変わっていくきみ、変わらないきみ
素直でひたむきな性格のため活動には熱心に取り組んでくれるだろう。今後輝く可能性もあるが、しかしすぐには光らない。短期間での活躍を目指すプロジェクト:αには不向き。ほとんどの審査員からの彼への評価はそんな感じだった。
たったひとりへの大きな憧れを抱いてプロジェクト:αオーディションに参加した当時の彼は収穫には早すぎるってくらい青かった。活動への意欲とダンスの上手さくらいしか武器がなかったし、総合的にみて即戦力レベルの他参加者もいたなかで彼をわざわざ取る必要性を感じなかった。その必要性に気がついていたのはきっと、あのオーディションに関わった人間のうち柊千景のみだっただろう。僕を含めたほとんどが五十嵐ネオンという星が今後発するであろう輝きとその成長速度に気がついていなかった事実には思わず苦笑してしまう。
オーディションの最中も、そして彼が加入してからも、僕は五十嵐ネオンのことを侮っていたと思う。今となっては自分の視る目のなさを認めざるを得ない。
僕は当初五十嵐のことを『一人前になるまで最低でも三年は守ってやらなきゃいけない子』だってわりと本気で思っていた。でもそれは完全に見込み違いで、彼はあっという間に『守らなきゃいけないかわいい最年少』から『αIndiを共に守る頼れる存在』に成長していた。それは五十嵐がもとから持っていた素質であり、同時に柊の助力の賜でもあるだろう。まだまだ一人前って呼ぶには至らない点も多いけれどそれも今だけ。きっとまた良い意味で予想を裏切ってくれるだろう。僕はその結果に期待している。
最初こそ〝五十嵐ネオン特有のもの〟を作ろうと焦っていた彼だったけどαIndiとして活動していくなかですこしずつ『自分』を見つけられているみたい。彼が自力で『個性というものははわざわざ作らなくても持っているものを活かせばいい』って答えを見つけられたことはケーキを買ってお祝いしたいくらいとても素晴らしくて喜ばしいことだ。
五十嵐ネオンは今、己が見つけ出した彼だけの『個性』という武器を最も適したタイミングで使う能力を伸ばす段階にきている。武器を見つけ、手に取り、扱えるようになってきた。それなら次は〝いつでも最適なタイミングで対象に強力な一撃を放てる〟ようになってもらう必要がある。それができたなら五十嵐はいろんな場所で今よりもっと前へ出られる。
五十嵐ネオンの輝きは着実に増していっている。一歩一歩進みながらも、しかしその伸びしろが尽きることはなくて、終わりが見えないほど遠くまでなおも続いている。『日々成長する存在』として彼を入れることを提案した柊の眼はやはり間違ってはいなかった。
けれど五十嵐ネオンの輝きはまだ弱く、最強の輝きだとは言えない。αIndiをこれからもずっと在り続けるものにするにはもっと、もっと燦(あき)らかな輝きがいる。
五十嵐ネオンはその鮮やかで美しい輝きを必ず手に入れることができるはずなんだ。 だからこれからも進化を恐れないで歩み続けるそのままのきみでいて。きみが歩みを止めない限り、たとえ誰が否定しようともきみは僕のαIndiの一員だから。
♪♪♪
「五十嵐ってさぁ」 会議の休憩時間にαIndiの曲を口ずさむ彼に僕はふいに話しかける。
「随分声かっこよくなったよねー」
声変わり前から少し癖のある声質をしていたけど声変わり後の今はその癖と声の低さが絶妙な響きを生んでいてかなり心地良い。
「やっぱりそうなの?」
てっきり「どーも」とか「褒めてもなにも出ないぞ」って返事がくると思っていたから、僕に向けて返ってきた意外な言葉に「やっぱりってどういうこと?」と素直に首を傾げる。
「最近声を褒められることが多くて。ファンレターにも『声がかっこいいところが好きです』とか『歌声がかっこいい』ってよく書いてあるからちょっと気になってたんだ。自分じゃわからないけどファンだけじゃなくて新堂も言うならやっぱりそうなのかなって思って」
そう教えてくれた五十嵐は嬉しくも恥ずかしいといった様子ですこし照れているみたい。
「最近はもうかわいいって言われることは少なくなった?」
ふと気になったことを聞いてみると五十嵐は考えるように斜め上に目をやったがすぐに答えにありついたらしく数秒もしないうちに僕に視線を戻し「そうでもないかも」と呟いた。
「かっこいいって言われる機会も増えたけどかわいいもまだ全然言われてると思う」
「五十嵐的にそれはうれしい?」
「まぁ……どっちかって言うとうれしい、かな」
なんとなく彼は『断然かっこいいって言われたいタイプ』だと思っていたからちょっと意外だなぁって思う。表情から僕が考えていることを読み取ったのか五十嵐は付け加える。
「イメチェンしはじめたりメンバーを呼び捨てにしはじめた頃からさ、少しずつ変わっていっていずれ面影が薄れていく俺を見て『かわいい五十嵐ネオンの方がよかった』って、むかしから応援してくれた『かわいい五十嵐』を求めているひとたちをがっかりさせてしまわないだろうか? って気にすることがあった」
懐かしいことを思い出すようなやさしい顔で五十嵐は続ける。
「もちろんそういう声もあったけど、それでもファンの大部分は『どの五十嵐もいい』って言ってくれていて、かっこいい俺もかわいい俺も見つけてくれて、それがすごくうれしい」
そう言ってまた照れる。照れながら「みんなには内緒にしろよ」って僕に釘を刺す。
「ファンからしたら柊でもかわいいんだから五十嵐なんかかわいすぎるくらいだよ」
笑いながらそう言えば五十嵐もつられたように笑う。
「五十嵐はさ、見た目も随分派手になったし、声も低くなったし、ついでに物言いも強くなったけど、それでもずっと五十嵐のままだよ。良いところがどんどん増えて、成長もしたけれどきみはずっときみのままだ」
「俺的には変わったところの方が多い気がするけど、具体的にどこが変わっていないの?」
「えー? 無自覚なの? ま、仕方ないか。あのね、まず中身が男前なところでしょ、そして何事にも真摯なところ。あとは進化を恐れないところもむかしから変わらず。いつだってきみは男前だし、真面目で真摯だし、前向きな変化を取り入れてきた。その本質はたぶん一生そのままだと思う。それが続いているかぎりきみの身にどんな変化が起こったとしてもファンは安心してきみを推し続けるよ」
僕の言葉を聞いた五十嵐はいたずらっぽく口角を上げて「じゃあ新堂も安心して俺を推してくれる?」なんて問いかけてくるもんだから、ちょっと茶目っ気すら感じるそれに「おまえがαIndiであるかぎり推し続けるからこれからも活動がんばってね~!」と答える。
「あたりまえだろ。俺は最後までαIndiでいる。だからおまえもしっかりαIndiやれよ」
細めた目で僕を見つめながら口だけは一丁前なことを言って彼はまた笑う。
「それこそあたりまえじゃん! っていうか僕はαIndiとしての活動で手を抜いたことなんて一度もないよ。これまでもこれからも本気なのはお互い一緒ってこと」
ふたりで顔を見合わせて『ずっとαIndiで在り続ける』って何度目かの約束をした。常に数多の星が存在するこの世界でどの星より輝こうと強く想っているのは僕だけじゃないって事実がとてもうれしくて、ちょっとだけ目が潤む。
未熟なきみが一人前になるときも、なったあとも、『αIndiの五十嵐ネオン』だって胸を張って名乗ってくれるといいな。
了