Let's go shopping!
「服を買いに行きたいので服を一式貸してください」俺のお願いを聞いた柊さんは眉間にしわを寄せ一言「は?」と言った。
「意味わからんのやけど、いま着ている服着てけや」
「これはオシャレな服屋に入れる服ではないんです。ハイブランドの服屋に高校生が年相応の私服で入店して服買うのなんか勇気いると思いませんか? 俺は思います。そこで俺と背格好が比較的似ているオシャレ番長柊さんですよ。服貸してください。ちゃんとクリーニング出して返します。貸してください」
「とりあえずの服で店入って一式買ってその場で全部着てそれまで着てた服捨てて帰れ」
「入るハードルをどうしても下げたいんです。お願いします……!」
珍しく深く頭を下げる。低い位置にある俺の頭を柊さんはおそらく呆れた顔で見つめているだろう。
「えぇ……、はぁ……わかった、ええよ。服くらい貸したる」
「……! ありがとうございます!」
「その代わり条件がある」
「条件? ってなんですか?」
「俺も連れてけ」
これが一週間前の出来事。
♪♪♪
翌週事務所で落ち合い柊さんの私服を借りた。柊さんに事前に行きたいショップを伝えていたからか似た系統の服を持ってきてくれたらしい。
「サイズとか大丈夫か?」
「はい。すごく丁度いいです。かっこいいライダースジャケットですね」
「せやろ。ほな行くか」
タクシーを拾って目当てのショップまで移動する。移動中の車内で柊さんがそれとなく話しかけてきた。
「なにがあって急に頭下げて俺の服借りてまで服買いたくなったん?」
「それは……」
「言えんことか?」
「……れいには黙っていてくれますか?」
「おう」
「…………れいが、最近どんどんオシャレになっていってるんです。あいつが最新のデザインとかコーディネートを日々取り入れてαIndiのオシャレ枠になっていってるのに俺は今まで通りな格好。それがなんか嫌です。俺こんな格好であいつの前に立てない。他でもない俺がこれではいけないってすごく強く思ったから……」
「だから新しい、それもハイブランドの服を買おうってなったと」
うんと頷くと柊さんは呆れたように「しょーもな」と言った。
「それって服がほしいんやなくて結局おまえの感情の整理に服が必要だったってだけか」
「? そうなんですか?」
柊さんは大きな溜め息を吐いてもう一度「ほんましょーもない」と呟く。
「俺はおまえがオシャレに目覚めてその第一歩を俺に手伝ってほしいんやと思ったから三日前からショップのリサーチをして店舗に入っても違和感のない服を見繕い、わざわざ休日に事務所におもむいてアホみたいに高価なセット貸し出したのに、おまえというやつは……」
「今回柊さんに白羽の矢を立てたのも服のサイズが合いそうってだけだったのですが、百歩譲って俺が急にオシャレに目覚めたとして第一歩を踏み出すために柊さんを頼りそうに見えますか? ないでしょそれは」
「天地ひっくり返ってもないな、おまえそういうやつや。俺の休日を返せ」
「別に柊さんは先に帰ってもいいですよ。服は後日返します。今すぐタクシー降りますか?」
「アホが、口の利き方で痛い目見ろ」
そんなこんな言っている間に俺たちを乗せたタクシーは目的地に到着。なんとタクシー代は柊さんが全額払ってくれた。万札を渡して運転手に「お釣り要りません」と言う姿がなんだかイメージと違ってちょっとだけ大人に見えた。
「いつもあんな感じなんですか?」
降車した柊さんに話しかける。「なにが?」と本当にわかってなさそうな顔をする彼に俺は「奢り慣れてるから」とだけ伝える。
「後輩に払わせるのはかっこ悪いやろ」
「じゃあお釣り要らないですってやつは?」
「あれは口止め料みたいなもん。車内で聞いたことは俺に都合の良いこと以外漏らすなって意味で渡してる。たまにおるの、べらべら話しかけてきて内容リークするおっちゃん。そういうのはとりあえず金握らせておけば『気前がよかった』って記憶以外ある程度忘れる」
俺はどこか荒んでいるような目をしている彼に「大変ですね」と同情を口に出す。それに「なんで他人事やねん。おまえも気ぃつけ」と釘を刺すように言うと彼は俺の前を先導する。
あまり来ない土地のビル群の中を新鮮さを感じながら歩く。前を行く柊さんは慣れた足取りで迷うことなく目当てのセレクトショップにたどり着いて見せる。
「全然迷わないんですね」
「このへんよう来んねん、そんだけ」
俺の質問への返答もそこそこに彼は躊躇いもせず店のドアを開けて中へ入っていく。俺は初めてのハイブランド店に緊張しながらそれに続いた。
店内は香水みたいなすごく良い匂いがした。店員の「いらっしゃいませ」を軽く耳に入れ、落ち着いた照明の下にずらりと並ぶ洋服たちを俺はきょろきょろ頭を動かして眺める。
「何買うん?」
「服一式と靴とアクセサリー」
「お金持ちやねぇ」
茶化すように笑って柊さんはふらっと店内を見てまわろうとするから俺はすかさず彼の手首を掴んで引き留める。
「え、なに?」
「一緒に選んでくれるんじゃないんですか」
「さっき『先に帰ってもいいですよ』とか言うとったから自分で選ぶんやと思うてたんですけど違うんですか?」
「いや、同じ店舗内にいるなら手伝ってほしいですよ」
「『手伝ってくださいお願いします』やろ?」
「手伝ってくださいお願いします」
「まぁそれでよしってことにしといたるわ。メインにしたいアイテムは決まってるん?」
「はい。この黒いTシャツに合わせて一式揃えたいです」
黒い生地に青い薔薇の写真がプリントされたTシャツを手に取って自分の体に重ね合わせるようにして柊さんに見せる。
「おお、ええやん。似合う」
「とりあえずこれは絶対買うとして、他はなんにも決めてません。なにがこのTシャツに合うのかもよくわかってないです。助けてヒイラギマン」
「意味わからんあだ名つけんな」
そうは言いつつも柊さんはジャケットやアウターなどの売り場に足を向け合いそうな服を探しに行ってくれる。その後ろを俺はくっついて歩く。
「今の時期着るならこれとかええと思うけど」
柊さんが渡してくれたのは黒い薄手の長袖ロング丈ジップアップパーカーだった。
「前開けて着ればTシャツのデザインも邪魔しいひんし他のアイテムとも合わせやすいやろ」
彼が言ったとおり全面のデザインが気に入ったTシャツをメインに他のアイテムを買うのだから主役を活かせるものを取り入れるのが正解だろうし、シンプルで汎用性の高い点もおそらくファッション初心者の俺には扱いやすいのだろう。そう納得し俺は手近な買い物カゴを取って中にパーカーを入れる。
「あとはパンツやけど、無難なところでいけば黒のスキニーかワイドパンツやろうな。ダメージ入ってても洒落た仕上がりになると思う」
「ダメージ加工されたものを履くのは俺にはまだ早い気がするので破れてないので……」
「まぁたしかに若干勇気いる気ぃするし今はやめとくか。ほんならこの二択やけど?」
柊さんはそう言ってすっきりしたデザインの黒スキニーとだぼっとしたデザインの黒ワイドパンツを俺に見せた。俺は顔を近づけてそのふたつをまじまじと見比べる。
「うーん……、よくわからないですね……。柊さんはどっち派ですか?」
「おまえ俺の意見聞いたらそっち選んでまうやろ。試着でもして自分で選べ。己で選択する力をつけろ」
このひとたまにこういうところあるよなぁと思いながらも俺は店員に声をかけ服の入ったカゴを持って試着室に入っていく。
試着室の中で一通り着替えて鏡を見た。全身黒ずくめだけどTシャツの青が差し色になっていてなかなかいい。
カーテンを開けて柊さんに全身を見てもらう。彼は「ええやん」と小さく笑った。
「どっちにするか決めたか?」
「どっちも買うってありだと思いますか?」
「予算あるならええんちゃう? 好きにし」
「じゃあどっちもにします」
「そか。あとはアクセサリーやけど、その服に合わせるなら黒いキャップとかシルバー系のアクセサリーとかならなんでも合うはず」
「じゃあキャップ持って来てください。あとついでに靴も。サイズ27です」
「パシるなアホ。ちょっと待っとれ」
アホとか言いつつ取りに行ってはくれる面倒見の良さにちょっと笑えた。
キャップと靴もあわせて試着し終え改めて柊さんから借りた服に着替えた。今度はアクセサリーコーナーに移動する。指輪とかブレスレットとか、他にもいろいろ見て回って、最終的に同じデザインの指輪を二個手に取った。まったく同じ物をふたつ購入しようとする俺に柊さんは不思議そうな顔をしながら「予備か?」と聞く。
「いえ、れいにもなんか買ってやろうと思って、せっかくなら俺と同じものをあげようと」
「めっちゃ上からやな。ピアスとかの方がええんちゃう? あいつ最近開けとったろ」
「俺とれいが同じものを身につけることに意味があるんです。俺はピアス開けてないから使えないし、それに指輪だったらもしサイズが合わなくてもリングネックレスにして使えるでしょう? だからこれは指輪を買うのが正解です」
「あぁ? ……ま、ええわ。好きにしぃやおまえの金やし」
柊さんは釈然としないといった顔つきだった。しかしそれほどその顔を長くは続けず、決まったんならはよ買ってこいと顎でレジを指し示す。俺はおとなしく従い会計に向かった。
帰りのタクシーの中ではほとんど会話はせずいつの間にか事務所に着いていた。
「服貸してくれてありがとうございました。クリーニングに出して後日返します」
「おう、いっちゃん高いコースでクリーニング出せよ」
「わかりました。いっちゃん高いので出します。今日は本当にありがとうヒイラギマン」
「だから変なあだ名つけんな」
俺の小ボケにもしっかりツッコミを入れてから去って行くあたり本当に面倒見はいいんだけどなぁと思う。面倒見が良くてアドバイスも上手いのに平気で他人の神経逆なでして笑うイヤな面が出ていることの方が圧倒的に多い。なのにその性格の悪さすらも愛される不思議なひと。それが今の俺が抱いている柊さんのイメージだ。
俺にはあんな性格の悪い発言をして愛される才能なんてないからわざわざやらないけど、狙ったキャラ付けで定着したわけではない純粋な素の個性を持つ彼のようなひとが、たとえ性格が悪くても、一生アイドルでいてくれたらそれはきっと喜ばしいことなのかもしれない。
了