α星を探して
瀬川才智。個人的αIndiの問題児ランキングワースト1。才能を有する劣等生。天性の才能だけで合格した天性の才能だけしか無いやつ。才能を見てくれる場所以外では輝けないだろう存在。でもこの業界は才能をひけらかす場所だから僕は彼を採用した。業界向きな部分は天性のものだけしかない。持って生まれた整った顔、持って生まれた声、持って生まれた歌唱力など――そんな持って生まれたものばかりが彼の武器だ。その才能という武器のなかに『内面的個性』はあまり多くなく、『柊にあるどこまでも貫き通す自我』も『五十嵐にある変化を恐れずに自分を磨く姿勢』も『れいにある自己を愛すための正義』もない。あるのは初期装備にしては異常なほど強すぎる天性の才能だけ。
その才能でほとんどのことは難なくこなすけれど、それすらコンプレックスだというんだから変なやつだなぁって思う。プロジェクト:αオーディションを受けた理由も『自分より出来るひとたちがたくさんいる環境でがんばりたいから』らしいし、本当に変わってる。
事前に『がんばりたい』って気持ちは伝えてもらっていたからがんばり屋さんなれいと組ませたら面白いかなーとは思っていたけど気がついたら僕が働きかける前に仲良くなっていた。ちょっと距離近いかな~? って思うときもあるけど仲が悪いより全然良いし、メンバーと関わることで才能以外の個が弱い瀬川の情操教育に良い影響があればいいなとも思う。
活動や交流を経て瀬川才智が〝アイドルであること〟に意味を見出して〝アイドルでなければ、そしてαIndiでなければいけない〟という意識が芽生えればいいんだけど、ちょっとまだ難しそう。なんとなくだけどまだ急に辞めかねない雰囲気あるんだよね、あいつ……。正式にデビューして活動をはじめてからあとすこしで一年を迎えるけど、いまだにあんまりアイドルである自覚もαIndiである自覚もあるようには見えない。だからやっぱり問題児だ。
瀬川のこと、正直まだよくわからない。でもあいつのなかで『αIndiじゃなければいけない理由』がないことだけはわかる。それを見つけさせる、もしくは僕が作るまではずっとこのまま彼への不理解を募らすだけだろう。幸いにも瀬川に『αIndiでなければいけない』と思わすために必要なピースはすでに手元にある。そのピースを適切なタイミングで組み込めば瀬川はαIndiから離れるようなことはしないだろう。
僕は僕自身の輝きが霞もうともプロジェクト:αを完遂させる。たとえ神話がなくたって、ここからじゃろくに見えない三等星だって、たしかに天(そら)にあるαIndiというたったひとつの星を永くたしかなものにするために。そのために柊千景、五十嵐ネオン、瀬川才智、そしてれいが必要なんだ。
僕も、きみたちも、きっと誰かが意図的に作ったパズルを構成するピースでしかない。
でもべつにいいじゃん、それで。
αIndiの輝きのために僕らは燃えて、光って。その証明をするだけの存在でいいんだよ。
♪♪♪
事務所の共有スペースのソファのすみっこで瀬川がなにやらボールペンを片手に雑誌を開いている。それに近づいて「なにやってるの?」と聞けば瀬川は表紙を見せてくれた。
「クロスワードパズル? 瀬川って脳トレとかするタイプなんだ? なにもしなくても頭が良いタイプだと思ってた」
「ん? 別に脳トレじゃないよ」
「いやクロスワードパズルって脳トレやるやつでしょ。っていうかそういうのって普通鉛筆とかシャーペンとか修正できる筆記用具で書くんじゃない? なんでボールペン?」
「ああ、これは間違えたら即詰みの一発勝負を自主的に課しているんだ」
「クロスワードパズルってそういう遊びじゃないだろ」
「でもこれ結構良くてさ。各問題解答権一回きりのクイズ番組に出る前の予習でやっておくと本番であまり緊張せずに安定して答えられるんだ。だから脳トレってよりもクイズ番組の予習って面の方が大きいと思う」
変なことをやっているが一応意味のあることでちゃんと考えてやっていることでもあるようだ。それなら僕がなにか言うのも門違いだろう。そう納得しかけている最中の僕のことなんて気にもせず、瀬川は「でもそれとは別にあともうひとつ理由があって」と続ける。
「れいってクロスワードパズル好きでしょ?」
「ああ、趣味って言ってたね」
「うん。だから同じ楽しみを共有できたらと思って」
そう言って照れ笑いを浮かべる瀬川に向けて「ふーん」と相槌をうつ。αIndiを結成してからの一年、僕は瀬川に対してあんまり自ら進んで他者を理解しようと歩み寄るタイプではないと思っていたけど意外とそうでもないのかな?
「それ、相手がもし柊だったとしても同じことした?」
「え? しないけど? なんで俺が柊と趣味共有する必要があるの?」
前言撤回。こいつこういうやつだわ。
「なんか瀬川にとってれいはやっぱり特別なんだなって思った」
「そうかな? れいと同じくらい他のメンバーのこともちゃんと好きだけど」
「柊のことも?」
「本人には絶対言わないけど好ましくは思ってるよ」
「え~? 『好き』と『好ましく思ってる』は結構差があると思うけど……まあいっか」
「むしろ新堂はαIndiのメンバーのことどう思ってるの? やっぱり『αIndiを構成する存在として好き』以外に特別な感情はない?」
僕はその問いに、らしくもなくすこし悩んだ。わずかに口を開いたまま思案して、そしてゆっくり話し出す。
「……そうだね。僕はαIndiを構成する者として君たちが好きだ。それ以外に特別な何かはないんだと思う。αIndiに必要だから手に入れたし、αIndiに必要なら手放すことだってあるだろう。僕は生粋のαIndiファースト主義だから」
「それが〝αIndiのため〟なら手放すこともあるんだ? 五人で一つの星座なのに?」
「そうだよ。それがαIndiのためならね」
「インディアン座って三等星のα星、四等星のβ星、Θ星、δ星、そして五等星のε星を主要に構成されているって言ってたよね。まるで俺たちみたいにぴったり五つの星でできている。けれどユニットの名前に採用されたのも新堂がいつも熱心に気にかけているのもα星だけ。俺は時々αIndiってユニットは〝そもそもα星というひとつの星(ひとりのひと)のためのユニット〟で〝はじめから星座をつくることなんて想定していない〟んじゃないかなって思うんだ」
「おもしろい仮説だね。じゃあ瀬川は誰がα星だと思う?」
「それは新堂でしょ。うちで最もその素質があると言っても過言じゃないんだから」
「あはは! それはどうも! そして瀬川はやっぱり頭が良いね。うん、大部分の推理はとてもいい線いってる。というかほぼ正解だ。でもちょっとだけ惜しいね」
そこまで導けた瀬川にだけ「特別だよ」と僕はちょっとだけ答えをちらつかせてやる。
「α星を担う運命を持っているやつに目星は付いているけどまだ確定はしていない。けれどいつか必ず決まる。それがプロジェクト:αの裏テーマみたいなものだから」
「新堂は誰かの思惑の敷かれた盤面に駒として配置されることに納得してるんだね」
僕は思わず苦笑を浮かべる。だって他者に対して無関心で鈍感なあの瀬川にすらバレてるのかって思ったら苦々しい笑みだってこぼれもする。
「うん。納得してる。だってそれが僕の使命であり望みだから」
僕はプロジェクト:αを任されたときからそれに納得している。WdFで〝αIndiというユニット〟を活躍させることにも〝僕たちのなかでα星を名乗れるたったひとり〟を見つけ出すことにも。それがたとえあのひとの手中で踊らされているだけであってもいい。
プロジェクト:αは〝インディアン座を完成させる〟ためのプロジェクトではない。これは〝αIndiというユニットをWdFで活躍させる〟と同時に〝たったひとつのインディアン座α星ペルシアンを見つける〟ためのプロジェクトだから、正しい星座が作れなくなっても、一緒にいてくれた星が消えても、それでもプロジェクトは遂行できる。そのことを僕だって察しているんだからあのひとが気がついていないわけがない。どのタイミングでどの星が滅するかまではわからない。もしかしたら僕の杞憂かもしれない。けれどその余地を残しているということはαIndiから星が欠けることをある種のイベントとしてプロジェクトに組み込んでいる可能性が高い。そして欠けるメンバーもすでに決まっている可能性すらある。
欠けてしまう星が出ても僕は『αIndiのため』って自分を納得させられてしまうだろう。誰のせいで星が死んだとしても、プロジェクト:αの核である僕には納得しか許されない。
了