頭を下げて要望を伝える詩子を見て社長はぽかんと口を開けた。それから快活な笑い声を上げると詩子にもう一度座るように言った。

「もう発注済みだよ」

「え?」

「来年の予選までに計12曲も必要になるからね。既にシングル連続リリース企画を組んでいるよ。それに合わせたライブやテレビ出演も。だって沢山曲を出してランキング上位を狙わなきゃいけないからね」

 お茶目にウィンクしてみせる社長の姿に気が抜けたように詩子はソファにへたりこんだ。

「やったぁ……よかったぁ」

 ソファに座って笑みを溢す詩子の顔を社長はじっと見つめている。

「百瀬くんはそんなに気にすることないんだよ。そのためにプロデューサーってものがいるんだから。ね、水森くん」

 社長はとても心配そうで、同時に俺もとても詩子を心配していたから、黙ってその言葉に頷いた。

「でもなにか動きたかったんです。詩子はいつも事務所のみんなにサポートしてもらう側で、いつもレイちゃんとミチルちゃんの後ろにくっついているだけで、それでいてまだまだ子供だし女の子だからって甘やかされてしまうから、だからそんな私でもユニットのためになることをしたかったんです」

「なんといえばいいのだろうね。自立……みたいなものがしたかったのかな?」

「うーん、でも詩子は一人で頑張るっていうよりみんなのためにみんなで頑張りたいです。みんなで頑張るための一歩を詩子が手伝えたらなって思って、それで社長にお願いに来ました」

 そうかそうかと社長は笑う。

「課題は多いけれどどれも対策が取れるものだ。安心してくれたまえ。WdFにも必ず出場させてみせるよ」

 社長の言葉はとてもとても真っ直ぐだった。

 ♪♪♪

 今回もαindiは勝った。来年もきっと勝つだろう。敗北などあってたまるものか。  KeepOUTは次のWdFにも出場する。そのとき僕達と対戦するまで勝ち上がってくるかは正直微妙なところ。あの事務所からはKeepOUTを頂点にしようというやる気が感じられない。KeepOUT自身が完璧なパフォーマンスをしようともバックアップが中途半端なら良さは半減だ。アイドル当人たちの情熱を遮るような無能な事務所に所属し続けている限り彼等に勝ち目はない。

 他に警戒するべきは水森レイが所属しているLight Pillarだろうか。僕はまだあのユニットを認めたわけではないが警戒するに越したことはないだろう。

 れいは水森レイになった。だがそれはれいが完全に消滅したことにはならない。あれは所詮名が変わっただけでガワも中身も同じ代物だ。技術はαindi相当。

 だが他の二人はどうだろうか。あそこの新人というひな鳥は可愛がられて甘やかされて大事に大事に囲われている。そんな者は勝ち上がるどころか水森レイの足枷にしかならないだろう。

 あと一年でどこまでこちら側に近づけるかは彼等次第だ。努力で近付くことは可能だろう。だがな、絶対にその手を届かせたりはしない。そのようなときは、天へ、王者へ、この僕へ伸ばされたその手を無残にへし折ってやる。

 新堂サラの勝利のために、アイドルとしての栄光と永遠のために、そして僕の正しさの証明と肯定のために、君ら敗北者達は僕の踏み台となる。

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