正規ルートは周り道
「前提として、俺達は所謂二世信者みたいなものだ。親が
久安明
に所属していたから一緒にくっついて所属していた時期がある」
四角い壁掛け時計の長針が真上を目掛けてカチリカチリと動いている。部屋のカーテンは閉めきられていて、外の様子は窺えない。屋敷の火はもう消し止められたのか、それともまだ燃えているのか、それさえも分からない。
須田が言うには、自分たちは二世という事もあり幼い頃からその組織に関わっており、九年前のことも把握しているという。
先程須田が言っていた有益な情報について少しばかり考えてみた。久安明の場所、組織としての活動、当時の結木真希奈の動向、それとも別の何かかもしれないが、二世信者ならそれなりの事を知っているだろう。それは渾身の一手になり得るだろうか。
「じゃあ、能代くん達が何故久安明と結木真希奈について調べ回っているのか、詳しく教えてもらえるかい?」
それははっきりさせておくべき事柄だった。報された情報を何に使うか伝えなければ、答える側も情報の取捨がやりにくいだろう。
「伯母に、俺に母さんの遺書を渡した人物に問い質したいことがある」
「ほう?」
「結木真希奈が死んだ理由が知りたいんだ。葬式の日に伯母から真っ白な封筒に便箋が一枚だけ入った遺書を手渡されたが、内容は意味の分からないもので、よく見ると続きがあるようだった。存在するであろう二枚目以降の原本の所在とその内容について問い質すため伯母の口を割らすに足りることを知る必要がある。それを調べる過程で久安明のことを知った」
須田と灰野はアイコンタクトで何か相談しているようだった。その時間がひどくもどかしかったが少ししてから灰野が口を開く。
「真希奈さんの事を調べている内に久安明の名前が挙がったってこと?」
灰野の問いに頷く。二人はまた目を見合わせて相談を始めた。今度は先程よりも長い時間見つめ合っていた上、表情も幾分か険しかった。
業を煮やした途草が続きを話す。
「真希奈さんが亡くなられたのは七月ですが、その一ヶ月前、丁度梅雨に入ったあたりに久安明によく出入りしていたそうです。その時期になにか行事のようなものはありましたか?」
「九年前の六月? 九年前に関わらず六月に行事はないよ。九年前だけ例外として行ったとかもないはずだ。何かあったら準備の手伝いをさせられたはずだし」
断言する様子から嘘ではないのだろう。ただ、行事はなかったと言った灰野も、どうして六月に出入りが増えたんだろうと不思議がっていた。
「あのさ、それじゃきみ達は久安明について調べに来たんじゃなくて、伯母を[[rb:強請 > ゆす]]る材料を探しに来たって事だよね」
黙りこくっていた須田は六月の久安明の様子から伯母への問い質しについて話を戻す為に口を開いた。
「久安明の話と伯母さんに口を割らすに足りる内容には繋がりがあるんじゃないんですか? ぼくは六月頃から久安明に関わった真希奈さんが、それを切っ掛けにおかしくなったのだと思っていたくらいですよ。久安明について調べた先が、遺書の内容と合致しているものだと」
俺も途草と同意見だった。少なくとも結木真希奈の死に久安明が関係しており、遺書にも記されていて、伯母はそれを隠しているのではないかと。
「どうだろうね。遺書の内容なんて俺にも分からないけれど、きみ達に久安明についてひたすら語るのは間違いであると思えて仕方がない」
どういうことだ? 正直に言って、須田の言う通り俺達は伯母を問い質す手立てを探しに来たのだから、可笑しな組織のことなど重要でないなら省いてしまっても構わなかった。だがそれにしても引っかかる。
「それじゃあ真希奈さんについて掘り下げるべきなんですか? だって久安明について語っても仕方がないのでしょう?」
「えー、でもさ、他人のお母さんのことなんて知らないのが普通じゃん? 俺らだってそんなもんだよ」
灰野の意見は尤もだった。この件は須田を中心に回すしかないと思っていたが、その須田でも頭打ちとなると手立てが途絶えてしまう。途草も同じ思いなのだろう、すかさず言葉を挟む。
「自信満々に言い放った有益かつメタい助言とは何だったんですか。ブラフですか」
「全く何も言わないわけじゃないんだけどね。百聞は一見にしかずって言うでしょ。俺がぺらぺら喋り散らすより、目に見えるものを見せて自分で推理させた方がきみ達はよっぽど納得する、そうでしょ?」
ということは目に見える判断材料を提示出来るということか? 確かに俺も途草も、誰に何を言われるより自分で見た物を優先する質だろう。そのようなものが本当にあるのなら願ってもない代物だ。
須田は言うべきことは言ったという顔つきで茶を啜る。その向かいで途草は落ち着かない様子でつま先を丸めたり伸ばしたりして、最後は正座していた足を崩し胡座を組み直した。
「痺れでもしたか」
「ああいえ、違うんです。お恥ずかしい話ですが、神奈川県外の情報収集だったにも関わらず久安明と真希奈さんの繋がりを見つけたのは、我ながら情報屋として良い仕事ができたと思っていたものですから。実際はそこまで大きな手掛かりじゃなかったのかと思うと、残念というか、悔しいというか。そう思うとなんだか落ち着かなくて」
膝に肘をついて、自らに呆れたように首を振っている。日頃から飄々と掴み所のない奴だと思っていたが、それでも仕事に対しての矜恃は確固たるものだったらしい。故に本当に悔しいのであろう。
「よく分からないけど、大きな手掛かりじゃないなんて誰が言ったのさ」
しっかりこちらの会話を聞いていたらしい須田が妙なものを見たような顔で割って入ってきた。
「何かを見れば分かると言いますが、でも真希奈さんのことも久安明のこともあまり語る必要はないのでしょう?」
「その二つを深く語る必要がない、というか深く話せないだけ。最も重要なのはその両者を繋ぐパイプさ」
両者を繋ぐパイプ――?
「そこまで言ってくれるのに、答えは自分の目で見て考えろって、少し意地悪じゃありませんか」
「さぁね、そうかもね。俺は答えを知りたくて問題を解くってより、式を書くのを楽しんでいる間に答えが出てしまっている、言うなれば過程を楽しむタイプなの。まぁそれを他人にもやらせようとしているあたりは意地悪だと言えなくもない」
やっぱり意地悪だと途草は吐き捨てて灰野に話しかける。具体的になにをすれば良いのかと。やはり須田と話すより灰野と話す方が気が楽なのだろう。
「安心して。どこに行ってなにを見ればいいのかくらいはちゃんと言うつもりだよ。ね?」
「そりゃね。頑張って嗅ぎ回って久安明の名前を知った程度のきみ達に自力で探せって方が酷だからね」
「……っそこに行けば伯母さんが黙ってはいられない物事が知れると解釈してよろしいですか」
「きみは足場を固めるのに必死みたいだけど、確証を得られる確証なんてものは存在しない。未来はゼロとも百とも言えないように出来ているのだからね」
「そんなこと分かってますよ。それで、ゼロでも百でもなかったら〝正解〟に辿り着ける確率は正味何パーセントですか」
正解に辿り着ける確率。それは俺も気になるところだった。高い数値が示されることを期待して発言者に目を向ける。
須田は俺の目を見ながら「四十パーセント」と呟いた。
「うん。〝途草の言う正解〟ならそんなものだろう。我ながら至極妥当だ」
その返答は想定の範囲内だったのだろう、途草は「そうですよね」と肩を落としながら頷いた。もっと高い数値を予想していた俺には、四十パーセントはとても低い数値に思えたものだから、途草と須田の反応から自らの自惚れ具合を実感し複雑な思いを抱いた。
「きみ達はひとまず久安明の資料置き場に行くべきだ」
「資料置き場? それはこのあたりにあるのか」
「いいや、東京にある。そこで名簿と代表者略歴を見ればいい」
「見るべき物はそれだけでしょうか?」
「他にも漁れるだけ漁るべきだと思うけど、だーすが言ったものは最優先で探した方がいいと思うぜ」
なんだろう、このやけに説明くさい文言は。
その疑問は次に須田が発した事で決着がついた。
「ね? 有益でメタい、めちゃくちゃチュートリアルっぽい助言でしょ? 俺らはさしずめ善良な千葉県民Aと善良な千葉県民Bだ」
「メタい助言ってそういう……!? 定型文を決めていたんなら早くそれを言ってもらいたかったです」
「操作説明で話が長引くのもあるあるじゃない? 無駄に複雑な操作が多すぎて序盤で飽きるか詰むやつ」
今までのまだるっこしい会話は操作説明だとでも言うのかと途草は額に両手を当て、まるで後ろ髪を引っ張られたようにガクッと首を後ろへ倒し天を仰ぐ。相当呆れ返っているらしい。有益な情報はさておき、ひとの問題で遊ばれているような気がしてこれには流石に俺も途草の肩を持つ。
「そう呆れるなって。散々言ったけど、名簿や略歴に何が書いてあるか、それを見れば事を理解できるかは精々四十パーセントが良いところだ」
「素朴な疑問なんですが、資料館へは行かず、直接久安明に行っても最終的に同じ結果は得られますか?」
その問いに須田は今までの余裕そうな笑みを消し真顔になるとハッキリ透き通った声で
「無理だ」
と断言した。
「無理……とは」
須田は黙りこくってしまった。そのまま茶を一口飲むとじっくり時間をかけて口を開く。今まではっきり物を言っていた須田が言い淀むほどの何かがあるらしい。
「きみは宿題を出されたとき、テキストの後ろに載ってる答えを丸写ししたことがあるかい?」
突拍子のない質問だった。途草はきょとんと目を丸くした後、素直に「あります」と答えた。
「大抵は面倒くさいか単純に解がわからないから見るんだろう。今のきみ達は『わからない方』ね。わからないものをさ、答えを丸写しし続けたらどうなる?」
「答えは知れても解き方、過程は分からないまま」
俺の口が動いていた。同時に須田がなにを言おうとしているのかも概ね理解し始めていた。
「そう。結木真希奈がなぜ死んだのかは分かるが〝どうしてその発想に至ったか〟を知る術がなくなる。それは本望ではないだろう?」
「待ってください。答えを見た後に式を覚えることだって可能です」
「覚える意思があればね」
それは答えを知った段階で俺に過程を知る意思がなくなるということだろうか。
須田は物事には順序が大切だと付け加えたが、意味深なことを言うだけ言ってそこで言葉を切り、グラスに注がれていた茶をぐいっと飲み干したかと思うと2リットルペットボトルを逆さにして残り少なかった水分を全て空のカップに注ぎ入れる。
「あ、なくなったね。まだもうちょっと話続くし、喋るうちに喉乾くから俺が買ってくるよ。能代くんと」
俺の腕を掴んで立ち上がらすとそのまま玄関へ引っ張っていく。俺を巻き込むなと不満を口にしたがそれを聞き入れるつもりはないらしい。
途草に視線を投げた、助けろという念を込めて。それを受けて途草はこちらに寄ろうとするが灰野に制止される。
「ごめんな、ほんとごめんな。一旦行かせてやってほしい。紛らわしいけどあいつなりに二人じゃないと話せないことがあるんだと思う。きっとあれが〝あいつなりの順序〟なんだわ」
「そう言われても、なにが起こるかわかりませんし」
灰野と途草が問答している間、須田は玄関のドアを開けて二人を窺っていた。夜風は涼しくて不思議な香りがした。
そよ風が一陣吹き抜けたとき、部屋の中から声が届く。二時までに帰ってこいとのことだった。要するに途草は灰野に丸め込まれたのだ。
「行こう、時間制限付きミッションだ。能代くん財布は持った?」
「手ぶらだ。お前が急に連れ出すから」
「えぇ~仕方ないなぁ。欲しいのあったら立て替えてあげるね」
決して奢ると言わないのがこいつなんだろう。散々思ったが、こいつと友人付き合いをしている灰野の気が知れない。
木々の葉を揺らす秋風はあの豪邸で最後に嗅いだ焦げ臭い匂いが少しした。その香りを含んだ空気を深く吸い込んだ須田は「アハハ」と無邪気に笑った。