メアリー・エリソンと大切なもの

 アリス・ロスがパシャリパシャリと自分とボクの姿をカメラで撮影する。ボクは笑顔を浮かべて当たり障りのないポーズをとろうとピースをした。ブレて撮り直しにならないように身を固定して、彼女が満足するまでシャッターボタンを押させる。  

データを確認した彼女は「放課後現像して明日持ってくるわね」とカメラを慎重にケースへしまった。その手つきは本当にそれを大切にしているみたいで、親の形見とか自分の子供に接するようにすら見えた。  

万物に魂は宿ると言われているけれど、ボクは大切にされたものにこそ魂は宿るんだと思う。だからきっとアリスに大切にされているあのカメラにも魂が宿っていて、アリスのために良い写真を撮ろうって努力しているんだろう。彼女の撮った写真に写るボクが普段よりちょっといきいきしているのもきっとそのおかげだ。  

ボクもなにか物を大切にして魂を宿らせたことがあっただろうか? 魂というものは目には見えないからどうにも自己判断は難しいけれど、そういったことができていたらいいな。自分が魂を与えたものって、たぶん、とてもかけがえのないものなのだろうし、魂を宿らすほど大切にするってそう易々できることじゃないと思うから。それができるってことはすごいこと。  

目に見える物質だったり、手に取ることは難しい信念とか精神的なものだったり様々だと思うけど、人間には常に大切なものがあって、その大切なものがあるから人々は生きていけているのだと思う。そして大切なもののことを思いながら死んでいく。生涯とは常にひとそれぞれの大切なものとあるのだとボクは思っている。  

ボクが魂を与えられるとしたらそれはどんなものだろう? 部活の時間に描く絵とか、毎日水をやっている自宅の花壇の花たちとかだろうか。それらがいつか突然しゃべり出しはじめて、口々に「ありがとう」を伝えてきたらボクだったらだいぶ怖がりそうだけど、お礼を言われること自体はいやじゃないから、ボクの方も改めて「これからもよろしくね」って伝えるんだ。  

たぶんたくさんのなにかに魂を与えられるような人生が満ち足りた生涯と呼ばれるものなのだろう。人間が人間を産まなくても、なにかを大切にして物に魂を与えられたなら、それはきっと良い人生だったと思えるとボクは信じている。

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