本戦決勝
対面する上手側の袖に五十嵐、柊、そして新堂の姿が見えた。三人全員がダンス審査に出てくることはないだろうから、おそらくあの中の一人もしくは二人が今回の俺の対戦相手。
だれが相手だろうとLightPillarが優勝するためにはまず俺が勝つしかない。
「それでは決勝戦のマッチアップの紹介です!」
会場にあるすべてのモニターに各審査の出場者が表示される。
〈ダンス〉LightPillar:水森レイ αIndi:新堂サラ・柊千景
〈歌唱〉 LightPillar:佐倉ミチル αIndi:新堂サラ・五十嵐ネオン
〈トーク〉LightPillar:水森レイ・百瀨詩子 αIndi:新堂サラ
瀬川が全体パフォーマンス以外に出ない代わりに全試合に新堂サラが出る。前代未聞の事態に観客達は熱狂の中に困惑に近い感情を抱いているようだった。
100%完勝するつもりなら全試合に新堂を出した上で瀬川を入れただろう。αIndiは準決勝で瀬川を歌唱審査に出していないはず、出そうと思えば出せる状態で、なのにその手段を取らなかった。
なめられている? 完勝を目指さなくてもLightPillarには勝てるだろうとエンタメに振り切った采配にした?
──〈ダンス審査〉──
俺が引いたテーマは『努力』だった。
引きは良い。あとは俺なりに、俺らしく、どうダンスに落とし込むか。
照明が灯り、膝立ちで俯く俺を照らす。音楽と少しずらしながら、まるで〝もがく〟みたいに立ち上がり体を動かす。
32拍分踊ったあと俺はがくっとまた床に膝をつく、そしてまたさっきと同じ振りを32拍、今度は先ほどより上達したように踊る。
それを繰り返す。次第に一巡目では不器用な踊り始めだった動きがリズムにのってくる。
四巡目、その姿はもう最初のもがくような踊りではない。しなやかで、しっかりと地を踏み、指先までも意識された完成されたもの。
不格好でも、下手くそでも、何度も何度も、何度でも繰り返して上達させていく。それが俺にとっての『努力』だと体で表現した。観客や審査員のウケも反応を見る限り良さそうだ。
あとは後攻のαIndiがどんなパフォーマンスを行うか。
後攻の新堂と柊が引いたテーマは『才能』。すでに勝ち筋の雲行きが悪く俺の顔色も曇りが見える。才能──それは彼らが最も自信を持って日頃から使っている武器だ。
ステージ上、彼らの足下にスモークが充満する。白いもやにスポットライトが当てられて、まるで選ばれた者を照らすが如くあたたかく神秘的にきらめく。
音楽が始まる。動きは美しく、端正で、精密。どこを切り取っても「完成」していた。
一歩ごとの体重移動、指先の震えすら計算された軌道を描き、柊も新堂もは圧倒的な〝正解〟を舞台に刻む。彼らの存在そのものが、〝才能とはこういうものです〟と語っているようだった。
ラストの一拍、静かに胸元に手を置いた二人のおだやかな表情に観客の多くが息を呑んだ。
きっとこの『才能とは祝福』みたいな演出は新堂が言い出したんだろう。柊だったらもっとその才能という輝きをよりギラつかせて着飾り自慢してひけらかしている。
点数が報される前に負けたと悟った。αIndiサイドも同様に勝ちを確信した顔をしている。
♪♪♪
──〈歌唱審査〉──
「はぁ……」
緊張で胸が痛い。胃も痛い。
台詞……とりあえず考えたけどこれってセクシーか? わからない。
それでも、目の前でレイがあれだけ頑張ったところを見て逃げるわけにはいかない。
「よし、やってやる」
一歩また一歩しっかりステージを踏みしめて0番に進む。足をすくませている暇はない。
センターから眺める会場は広くて無数の目がこちらを見ている。こんなところで、ひとりで慣れないことをしなければいけない。緊張が顔に出てしまいそうになるのをどうにも抑えきれない。
そんなとき会場の奥、たぶん二階席のHブロックくらいの場所から叫ぶような「がんばれー!」が聞こえる。顔をあげて声の元を探す。そうするともう一度「ミチルくん! がんばれぇー!」と声が響く。
見つけた。俺と同じかそれよりすこし年上くらいの女の子。彼女に冷ややかな視線を向けているひともいる中で、きっと、すごく勇気を出して叫んでくれている。俺より注目されることに慣れていないだろうに、それでも俺に「がんばれ」って伝えるためだけに。
キュー出し前のカンペ、次いでイヤモニに台詞のタイミングを示すカウントが流れ出す。
5……、4……、3……、2……、1──
「俺のこと、好きにさせるから──ずっと見てて」
台本のカメラ割り通りにメインモニターにつながる2カメに向けて、もらった分の勇気を愛にして返すみたいに宣言すると同時に曲が流れ始める。
歌唱審査だからと言って歌以外も気が抜けない。棒立ちで歌ってもカッコイイのは一部のカリスマだけで、俺はそうではない。だから歌がメインであってもダンスも表情管理も手を抜くわけにはいかない。
AメロBメロを安定したまま歌いきり、とうとう来たサビ前にある数秒の無音時間。またメインモニターに映し出されるのを狙ってカメラを見つめる。
「きみの視線、好きだよ」
客席から黄色い歓声が上がる。その熱気を維持したままサビに入り、勢いで歌いきる。
曲が徐々に減速し、ゆっくりゆっくりフェードアウトしていく。
「これからも俺のことずっと見ててね?」
マイクを通してリップ音を一つ残す。同時にパッと照明が消え、暗転。
客席に拍手が満ちてまたたくさんの歓声が上がる。捌けた先の舞台裏でそれを感じながらおれは座りこんだ。顔を手で覆って、「あぁ……なんか、やらかしてしまったかもしれない……」とその場で固まる。
「やらかしたっていうより『やってやった』って感じじゃない?」
頭上から降ってきた声に覆っていた顔を上げる。目の間には瀬川さんがいて、屈んで俺と頭の高さをあわせている。
「すごかったよ。なかなかだね」
「いや……あの……」
「っていうか顔、というかおでことか耳とか含めて頭が真っ赤だけど大丈夫?」
「大丈夫……ではない、気がします……」
「ははは、そっかそっか」
瀬川さんが楽しそうに笑うと立ち上がって、俺の手を引いて俺のことも立たせる。
「でも本当によかったよ。台詞審査でしっかりイントロ間奏アウトロで台詞入れるひとってあんまりいないんだけどちゃんと各場面でタイミングよく入れられていた。それだけでも評価は上がるだろう」
そう言うと瀬川さんはうれしそうに「セクシーな仕事が増えちゃうかもね?」と微笑む。
「仕事が増えるのは良いことですが恥ずかしいのであんまりそういうのは……」
「そっかぁ。似合うと思うんだけどなあ」
「……えっと、瀬川さんは五十嵐さんと新堂さんを待っているんですよね? たぶんそろそろ捌けてくると思いますよ」
「え? 別に五十嵐のことも新堂のことも待ってないよ? だってあいつらとはいつだって喋れるし」
そしてさっき俺を立たせたときから繋ぎっぱなしの手を握手するみたいに軽く振る。
「ミチルくんを待ってたんだよ」
「え……? 俺ですか?」
「うん。まあ正確にはレイに会いに来たんだけどね、俺がここに着く前にあいつもう次の待機に行っちゃったからじゃあミチルくんと話せたらなって思って。だから話せてよかった」
「そうだったんですね」
「そう、それで──」
そこで俺の手を取る瀬川さんの手にさらに覆い被せるように手を差し出す影が現れる。
「え~瀬川もミチルくんも僕たちのこと待っていてくれたの~?」
手を重ねたのは今パフォーマンスを終えたばかりの新堂さんだった。その傍らには五十嵐さんもいる。
「いや? 新堂と五十嵐はべつにいつでも会えるし」
「なぁにが「いや?」だよ。そういうとこ矯正しろって言ってるでしょ~。ミチルくんにも嫌われるよ~?」
「え? ミチルくんもこういうのイヤ?」
「え……あーっと……」
「オイよそのメンバー困らせてんじゃねぇーよ」
「そうだぞ瀬川~よそのこ困らせちゃいけないんだぞ~」
「えぇ? 最初にふっかけたの新堂じゃん……っていうか新堂は次も出るんだからもう行きなよ」
「はぁい、そうしま~す。ミチルくんもじゃあね~!」
「はい、失礼します」
にこやかにスタッフさんに達に声をかけながら新堂さんはその場から離れる。その背を見送って、残された俺たちも残りのトーク審査を見守るために袖に移動する。
♪♪♪
──〈トーク審査〉──
トーク審査テーマは『アイドル』。話す内容、話し方、話すときの振る舞い……それらのアイドルらしさと同時に各々のアイドル論みたいなものも重要になるっぽい
「レイちゃん……!」
わたしは不安でいっぱいな顔でレイちゃんに縋るように駆け寄る。
「どうしよう……考えてきた内容全部飛んじゃった……!」
やばいやばいやばい……アドリブでどうにかできる勝負じゃないことくらいわかってる。だから余計に焦る。
「俺は覚えているから話すことは全部リードするよ。そんなに不安そうにしないで、もっとしゃんとするんだ」
レイちゃんは優しく声をかけてくれるけどそれで落ち着けるわけもなく、どうしようもなく胃がぎゅっと痛む。
「…………詩子は」
レイちゃんが腰を低く落として下から見上げるようにわたしの顔をのぞき込む。
「どうしてアイドルが好きなの? どうしてアイドルになろうと思ったの? それすら忘れてしまった?」
「わ……忘れてない……! 詩子はロッテちゃんに憧れて、ロッテちゃんの教えてくれた魔法がキラキラで……! それで……!」
「じゃあ大丈夫。その気持ちを溢れるくらいちゃんと持っているなら大丈夫だ」
レイちゃんはなおも不安げなわたしにまっすぐな視線を向ける。
「アイドルに対して溢れるくらいの大好きを詩子が持っているなら、それを自分の言葉で上手に出せるように俺が手伝うよ。だから、俺を、そして神山さんが教えた魔法を信じて?」
「……!」
そこまで話したところでスタッフさんに舞台に上がるように促される。レイちゃんはわたしの肩をぽんと叩いてステージに一歩近づける。
「あの先には魔法があるんだよね?」
「……うん」
「じゃあ、今から一緒に魔法にかかりにいこう」
「……うん……!」
今度は自分の意思でわたしは舞台に向けて歩み出した。
♪
「俺も詩子もアイドルに憧れてアイドルになったタイプなのでアイドルの好きなところを二人でたくさん話せたらと思います」
「アイドルってキラキラしていて、すごくすごく眩しくって! そんなかっこよくてかわいくて最高最強のアイドルに詩子もなりたい! って思って、それで今アイドルになってます!」
「アイドルって遠い存在なのに、どこか近くにもいてすごく不思議だよね」
「そう! 全然会えないし、会えてもたくさん話すことは難しいけど、それでもずっとずーっと心に寄り添ってくれてて、本当に遠くてだけどいつだって心の近いところにいてくれる」
「寂しいとき以外にも頑張りたいときにも寄り添ってくれるよね。笑って、泣いて、いつだってすごくまっすぐで……見てる側に頑張る気持ちを与える存在。それを見て、自分も頑張ってみようかなって思える。手が届きそうで、でもずっと先を走ってる、俺が憧れたのはそんな存在なんだ」
レイちゃんがリードしつつ話しやすいように誘導してくれる。詩子はそれに引っ張られるように発言できているし、トーク自体はこなせている。
そのまましばらく話してスタッフさんから会話を締めるよう指示が出たのを確認した後レイちゃんがスムーズにオチをつける。観客からの拍手を受けながら袖に捌けて後攻の新堂さんのトークを眺める。
「はーい! こんばんは! αIndiの新堂サラです! 今回はアイドルがテーマだってことで、アイドルに一家言どころか百家言くらいある僕がアイドルについて語っちゃうよ!」
元気はつらつといった様子で話し出す新堂さんの声はハキハキしていてとても聞きやすい。
「みんなはどうしてアイドルっていると思う? あんまりピンとこないひとも多いよね。
まずはこれについて僕の持論を言うね。
『みんなに「大好き!」って気持ちを忘れさせないためにアイドルはいる』
空に星が見えなくても、または空を見上げる余裕がなくても、それでもたぶんみんな星そのものを忘れることはないよね。その星のあり方と近い「大好き」をお届けして、ずっと心に置いてもらうためにアイドルはいると思うな。
『大好き』って気持ちを最近感じてないなぁってご無沙汰でも、たしかに『大好き』を知っているひとをたくさん生み出す一手段がアイドルなのかもって結構強く感じてる。
ところでみんな最近「大好き」って感情抱いてますか? 最近大好き感じたよ~ってひとはお手元のペンライトを振ってね~! ──おお! 多いね! たくさん大好きを感じられていて良いことだ! その「大好き」のトリガーというかきっかけのひとつに僕とかαIndiがいたらいいなって心から思うよ! あ、またペンライト振ってくれてありがとう! そういうきっかけの役割をしっかりできてるって受け取っちゃおう!
そんじゃあペンライトもいっぱい振ってもらったし、最後にコール&レスポンスをやって締めようと思います。僕が「アイドルのことが~?」って聞いたらみんなは「大好きー!」でよろしく! そんじゃいきますよ! 『アイドルのことが~?』」
「だいすき~‼」
会場が揺れるほどの『大好き』を浴びて新堂さんは満足げだ。
「ありがとう~! 以上新堂サラでした!」
わたしは観客と同じように目一杯の拍手を新堂さんに送る。
「すごい……! これがアイドルらしいトーク……」
ぱっとレイちゃんに顔を向ける。
視線の先の彼はとても険しい顔をしていた。
「あ……」
そこでわたしは自分とレイちゃんのトークを振り返る。『アイドルについてアイドルが語っている』というより『アイドルについてファンが語っている』みたいだった。審査では話す内容、話し方、話すときの振る舞いなどを見られる。どれも新堂さんよりアイドルらしくなかったのは明白だった。
♪
──〈全体パフォーマンス〉──
すでに目に見えた敗北を前にわたしはモチベーションを高く持っていくことができないでいた。どうにも先ほどのトーク審査での後悔が主張して、落ち込みが抑えらない。それでもここで頑張りきらなければここまで応援してくれたファンにあわせる顔がない。
「最後まで俺たちは俺たちらしくいこう」
負け確のなかで無理に鼓舞するように「勝ちに行こう」なんて言わないのがレイちゃんらしいと思った。
わたしは気の重さを感じながら全体パフォーマンスを披露するために再びステージに上がる。
LightPillarの楽曲『Biography』はデビュー曲『ノンフィクション』の関連楽曲でファン内での知名度や人気も高い。シングルランキングでもかなり高い順位を出した実績のある曲でもある。
しかし、手応えはなかった。わたしたちが歌い終わる前からすでに次のαIndiさんのパフォーマンスに気が逸れてペンライトの色を変えてしまうひとさえいた。
後攻のαIndiさんのパフォーマンスも非の打ち所がないクオリティかつ今年SNS上で大きく流行した楽曲だったため会場の熱気も今日一番と言って良いくらいだった。
♪
スコアグラフが示した結果は無情の一言に尽きる。
各審査と特別審査員票を合計したLightPillarのスコアはαIndiの2/3に満たなかった。
トロフィー授与式を終えて、わたしたちは楽屋に続く廊下を歩く。
「よし! 来年こそだ! 来年も絶対出られるようにみんなで頑張ろう!」
わたしは大股でずんずん先頭を進む。
「……詩子は切り替えが早いな」
背中にミチルちゃんの声が当たる。
「だってさ、くよくよしてたら仕切り直してくれるわけでもないんだよ。それなら次に切り替えた方が──」
「俺は切り替えられないくらい悔しいよ」
ミチルちゃんの声には言葉通りの感情が表れていた。
「……っ……。……詩子ね、こんなに点差開いてる理由わかってるんだ」
歩みを止めると後ろのふたりの足音も止まる。
「詩子がひとりで審査に出るの心配して詩子が出るときはレイちゃんかミチルちゃんを一緒に出演させてたから各審査に出演できるバリエーションが限られてじり貧になった。それとトーク審査でも上手にテーマにあったお話ができなかったのもそう」
「そんなこと──」
「そんなことないってことはない。だって現に、トーク審査の点数の伸び悪かった」
ふたりの視線が困っているのが見てもいないのにわかる。
「でもこの負けも次に繋がなかったら無駄になる。それはイヤだ。──…………ああ、でも」
目に涙がにじむ。それを溢すまいと上を向いた。
「…………勝ちたかったなぁ……」
やっと絞り出されたその一言は今のわたしの涙腺を決壊させるには十分だった。ぼろぼろ止めどなく流れる涙を腕で拭って、わたしはまた廊下を歩き出す。
勝ってやる。次こそ。次こそ。
そのためにはわたしがもっと、レイちゃんの力もミチルちゃんの力も頼りにせず、ふたりを助けられるくらい強くならなきゃいけない。