きみを信じる僕の話

 柊千景、彼は僕がもっとも〝αIndiというユニットに欲しかった星〟――。彼は他のメンバー以上にαIndiに必要不可欠な存在。オーディションでどんなメンバーが揃うかは完全に巡り合わせ次第の運だったが彼だけは必ず手に入れるつもりでいた。

 柊千景というひとりのアイドルを僕は〝最初から〟知っている。僕はアイドル柊千景のスタートを、そしてそれから一度死に、また生き返ったあとのことも知っている。そのうえで〝柊千景とはαIndiに必要不可欠〟だと今も思っている。

 団体に属してもなお霞まない強い強い個性と高いプロデュース能力、そして常に抜群のパフォーマンスを発揮し披露できる本番への強さ。他にもたくさんある彼の素質はどれもソロアイドル向きだった。

 柊自身も自らの才能をもっと輝かすためにソロを志願していたし、彼をHairuという群れに属させたのは采配ミスだと僕も何度か事務所の社長であるハウトさんに直接申し出たことがある。結果彼はソロアイドルとして活動していくことにはなったのだがそれも長くは続かなかった。彼の強みのひとつである〝確立された自我〟が裏目に出た。その強みは諸刃の剣だったってわけ。

 彼がソロアイドルとして業界から消えかけたときとても心配だったけど、それと同時にかなりうれしかった。だってどれだけ仕事が来なくなっても彼は『柊千景』であることを諦めなかった。僕はそんな彼の輝きをもっと見たくなった。

 彼が干される少し前に僕のもとにとあるプロジェクトの話が舞いこんできていた。まだ名前もない、ただ『新しく開催されるアイドルの祭典で活躍するためのユニットを作る』という名目しかない薄っぺらい企画書をハウトさんは僕に手渡して言った。「きみが組み立ててごらん」って。おもちゃのパズルをプレゼントするみたいに。

 僕が、僕自身の力で、僕が思う最高で最強のユニットを作ると考えたとき、まっさきに名前が思い浮かんだ相手は言うまでもない。僕と彼が組んだなら双方の個性を最大限活かしてシリウスにも負けない眩い光にできる。その自負を抱いた瞬間から僕は柊千景というたったひとりのかけがえのないアイドルを必ず僕の最高の星に加えると決めていた。

 柊千景本人にきみをこのプロジェクトに組み込むと話したあの日、僕は彼が詰め込まれた棺桶の蓋を開ける約束をした。アイドルとして一度葬られた彼を僕は再び輝く星として光らせると決意して、必ずきみを含むαIndiを最高の星にしてみせるって胸の中で誓った。

 それからオーディションがあって新人が三人加入した。一人は柊が、残りの二人は僕が教育係を務めるようになったが実際は柊が僕を含む四人を見ていたって言った方が適切かも。

 彼の本領は指導者として発揮されるものだとは前々から知っていたけれど本当にその才能はすごかった。紛れもなく彼は『能力を育てるひと』であり『個性を花開かせるひと』だ。

 彼は適度に面倒見が良い。手を焼くような素人相手に呆れても見捨てたりはしない。けれど手を貸して全部やってあげたり甘やかしもしない。ちゃんと自分の脳でどうしたらいいか考えさせてそのひとが導いた答えへ実際にたどり着く方法を助言してくれる。そんなふうだからαIndiの後輩たちからは性格が悪いと言われながらもひそかに尊敬はされているんだ。

 正直羨ましいよ、柊のこと。僕と彼とではジャンルが違うから彼になりたいだなんてみじんも思わないけれどそれでも彼だけの特有の輝きを僕は真似すらできないって思うから、そんな真似すらできない個性的な輝きに憧れに近いものを抱きもする。

 僕は『柊千景という男はαIndiの誰が道を見失っても再び歩み出すための導になってくれる』と確信にも近い所感を抱いている。道を踏み外して落下したときに手を掴んで引き上げてはくれるのはきっと五十嵐だろうけど、柊は最後まで道を踏み外さないように目指すべき行く先までの足元を照らして示し続けてくれる。僕はそう信じている。

 ♪♪♪

 次のライブについての会議に参加する予定だったけど道が混んでてだいぶ遅刻しちゃったそんな夕方時。それは事務所の会議室のドアを開けた瞬間に響いた。

「うわべだけ舐めた程度で人間性わかった気になってるやつキッショ! ウッザいわ~!」

 そのへんに八つ当たりでもしちゃうんじゃないかってくらい不快感を抱いている様子で柊はノートパソコンを閉じて眉間にしわを寄せている。

「おー? 荒れてんねぇ~? なにかあった?」

「あー、なんか芸人のラジオで名指しでディスられたらしい」

 挨拶もそこそこに聞けば五十嵐がよく知らないけどって感じで教えてくれる。

「え~だれだよ~?」

「どこの誰だか俺が聞きたいわ。ぜんっぜんいっこも知らへんやつ。覚えてないだけかもやけど多分喋ったことないし顔もネタもコンビ名もわからんガチ他人にディスられた」

「えっと……『全肯定トンチキ』? とかってコンビ? にディスられたらしい」

「えぇ? 知らね。まじでだれだよ?」

 本当に一切心当たりのないコンビ名が飛んできて僕ですら困惑してしまう。

「コンビ名で『全肯定』名乗ってるやつに全否定されててウケる」

 瀬川が全然ウケてない顔で言ってる。マジでウケてるときなら引き笑いしてるはずなので多分そんなに面白いと思ってないんだろうなぁ。

「百歩譲って俺がごめんなさいせなあかん相手ならわかるがマジで知らんやつに貶されてるんはなに? 事前に認知されるくらいもっと年期入ったアンチになってから来いや」

 柊千景はそこそこ敵を作りやすい。なので業界の相手に叩かれること自体は慣れっこなのだが、さすがに全然知らないひとに大々的に悪口を言われたらやっぱり嫌らしい。

「性格がアレだからしかたがないけど僕的にはそんなに悪いやつじゃないのになぁ」

「それはあんまりフォローになってないんじゃない?」れいが苦笑を浮かべながら言った。

「ムカついただけでノーダメやから別にええけど。どうせ業界からすぐ消える相手やし」

 そうは言いつつもやっぱりすぐには気分を切り替えられない様子で「絶対しばいたる……」と貧乏揺すりをする姿は苛立ちを放っていた。

 それにしてもαIndiを結成してからの柊はあの性格は健在で品行方正とは言えなくても問題行動らしいことは一切していない。僕が思うに相手が誰か知り合いから又聞きしたことを真に受けて過去のこと引っ張り出して悪口言ってるんだろう。それはちょっとあんまりかな。蒸し返す過去があることを自業自得といえばそれまでだが今やってることは相手の方が悪いというか単純に大人げない。

 でもまあ、柊のことは柊本人に任せて大丈夫だから僕はなにもしない。二年前くらいの僕だったら「僕の星をいじめるなー!」って立腹していたかもだけど。これが他人にディスられてガチへこみするタイプのれいとかなら動いていた可能性もあるが柊千景は大丈夫。

 だって彼は誰に批判されようが『柊千景』という個を曲げないから。悪意に潰されそうになる経験をし、同時にその圧力の中でも自分を貫き通す経験もしている。簡単に言ってしまえば柊は〝僕に守られてくれるほどか弱くない〟んだ。

 だから僕はなにもしない。あのよくわからん芸人にも、他の誰にも、柊本人にも。それが良い方に転んでも悪い方に転んでも柊千景がαIndiから欠けることはないから。

 僕は柊千景を信じている。〝ずっとただひとりの柊千景であり続けてくれる〟存在だと。

 けれど彼が「手を貸してほしい」って言うことがあれば僕は迷わず手助けする。きっとそれが彼を二度とそれに入れられないように〝棺を壊す〟ってことだから。

  

 了

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