??? 麗瑠視点

 イツカちゃんの手を握る感触がいつの間にか消えていた。どうやら繋いだ手を離してしまったらしい。

 真っ白な光に満ちた空間で、わたしはみんなの笑顔を夢見る。

「やぁ、セトセ ウルル」

 どこかで聞いたことがあるような不思議な声。目を開けると白い空間にひとり少女が立っていた。

「……あなたは?」

「ぼくはイツカが言うところの【本物】の【神様】」

「じゃあここは……?」

「あー、この白い空間はエントランスみたいなものだと適当に思っておいてくれたまえ」

 ぼーっとしているわたしに少女はぱちぱちと拍手を送る。

「ひとまずおめでとう。きみは晴れてこの世界全体の【神様】になったよ」

「……この世界全体って、どういうこと? イツカちゃんみたいな村の【神様】じゃないの?」

「うん。イツカや彩命のような村の【神様】とはまったく別の存在だ。だってきみは村の【儀式】やってないじゃないか。面倒だけど一応必須って設定になっているからアレをやらなきゃどう転んでも村の【神様】にはならないよ」

 その言葉に「そうなんだね……?」と遠慮がちに納得を口にする。

「それじゃあうるるはなんの【神様】になったの? この世界って?」

「きみの『みんなの願いを叶える』という強い願いを叶えるとどうしても矛盾が生じてしまう。きみを【神様】にしたい者としたくない者の願いが喧嘩しちゃうからね。その対策としてぼくはイツカはイツカの願いを叶えられる世界、麗璃は麗璃の願いを叶えられる世界といったように各々が自分の願いを叶える世界を作った。セトセ ウルルはそのすべての世界を統べるこの白い空間の統治者であり、ぼく以外の例外ってわけさ」

「えっと……? じゃあうるるはイツカちゃんと一緒になって【本物】になって、兄ちゃんたちの寿命も戻って、慧念さんも許されるといいなって思ってて、それも叶ってる?」

「いいや。そのすべては叶っていない。きみはなにか勘違いしているね? きみがぼくに願ったことはそんなに具体的じゃなかったはずだ。ぼくは願われたことしか叶えないよ」

「でもうるるが【神様】になったってことはイツカちゃんと一緒になったってことじゃ……」

「ああ、違う違う。きみが【神様】になったのはぼくがイツカに一時的に貸した【本物】の力で無理矢理その地位に引っ張り上げられたからってだけ。統合はしてないよ。きみは無理矢理、村の【神様】ともぼくみたいな【本物】とも違う【神様】の地位につかされて、【神様】になったときに得られる祝福を使って『みんなの願いを叶えたい』って己の願いを叶えた。その影響によりきみはもっと高度な存在、要するにこの空間からあの四人の世界を鑑賞できるぼく以外の例外という【神様】になった。って説明でなんとなーく通じたらいいなぁってかんじなんだけど、どう?」

「それじゃあ統合できなかったイツカちゃんは今どこに……」

「イツカはイツカの理想を叶えられる世界にいるよ。きみが祝福で得た贈り物がそれだからね。イツカの願いが本当に強固でしっかりとしたものだったらそっちの世界でそのうち願いを叶えて統合できるよ。さっきも説明したとおり他の三人も、麗璃はきみが【神様】にならずにいる世界、生然はきみが自分で選択した幸福を手に入れる世界、慧念は【神様】になったきみに許される世界にいる。消費した寿命が戻るかどうかはその世界の彼らの行動次第だ」

 不思議な声をした少女は「ついてきて」とわたしを先導する。おとなしくその背を追った。

 たどり着いた先はスクリーンと映写機と大きなスピーカーが設置された古めかしいのか現代的なのかわかりにくいホームシアターと呼べるような場所だった。スクリーンの前に置かれたテーブルにはポップコーンと飲み物、ソファには毛布とクッションまで用意されている。

「ここなら他のみんなの『それぞれの世界』が見られるから様子が気になったら好きなときに観るといいんじゃないかな。飲食も寝落ちも自由にするといい。映写機の使い方はあとで教えてあげるね」

 少女はポップコーンをひとつまみ口に放り込むともぐもぐと咀嚼する。

「きみも食べる? ポップコーンは三種類、ドリンクは炭酸が二種、フルーツジュースが二種、お茶が二種、あとは水。軽食は他にはチュロスとかホットドッグとかポテトもあるよ?」

「えっと、今は大丈夫です……おなかがすいたら食べます」

「そうかい」

「あの、みんなと遊びたくなったらどうすればいい?」

「ああ、きみはこの世界限定だけどしっかり【神様】だから干渉もできるよ。ただし一度どこかの世界に入ったらその世界のエンディングを迎えるまでは出られないから注意してね」

「エンディング……?」

「夏休み開始前から物語は始まり、きみが【神様】になるかならないかを選択したちょっとあとくらいのことをエピローグとして、そのラストを見終えた地点をそれぞれの世界のエンディングにしてある。エンディングまで見終えたらエンドロール後に照明がついて上映が終わるようにきみはまたこちらに戻ってくるよ」

 少女はパチンと指を鳴らす。そうするとどこからともなくテーブルの上に文庫本サイズの本が何冊も現われる。少女は本の山から一冊手に取るとわたしに表紙を見せる。

「これはきみが鑑賞できる世界のシナリオブックの一部だ」

「これで一部? こんなにあるってことはエンディングってひとりひとつじゃないの?」

「そうだよ? 麗璃が主人公だったら『セトセ ウルルが神様にならない結末』っていうルールはあるけれど、その過程や付属する要素――例えば『麗璃や生然の寿命が戻るか戻らないか』とか『だれが生還しだれが死亡するか』とか『慧念がイツカに加担するかしないか』とか、いろんなパターンが存在する」

 手に持った本の最後の方を斜め読みして「これは生然の話だったみたい」と言うと少女はそっとそれをテーブルに戻した。

「エンディングのあとのことは……」

「続編ってこと? いまのところはないかな」

「ないって――」

「だってきみの願いは『みんなの願いを叶える』でしょ? きみと統合して【本物】になるとか、きみを【神様】にしないとか、きみが自力で幸せを選択するとか、【神様】になったきみに許されるとかでしょ? つまるところ、みんな一個の願いを強く強く想うタイプで他のことにはあんまり意識を向けてなかったんだ」

「えっと、うるるにもわかる言い方で……」

「結局さ、現在ばかりでだれもその後とか未来とか願ってないんだよね。何度でも言うけど、ぼくは祝福の際に願われたことしか叶えてないよ」

「うるるの【神様】の力で続きを作ることは?」

「お、譲らないねぇ。そういう強い気持ちは大事だよ。でもきみの力じゃ無理。きみはあくまでこれらのシナリオ内を覗ける存在ってだけだから、新しい物語を築くことはできない」

「…………そっか」

 残念に思いながらわたしは納得を口に出した。

 それからしばらく意気消沈していたけれど、いつまでも落ち込んだままここに留まるのもイヤで、わたしは少女に問いかける。

「うん。わかった。じゃあ映像なんかじゃなくてちゃんとみんなが元気かどうか見に行きたいんだけど、どうすればいい?」

「最後まで見届けるまで帰ってこれないって忠告はさっきしたからわかっているね?」

 わたしはこくりと頷く。

「簡単なことさ。思い出せばいいんだよ、どうしても会いたいそのひととの思い出を。さぁ、やってごらん」

 わたしは会いたいあのひととの思い出をひとつひとつ丁寧にたくさん思い浮かべる。

 何通りとある複雑なピースを組み替えるみたいに、世界が徐々に作り変えられていく。

「あの、最後にひとつだけ……」

「なんだい」

「いろいろ教えてくれてありがとうございました」

 少女はにっこりと笑う。

「うん! どういたしまして! それじゃあ行ってらっしゃい!」

 何度聞いても不思議なその声が、ゆっくりゆっくり、歪みながら遠のいていく。

 シアタールームの照明が落ちる。しばらくして暗転した世界は徐々に風景を取り戻し、最後にはまだ記憶に新しいあの日の教室に――。











 中学生活最後の夏休みまで、残り四十分。教室の最前列に置かれた扇風機の風も届かない最後尾の窓際でわたしはグラウンドの外周を走る後輩たちをぼーっと眺めていた。





神様の器~0周目~  了

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