入所式(3年目)
「で、どうして舞台の稽古場に一茶さんがいるんですか?」
後日、舞台稽古場を有する劇団の事務所の前。劇団の入り口で鉢合わせた詩子は俺を見て首をかしげている。
「あざみくんのことでちょっとね。中原先生に話つけてもらったんだ」
「ちょっとね、って?」
「具体的には彼に詳しいひとにいろいろ聞いたり見たりして彼のことを知るためだ」
「詩子もついて行っていい?」
「ダメ。そもそも今から稽古だろう? レッスンの合間に健闘を祈るくらいにしておいて」
詩子は「はーい」と返事をして稽古場へ去って行く。
♪
「あざみはすごく歌が好きな子で、入団当初からすごく上手かったですが成長するに従ってもっともっと上手くなりました。好きこそ物の上手なれですね」
そう語るのは劇団の演出家さんだった。
「そんなに活動に励んでいたのにどうして退団してしまったんですか?」
「それが、僕たちも詳しく聞いていなくて」
「そうですか……」
「でもあざみがまた芸能界に戻ってきてくれるかもしれないことはすごく喜ばしいことです。僕を含めて彼の歌を惜しんでいるひとは多いですから」
「あざみくんの歌を聴いてみたいんですが、よければ映像とか見せてもらえたりしませんか?」
「ええ。いいですよ。撮ってあるものは入団当時から全部ありますから」
それからしばらく飛ばし飛ばしいろんな映像を見せてもらう。稽古中だったりゲネプロだったり本番だったり、はたまたオフショットで鼻歌を歌っている姿だったり、どの映像の彼も常に歌を歌っていた。
「本当に好きこそ物の上手なれですね。いや……本当にすげぇうまい……」
「そうでしょう。あざみはすごいんですよ。自慢の団員でした」
演出家さんがディスクを差し替える。
「次はあざみが退団する直前、最後に出演したときのものです」
流れた映像には明確に今までと違う点があった。
「……声変わりしたんですね」
「はい。それにあわせて配役も調節してあざみが一番歌いやすい音域のキャラクターに変えました」
「あざみくんが今まで務めていた登場人物の配役は?」
「それは別の子に引き継がせました。当時入団したてで女の子なんですがね、その子もすごく才能溢れる子なんですよ。あざみと同じ天才型で、次の舞台でも主演を任せています」
♪
「やあ、あざみくん。お邪魔してます」
「……」
俺に名前を呼ばれた彼は表情を固くして静かにこっちを睨んでいる。
「なんですか? わざわざ家にまで来て事務所に来いって言いに来たんですか?」
「いや、ひとりの意見をねじ曲げようとは思っていないよ」
「じゃあなんですか?」
「会話って会って話すって書くんだ。会って話さなきゃちゃんとした会話にはなりにくい」
俺は君と会話がしたくて来た。まっすぐそういえばあざみくんは一層険しく眉間にしわを寄せた。
「言っておきますけど、あの日入所式に行ったのは半ば騙されて連れて行かれたみたいなもんですからね」
「騙された?」
あざみくんはそうですと語気を強めた。
「俺はアイドルとか興味ないです。母さんが〝芸能人の母親〟でありたいから、だから俺をまた芸能界に入れようとして、俺に嘘ついてあそこに連れて行っただけなんです」
なるほど、だからなんか消極的だし納得してなさそうな感じだったのか。
「なんで芸能界に戻りたくないの?」
「大っ嫌いだから」
「なにが?」
「制作側の人間も世間も、才能があるって持てはやすだけ持てはやして、旬が切れたらまた新しい熟す前の才能に鞍替えする。歌だって、演技だって、演者個人だって、賞味期限が切れたら捨てられるだけ。使い潰しにされるなんてもうイヤだ。ぜんぶ大嫌いだ」
「全部じゃないでしょう。きみは、歌が大好きで、自分の歌も大好きで、自分の歌が大好きなひとも大好きでしょ?」
「大好きだから、消費される歌なら歌いたくない!」
「制作側の人間が、世間の人間が、きみを消費したの?」
「そうですよ。知ってますか? いくら天才って言われてたってスペアがいれば旧世代のものは替えられてしまうんですよ」
「なるほどねぇ」
「納得してもらえましたか?」
俺は何度か頷きながら「いいえ」と笑った。
「全然納得してないけど、なんとなくわかった気がする」
「は……?」
「きみは大好きなものを大嫌いなものに消費されてきたことがとてつもなくイヤで、大好きを守り続けたいけど、同時にそれで傷つきたくない。大嫌いなものたちがつけた『天才』がレッテルにすら聞こえているし、その『天才』という言葉に大好きなものたちが傷つけられていると思っている」
「…………」
「きみが大好きを守るために当時自分で選択できた行動が退団だったんだろう?」
「だったらなんですか。それは逃げだって言いたいんですか」
「いや? 次は大好きを守るために戦ってみないかって言いたいかな」
「いやですよ。傷つきたくないから逃げてるやつが戦う選択するわけないじゃないですか」
「でもきみは一回戦ってみようって思ったんじゃない?」
「なんで……そんなこと……」
「きみさ、騙されて事務所に連れてこられたって言ってたけど本当はちょっとは気がついていたでしょう?」
「……」
「きみは〝やりなおそう〟って思って、新しい芸名までちゃんと用意してきたじゃん」
そういうことなんじゃないの? と問えば彼は観念したように頭を掻いた。
「まだまだファンに歌を届けたいでしょ?」
「……はい」
「じゃあやることは決まってるよね」
「でも……」
「でも?」
「キャロルに、ひどい対応をしてしまいました」
「気にしてないと思うよ。ねぇ?」
「え──」
「気にしてないよ! っていうかキャロルはあざみ以外とBAROQUEムリだし!」
俺の腰掛けていた椅子の裏から立ち上がって顔を覗かせたキャロルを見てあざみは目を丸くして驚いた様子で口を開けている。
「黙って聞いててごめんね」
「いや……うん……」
「あのあの! あざみ! キャロルと一緒にBAROQUEやってください! お願いします! あざみ以外とはダメなんです!」
「……なんで、俺なの……? 入所式で初めて会ったじゃん……なのにそんなに好感度MAXで疑問っていうか……」
「キャロルのお父さんね、あざみのいた劇団に出資していた時期があって、それで演劇を関係者席でたくさん見たことがあるの。たくさんあざみの歌で感動したことあるの。憧れなの」
「そっか」
「それにずっとひとりぼっちで活動してきてたから一緒に同じこと頑張れるひとって初めてだったから。まだスタートラインに立っただけなんだけどね、でもあざみとならこれからたくさんたくさん一緒に頑張っていけるって思えたから……」
「……」
「はいはい! 積もる話もあるだろうけど、ひとまずはあざみくんはこれからダリアプロの一員でBAROQUEとしてキャロルと頑張るってことで、今日はお開きにしようか」
「…………、本当に、いいんでしょうか」
おずおず、という様子ではあるが、それでも少し前みたいに俯いてばかりではなく、しっかり俺とキャロルを見て発言していた。
「いいにきまってるじゃん! なにがダメなの?」
キャロルがぴかぴかの笑顔で言って、それに俺も賛同する。
あざみはうれしそうに「そっか」と安心したように笑った。
♪♪♪
「えっと、改めまして、西園寺あざみです。よろしくお願いします」
「関口キャロルです! よろしくお願いします!」
晴れてダリアプロダクションの一員として事務所を訪れたふたりを休憩室で歓迎する。
「わ~! あざみくんにキャロルくんよろしくね~!」
両手で手を振るとキャロルくんは私に向けて手を振り返し、あざみくんは軽く会釈を返す。
「あ! みなさんキャロルのことはぜひ「キャロル」と親しみを込めて呼び捨てしてください! なんかくんって付くとそわそわしちゃうので!」
「あ。俺も……なんかいつまでも余所行きの調子になっちゃいそうなんで」
「そっか~! おっけー!」
そんな様子を見守っていた社長はにこにこと微笑んでいる。
「BAROQUEは次のLightPillarのライブの途中でちらっとお披露目を挟む予定で、そのライブではTeaParty!もオープニングアクトを披露してもらうよ。みんなで楽しいライブにしましょう」
全員で声を揃えて「はい!」と返事をする。
これでダリアプロダクションの所属者は八人に。業界経験者が増えて顔ぶれも豪華になりこれからの活動に気合いが入る。
「よぉし! それじゃあ八人で今日もレッスン頑張りましょう!」