頑張るおまえへの休息
あいつはいつも練習をしている。歌だってダンスだってどんどん上手くなっているのに、それでもずっと本番以外は休まず練習をしている。いくらもっと良いパフォーマンスをするためだからって、それは根を詰めすぎだろって俺は思う。
今日もあいつはレッスンルームの鏡の前で新曲の振り付け練習を何度も何度も行って、息だって上がっているのに何度目かのもう一回を始めようとする。
「れい。そろそろ休憩しろ」
「でも――」
「でもじゃねぇよ。やりすぎ。休め」
強い口調で言って「こっちこい」と手招きをすればれいは大人しくこちらに歩いてくる。その足取りはふらついていてやっぱり休憩取らなきゃダメだったじゃないかよと思わずにいられない。
れいは全然減っていないペットボトルの水を飲みつつ息を整えている。
「おまえまた休憩取ってなかったろ」
「そんなことないよ。ちょいちょい取ってた」
「嘘つくな。じゃあなんで水減ってないんだよ」
れいは七割以上は入っているだろう手元のペットボトルを見て、それでもなお誤魔化すように「これは二本目なんだ」とバレバレな嘘を重ねる。
「オーバートレーニングすんな」
「オーバーじゃないよ。まだ頑張る余地はある」
「余地とかじゃねーんだよ。頑張った結果に実るものがあるなら良いが、おまえは頑張った結果潰れかねないことやってるってわかってる?」
れいは黙ってしまった。たぶん本人もわかってはいるんだろう。
「五十嵐だって頑張れるなら最大限頑張りたいでしょ? きっとそれと同じだと思うけど」「たしかに『ほどほど』なんて中途半端な努力するくらいなら果てまでやりたいよ」
「じゃあ一緒じゃない?」
「一緒にするな。俺はおまえほど病的じゃない」
れいは「俺そんなにやばい……?」とやっと自分の現状を察したらしい。俺はうんと頷く。
「おまえその調子だと家でも練習してるだろ。事務所でこんだけやって、帰ってからもやって、飯と風呂と寝るときくらいしか休めないじゃん。そんでたぶん眠ってるとき以外も活動のこと考えてるんだろうし。体も頭も休ませないと意味ないだろ、アホ」
「アホって……暴言が柊に似てきてるよ?」
「うるせーアホ」
れいは笑っている。喋っている間に呼吸も落ち着いてきたようだ。
「おまえ休みの日なにしてんの?」
「休みの日って仕事がない日ってこと?」
「仕事がなくてレッスンもない日」
「自主練かな」
「レッスンしてんじゃねーか。自主練もしない日は?」
「………………ない、かも」
俺は「ない??」と聞き返す。れいはもう一度「自主練をしない日はない……かな」と呟く。
「休め練習バカ!」
「暇なときに足りない分の歌練とかダンス練とかしなかったらむしろなにやってるの?」
その発言に「はぁ~」とデカい溜め息が漏れる。こいつは思っていたより重症だ。
「あーもう。よし。決めた。次の水曜休みだな?」
「うん」
俺は面倒でも絶対に来いと前置きをしてほとんど命令に近いニュアンスで提案する。
「遊園地に行こう。体は多少疲れるかもしれないけど練習とか活動のことは一旦忘れて休日を謳歌することがおまえには必要だ」
強引に誘ったがれいは意外にも乗り気な様子で「絶対に予定空けとくね」と笑っていた。
♪♪♪
そしてやってきた水曜日。晴天の青空の下、設置されたアトラクションの数々を前に俺たちはらしくもなく目を輝かせていた。
「なにから乗る?」
「疲れていないうちにジェットコースター乗っておきたいかな」
「じゃああっちだな」
平日の朝一番でも意外にひとがいる。そんな園内をれいと並びながら歩いた。
「実はジェットコースター乗ったことないんだ。今日これが初めて」
目の前にそびえる大きなレールをふたりで見上げているとぽそりとれいが呟いた。
「え、そうなんだ? なんか意外。いや、めちゃくちゃ乗りそうでもないけどさ」
「親が絶叫系に乗せるのを嫌がるタイプだったから。だから今日はこれを楽しみに来た」
「じゃあ今日は絶叫系いっぱい乗ろうぜ。俺もゆったりしたやつよりそっちの方が好きだし」
れいは珍しいくらいの満面の笑みで「うん!」と頷いてわくわくを抑えられないといった目で先客達を乗せて走り抜ける車両を眺めていた。
♪♪♪
結局あのあと俺たちはジェットコースターに乗って風と一体化したような心地を味わったのだが、降車後「乗ったら乗車してるときの記憶飛んだからもう一回乗っていい?」と言うれいに付き合って再度ジェットコースターの列に並び直したりした。
人生初ジェットコースターに満足してご機嫌な様子のれいと一緒に次はフリーフォールに乗りに行く。
「これも絶叫系だから乗ったことないんだよなぁ」
「これはなんというか、落ちるときに内臓がふわってする」
「内臓がふわ……?」
「乗ってみればわかる」
スタッフに案内されるがまま俺たちは座席に座って安全バーに固定される。アトラクションが稼働し足が地面から離れていく。
どんどん上へと昇っていき、てっぺんまで上がりきった座席は次の瞬間急降下。隣に座るれいを見れば普段じゃ滅多に見られないくらい無邪気に笑っていた。
アトラクションから降りて地上に足をつける。地面の固さを足裏に感じながら後ろを振り返ればれいが満面笑みで俺を見ていた。
「ほんとに内臓がふわってした! 重力ってすごい!」
「だろ? 動き自体はシンプルだけど結構楽しいよな」
れいは上がりきったテンションをそのままにおずおずと「もう一回乗っていい?」と俺を窺う。それに「いいよ。付き合う」と答えれば嬉しそうに「ありがとう!」と礼を言った。
♪♪♪
それからも俺たちはれいが興味を示したものには積極的に乗りに行き、ウォーターライドで服を濡らし、コーヒーカップを調子に乗って回しまくり酔ってぐったりしたりした。
「なんだかんだで移動したり待ち時間待機したりでもう昼過ぎだな。なに食う?」
「ハンバーガー屋さんがあるみたい。ポテト食べたい」
「ポテト好きなの?」
「うん。一生同じものしか食べられないならポテトがいいし、地球が終わる日に食べるのもポテトがいいくらいには」
「めちゃくちゃ好きじゃん」
ということで昼飯はハンバーガーを注文して食べることにした。
バーガーとポテトとドリンクを受け取って席に着く。れいは真っ先にポテトを口に運んでうれしそうに咀嚼している。
「あ、そうだ写真撮っていい?」
「写真? いいけどどうすんの?」
「ブログに載せる」
「仕事のこと考えないでくださーい」
れいは苦笑を浮かべながら「これは勘弁してください」とあざとく両手を合わせてねだる。
「仕方ないな。写り良い写真使えよ」
「わかってます。じゃあ撮るよ」
♪♪♪
『五十嵐と』
今日はメンバーの五十嵐と遊園地に行きました。平日だったけどかなり賑わっていて楽しかった。
生まれてはじめて絶叫系アトラクションに乗ったけどあれすごいね。五十嵐に無理言って何度も乗せてもらいました。付き合ってくれてありがとう。
写真はお昼ごはんを食べたときのものです。ポテトがとても美味しくて幸せでした。
♪♪♪
その日の晩『五十嵐と』というタイトルが付けられたれいのブログが公開されるやいなやSNSは大盛り上がりだったらしい。翌日事務所で会った新堂に「きみら二人っきりで平日に遊園地かますほど仲良かったんだね?」と心底意外だという顔をされた。れいと俺の顔を見比べては「やっぱりそんなに仲良かったっけ?」とまだ不思議がっている。
「そんなに意外かよ?」
「うん」
「べたべたしてないだけで仲は良いと思ってるよ?」
「とはいえ二人きりで遊園地行く? 待ち時間とかなにしてたの?」
「次なに乗る? とか世間話とかとにかくずっと喋ってた」
「えー! めっちゃ仲良しじゃん!」
一方その隣では瀬川がぐずぐずと机に突っ伏して「俺だって暇だったのに」と言っている様子を柊が見下ろしている。
「瀬川がそんなに遊園地に行きたがると思わなくて……。特に理由は無いけどなんだか瀬川はプライベートに干渉されるの嫌がりそうだったし」
「れいにとって俺はそんなイメージなの?」
「いやれいに限らずそんなイメージやろ。誘っても「行けたら行く」言うて来ないタイプ」
「そんなことないし。行けそうだったらちゃんと行くし」
「まあまあ、瀬川もまた今度一緒に行こうな」
瀬川は「絶対だからね」と念を押すように言うと「それにしても――」と言葉を続ける。
「なんで急に遊園地? しかも五十嵐とれいの二人で。新堂じゃなくても意外に思うよ」
俺はかいつまんで事の顛末を話す。
「なるほどねぇ。たしかにれいは頑張りすぎなところがあるし、五十嵐はいつもれいのこと気にかけてたもんねぇ」
新堂は納得したようにうんうんと頷いている。
「それでおまえはちゃんと休めたんか?」
「うん。五十嵐のおかげで楽しむことだけを考えた休みがちゃんと取れた。だからこれからまた頑張れそう」
それを聞いて俺は思わず溜め息を吐いてしまう。
「はぁ……一回遊園地連れ回しただけじゃ練習頑張りバカは治らないか……」
呆れ気味にそう言えばれいは「また遊びに連れて行ってよ。そうしたら絶対休むから」と柔やかに笑った。
「いくらでも連れてってやるよ。遊園地でも、それ以外でも。だからまた行こうな」
頑張ることは悪ではない。それくらい俺にだってわかっている。けれど〝頑張りすぎて潰れる〟なんてことはあってならない。それが他でもない俺にとって身近な人間ならなおさら。
おまえが頑張りたいなら頑張ればいい。けれどそれはやっぱり体も心も疲れるだろう。疲れっていうものはいつか絶対にマイナスな影響を及ぼす。
頑張るという行為で破滅に向かう足をどうにか未来に繋ぐ手段を持つ者が俺ならばそれが強引であれ無理矢理であれ己の力を行使してどうにか道を繋げてやる。だから安心して頑張れよ。頑張り過ぎって感じたら俺が必ずどうにかする。だからおまえは好きに頑張ればいい。
もしおまえが頑張った先にとんでもなく綺麗な景色があったなら、それを俺にも一緒に見させてくれよ。その最高の景色を一緒に見られたなら、おまえも俺もきっと『大変だったけど良かった』って思えるはずだから。
了