第1話

 中学を卒業してからどこにも属さずに自室に閉じこもって唯一の神様のために曲を作り続けた。ただのひきこもりのアイドルオタクであるわたしにとっての〝希望〟で〝宝物〟『TAKARAちゃん』へ捧げるために。それがわたし、宝寿意志の精一杯だった。

 信仰している神様がいる。わたしの理想のうんとかわいい容姿で、歌唱力やカリスマ性もすごくて、ピンク色のペンライトの海にも勝るキラキラした輝きを持っていて、みんなに愛されて、大事にされている神様――。TAKARAちゃんと名付けられたわたしの心の中でのみ大切にされている空想上の存在。

 今日も曲作りと作った曲をTAKARAちゃんが歌って踊る妄想をして一日を終える。寝る準備も済ませたころ、ふといつまでこの生活を続けていくのだろうと不安になった。

 わたしにはTAKARAちゃんへの信仰心と曲作りしかない。今から学校に通って普通の人生を送るためのリカバリーをするつもりもそうそうに人生を終えるつもりもない。わたしはTAKARAちゃんの存在をこの世に残すためにまだまだ続く生を使いたい。どうすれば、どうすればわたしが消えた後もTAKARAちゃんをこの世に残せる?

 ……TAKARAちゃんを本物にするしかない。本物の神様で本物のソロアイドルに。

 いつまでも空想上の存在として大事にしているだけではだめだ。その存在を周知させなければ。ソロアイドルであり人々の祈りに寄り添う神様である『TAKARAちゃん』を本当に実在するものにするしか、彼女をこの世にずっと残すことはできないだろう。

 それから一週間もしないうちに意を決したわたしはTAKARAちゃんのデビュー曲として書き上げた曲を歌い『ことぶき いし』名義でネット上にアップした。わたしの宝はTAKARAちゃんに捧げたのだ。

 楽曲タイトルは『愛らしき桃色の=賛歌Ⅰ=』。概要欄には『神様を讃えるうたⅠ』と記した。勿論わたしの神様であるTAKARAちゃんを讃えた歌だった。使用した楽器はピアノとドラムのみの心拍数と同じくらいのBPMの曲。動画は真っ白な背景の真ん中にとても薄くピンク色のハートが描かれていて、それに被さるように濃いピンク色の文字で歌詞が表示されるだけの簡素なもの。今時のバズりやすい高速ピアノ曲でも歌詞に共感を得やすい等身大の人間の歌でも凝ったMVの動画でもなかった。

 しかし投稿した時間帯と動画サイト内で執り行われていた新人投稿者支援企画の相乗効果で賛歌Ⅰの再生数はみるみる伸びた。わたしは好機を逃すものかと未投稿の既存曲をアレンジした『黄色い瞳、白い花=賛歌Ⅱ=』をすぐさまアップした。

 コメント欄にはタイトルや歌詞の考察が溢れた。内容は様々だったがこの歌で讃えられている神の元ネタについて考えているものが多いように見受けられた。一部では愛の女神アフロディーテ説が有力になっている様子があり、わたしの中では怒り、憤りに似た感情がふつふつとわき上がり『これは他の何者でもないTAKARAちゃんのための歌だ』と奥歯を噛んだ。言ってしまえば『解釈違い』だったのである。

 我慢が利かなくなったわたしはSNSで『賛歌シリーズはTAKARAちゃんの歌です。某愛の女神でも他の神でもありません。TAKARAちゃんという一個の神様のための歌です』と発信した。当たり前のように『TAKARAちゃんとは?』という質問が溢れかえる。わたしはすぐさま次の楽曲を用意し始めた。

 次にアップした曲は『誕生、繁栄。そして――=賛歌Ⅲ=』という曲だった。TAKARAちゃんがいかに素晴らしい誕生を遂げて繁栄するに至ったのかを紹介する名目で作られた十分近くある曲で、賛歌Ⅱの丁度一ヶ月後に出した。

 賛歌Ⅲを聴いた者の反応は大きく分けて三つだった。一つ『わたし同様にTAKARAちゃんを信仰あるいは実在しているものとして扱う』、二つ『作者は音楽の才能のある統合失調症患者であると認識する』、三つ(これが一番多かった)『創作上の存在としてTAKARAちゃんを楽しむ』。二の反応にはもちろんだが、三の反応にもわたしは納得しなかった。

「まだ本当の意味でTAKARAちゃんは完成していない……。やっぱり本物のソロアイドルとして認知されなきゃ……」

 TAKARAちゃん賛歌シリーズを投稿し始めて三ヶ月目に音楽レーベルからDMが来た。「『ことぶき いし』名義でメジャーデビューしないか」という内容だった。わたしは一か八かの賭けで「『ことぶきいし』ではなく『TAKARAちゃん』名義でソロアイドルをやらせてください」と返答した。先方からの返事は意外にも「では面接をしましょう」というものだった。

 一週間後、親同伴で都内の芸能事務所にて面接が執り行われた。歌唱審査と自己PRが済んだあと、面接官の一人がわたしに問いかけた。

「歌唱力は申し分ないし、ダンスはこれから磨いていけばいい。けれどどうして『TAKARAちゃん』として、それもソロで活動することを志願しているんでしょうか? 今はすっかりグループアイドルの時代ですからソロで活動するとなるとなかなか厳しいことも多いかと思いますよ」

「まず前提としてわたしが信仰するTAKARAちゃんは〝確かに存在する〟神様でありソロアイドルです。けれど世間のみんなはTAKARAちゃんを『創作上の存在』だとしか評価していない。そんな不完全なTAKARAちゃん像じゃダメなんです。だからまず『宝寿意志』や『ことぶき いし』や『グループアイドル』ではなく〝『TAKARAちゃん』という神様でソロアイドル〟として世に出る必要がある。とにかくわたしは神様でありソロアイドルであるTAKARAちゃんへの信仰を高めるために活動しています。TAKARAちゃんの名が、わたしが消えた後でもずっと残っている未来のために活動しています。TAKARAちゃんを大きくするためならなんだってやります」

「その強い願いの源はなんでしょう? 一種の自己愛でしょうか?」

「いいえ違います。これは自己愛ではなく信仰です。わたしはTAKARAちゃんがわたしに与える恩恵ではなく、TAKARAちゃんという〝個〟そのものを愛しています」

 審査員は真剣なわたしをよそに「なんだか宝寿さんは教祖みたいだね」と笑った。

「わかりました。ソロでやっていけるだけの歌唱力も『TAKARAちゃん』を発信していくための自己プロデュース能力も見たところあるようですし、ソロで活動する方向でこちらも決定させていただきます。宝寿さんの思い描く『TAKARAちゃん』に成長できるかは我々と宝寿さんの頑張りや努力にかかっていますから、ソロで頂上、それこそ神様みたいな地位を築きましょう。宝寿さんだけの信仰だった『TAKARAちゃん』への想いを、大勢の人を引き込んだ盛大なプロジェクトにしましょうね」

 TAKARAちゃんの存在がちゃんとしたソロアイドルになる。わたしが頑張ればもっといろんな人達の神様になる。手の届かない、美しく綺麗なだけだった希望が肉をまとった目に見える〝現実〟になる。

 審査員のひとりを務めてくれていた担当プロデューサーは『作詞作曲・ことぶき いし』×『歌唱・TAKARAちゃん』として同一人物であることを隠して活動することを提案した。自分自身とTAKARAちゃんを同個体として扱いたくなかったわたしはすぐにその話に乗った。

「TAKARAちゃんとして活動していくにあたり重要視していることはありますか?」

「たくさんあります。『長いピンク色の髪と黄色い瞳』、『歌声は少し癖があるがどこか落ち着いていて安定感がある』、『いつも頭になにかしらの飾りをつけている』、『イメージカラーはピンク』、『お決まりの口上は「皆に神託を与える!」』それで――」

「ははは、まってまって。まさかそれ全部再現するつもりじゃないよね?」

 無茶な冗談を聞いたみたいな顔をする大人達に向かって、わたしはムキになった様子で「します! というかやるんです! TAKARAちゃんを本物にするんですから!」と言い切った。

「だれがなんと言おうとTAKARAちゃんを文字通り〝正真正銘の神様ソロアイドル〟にするって決めたんです! これは虚言でも見栄でもはったりでもありません! わたしはやって見せますよ! なんて言ったってわたしはTAKARAちゃんの一番の信仰者でありTAKARAちゃんを世に知らしめる教祖ですから!」

一覧に戻る