幻!? 伝説!? みんなでキャンプ!

 燦々と照る太陽に日焼け止めを塗った肌が焼かれる。真夏日の炎天下、首に汗が伝う。

 今日はアドリブ満載の冠番組収録。朝早くからカーテンの閉め切られたロケバスに乗せられて連れてこられたのは自然の多い広い敷地。それを貸し切って本日俺たち五人がやらされるのは――

「今回の『αIndiこれやって!』はなんとキャンプ回! 僕たち五人でアウトドアを楽しんじゃいます! 毎回台本が薄いことに定評があるこの番組ですが今回も薄かった! キャンプってやること多いしちょっとは厚くなるかな? って思ったけどペラッペラだった! なので今回もアドリブ満載でお送りいたしますー!」

 新堂が元気にオープニングコールをこなす。新堂以外の俺たち四人も各々今回の企画に関して話し出す。

「この中でキャンプやったことあるひとはどれくらいいるのかな?」

 俺がそんなことを言えば新堂が「それ気になるね! 経験者がいればスムーズなこともあるかもだし! キャンプ経験者は挙手して~」とメンバーに声をかける。俺は親が「そういうのは危険」って言っていろんなことをやらせてくれなかったタイプだから手は下げたまま。俺の隣の瀬川も、その隣の五十嵐も手を下げっぱなし。結局五人の中で手を挙げたのはひとりだけだった。

「じゃあ柊! いろいろ任せた!」

「はぁ? マジで俺以外経験者おらんの? だっる」

「そういうことで今日はどんどん柊を頼っていきましょー! それでは今回も『αIndiこれやって!』最後までよろしくお願いしま~す!」

 新堂がオープニングを締めてディレクターからOKが出る。

「はぁーなんで俺がおまえらのキャンプのサポートなんて面倒なこと――」

「いーじゃん、頼りになるってとってもいいことだよ?」

「俺が頼りになるのは今に始まったことやないしキャンプで頼られても困るんですけど?」

 今回の撮影は常にカメラを回しっぱなしで進行するらしい。かなりやばい発言以外は尺が許す限り使うと事前に言われているのでどんな発言も気を抜けないだろうに柊も新堂も自由に喋っていて、これも芸歴の長さからくるものなのかなぁなんて考える。

「ってかキャンプなんて計画性が大切なもんをあんなペラい台本でやらすなや。こちとら半数以上が初心者やぞ、優しさや労りが足りひんのとちゃいますか?」

「まあまあスタッフへの愚痴はそのへんで! ってことで最初はなにをやればいいの?」

「まずはテントやな。設置場所に最適な条件はいろいろあるが雨風や雷、倒木の対策は必須」

「へ~! テント張るのってむずかしい? 大変?」

「いや。相当複雑な構成でもない限り二十分もあれば出来る。今十一時やからテント張ったらすぐ昼飯作りって感じになるはず」

 柊と新堂がテントについて話している横で五十嵐と瀬川が「思ったより頼りになるな」「柊のくせにね」と小声でぼそぼそ喋っている。

「五人全員テントにかかりきりなのは効率が悪いからテント班と調理班の二手に分かれて作業するのが良いと思うんだけどどうだろう?」

 俺の意見に柊は「せやな」と頷く。

「テント二人、調理三人かな。慣れている俺はテントやるとして、あとはそっちで決めな」

「じゃあ僕もテントやる! オーディション組の三人は先にお昼ご飯作ってて!」

 そう言って新堂と柊はテントの設営地を探しに行く。

 ♪♪♪

「あのさ」

 テント設営組が去って行く後ろ姿を眺めながら五十嵐がふと呟く。

「いつもまとめ役やってる新堂も柊もいないけど誰が進行とかやんの?」

 その言葉に俺と瀬川は顔を見合わせる。

「俺はやらないよ」

 誰よりも先に宣言したのは瀬川だった。

「やらないよって……いや、やれよ」

 五十嵐が呆れ気味に言うがそれでも瀬川は「やらないよ」と引かない。

「れいがいいんじゃない? たまに司会側やることもあったでしょ?」

「えー……俺上手くできる自信ないよ?」

「でも俺らより場数は踏んでると思う。やっぱりれいってことにしよう。ね、五十嵐?」

「あー? 瀬川おまえ、れいに押しつけようとしてないか?」

「でもれいなら安心して任せられると思わない?」

「まあ、俺や瀬川より全然マシだな」

「ってことで新堂と柊が戻ってくるまで俺たちのリーダーはれいってことで」

 どうやら決定してしまったらしい。多分大きな決断みたいなものは迫られないだろうし、一時的に軽いまとめ役をやるだけならきっと大丈夫だろう。

 そんなこんなで炊事場に来た俺たちはスタッフから今日のメニューを聞かされる。

「カレーか~! まあキャンプの昼飯と言ったらカレーって感じではあるよな」

「ちなみにこの中で料理が得意、もしくはカレー作りにこだわりがあるってひとはいる?」

 今朝のキャンプ経験の有無のときと同じように確認をとる……が誰も手を挙げない。軽く沈黙が流れるなか俺は「それじゃあどのくらいの料理スキルがあるかを各々自己申告するのはどうかな?」と提案する。

「……ちなみに俺は料理は作ろうと思えばある程度作れるし自分的には美味しいと思うけど誰かに振る舞ったことはほとんどないってくらい……ふたりはどんな感じ?」

「俺はそもそも料理自体あんまりしないかな……。瀬川は?」

「市販のルーの箱に書いてある手順通りに作れば普通のカレーが出来る程度」

 五十嵐が俺の右肩にぽんっと手を置く。そして「れい、任せた」と俺の目をまっすぐ見つめる。瀬川も瀬川で同じく「任せた」と俺を見ながら頷いている。俺は頼られることに慣れていないし誰かに頼まれごとを任されるのは自信がないから苦手だけど同時に押しに弱いところもあって……。だからもう一度ふたりから発せられた「任せた」という言葉に遠慮がちな「わかった」を返すことしかできない。

「えっと……じゃあまず食材を洗って切ろう」

「リーダー、包丁二本しかないそうです」

「リーダーって……まあいいか。じゃあ食材の下準備二人、火起こし一人かな」

「俺包丁上手に扱える自信ないから火起こしやるよ。炉の方行ってくる」

 五十嵐が火起こし担当に立候補してくれたので俺と瀬川が下準備担当になった。

「よし、全部洗い終わったからとりあえず皮を剥いていこう」

「リーダー」

「今度はなに?」

「ピーラーないそうです」

「……瀬川包丁で皮剥ける?」

「まあ、やろうと思えば……」

「じゃあ頑張って」

 俺にそう言われた瀬川はなぜだかちょっと嬉しそうで、「れいがそこまで言うなら頑張っちゃうかぁ」と包丁を手に取る。

 おおよそ十人前以上ある材料は結構多い。楽に皮剥きができる玉葱を後回しにしてジャガイモやにんじんを手分けして処理していく。

「五十嵐は大丈夫かな」

「食材全部切り終わってまだ帰ってこなさそうだったら様子見に行く?」

 瀬川の提案に「そうしよう」と言いかけたとき少し離れたあたりから聞き慣れた声がこちらに届く。

「おーい! 調理の進捗はどう~?」

 声の主は新堂だった。小走りで駆けてくると俺たちの手元をみて「カレー作ってるの?」と聞いてくる。どうやら俺たちがもたもたしている間に早々にテントを張り終えたらしい。

「そう。いま切り始めたところ。すごく具だくさんでちょと大変そう」

「全部包丁で剥いてるの? 手伝おっか?」

「ありがとう。でも包丁が二本しかないらしくて……、それに任された以上はやり遂げたいから最後まで頑張ってみるよ」

 そう言って新堂の申し出を断ると彼は「じゃあ僕ここで応援しててあげる!」と言って俺たちに向けて「がんばれ~!」と声を張る。

「おまえら揃いも揃ってご苦労さんやね。ってか五十嵐どこ行ってん?」

「五十嵐は向こうで火起こしやってる。手こずってる可能性あるからちょっと様子見に行ってあげてよ」

 瀬川が柊に言えば「しゃーないなぁ」と意外とあっさり五十嵐の方へ様子を見に向かう。

「じゃあ僕は応援ついでに飯盒はんごうの準備してこうようかな。何合くらい炊けばいいんだろ?」

「飯盒の炊飯量は二~四合だったはず。ルーは十人前以上準備するみたいだし、とりあえず四合を二つ炊いといてまだ食べられそうなら追加で炊けばいいんじゃない? 飯盒って二十分くらいで炊き上がるらしいからすぐ用意できそうだし。成長期の男五人で食べるならそんなもんじゃないかな」

「そっか! さっすが瀬川! よくわからん知識が豊富!」

「……一応確認なんだけど、それって褒めてる、よね?」

 微妙な顔で聞く瀬川に「もちろん褒めてるよ」と新堂はにこにこの笑みを向ける。その笑みに納得以外の反応を返せるわけもなく、瀬川は「ならいいけど」と返事をして作業に戻る。

 新堂が炊飯の準備に出てしばらくしたころ炉の方から五十嵐と柊が戻ってきた。

「待たせて悪いな。ちょっと手間取っちゃって」

「火起こしってコツがいるみたいだし初めてなんだから気にしないで」

「そうそう。俺たちも下準備に手間取っていま終わったところだから、むしろタイミング的にはばっちりだよ」

「材料の下準備が出来たんならちゃっちゃと作ってまうか」

 そう言って柊が炉に鍋をセットして鍋の中に油を注ごうとしたところでふとあることに気がつく。

「ところで肉は? おまえらさっき野菜しか切ってへんかったろ?」

 俺たち調理班はそれぞれの顔を見合わせる。

「野菜だけ炊事場に置いてあったからそれらは切ったけど……」

「たしかに肉は切ってないね」

「ていうかそもそも野菜と一緒に肉は置いてなかったよな?」

「は? キャンプで肉なしカレー作らせるほどこの番組は終わってんるんか?」

 そこに飯盒を両手に持った新堂が満面の笑みで駆けつける。

「はーい! ここでミニゲーム! 『肉を勝ち取れ! ルーレットダーツ』~!」

 新堂の元気なコールと共にミニゲームの準備が始まった。スタッフが炊事場にお手製らしき小道具を持ってくる。バラエティー番組でよく見る回転式のダーツボードだ。ボードには『アメリカ産牛すね肉』『豚こま』『国産豚肩ロースブロック』『ブラジル産鶏胸肉』『なし』の五項目。

「このミニゲームではカレーに入れる肉をかけてメンバーからひとり選んでこのスタッフ特製の肉ルーレットに挑戦してもらいます! 矢は一投分しかなくて、『なし』に当たる、もしくはボードに刺さらなかった場合も肉なしカレーになります! はい、誰がやる? ちなみに僕は国産のたか~いお肉が食べたい!」

 新堂のルール説明を聞いていたのか聞いていないのかはわからないが一番最初に口を開いたのは瀬川だった。

「俺は大きい肉がいいな」

「ほなおまえが牛すね肉か豚肩ロースブロック当てるか? ええで、当ててくれるんなら誰が投げても」

「えーそういう柊こそダーツ上手だったりしないの?」

「普通のなら慣れてるんやけど回るやつ苦手やねん」

「柊はHairuにいたときにバラエティーで似たようなことやらされて失敗してるからねぇ」

「オイコラ新堂、余計なこと言わんでええ」

「じゃあ俺か新堂かれいがいいってことか? 俺はそもそも当てられない可能性あるからやりたくないけど」

「じゃあ俺か新堂か。これ以上押し付け合いするわけにはいかないしじゃんけんでいい?」

 新堂に問いかけると彼は「うん!」とグーの手を前に出す。

「じゃあ負けた方が肉ルーレットダーツで」

「わかった! 最初はグー! じゃんけん、ぽん!」

   ♪♪♪

「れい~! がんばれ~!」

「なし以外ならどれ当ててもいいからなー」

「でもできたら大きくて高くて美味しい肉当てて」

「まっすぐ投げようとすると弾かれるから山なりに投げるんやで~」

 脇から新堂たちの声援が聞こえる。結局あのあとじゃんけんで負けた俺は今ルーレットの前に立っていて、緊張した面持ちで矢をつまんで照準を合わせている。

 俺の一投にメンバーからの期待が込められていると思うと冷や汗が出た。それが手にも滲む。俺は一度構えた矢を下ろしてズボンで手を拭って改めて構える。

「じゃあれいの肉獲得チャレンジまで3、2、1――どうぞ!」

 目の前で回るルーレットめがけて、助言されたように軽く弧を描くように矢を投じる。

 ゆるやかな山を描くように飛んだ矢はしっかりと刺さり、ボードが徐々に減速していく。

 頼む、『なし』だけはやめて……!

 全員が固唾を飲んで見守るなかルーレットは書かれた文字がしっかり目視できるほどその速度を落とす。

 俺の投げた矢は『国産豚肩ロースブロック』にしっかり刺さっていた。

「わー! 『国産豚肩ロースブロック』! 見事獲得~!」

「すげー! やるじゃん!」

「やった、大きい肉だ」

「瀬川おまえもっと他に言うことあるやろ……」

 わいわいとした場の雰囲気にあてられて緊張が少しずつやわらいでいく。

「ということで、れいのおかげでみんなで美味しくて豪華なポークカレーが食べられるようになりました! じゃあ肉もゲットしたことだしカレー作りを再開しよー!」

 ♪♪♪

 そんなこんなで完成したカレーを各々好きな量紙皿に盛り付けて、五人でアウトドアテーブルを囲んでいざ実食。

「それじゃあ手をあわせてください! せーの!」

 新堂の音頭にあわせてみんなで声を揃えて「いただきます」を口にする。

 大きく口を開けて一口目を食べた五十嵐は目を輝かせる。

「すっげぇ! めっちゃうまい! これ今までの人生で食べた中で一番うまいカレー!」

 柊と新堂もひとすくいカレーを頬張る。

「カレーの辛さが労働による疲労と空腹を負った身にしみるわ……」

「肉の旨味が溶け出ていて最高に美味しい! 僕あとで絶対おかわりする!」

 俺もスプーン一杯分のカレーを口に入れる。市販ルーのマイルドな辛み、それに柊が調節用に加えたスパイスの風味とブロック肉から溢れ出た旨味が合わさって非常に美味しい。

「このカレー本当にすごく美味しい。十人前以上もカレー作る必要ないでしょって思ってたけどこの調子で満足するまでおかわりしてたら余裕で完食できそう」

 そう言いながら瀬川は空になった皿を持って席を立ちおかわりに向かう。

「もしかして僕たちが本気出したらめちゃくちゃ美味しい『αIndi特製カレー』とか『プロジェクト:α カレー』出せちゃうんじゃない?」

 新堂の一言に俺は「コラボカフェとかで販売したらファンも喜んでくれるかもね」と賛同する。新堂は笑顔で「それすっごくいいじゃん!」とかなり乗り気だ。

「企業さん! プロジェクト:α カレーの仕事待ってます!」

 カメラ目線で片手にピースを構えながら新堂は笑顔で『プロジェクト:α カレー』の売り込みをしている。

 食べて、駄弁って笑って、皿が空いたらおかわりして、また食べて。そんな繰り返しをしている間に鍋はいつのまにか空になっていた。

 ♪♪♪

   昼食を終えた俺と五十嵐はキャンプ場内の沢に来ていた。太陽光を反射させてきらきら輝く澄んだ水面の中に時折魚の姿が見える。

 裸足になって脚のすねほどの深さの水の中にじゃぶじゃぶと音を立てながら入っていく。その手にはプラスチック製のカゴが持たれている。

 いまから俺たちは魚と沢蟹を捕らなければならない。

 ♪

   カレーを完食し終えて後片付けも終えた俺たちにスタッフがカンペを出した。そこには『ミッション!』と書かれている。

「あ? ミッションってなんや」

 どうせろくでもないことやろと柊が口をへの字に曲げる。

 スタッフはカンペを捲って次のページを開く。

「えっと、なになに? 『五十嵐・れい 魚と沢蟹を捕まえよう!』『新堂・柊・瀬川 カブトムシを捕まえよう!』だってさ」

 新堂が読み上げると柊は露骨に嫌な顔をする。

「なんで俺が虫採集側やねん」

 柊の文句にすかさず瀬川が「絶対そっちの方が取れ高あるからでしょ」と返答する。

 スタッフはまたまたカンペを捲る。俺はそれを読み上げる。

「『十六時までにミッションを達成した者にはスペシャルなBBQ、未達成者にはヘルシーな昆虫食が夕飯になります』だって」

「は……? 昆虫食……?」

 柊の顔が青ざめる。そこにここぞとばかりにスタッフがミッション未達成者の夕飯になる予定の食用昆虫の実物を持ってくる。

「グロッ! むりむりむりむり!! ってか映しちゃいかんもんやろそれは世の中には虫が苦手なファンの子もおるんやから!」

『映像にはモザイク処理を施します』

「そういう問題ちゃうねん! アホどもが!」

「バーベキューか昆虫の二択なら絶対バーベキューがいいのは当たり前だな……。れい、さっさとカニと魚捕ってうまい夕飯ゲットしようぜ」

「そうだね。十六時までらしいし早いうちに捕まえておく方がいい」

 沢を目指して歩みを進める前に俺は昆虫採集班を見る。新堂たちも大体俺たちと同じ意見らしい、わめく柊の腕を引いてすぐに森へ向かうようだった。

 ♪

 沢に入って二人揃って足元を見つめる。ひんやりと冷たい水の中で小さな魚たちが悠々と自由に泳いでいる。

「なぁ、沢蟹はまだしも魚って素手でそう簡単に捕まえられると思うか?」

 足元を泳ぐ魚を見つめながら呟く五十嵐に「試しにやってみよう」と提案してみる。

「まあそうだな、ひとまずやってみる。一旦れいは見ててくれ」

 そう言って五十嵐は軽く屈んで水中の魚を凝視する。そして一匹の魚が目の前を通過しようとしたのを見計らい狙いを定めて素早く手を水に突っこむ。

 しかし魚はそれ以上に素早く身を翻し五十嵐の手をかわして逃げ去っていってしまった。

「あー、やっぱり魚の方が断然動きが速いな」

「でも凄くいい線いってたと思う。粘ってるうちにコツを掴めるかもしれないしもうすこしチャレンジしてみよう」

 五十嵐は「そうだな。まだ一回しか挑戦してないのに諦めるのは早すぎるしな」と再び魚を狙って手を構える。

「今度は俺がそっちに魚を誘導するよ。協力して捕まえよう」

「おう! 絶対魚捕まえてバーベキューしような!」

 それから俺たちは誘導係と捕獲係に分かれて逃げる魚を岩場まで追いつめようと飛沫で肌と服を濡らしながら水の中をあっちへこっちへ動いてまわった。

「はぁ、全然捕まんねぇな……」

「ほんと、上から見てる分にはこんなにのんびりしてるのに実際捕まえるとなると俊敏だね」

 なかなか想定より難しいミッションを前に顔が曇り始めたころ、スタッフが『ボーナスアイテムチャンス!』と書かれたカンペを出す。

「ボーナスアイテムってなんですか?」  問う俺にスタッフは網を掲げて見せる。

 五十嵐はぱっと表情を明るくして「え! 網貸してくれるんですか!?」と素直に喜ぶ。しかしここのスタッフがそう簡単に網を貸し出してくれるわけもなく、次のカンペが出される。

「『たも網ゲットを賭けたスタッフとの水の石切りバトル!』……? 水の石切りって?」

「水面に石を投げて何回跳ねさせられるかってやつだよ。水切りとかって呼ばれることもある。それでスタッフに勝てば網が手に入るみたいだね」

 五十嵐に説明している間にADが一人俺たちの前に出て実際に水切りを行う。投げられた石は水面で四回跳ねて水中に落ちる。

「『それぞれ二回石を投げてさっきの四回という記録を超えれば網ゲット』ってことらしい」

「一応二回チャンスくれてるだけ良いと思うか……」

「ひとまず石を選ぼう。なんか平らな石の方が向いているとか聞いたことがある」

「投げて跳ねさせるだけでも難しそうなのに石選びのコツとかあるんだな……?」

 五十嵐と一緒に岸に落ちている石を物色し始める。ふたりで一個一個気になる石を手に取って、これは丸すぎる、これは重すぎて跳ばないな、など吟味する。

 そのとき足元をかわいらしいサイズのカニが横切った。俺はすかさずそれを両の手のひらで包み込んで自分の肩から下がるカゴに入れた。

 カゴをカメラに見せながら「沢蟹捕まえました……!」と報告する。五十嵐は隣で拍手をして「よくやった!」と褒めてくれた。

 沢蟹を捕まえたあと無事に手頃な石も拾って水切りの準備も整えた。いまは五十嵐が一投目を投じるところ。思ったよりリラックスしている様子の五十嵐は先程吟味して手に入れた小石を片手に投石フォームの確認をしている。

「さっきスタッフの投げ方見てて思ったんだけど下の方から投げた方が良いっぽいな」

「そうそう、さすが五十嵐よく見てるね。アンダースローが適しているらしいよ」

「おし、わかった。初めてだから最初は練習のつもりでいく。そんじゃ投げまーす」

 すごくきれいなフォームで五十嵐は石を水面ギリギリに投げる。水面を切るように跳び進む石はなんと軽々八回の記録を叩き出す。

「え、普通にスタッフの記録超えたけど?」

 五十嵐は拍子抜けしたように俺の顔を見る。

「ふふ、まあいいんじゃない? 網はゲットできたし」

「じゃあいっか。とりあえず網でちゃちゃっと魚捕っちゃおうぜ」

 それから俺たちが網を受け取ってから魚を捕獲するまで十分も掛からなかった。

 ♪♪♪

   カゴの中に魚とカニを入れて俺と五十嵐はカブトムシ採取組の様子を見に行く。

「それにしてもあいつらどこに――」

 五十嵐が言いかけたとき少し離れたところから耳をつんざくような叫び声が響く。五十嵐と顔を見合わせて俺たちは声の方に駆け寄った。

「おいめちゃくちゃ情けない叫び声あげんなよクソメガネ」

 先程の声の主こと柊に五十嵐は呆れたように声をかける。普段ならそれに嫌みの一つでも返すだろうに、柊はげっそりした暗い顔で息切れしながらこちらを見るばかり。

「なんかすげー疲れた顔してるけど大丈夫……ではなさそうだな。水分とか取ってるか?」

「さっきから頭上でセミが鳴くたびに叫んでるからそりゃ疲れた顔にもなるよねって」

「びびりすぎだよー? セミってキモいだけでほぼ無害じゃない? そんなにダメかな?」

 あんまり心配してなさそうな新堂と瀬川のことをキッと睨みながら柊は疲れ切った声で「キモいのが一番問題やん……」と呟く。

「っていうかそっちは魚とカニ捕れたんだ?」

「うん。ボーナスアイテム獲得チャレンジの水切り勝負でスタッフに勝ってゲットした網で捕まえた」

「俺も魚捕りがよかった……なんで森の中でセミに囲まれながらカブトムシ探しなんて……」

「でも虫食べたくないでしょ?」

 愚痴をたれる柊に瀬川が言った。それを聞いて柊は大きな溜め息を吐く。なんだか『世界で一番嫌いな生物に囲まれる』か『虫を食べるか』の二択な柊がかわいそうになってきた。

 柊が悲嘆に暮れるなかその背後でそ~っとなにかをしている新堂に気がつく。大きな柊の体に隠れてよく見えないけれど確実になにかいたずらをしているようだ。なぜ〝確実〟と言えるのかと言えば少し横目でいたずらしている新堂の方を見た瀬川が引き笑いを始めたものだから、なんとなく察してしまった。

「おい、ひとの背中見ながらなに笑てんねん」

 そう言いながら柊は自らの背に手を回して背中を払うように叩く。その瞬間サクッとなにか乾燥したものが潰れる音がした。

 瞬間青ざめる柊。「あ、」と一言漏らして黙る新堂。目をきゅっと閉じて引き笑いをする瀬川。大体のことを察する俺と五十嵐。

 柊はおそるおそる自身の背を払っていた左手を見る。そこには黄土色をした潰れたセミの抜け殻のパサパサとした破片がくっついていた。

「ヒッ――」

 柊は急いでパーカーを脱いでバサバサと煽りまだまだひっついている抜け殻を振るい落とそうとする。しかし――

「引っかかって全然取れへんのやけど!? それにしてもえぐい量つけたな!? キッショ!!」

「ちょっと、取ってあげるから動かないで」

 気が動転しているような柊に五十嵐が声をかける。そんな五十嵐に柊は「はよして!」とパーカーを投げつけ上半身裸のまま瀬川を睨む。

「瀬川おまえ……! にこにこ引き笑いしよって、ほんまおまえ……ひとが嫌がることやっちゃいかんって成長過程のどっかで言われへんかったか!?」

 新堂は「それ普段から他人の嫌なことばっかりしてる柊が言えたことじゃないでしょ」と笑っている。

「え? なんで俺が怒られてるの? 俺じゃないよ。俺がわざわざセミの抜け殻集めてリスク背負って柊の背中に乗せるなんてするわけないじゃん。ずっと隣にいたし実行は無理だよ」

「おまえじゃなくてもおまえの対応がムカつくからおまえも悪ってことにしとく。許さへんからな。あと実行犯の新堂おまえも許さん」

「ごめんね!」

「「ごめんね!」で解決できる範疇を超えてんねん! 死ぬかと思ったわ!」

「お詫びとしてカブトムシ採取残りは僕と瀬川で頑張るからさ、それに免じてよ」

「これで採取失敗して俺に虫食わすようなことがあったらマジで俺はαIndi抜けるからな」

「わかってるよ~! 僕はαIndiのためにおまえが必要だから絶対採取を成功させるしバーベキューもゲットするよ! 約束ね!」

「え? なんで俺も採取頑張る方向になってるの? セミの抜け殻つけたのは新堂なのに」

「瀬川は引き笑い罪ってことで! じゃあスタッフが事前に塗ったらしい樹液のついた木を探そうか」

「樹液を塗った木なんて用意してくれてたんだな?」

「五十嵐たちも網獲得のためにチャレンジやったんでしょ? 僕たちにもそういうのがあって、柊ががんばってそれを成功させて樹液の塗ってある木への地図を手に入れたんだ」

「じゃあ一応そろそろミッションクリアってころだったんだね」

「そうなんだけどその地図に書かれていたルートがセミ密集地帯でさ、柊がしんどいだろうなって思ったから手荒い方法だけどそれっぽい理由作って柊がこのルートを通らなくていいようにしようと思って抜け殻くっつけたんだ」

「とはいえ俺をセミ密集地帯から遠ざけるだけならもっと他に方法あったろ?」

「うん、あったよ。でもこれが一番取れ高があると思ったからこっちにした」

「まあでも新堂の言うことにも一理あるかな。取れ高がないとここのスタッフは絶対納得しないし、いつもはカッコイイ柊がセミにビビって喚き散らす様子ってすごく面白いもんね。それなら取れ高って意味では正解かも」

「おもろいってなんやねん、瀬川おまえぶっ飛ばすぞ」

「ほらほら喋ってないで瀬川は僕とカブトムシ捕まえに行くよ~。万が一樹液にカブトムシがいなかったら大変だから急いで見に行くに越したことはない」

「カブトムシって一般的に夜行性とされているからこの時間は普通にいないかもよ?」

「いるかいないかはこの目で見ないとわからないからとにかく面倒くさがらないでちゃっちゃと行くよ! レッツゴー!」

 新堂は瀬川の手を引いて片手に地図を持ちざくざくと地を踏みしめながら目的の木を探しに行った。

「は~……まじ頼んだで……虫は食いたくないからな……」

 もう見えないふたりの背に向けて柊は祈るような声でそう言った。

   ♪

 新堂と瀬川がカブトムシを捕まえに行ってからそろそろ三十分が経とうとしたころ、なかなか戻ってこない彼らに柊は焦り始めていた。

「は? まじカブトムシ見つからへんかったらシャレにならんぞ? どこの世にイケメンアイドルが死んだ顔しながらモザイクまみれの昆虫食べる様子見て喜ぶファンがおんねん」

 俺と五十嵐が「まあ……それはたしかに……」と同意しかけたとき、行きの道順をそのまま帰ってきたように先程去って行ったあたりからふたりが戻ってきた。

「ただいま~!」

 新堂が元気に手を振りながらこちらに寄ってくる。表情もかなり明るい。

「ふふふ! 見つかったと思う? 見つかってないと思う?」

「そのテンションで見つかってなかったらおまえは頭がおかしい子や」

「それもそっか! ってことでじゃーん! 見つけてきましたカブトムシ!」

 新堂が虫かごを柊の顔の近くにかざす。中には黒々としていてわずかにてらてらと光るカブトムシが一匹収められていた。

「うわ……、カゴに入っているとはいえいきなり顔の近くに虫を寄せないでもらえます?」

「あ、ごめんごめん。でもカブトムシはゲットしたし柊も含めて全員バーベキュー食べられるらしいから元気出してよ」

「なんかスタッフが「柊さんだけカブトムシゲットの瞬間に立ち会ってないので昆虫食べさせましょう」みたいなこと言うから新堂が抗議してくれてたよ。感謝しなね」

「……おまえは抗議せぇへんかったってことか?」

「俺はしないよ? わめく柊見るのちょっと面白いし」

「ちょっとの面白いのために俺を犠牲にするなアホ」

 柊が瀬川をどつきに行こうと一歩踏み出したとき瀬川が自身の隣に生えた木に向けて勢いよく前蹴りを放つ。するとその木に止まっていたセミが一匹瀬川と柊の間に落ちてくる。ひっくり返りながらジィジィと鳴くそれに柊はまた叫び、叫ぶ柊を見て瀬川は「いひひ」と笑う。そんなふたりを放って俺と五十嵐と新堂は捕まえた生き物たちを野に返しに行くのだった。

 ♪♪♪

   まだまだ明るい夕方時にお楽しみのBBQが始まった。網の上にはたくさんの美味しそうな野菜と肉。柊がトングを使ってそれらの焼き加減を確認し、しっかり焼けたものをメンバーの皿に乗せていく。

「おいし~! みんなもどんどん食べなね~!」

「昼にあんだけカレー食べたのにこっちも全然余裕で腹に入るな」

「柊、肉ちょうだい」

「おまえさっきから肉しか食べてへんやん! 大人しく野菜も食べとけ」

 みんながわいわい談笑しながらBBQを楽しむ様子を俺はほんの少し離れた位置にあるアウトドアチェアから眺める。

 あの四人はバランスが良い。新堂が集めて、柊がまとめて、瀬川が乱して、五十嵐が再び整える。その四人で完成された場所に俺を〝添える〟形で今のαIndiができている。

「れい」

 ふいに新堂がこっちに来て俺の名を呼ぶ。両手に沢山食べ物の乗った紙皿を持っていて片方を俺に渡すと新堂も空いているアウトドアチェアに腰掛けた。

「みんなの観察は楽しい?」

「うん。誰かが楽しそうなのをみるのはいつだって楽しいよ」

「そっか。れいもちゃんと楽しいならいいんだ」

「うん? どういうこと? 俺は楽しくなさそうだった?」

 そう聞けば新堂はすこし困ったように笑う。けれどその表情を無理に取り繕って誤魔化したりはせず、そのままの顔で「なんていうかな、楽しくなそうとか、つまらなさそうってわけじゃなくて、ちょっとだけ寂しそうだった」とこぼした。

 寂しそう、か……。

「そうかもしれない」

「やっぱり寂しいの?」

「楽しそうなみんなを見ているのは本当に楽しいよ。けれど楽しそうなみんなを見ているだけで輪に加わらなくてもそれで満足できてしまう自分はなんだか寂しいのかもって思った」

 新堂は輪切りたまねぎを小さな口でもぐもぐと咀嚼しながら俺の話を聞いている。

「あと、俺ってαIndi内での役割が薄いなってちょっと思ってて――」

 口に含んでいたたまねぎを飲み込み終えた新堂が「それは違う」と静かに言った。

「れいにもちゃんと役割はあるよ」

 新堂の顔は笑っていたけれどなんだかすこしだけ辛そういうか、かなしそうだった。

「俺の役割ってなに? 新堂にはわかる?」

「……インディアン座を構成する者、そして僕たちの中でα星から最も遠い者、かな」

「それってどういう意味?」

「いつかわかる日が来るよ。ほら、こういうのって誰かに答えを聞くより自分で見つけ出したときの方が腑に落ちるじゃん? だからそれまでのお楽しみってことで!」

 そう言ってまたもう一切れ輪切りたまねぎを口に運ぶ。

「たまねぎ美味しい?」

「うん。でもちょっと辛いかも。僕はこのくらいの方が好きだけど」

 俺も新堂を真似てたまねぎを一口かじる。たしかにちょっと辛いけどこの辛みがタレとあっていて美味しい。

「お~い、なにふたりで語らってんの?」

 他の三人もこちらに集まってきてそれぞれ椅子に座る。

「なになに? みんな集まってきちゃって」

 新堂が茶化すように三人に声をかける。

「メンバーが揃ってる絵面が撮りたいから集まれって言われた」

 新堂の問いかけに五十嵐が答え、それに柊も「あとなんか良い感じのこと語らって良い感じの雰囲気作れとも言われたな」と面倒くさそうに続ける。

「も~ここのスタッフはいつもテキトーなこと言って演者に丸投げするんだからー」

 そう言いつつも新堂はすこし嬉しそう。

 輪になるように椅子を配置し直して改めて全員それぞれに腰掛けた。「なにを話そうか?」と俺は新堂を見る。

「じゃあプロジェクト:α 始動から今にかけてで思い出に残ってる出来事とかを話そう」

 新堂はそう言って「まずは五十嵐から」と指名までする。

「えぇ俺? う~ん……オーディションで瀬川とダンス審査したことはかなりしっかり記憶に残ってるかな」

「その関連で言ったら俺は企画で五十嵐にそのときのお礼を手紙に書いたりしたし、俺自身も結構思い出深かったりするね」

「水奢ったんだっけ?」

「そう。財布を忘れて自販機の前で困っていた俺に五十嵐が水を買ってくれた」

「一応俺も奢りっぱなしではなくて後でコンビニでお返しを貰ってる」

「瀬川おまえお返しとか出来きたんやな……? 俺が服貸したときちょろっと礼言っただけで終わらせてへんかった?」

「リスペクトしてるひとにはちゃんとお返しできますけど?」

「正気か? 頭下げてまで服借りといてその態度はまじヤバすぎるやろ」

「ちゃんと感謝はしてるよ。その節はありがとうヒイラギマン」

「へんな呼び方やめろ。しばくぞ」

 ふたりの掛け合いを見て新堂は楽しそうにケラケラ笑っている。

「瀬川と柊だとミッドナイトダンスパーティーもあったしわりと交流は盛んなんだよね」

「あんまり披露する機会はなかったけど俺たちふたりのこと《密談》って呼ぶファンもいるらしいくらいには浸透したよね」

 柊と瀬川はカメラに向かって「密談の仕事くださーい」と言って自分たちの話を締める。

「じゃあ次瀬川。なんか思い出ある?」

「二次審査と密談関係を抜いたら最終審査の合宿かな」

 その話題につい俺も五十嵐も「なつかしい」と口を揃える。

「ね、本当に懐かしい。順番で言ったら二次審査の方がちょっと前ではあるんだけど、五十嵐もれいも俺も含めたプロジェクト:α の最初の思い出って多分合宿だから」

 新堂が「合宿で思い出に残ってることある?」と瀬川に掘り下げを促す。新堂の言葉に動かされるように瀬川は俺を見ると「れいがすでに頑張りバカだったことかな」と微笑む。それに五十嵐も「そう! すでにめちゃくちゃ頑張りバカだった!」と賛同する。

「頑張りバカって……」

「でもまじで誰よりも早く起きて練習して、誰よりも居残りして練習して、誰よりも早く飯食って練習して……って感じだったじゃん。完全にバカじゃん」

 五十嵐の発言に心当たりがありすぎて俺は「でもみんなだって一緒に練習してたじゃん」と小さく意見することしかできない。

「れいはずーっとまじめだってことだ。でも頑張りすぎは本当にダメだからいつまでも気を張りすぎないようにね! じゃあ次は柊、なんかある?」

「五十嵐がグレた」

「おまえらがドッキリなんてしょーもないことすっからだろ」

「ドッキリあったね~! セリフの語彙が柊すぎて五十嵐が騙されたやつ」

「もうあれほんま恥ずかしい……語彙が柊千景ってなんやねん……」

「関西弁癖つよ語彙男」

「マジぶっ飛ばすぞ瀬川。クソメガネって言われるよりそっちの方がよっぽどイヤやわ」

「まあ、あの一件があったおかげで今の俺があるって言っても過言じゃないしちょっとは感謝してる」

 五十嵐は照れた様子で小さく「ありがとう」と呟く。グレたって言われがちだけどこういうところはずっと素直な五十嵐のままなんだよなと実感する。

「じゃあ次れい、なんか思い出ある?」

「いっぱいあるよ。でも仕事関連で言ったら柊が講座を開いてくれたのは今でも役立ってる」

「あー! 柊塾ね! そういえばそんなんやったね! なつかしー!」

「『そんなんやったね!』じゃないわ。おまえがやらせたことやろ」

「またやろうって言ったきり全然次回の予定組んでなかったけどまたやる? ねぇ柊先生」

「おまえらが手の掛からん良い子になったらやるわ」

「じゃあ開催決定ってことで」

「おい、話聞いてへんかったんか??」

 柊を無視して「じゃあ最後は僕ね!」と新堂が話し出す。

「僕にとってのプロジェクト:α のスタートはみんなよりずっと前だけどここでは『僕たち五人のプロジェクト:α』について話すべきだからそうするね! ――ということでみんな僕からのお願いは覚えてる?」

 新堂以外の四人は顔を見合わせる。みんななんとなく心当たりのある顔をしている。

「……えっと、合格発表後の帰り際のやつかな?」

 確認するように俺は新堂に問う。そうすれば彼は嬉しそうに「それ!」と笑みを浮かべる。そしてすぅっと息を吸うとメンバーの顔を順番にゆっくり眺めながら改めて口を開いた。

「いまも、むかしも、僕の願いは変わっていない。ずっとずっとαIndiを最も輝く存在にしたいし、そのためにきみたちには側にいてほしいし、僕自身のことは信じなくてもいいけどαIndiのことが大事なことだけは信じていてほしいし、もしαIndiを守る僕がダメになってしまったときは代わりに守ってほしいし、この銀河でαIndiが一番であることを絶対に諦めないでほしいって思ってる。これは僕の願いであり誓いでもあるんだ」

 その瞳と声のまっすぐさは合宿最終日のあのときと変わらないように思う。だから新堂の言うとおり本当にずっと変わらずにそれを願い、誓い続けているんだろう。

「ここからじゃろくに見えなくてもそらのどこかにちゃんと存在しているαIndiっていう星がどうかいつまでも煌めき輝き続ける世界にしようね! 以上新堂サラでした! じゃあ良い絵も撮れたところで引き続きバーベキューを楽しみましょ~!」

 新堂が席を立ってバーベキューコンロの方に向かう。それを追うように柊と五十嵐も席を離れる。

「れいは行かないの?」

 残った瀬川が麦茶を紙コップに注ぎながら俺に聞く。それに「もう少しここにいるよ」と返して軽く背もたれに身を預ける。

「ねえ瀬川」

「うん?」

「インディアン座って三等星が一個で四等星が三個、それ以外は全部五等星以下でしょ?」

 瀬川は「そうだよ」と頷く。

「それで三等星の一番明るい星がα星ペルシアン」

「うん。そう。あってる」

「じゃあインディアン座を構成していて、かつα星ペルシアンから最も遠い星は?」

「え? バイエル符号がついているものだとインディアン座ρ星かγ星じゃないかな。あ、でも主要な星に限ったらε星かも」

 それがどうかしたの? と瀬川は首を傾げる。

「いや、なんでもないよ」

「それだけ意味深かつ意味わかんないこと聞いておいて『なんでもない』は無理あるでしょ」

 瀬川はすこし機嫌を損ねたようにムッとした。

「……さっき新堂と『αIndi内での俺の役割』について話して、そのときに『インディアン座を構成する者、そして僕たちの中でα星から最も遠い者』って言われたんだ」

「それで気になったってこと?」

「うん。だから瀬川を通じてヒントでも見つかればって思ったけど、でもまだよく意味はわからないかな。まだ答えにたどり着くには先が長そう」

 瀬川はなにかを考えるように顎に手を当てる。そして「れいはα星ではないってことか」と小さな声で呟く。

「どういう意味?」

「うん? 内緒。まあでも俺にもよくわからないけど一概に悪い意味でもない可能性はあるし、あまり深く考えなくていいと思うよ」

「瀬川ってわりとよく適当言うよね?」

「そういう性分だからね」

 冗談めかして笑う瀬川はあんまり反省とかはしてなさそう。

「おーい! そろそろ食材なくなりそうだから今のうちに食っといた方がいいぞー」

 五十嵐がこちらに向けて声を張る。瀬川は「肉まだ残ってる?」と言いながら席を立つ。

「まだある! でも結構ギリギリ! れいも食べにおいで!」

 新堂が俺を見て手招きする。せっかく呼んでもらえたのに行かないのは失礼だよなと俺もみんなの方へ寄っていく。

「ほれ、皿出せ」

 ぶっきらぼうに言う柊に素直に皿を差し出すと大きめの肉を俺の皿に盛り付けてくれる。

「なんで俺のよりれいの方が肉大きいの?」

「おまえ散々食ったやろ。れいはすみっこにおってあんま食べてへんからええの」

 ♪♪♪

 徐々に日が暮れてきて風も涼しくなってきたころ、五人で分担して使用した物を片付けた。

「これからシャワーを浴びるらしいけど二組に分かれて一気に浴びろとのお達しなのでグーパーで分かれるよ! せーの、ぐっとぱーでわかれましょ!」

 ♪

「デカい男三人をこのシャワールームに押し込める地獄を作ったスタッフを俺は許さん」

「この狭さで体洗うの無理じゃない?」

 わりと正当な文句を言う瀬川と柊。たしかにメンバー内でも背が高く体つきも大きい俺たち三人を一緒にこの小さな一室に入れてシャワーを浴びさせるというのは若干無理がある。

「えっと、いまカンペで『体は洗いっこすればなんとかいけると思います』って出てます」

 俺が読み上げたそれに柊は「いけるとしても絵面がキツいねん……!」とツッコむ。

「スタッフさーん、五十嵐と柊を入れ替えるとか、どうにかなんとかできませんか?」

 瀬川の提案にも『ダメです!』とカンペが返される。ついでに『ちゃっちゃと入ってください』とも。

「じゃあ……、まあ……折り合いつけて頑張ってシャワー浴びましょう……」

 俺の元気のない鼓舞に柊は「そんなことまで頑張らんでいい」と呆れ気味に言った。

 ♪

「あ、おかえり。まじでデカい男三人であの小さいシャワールーム使ったんだ?」

 五十嵐の問いに濡れたままの髪をタオルで拭きながら「うん。そっちは?」と瀬川が返す。

「僕らはわりとコンパクトだから全然余裕だったよ」

「こっちはギチギチすぎてもう地獄絵図やったわ……。あの映像マジで使うんかな?」

「使われてもお蔵入りになってもイヤだね」

 俺と柊の会話に瀬川もこくりと頷いた。

 ♪♪♪

 そしてそろそろ就寝時刻。テントの中で今回の収録のまとめを撮影する。

「は~い! 今回の『αIndiこれやって!』はキャンプ回でした! メンバーのみんなはどうだったかな? 楽しかった?」

「楽しかったっちゃ楽しかったけどもういいかな」

「おいスタッフ、もし次もキャンプやりたいなら冬にしろ。セミのいない時期にやれ」

「シャワーは個別がいいです」

 瀬川、柊、俺の正直な一言に新堂は苦笑を浮かべる。

「じゃあ次の企画でやりたいことはある?」

「キャンプ回とは別にカレー作りまたやりたいなって思った」

「お! いいじゃん! めちゃくちゃ美味しかったしまた作りたいね~!」

「今度は市販ルーじゃなくてオリジナルのスパイスカレーを作るとか楽しそう」

「じゃあ次なにか企画やるとしたらカレー作りにして、審査員にホシナのアイドルたち呼んで実食してもらうのはどうかな?」

「それで合格もらったら『αIndi特製カレー』や『プロジェクト:α カレー』として販売するんやな」

「商魂たくましいね」

 やりたい企画についても話し終え最後にお決まりの締めへ。

「それでは『αIndiこれやって!』次回もお楽しみに~! ばいば~い!」

 五人でカメラに向けて手を振る。この番組の収録はいつも本当に疲れるしすごく大変だけどエンディングの瞬間はなんだかんだいつだってメンバー全員が笑顔だ。

 どうかオンエアを見てくれたみんなも笑顔で俺たちの頑張り楽しんでくれたらいい、そう願わずにはいられない。だってきっと、それは最高にうれしいことだろうから。



 了

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