柊塾

 メンバー全員でゲスト出演した番組のオンエアを事務所のテレビで鑑賞した。手応えはあったからこれをステップにしてこれから冠番組なりを獲得していきたいところだが……。

「やっぱりテロップが入ると面白さが増すね~!」

 新堂はご機嫌な様子で録画した映像をもう一度再生し始める。CMがあけて今回の放送の見所ダイジェストが流れメインキャストのお笑い芸人たちが前振り茶番を行っている。

 さきほど観たばかりの番組を改めて頭から視聴し、気になるポイントでつど映像を止めながら各自思ったことを口に出す。

「ここ俺結構喋ってたのに全カットされてる……」

「編集でどうにも面白くできんところはカットされるもんや。諦めろ」

「俺も一緒に削られてるな……まぁスベったところだから使われない方がマシだけど」

「気を抜かない方が良いよ。そこそこ売れてきて次回出演を勝ち取ったときとかに『前回出演時の未公開映像!』とか言って思いっきりスベってるところ引っ張り出されて晒し上げられる可能性もあるから」

「経験者は語るってやつやな。ここのスタッフそういうこと平気でやるから性格悪いわ」

 そんな会話をしつつ最後のスタッフロールが流れ終わるまで画面を眺めた。

「柊さんと新堂さんはさすが慣れてるだけあって拾ってもらってるシーンが多いですね」

 れいは感心しているように言う。

「そらそうやろ。俺も新堂もそこらのやつよりよっぽど場数踏んでるからな」

「まぁ僕はゲスト出演で司会に丸投げできる環境に慣れてるってだけなんだけどね。それに比べて柊は番組回す側もできるからもっとすごいよ」

 新堂の発言に一応俺を敬う気持ちはあるんやなとすこし意外に思う。

「それはそうと……」

 新堂がれいに視線を向ける。当のれいは突然見つめられて首を傾げている。

「れい、きみほとんど映ってなかったけど危機感とか持ってる?」

 厳しめな声色で問う。それに「危機感……」と小さく呟いてれいは黙ってしまった。

「五人もメンバーがいるんだから一時間の尺のなかで全員に焦点を当てるのはむずかしい。けれどそれ以前の問題として、きみには他のだれよりテレビに映ろうというハングリー精神みたいなものが足りていない」

 手厳しいが真っ当な指摘にれいは「はい……」と返事をするのみ。

「元かられいくんはおもしろ発言連発する感じじゃないし、どちらかと言うとサポートタイプだもんね。れいくんがパスをくれるから俺や瀬川くんが映る機会をもらえているところも多いし。でもそれでれいくんが映れないのはちょっと惜しいというか、れいくんもいいところたくさんあるのにって思っちゃうな」

 五十嵐の発言に瀬川も頷いている。ふたりとも同期として思うところはあるらしい。

「ってことで柊、よろしく」

 俺は突然話を振られて思わず「なんやよろしくって?」と怪訝な顔で新堂を見る。

「おまえ今度事務所の動画配信チャンネルにこの子ら三人と出演するよね? 事前に目立つ秘訣教えてあげて。先輩でしょ?」

「先輩でしょって……ほなおまえがやれや」

「僕はソロでやるお仕事たくさんで頭に台本入れなきゃいけないのでキャパ超えでーす!」

 俺がやると言う前に五十嵐は「柊さんのバラエティー講座受けたい!」と目を輝かせ、瀬川は「絶対にスベらない秘訣教えてください」と無茶を言うし、一番肝心なれいは「すみません……」と申し訳なさそうに眉を下げている。

「あ~もう……しゃーない、やったるわ。せめて良い子にしといてくれよ」

 ♪♪♪

「じゃあ今回はれいの発言回数を増やす方向で三つ説いていくけど、俺の持論に『それ違うんとちゃいますか?』とかあったら言うように。懇切丁寧に論破したる」

 新人たちは「よろしくお願いします!」と頭を下げる。特に五十嵐の声が良く聞こえた。次にれい。瀬川の声は全然聞こえへんかったからたぶんあいつは口パク。あとでシメる。

 俺は会議室のホワイトボードに『①』と書き、続いて『面白くないことやオチがないことでもとりあえず言え』と書く。

「でもスベってやばい空気になったり面白くないこと言うとカットされるじゃないですか」

 瀬川が意見を言う。それに「でも喋らんとカットも採用もないやんか」と返答すると「まぁそうですね」と納得を口に出す。

「自分が司会やるときなら別やけどゲストとして行くときはこのスタンスでいい。スベったりオチがない話をしたゲストをうまくイジれないメインサイドに落ち度がある」

「それでもスベるのは怖いというか、心臓に悪いので勇気いります」

 五十嵐の発言に「当たり前や。ベテランでもスベって空気凍るのはキツい」と返す。

「それでも本当にどうしようもないとき以外は場慣れしている芸人ならこちらをスベらせまいとオチがない話でも「オチがない!」とか「中身がない!」とかツッコんでその場でオチを作ってくれるし、スベった方が逆におもしろいときもある。――ただ一つ注意点がある」

 俺はボードに『ツッコミ不在のときはやるな』と書いた。

「ボケ倒してそのままとか高確率でカットされる。話題にオチをつけなくてもいいのは『ツッコミ役がいるとき』にやりましょう。逆に言えばつまらんことをボケとして拾ってくれるやつがいるときは何言ってもいい。そいつがボケの嵐に慌てふためく様子がむしろ面白くなる」

「じゃあ柊さんがいるときはボケてもOK……っと」

 ノートにしっかりメモを取りながられいが呟くもんだから「芸人に拾わせろ」とついツッコんでしまう。

「ほな次な」

 ボードに『②台本通りにやらなくてもいい』と書く。

「おまえら全員に言えるけどれいは特に真面目すぎる。おまえいっつも台本きっちりにやろうとするやろ?」

「だって面白くなるようにがんばって作ってくれてるんですよ?」

「台本がいつでも必ずおもしろいと過信するな。ヒット飛ばしてる放送作家だろうとクソみたいな台本生むときもある」

「まぁ作家さんも人ですし100%おもしろい作品を作るのは無理だと思いますが……」

「そうやし、バラエティーは演技やる場所ちゃうねん。ボケもツッコミも記述されたとおりになぞるのは制作側からしたら進行が楽やろうけど、視聴者は他人が書いた台本を見に来てるんやなくてアドリブで推しの素が見える瞬間を心待ちにしてることの方が圧倒的に多い」

 これには五十嵐も納得らしく「だれかが考えた推しを見るより推しが推しらしい方が絶対いいですもんね!」と賛同している。

「せや。じゃあ最後三つ目」

 文字を書くたびにペンがキュッと音を立てる。一連の文章の下に今度は『③ダメなところを晒せ』と書く。

「これはとくに言うことないけど、隙がない完璧なやつはイジりにくい。イジってもらった方が絶対おいしいのにそれがないからカメラに抜かれることも少なくなる」

「たしかにれいくんってイジられること少ないよね?」

「でも俺全然完璧とかじゃないよ」

「れいに関しては完璧どうこうっていうより『ミステリアスキャラ』のせいでイジる場所が浮き彫りになってないところが問題やろうな」

「俺だって好きでミステリアスやってるんじゃないですよ。義務ミステリアスですよ」

「義務ミステリアスってなんやねん」

「そのままです。俺は必要だからミステリアスな雰囲気を出しているだけで素はこんなじゃない。自分でいうのもなんですけど本来はどちらかと言えば天然って言った方が合ってる気がしますし」

「でも俺れいくんがいま言った『義務ミステリアス』っておもしろいと思う」

「うん。俺も結構好き。れいはミステリアス改めて『義務ミステリアスキャラ』でいけば?」

 わいわい話す三人に一つ咳払いをし「ともあれ、俺からは以上や」と締める。

「意外にしっかりした話でびっくりしました。考えてテレビに出てたんですね」

「瀬川おまえ俺のことアホやと思ってたんか?」

「思ってましたね」

 まじコイツ……。

 ♪♪♪

 今日はこの前収録した動画の公開日。収録時にはいなかった新堂も交えて俺たちは公開されたばかりの動画を鑑賞する。

 今回は新人三人の深掘りがメインの企画で俺は完全に補佐だったが先日の講義の件もあり普段より一層気を遣って後輩たちのサポートに徹した。俺ほど良い先輩もそうそうおらんで。

「れいくんは最近なんかありましたか?」

 司会進行の芸人がれいに話題を振る。俺を含めた全員の視線が画面のれいに向けられた。

「俺ってミステリアスってよく言われるじゃないですか?」

「実際ミステリアスじゃない? だってあんまりプライベートなこと発信しないでしょ?」

「でも実はあれ『義務ミステリアス』なんです」

 その発言にはしっかりテロップが用意されており司会もその話を掘り下げる。

「れい~! キャラ付けとかあんまり言わないでよ~!」

「でも柊さんも瀬川も五十嵐も面白いって言ってくれたから……」

「もう~……って、うわっ、『義務ミステリアス』トレンド入りしてるらしいよ!? おまえもう完全に界隈から『義務ミステリアスのれい』って覚えられちゃったよ! どうすんの!?」

「でも俺的にはそっちの方が楽かも」

 微笑んでいるれいに新堂も強く怒れないらしい。「仕方ないんだから」と甘やかしている。

「柊さんのおかげで今回はたくさん映れているしテロップが金色にキラキラ光る加工とか笑い声の効果音とか面白い編集もたくさん施してもらえました。ありがとうございます」

「将来それで助かることがあれば『柊千景に習った』ってちゃんと言うって肝に銘じろよ」

 始終を聞いていた新堂は茶化すように「僕も柊塾の講義受講しようかなぁ……」とこぼす。俺はそれに「アホ言うてる暇があるならおまえも講師側やれ」と呆れ気味に言った。

「ほんとうに面倒見いいよね、柊は」

 別に、好きで引き受けてるわけじゃない。そういう生き方しかできないからやってるだけ。

 ――それでも『俺から分け与えられたものにこれからも血が通い続ける』のは悪くはない。「また開催しようね、柊塾」

「真面目な手の掛からない子ならみてやるけど?」

「αIndiは真面目で手が掛からなくてかわいい良い子ばかりでしょ?」

「アホ抜かせ。問題児ばっかりや」

 手の掛かる子ほどかわいいなんてことはない。どいつもこいつも世話が焼けるだけ。きっといつか痛い目をみるし、なんなら悪意に潰されかねない。俺はその経験がどんなものか知っている。

 それなら一度手を貸した以上はこいつらが「柊千景の教えは不要」だと言うまで付き合うたるしかないやろ。だってそれが『先輩』ってもんなんやから。



 了

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