とある星の5つの願い

   1月27日の夜七時頃。合宿審査の宿に併設された小さな会場で最終審査の合格者発表とこれから活動していくユニット名の発表を終え、俺たちのオーディションは幕を閉じた。

 プロジェクト:αオーディション合格者は三名。五十嵐ネオン、水無瀬玲みなせあきら、瀬川才智。

 合格という最高の結果を噛みしめるように目を伏せる五十嵐くんと疲れを滲ませながらも微笑む水無瀬くん。結果を喜ぶふたりを俺は羨ましく思う。

 今の俺に満ちているものは、かなしいとか苦しいとか、そういう辛い感情ではないって言えるけど、たぶん俺なんかより不合格だった四人の内のだれかの方がアイドルに向いているだろうと思わずにはいられなかった。その引っかかりが無邪気な喜びを阻害している。

 不合格だった四人を先に帰して俺たち三人は写真撮影や合格者インタビューを受けた。それらも一通り終わりスタッフたちは撤収作業を始める。俺たちもそろそろ宿に戻って帰る支度をしようと歩を進めかけた――がそれを止める声がひとつ場内に響く。

「そこの三人ー! ちょっと待って僕ともお喋りしよー!」

 その少年はまだ声変わりも済んでいない高い声を張って俺たちを呼び止めるとこちらへ駆けてきた。その後ろを背の高い青年も早歩きで追ってくる。

「スタッフが片付けしてる横を走って行くなアホ」

「だって置いて行かれちゃうと思ったんだもん……」

 拗ねた様子で口を尖らす少年の後頭部にチョップをして青年は「言い訳すんな」と叱る。

「柊さん! 新堂さん! これからよろしくお願いします!」

 誰よりも早く頭を下げて挨拶をしたのは五十嵐くんだった。それに続いて水無瀬くんも「よろしくお願いします」と頭を下げるものだから俺もその様子にならう。

 目の前のふたりはこれから同じユニットで活動することになる事務所の先輩で小さい方が新堂さん、大きい方が柊さんという。

「うん! よろしくね! 合宿おつかれさま!」

 にこっと笑う姿のかわいらしさはさすが事務所のかわいい代表を自ら謳っているだけあると思った。

「えっとそれで、なにかご用でしょうか?」

 水無瀬くんがおずおずと新堂さんに聞く。突然大声で呼び止められたのだからその疑問も当然だろう。しかし当の新堂さんは「へ?」と首を傾げてきょとんとしている。

「おまえは用もないのに新人呼び止めはったんですか?」

「用っていうか、おしゃべりしたかったんだけど……え、柊だってみんなとおしゃべりしたいでしょ?」

「はぁ~? しょーもな。俺帰る」

「待って待って柊もいてよ! 僕たち五人でαIndiじゃん! おまえも絶対いなきゃダメ!」

 αIndiとはさきほど発表されたばかりのユニット名。俺たちはこれから『αIndi』を名乗っていくことになる。

「じゃあ俺たちも帰りの支度がありますし宿に戻りながら話しましょうか」

 水無瀬くんが遠慮がちに新堂さんに提案する。それに「そうしよ!」と笑顔で頷いて新堂さんは先頭を行く。その背に四人でついて行く。

「αIndiっていうのはインディアン座α星っていうひとつの星のこと指しているんだけど、そもそもインディアン座って三等星がひとつと他は四等星以下の星で構成された星座のことで、そのインディアン座の中で一番明るい三等星がインディアン座α星ことαIndi、またの名をペルシアンっていうの。インディアン座は歴史の浅い星座だから神話がないんだけど、うちの事務所で採用されている星はどれも神話のないものだからそこは別に珍しくないよ」

「そんな星座があるんですね。知らなかった」

 素直に俺の口から滑り出た言葉に「ここからじゃろくに見えないマイナー星座だしねぇ」と彼は苦笑を浮かべた。

 それからしばらく彼はインディアン座とそのα星についてをたくさん話した。それに各々相槌を打ったり質問をしたり、新堂さんが満足するまで星の話をしてもらった。

 結局宿に戻って部屋の片付けをして宿舎を後にするまでの間、彼はずっと俺たちがこれから背負って生きていく星についてを語っていた。でもそれもそろそろネタ切れらしい。それでも新堂さんは「それでね」と話を続けようとしたがしびれを切らしたように柊さんが遮る。

「αIndiって星がえらくお好きなんですねぇ」

「柊にも伝わった? 僕のαIndi愛」

「長いこと随分楽しそうにおしゃべりしてはりますから」

「それって嫌み?」

「わざわざ聞くな。俺がイヤなやつみたいやろ。ともあれ蛇足がすぎる。いい加減本題入れ」

 本題? と俺を含めた新人三人は新堂さんへ視線を向ける。

「…………僕さ、本当はみんなとおしゃべりがしたかったわけじゃないんだ。あ、うそ、おしゃべりはしたかったけどそれが一番の理由ではなかったっていうか……」

 そう言って新堂さんは俺たち四人をゆっくり順番に眺めたあと再度口を開く。

「お願いがあってお話したかったんだ。多いんだけど、聞いてくれる?」

 声をかけられた俺たち新人三人は各々頷く。それを見た新堂さんは真剣な顔で俺たちを見つめながら腕を伸ばして空を指さす。澄んだ空気の空には星が満ちていた。

「僕と一緒にここからじゃろくに見えない神話のない三等星でも煌々と光る神話のある一等星より輝けるって、ペルシアンでもシリウスに勝てるって証明をしてください」

 彼の口からはっきりとした声が響く。一緒に吐き出された白い息は消えていったが彼の声はしっかり俺の耳に残っていた。

「いつまでも輝いてはいられないこの世界でずっと輝ける存在にαIndiがなるために一緒に協力してください」

 彼は切実な『お願い』のひとつひとつを俺たちに焼き付けるように発する。

「僕の言葉も行動も信じなくていいです。でもきみたちと作り上げるαIndiのことをなにより大切に想っている気持ちだけは信じていてください」

 空の星より輝く彼の願いたちを俺たちは受け入れることしか許されない。

「僕がもし、ダメになってしまったときは、きみたちがαIndiを守ってください。それまでは僕が必ず守り続けます」

 小さな彼の決意はまだ脆い。しかしたしかに熱く燃え輝いている。

「もしも、もっと強く輝くなにかの前に僕らの光が眩むときがきても、それでも再びなにより輝くことを諦めないでください。――以上五つが僕からのお願いです」

 彼は空をしていた手を下ろして両手を擦り合わせる。冬の寒さに手がかじかんだらしい。

「ようするに『一緒に活動するなら本気でやれ』って言いたいんか?」

「ざっくり面白みもなにもない感じでいうとそうなのかな? でも言いたいことはそれ意外にももっとあって、けどどれもうまく言えなくて……。あ、でもね、僕はインディアン座を一緒に構成する星々がきみたちでよかったって思ってるよ! 本当に心から! これだけは上手い上手くないは別としてはっきり言える!」

 無垢な笑みを携えて俺たちを眺める彼はその顔を崩さずに宣言する。

「もう一度言うけど、僕のことはまともに信じなくていい。でも僕はきみたちを信じている」

 彼は慈しむように俺たちひとりひとりと目を合わせ、事務所の送迎車が迎えに来るまで愛しいことを隠さぬ瞳を向け続けた。その瞳のきらめきは今この場で俺たちの頭上を彩る星々のどれよりも強い光を放っている。

「信じなくてもいいって言ってるけど俺は新堂さんのこと信じます! 一緒にαIndiを最高で最強の星にしましょう!」

 五十嵐くんの両手が新堂さんの手を温めるように包む。それを見て隣にいた水無瀬くんもポケットにしまっていた両手を出してふたりの手に重ねる。

「えへへ……! ふたりとも手あったかいね! ねぇねぇ柊と瀬川もおいでよ~!」

 新堂さんの誘いを受けて横目で柊さんを見る。彼は一言「俺はやらん」とだけ言ってそっぽを向いてしまった。

「えー、柊は素直じゃないなぁ~。じゃあ瀬川おいで」

 柊さんを気にかけながら俺も三人の手に自分の右手を重ね合わせる。冷たい外気に晒されて袖の隙間から風が入り軽く身が震える。しかし合わせられた手だけはたしかに温かい。

 αIndiのというアイドルユニットの結成日にもっとも星に近い少年がしたお願い。それに応える自信は正直今はないけれど、それでも彼が抱いている未来への大きな希望が潰えるのところは見たくないから、俺も星座の一部を担う星としてどうか輝けますように。

 了

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