キャロライン・フローレスの恋の実

 心の中という私有地で大事に育てられている花。だれにも食べさせたくない、将来おいしい果実になる花。愛されてすくすく育つことを望まれている花。恋とはそういうものでしょう?  恋をしている。小学生のころからかれこれ八年。同じ相手に。
 
小学五年生のとき、大好きなあの子にキスをしたことがある。その子はなんでもかんでも忘れちゃう子で、わたしの名前もろくに覚えてくれなかったような、どうしようもない子だった。わたしはその子にわたしの存在を覚えていてほしい一心で、夏休みの真っ只中、プールに行った帰り、二人でアイスを食べながら夕暮れを背負って帰る途中、前触れなくその唇を奪った。見開かれたあの子の視線がわたしを射貫き胸が焦がれる。わたしの世界を揺るがす決死のキスはオレンジシャーベットの味がした。だからわたしはオレンジシャーベットが大好き。あれはわたしの恋の味。わたしの恋という実がなったら、すっぱくてあまいオレンジシャーベットの味がする。

 理由はわからないけれど、なんとなく、恋の花は白いけどその実は赤い色をしている気がする。いつかその実が熟して赤黒く染まるくらいになったら、必ずあの子と食べるわ。腐る直前まで熟れた恋の実はきっととても柔らかくて、あまい香りがして、あの日のオレンジシャーベットの味がする。
 
今日も恋の実を食べるために恋の花を育てる。大事に、大切に、足りなくならないように、あげすぎてしまわないように、慎重に愛を与える。不器用なせいでいつも変な態度をとってしまって上手に愛を与えられないけれど、めげずにわたしの愛を長い時をかけてたくさん吸って育った恋がいつか、わたしとあの子の口に運ばれることを信じて夢みながら、日に日に増していく愛しているをあの子に伝える。
「ねぇグレース・ホワイト」
「なに? 机の上に座るのやめた方がいいよ、キャロル」
「ねぇあだなじゃなくてちゃんと呼んで?」
「わかったよ、キャロライン・フローレス。きみが何度も唱えさせるからいい加減覚えたよ」
「いい加減覚えたって言っても最近の話でしょ? おまえはいつもいつもキャロまでしか覚えなかった。一生根に持つからな」
「一生覚えているってこと。それはまた難しそうなことを宣言するね。記憶力の使いどき間違えてない?」
「間違えてねぇし。おまえのことなら誕生日だって好きな紅茶だって使っているシャンプーだって覚えてんの」
 
なんでもないように「すごいね」って笑う姿に胸がえぐられるように痛む。その笑顔が好きだけど、全然伝わっていない様子は嫌い。大好きすぎて心に傷がつくのを感じるのはいつもわたしの方だけ。それってなんだかずるい、不公平なように思う。
 
けれど、それで構わない。わたしの傷から血液みたいに愛が吹き出してあの子の純白を汚せるならばそれでいい。愛していると汚したいは似ている。違うのかもしれないけど、きっと同じような成分でできている。
 
あぁはやく一緒に恋の実を食べたいな。わたしの恋は絶対においしい。だからきっとあの子もわたしの恋の虜になる。こぼれる果汁で手や服が汚れるのも気にしないでわたしの恋をむさぼるあの子はきっと、いつにも増してかわいいはずだ。
 
まだ実る兆候すらない、満開にもなっていない花に今日も愛を与えて、花が咲いたら落花したり枯れたりしないように慎重に受粉させて、そして実がなりそうになったら、だれかにかすめ取られないように囲って、そうしてやっと、腐り落ちる直前にその実をもぐの。包丁なんて入れないで、盛り付けもなにもしないで、そのままの実を皮ごと食べる。それがきっとわたしの恋を食す正しいお作法だから。 

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