がんばりやさんなきみ

 れいを採用したのは僕でも柊でもなく事務所の大人達だった。歌もダンスも未経験だったようだから即戦力とは言えなかったが教えられたことを素直に吸収する物覚えの良さ、何事にも向上心を持って臨めるところ、そして自分を愛することに貪欲な姿勢。そういう部分が評価されたんだろうと僕は思っている。

 いつだったか瀬川が「れいは息をするように自然に努力してるからすごい」と言っていた。けれど僕から見たら全然〝息をするよう〟なんかじゃなかった。あいつは心身を削って頑張るという行為を続けている。頑張って身も心を削って、スポットライトの光が削れたそれに当たって反射して、それで彼はアイドルとして、星として、きらきら輝いている。

 たぶん心身を削って努力をしていることに本人も気がついていると思う。それが苦しいときだってあっただろうし、時間をかけて辛い思いをしたのに結局身を削っただけでなにも光るものがなかったこともあっただろう。それでも彼が頑張るのは『自分を愛するため』だって言うんだから、努力の天才っていうより〝努力に囚われたバケモノ〟みたい。

 彼はきっと『だれかに愛されること』に飢えてるんじゃなくて『自分に愛されること』に飢えてるんだろうな。だからいくら周りが彼に愛を伝えたところで満足は得られない。本当に純粋な想いで『自分に愛されたいし、自分を愛したい』と思っているからこそ代替がきかないのかも。

 とは言っても『頑張る余地がある』って自己判断で頑張りすぎてしまうところは直すべきだと思う。肉体的にもメンタル的にも負担が大きいだろうし、なによりこっちが心配になる。もうすこし自己管理について考えさせた方がいいかもしれない。いつかの柊塾みたいに講習を開いた方がいいのかな。

 れいはオーバートレーニングを指摘されるとよく〝頑張る余地〟を持ち出す。僕は過去に一度だけ「『頑張る余地がある』と『伸びしろがある』は意味が違うよ」と彼に言ってわりとしっかりめの喧嘩になったことがある。まあたしかに僕の言い方が悪かったと今は反省している。結局喧嘩になっただけで改善どころかあいつ隠れて自主練増やして逆効果だったし。

 れいはかなり頑なな性格をしている。端的に言って頑固なんだ。αIndiのなかで一番柔軟性に欠けていると思う。『こうしよう』って決めたことが『こうしなければならない』になりがちだし、その指標が間違いだったときに修正することもあんまり得意じゃないっぽい。

 自由にさせると無理をしすぎる、無理をしないように制約を課すと隠れて無理をする。説き伏せようにも頑固だから話を聞かない。びっくりするくらいあいつもかなり問題児……。瀬川と並んで問題児ランキングワースト1かもしれない。

 れいに強く「頑張るな」と言えない僕自身もいけないところがある気がするけど、きっとそれは彼に『自分を愛するな、自分に愛されるな』って言うのと同じだろうからやっぱりこれからも言えないしあんまり言いたくないかな。

 れいとはもっとしっかり向き合って話をしなくちゃいけないのかもしれない。努力以外の自分を愛する他の方法を一緒に探すとか、いつかの五十嵐みたいに息抜きの仕方を教えてやるとか、そういうサポートを考えた方が彼のため、そしてαIndiのためになるのかな。

 まだ最適解を導き出して実行できない僕だけど、苦しいくらい頑張らなくてもきみがきみ自身を愛せるようにって願うことだけはどうか許してね。

 ♪♪♪

「れいはフライドポテトが好きだって以前聞きました!」

「……? うん、好きだけど……」

「なのでいっぱい頑張ってるれいにこの僕がフライドポテトをたくさん作ってあげます!」

 れいはよくわからないという顔で「ありがとう……?」と礼を言う。

「いまネットでめちゃくちゃ美味しい~! って話題の冷凍フライドポテトを何種類か買っておいたからこれから僕の家で作って食べよ! だから今日は自主練なしね、もう帰るよ!」

 そう伝えれば「わかった」と返事をしておとなしく更衣室に向かう。――よし。これで穏便に無理な練習をさせずに済んだしゆっくり話す時間も作れた。すごいぞ僕! さすがだ!

 しばらくして着替えを済ませたれいを連れてタクシーに乗り込む。「いつもタクシーで帰ってるの?」なんて聞いてくるから「うん」と頷くと「ブルジョアだね」と驚かれた。

 目的地についてタクシーを降りる。すぐそばにそびえる大きなマンションを見上げながられいが何かを思い出したように声を上げるものだから僕は「なんかあった?」と問いかける。

「お邪魔するのにご家族にお土産とか買ってこなかったなと思って」

「あ、大丈夫大丈夫。僕しか住んでないから」

 れいは「寮でもないのにひとり暮らしなの?」とさっき以上に驚いている。

「僕実家遠いんだけど親が地元離れるのしぶったんだよねぇ。でもこっち来た方がレッスンも仕事も通いやすいから僕だけ移ってきたの」

「寂しくない?」

 本当に心配そうにれいが聞くものだから僕は笑ってしまった。

「ぜんぜん! だって事務所行けば人いるし、うちにもたまに柊とかきてくれるし」

 エレベーターのなかでそんな話をしている間に目的の階層につく。共有スペースの廊下を歩いて自宅のドアの鍵を開ける。室内に入りながら「どうぞ」と振り返るとれいは遠慮がちに「お邪魔します」と呟いて僕のあとに続いた。

「あ、グッズ飾ってるんだね。それも全員分」

 靴箱の上に飾られたαIndiのモーテルキー風アクキーを見たれいはちょっとうれしそう。「うん! 飾ってる! それかわいいよね。さすが柊デザイン」

 部屋のなかにはもっとたくさんあるよって僕はグッズコーナーにれいを連れて行く。

「……!? この部屋全部グッズ用なの?」

「そう! 最近作った! このへんがデビューライブのグッズで、こっちがオフィシャルショップの限定グッズ! 反対側は他のホシナの所属アイドルのグッズを飾ってる!」

 それを見たれいに「すごい」と褒められた僕はかなり誇らしくなって笑みを浮かべる。

「グッズはこれくらいにしてそろそろポテト作ろうか。今日もレッスンハードだったし減った分のカロリー摂ったって罰は当たらないでしょ」

 キッチンへ向かい冷凍庫の中から買ってきたポテトたちを引っ張り出す。

「どれが好きかわからなかったら四種類くらい買っちゃった。さすがに全部は胃がきついだろうから二種類れいが好きなのを揚げよう」

「えっと、じゃあこのシューストリングとハッシュポテトがいいな」

「ハッシュポテトは知ってるけどこの細いのってそんな名前なんだ?」

「俺も知らなかったんだけど瀬川が教えてくれたんだよね」

「あいつポテトの雑学まであるの? 変なやつ」

 お喋りをしながら深めのフライパンに油とポテトを入れて火を付ける。

「新堂はよく料理するの?」

「んー、滅多にしないかな」

「……揚げ物できる? 代わろうか?」

「大丈夫だよ! そんなれいこそ料理できるの?」

「得意って言えるほどの自信はないけどフライドポテトは揚げられるよ」

 真面目な顔で「フライドポテトは揚げられる」って宣言する姿に思わず笑ってしまった。

「そんなに好きなんだ? なんか五十嵐が言ってたよ「人生最後に食べるものも世界が終わるときに食べるものもフライドポテトがいいらしい」って」

「でもみんなフライドポテトは好きでしょ?」

「まあわざわざ嫌いって言うひとは知らないけどさ」

 手元のポテトが徐々にキツネ色に変わっていく。香ばしくて美味しそうな匂いも広がってきて完成が近いことがわかる。

「うん、こんなもんかな。僕もう一種類揚げるから先にこっち食べてなよ」

「ありがとう。でも新堂ひとりで揚げ物させるの心配だからここで食べてていい?」

「いいけど揚げ物くらい僕全然できるよ!」

 そんな僕の声など気にもせずに、れいは「塩どこかな? あとケチャップ。箸も借りたいな」なんてマイペースにしている。

「塩はそこ、ケチャップは冷蔵庫のドアポケットにある。好きに使っていいよ。箸はこれ」

 れいはにこにこしながら箸でポテトを混ぜながらまんべんなく塩を和えていく。

「できた。それじゃあお先にいただきます」

 シンク横に置いたお皿からポテトを一本つまんで口に運ぶ。アイドルが台所で立ったままフライドポテト食べる絵面はなんだか面白い。

「うん! すごくおいしい!」

「それはよかった。僕も揚げた甲斐があるよ」

「新堂も食べな。口開けて」

 れいの方を向いて口を開けばポテトを一本口に運んでくれる。

「おー! 結構おいしいじゃん! さすが僕! 揚げるのも上手!」

 そんなこんなしている間にハッシュポテトも揚げ終わる。でも僕たちはダイニングに移動もせずにキッチンに立ったままもぐもぐとポテトを食べ続けた。

「はぁ~おいしかった……ごちそうさまでした」

「良い食べっぷりだったよ。本当に好きなんだね?」

「それはもう。新堂にもないかな、人生最後の日とか世界が終わる日に食べたいもの。それと一緒だよ」

 僕はそんなに好きな食べ物あったかなと考える。しかし特定の食べ物は思い浮かばない。

「え~? そんなに好きな食べ物ないかもな……」

 ――でも

「でも、これが食べたい! ってよりは最後はこのひとと食事がしたいってのはある」

「なるほど。そういうのもありだね。ちなみに誰? 俺?」

「あはは「俺?」って! まあ当たってはいるけど、正確にはαIndiのみんなとご飯を食べて終わりたいなって思うよ」

 ちょっと照れくさかったけど言葉にしてみた言葉にちょっと涙が出そうになった。それはきっと紛れもない本心だったからだろう。

「じゃあ地球が終わるって日にはみんなでフライドポテト食べようね」

「あ、そこはやっぱりフライドポテトなんだ」

「それはもちろんでしょ」

「じゃあさ、まだ二種類冷凍フライドポテトが余ってることだし、今度は五人揃ってポテトを食べよう?」

 今の僕らはまだ一緒に食事ができるんだから。

「そうだね! みんなでフライドポテトパーティーをしよう」

 ふたりでみんなを巻き込む計画を立てながらする皿洗いは結構悪くなかった。

 了

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