星の輝きに誓って

 そのひとは俺の道導。俺の進むべき道を正しく照らし示す眩しく輝く光。その光が霞むことは俺の人生において今後もない。

 しかしそれだけでは駄目なんだ。憧れだけでは生き残れない。『憧れている先輩がいる』なんてのは個性ではない。誰かに憧れてこの世界に入るのはあまりに普通すぎる。

 見た目も性格も生き様も一際キャラ立ちしていなければαIndiでは居続けられない。

「はぁ……バカなのに頭使うと疲れちゃうな……」

 溜め息を吐きながら天井を仰ぐ。前髪に白っぽい電灯の明かりが透けている。

 柊さんにアドバイスをもらって染めた前髪を見つめるこれまた柊さんのアドバイスでつけ始めたカラコンで色付いた青い瞳。柊さんに大口叩いたくせにやってることはその助言に従うばかりで、なんかかっこ悪い。

 漠然とした焦りが、俺が俺であるために必要な個性を求めて心を急かし思わず頭を抱えた。

「誰かに意見を聞きたい……いや、俺はまた誰かの意見に従うのか……それは違うだろ……俺は俺の力で、俺らしさを突き詰めたいのに……」

 呟き終えたのとほとんど同時にレッスンルームの扉が開く。けれど俺は頭を抱えたままそちらを見ることもできない。

「うおっ!? びっくりした……! おはよう、なに頭抱えてんの? 悩みごと?」

 レッスンルームに入ってきた新堂さんは盛大に思い悩んでいる俺の横に駆け寄ってきて腰を軽くかがめると頭をぽんぽん叩いてくる。

「どうした~? だいじょうぶか~?」

 ぽんぽん、ぽんぽんと絶えず俺の頭をやさしく叩く彼の声は全然心配してなさそう。

「もしかしてまた柊からの影響と自分の個性で悩んでる? 大丈夫だよ。今は己を育てる時期なんだからゆっくりでもいいんだって。焦んない焦んない」

「それは個性があるひとの発言です。ないやつはそれどころじゃないんです」

 新堂さんは困ったなぁと苦笑を浮かべて俺の隣に腰掛けた。

「じゃあさ、柊の助言は邪魔だった?」

「……いえ、邪魔じゃないです。おかげさまで顔を覚えてもらう機会も増えました」

「柊への憧れは無意味だった?」

「そんなことない。柊さんのおかげで毎日楽しいです」

「柊の存在は足枷かな?」

「……違います。柊さんは道導です。枷どころかもっと先へ進むための手助けです」

「じゃあいいじゃん」

「……それでも、柊さんから受けたものでしか今の俺を形作れていないっていうのはやっぱり駄目だと思う」

 新堂さんはこどもに手を焼く親のように軽く息を吐いた。

「おまえがやりたいようにやるのが一番だけど、それで苦しむのは違うよ。でも『だれかが考えた自分にしかなれていない』のが不安だって気持ちは僕にもわかる」

 生まれたときからきらきら星の新堂さんにわかるもんかと反抗的なことを心の中で考えている俺のことなどつゆ知らず、新堂さんは呟くように「五十嵐の場合は初心に返るのが一番だと思うかなー」と言った。

「デビューしたてで初心もなにもなくないですか?」

「実はそうでもないよ? 今から僕が問題を出すから五十嵐は明日のレッスンまでにその答えを見つけておいで」

 問題――?

「五十嵐ネオンはなにを見込まれてαIndiのメンバーに選ばれたでしょう?」

 新堂さんはいたずらっぽく笑いながらそう俺に投げかけた。

 ♪♪♪

 俺はなにを見込まれてαIndiに選ばれたのか。その答えを導き出せた先に俺自身の個性があるって新堂さんは言いたいらしい。

「って言われてもなぁ……」  帰りの道すがら、俺は青と橙色が交わる空を見上げて物思いに耽る。

 思い返してみればプロジェクト:αオーディションに合格したときは嬉しさが勝ってとにかく喜んだだけで「どうして俺が合格したのか」まで考えたりはしなかった。合格を勝ち取れたってことは俺にはなにか採用に値する武器があったはずだけど……。

「俺の武器ってなんだろう……」

 歌はあんまりだし、ダンスは得意だけどダンスが上手いひとは他にもたくさんいたし、見た目も今でこそ好かれるようになったけど当時はそんなにカッコイイわけじゃなかった。

 考えれば考えるほど『どうしても五十嵐ネオンでなければいけない理由』がない。

「俺が他のみんなと違って、他のみんなより良かったところってなに……?」

 俺がαIndiに選ばれた理由……。俺がαIndiでいられている理由……。

 なんだろう、なんだろうって考えている内にいつの間にか家についていた。玄関を開けて一言ただいまを言えばリビングから母さんが顔を覗かせる。

「おかえり。ねぇネオン見て、アルバムに写真を整理していたの。あんたの写真はなぜか家族と写ってるものより千景くんのグッズと写ってるものの方が多くて笑っちゃったわよ」

 見せられたアルバムを受け取ってペラペラとページを捲っていく。たしかに俺の写真は柊さんのツアーグッズを持ってるやつとか駅のサイネージと撮ったツーショットとかそんな写真が多かった。

「お母さん、まさかあんたが千景くんと同じ事務所に入るなんて思わなかったなぁ」

 ……なぜだろう、母さんの言葉にすこしだけ引っかかった。そしてすぐに答えにありつく。

 俺は『柊さんと同じ事務所に入るなんて思わなかった』なんてすこしも感じたことなかった。なにか確証があるわけでもないのにずっと『必ず柊さんと同じ事務所に入って同じ舞台に立てる』って信じてた。完全に『柊千景と同じ世界を知る者』になることを現実にするつもりがあった。あのオーディションにいただれよりも『アイドル業界にいる自分をイメージできていた』――。

 だれよりも輝きの中が似合う、だれだって魅了する、そういう〝五十嵐ネオンというアイドルになる〟って確信に近い未来の自分をずっと持っていた。

 俺は『柊千景に憧れた〝だけ〟』でアイドルを志したんじゃない。『アイドルになった自分を誰よりも掴んでいた』し、『柊千景のいる輝きの中でも生きていける』って思っていたんだ。

 新堂さんが初心に返れって言ったのは「オーディションのころを思い出せ」って意味じゃなくて、たぶん「俺がずっと持っていたものを思い出せ」って意味だったのかも。

 俺には、俺が最高のアイドルになるビジョンが鮮明に思い描けていた。それが思い出せたのなら、あとはもうその明確な未来像を実現していけばいいだけじゃないか。

 ♪♪♪

「お、イメチェンしてる。昨日までどっちも青だったよね? それが五十嵐の答え?」

「はい。このカラコン結構いいでしょ」

「うん、似合ってる。片っぽが黄色なのは推しの色ってこと?」

 新堂さんは茶化すように微笑む。

「そう。でも柊さんの色ってだけじゃないんです」

「あ、でもやっぱり柊カラーってのもあるんだ。けど他にもあるの?」

「これ、αIndiのユニットカラーのペールレモンそのままって感じの色でしょ? それと左目って未来を視る目らしくて、俺は自分の目で見る世界にいつだってαIndiの色を映していようって決めたんです」

 新堂さんは頷きながら俺の話に耳を傾ける。

「俺はね、他でもない俺自身の目でαIndiの未来をずっと見続けられたらいいって思いました。その未来に柊さんも新堂さんも、瀬川くんもれいくんも、もちろん俺もいたらうれしい。俺はこれからもずっと〝最初からαIndiであり続け、最後までαIndiとしてその未来を見届ける存在〟でありたい。その誓いとしてαIndiの色に未来を視る目を預けました」

 新堂さんは俺の言葉を聞き終えにこにこ目を細める。

「αIndiを大切に想ってくれている五十嵐がずっとαIndiでいてくれたら僕もうれしい」

 彼の笑みはいつもほんとうに星の瞬きを感じる。

「あの、それで『俺のなにが見込まれてαIndiに選ばれたのか』の答えですけど、新堂さんに言われて初心……っていうか自分の昔を省みたんです。それで『俺はなにがなんでもアイドルになる』って謎の確信があったなぁ~って思い出して、その『俺は絶対アイドルになります感』がよかったのかなぁ~? って思ったんですけど、当たってますか?」

「え? うん? そうだったの? おまえはそんなに自信過剰くんだったの?」

「え! あ、違う感じですか!?」

 新堂さんはケラケラ爆笑しながら「ちがう~!」とお腹を抱えている。

「え~かわいい~そんなこと思ってたんだ?」

「もうむり……わすれてください……」

「え、やだ~! わすれな~い! 絶対将来話のネタにする!」

 むり……むり……と身もだえる俺をなおも面白がりながら新堂さんは改めて話し出す。

「問題を出したのは僕だからきっちり答えを教えるところまで面倒見ないとね」

 俺は恥ずかしさで耳まで熱くなっているのを感じながら新堂さんの答え合わせを待つ。

「きみはね『日々成長し進化する存在』としてうちに迎え入れられたんだよ」

「そうなんですか? でもファンのみんなや関係者から成長や進化を楽しみにされているのは瀬川くんやれいくんだって一緒なんじゃ?」

「それはそうだけど中でも五十嵐は伸びしろがすごかったんだ。きみはどんどん周りのいいところを吸収して、もっともっと輝く星になる」

 俺を見つめながらそう言った彼は一度軽く目を伏せてから改めて俺を見る。

「きみはなにもすべてのアドバイスを鵜呑みにするほどバカじゃないよ。ちゃんと自分をより良くするものだけを選択してそれを実行できている。だからだれかのアドバイスだけで今のきみが成り立っているわけではないんだ。きみはちゃんと自分で選んだ自分になれているよ。だから安心してこれからもαIndiでいてね」

 彼の星を思わせる笑みは手の届かない柔らかな光だ。目の前のその光は俺に誓いを立てさせるには充分すぎた。

「さっきも言いましたけど、俺はずっとαIndiの未来を見ていたいです。だから新堂さんに言われなくてもずっとずーっとαIndiですよ!」

 αIndiの未来に必ず俺もいるという宣言ができたことが心の底からうれしかった。なにがあっても俺はαIndiであることを諦めない。まだ未熟すぎる想いだけど、星の輝きに誓って。



 了

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