ミッドナイトダンスパーティー
耳元のイヤホンからは今しがた貰ったばかりの仮歌が流れている。テンポは落ち着いているがコード進行が洒落ててキャッチーなメロディ、『深夜のあなたが無事に朝を迎えられるように寄り添う歌』というコンセプト、キーは普段歌うものよりやや高いけど余裕で出る範囲。まぁウケはかなりええやろなぁ。机上に置かれた資料には『ミッドナイトダンスパーティー』というタイトルとその歌詞が連なっている。歌唱担当の欄には《柊千景》と《瀬川才智》のふたり。今回はαIndi内でデュオとトリオに分けてパフォーマンスさせる企画らしい。
俺は軽く左隣を窺った。眼鏡の蔓の向こうに見える瀬川も机に肘をつき両耳にはめたイヤホンで仮歌を聴いている。しばらくその姿を横目で眺めていたがその間瀬川がこちらを向くことはなかった。
それにしても、瀬川とデュオねぇ……。
鼻から抜けるような小さな溜め息が漏れる。そして心の中で小さく「なんでおまえと俺やねん」とぼやいた。これと言った接点は『同じユニットに所属している』程度。仲良しこよしよろしくやってるわけでもない、むしろ互いに興味はない方。歌声の相性も特別良いってわけじゃない。……もしかしてこの組み合わせ、顔か? 顔で選んだか?
俺の思考が脱線しかけたところで瀬川が自らの耳からイヤホンを外してこちらを見た。その瞳はややぼんやりしていてなんだか少し眠たげなようにも見える。
「なに、眠いんか?」
俺もイヤホンを外して問う。
「うん……なんだかこの曲眠くならないですか?」
「まぁ落ち着いた曲ではあるけども」
瀬川はマイペースにあくびをひとつかまして伸びをすると軽く目をこすった。本当に仮歌を聴いて眠くなったらしい。大丈夫かこいつ……仮歌は子守歌とちゃうぞ……と思いながら俺は机に片肘をつき腰掛けた事務椅子の座面を回して体を少しだけ瀬川の方へ向けた。瀬川はそんな俺を小首を傾げながらなおも眠たげな目で眺める。
「これ、なんで俺とおまえなんやと思う?」
トン、と指さした先には『ミッドナイトダンスパーティー』の文字。
先程考えていたことを瀬川にも聞いたのはただの興味からだった。俺には見つけられなかった〝なにか〟にこいつが気がついている可能性もあるかもと思った、それだけ。
――しかし 「え? わかんないけど……。なにか意味がないといけないんですか?」
…………前言撤回。基本なんにでも興味の薄いこいつが気付くわけなかった。
「何事にもとは言わんがある程度物事に意味や理由はいるやろ。意味や理由がないことに人々は納得しない、だから何かを実行したり逆になにかをやめるときには意味理由があるはず」
「俺たちを組ませるっていう『実行』を選択した以上は意味や理由があると?」
「おう、そういうこと」
「ふーん。でも俺わかんないんで、それはプロデューサーに聞いてください」
こいつのこういうところほんまに嫌い。
「せめて思考くらいせぇや。おまえお勉強とかで答え考えるん得意やろ」
「明確なアンサーがあることはわざわざ無駄な思考しなくても答えがわかるのであんまり考えないです。しかも今の話題は誰かにすぐ答えを聞いても構わないんでしょう? なら必要以上に時間をかけて自力で正答を導こうとするよりそれを知ってるひとに聞く方が早い」
俺は瀬川にも伝わりやすいようにデカい溜め息をわざとらしく吐いて口をへの字に曲げながら「おまえに聞いた俺がバカでしたわ」とそっぽを向く。ここまでわかりやすく『おまえの対応が気に入らない』と示しても瀬川は相変わらず無関心な様子。ある意味大物。まったく褒められたことではないが。
「でも俺、理由がなんであれミッドナイトダンスパーティーって曲を一緒に担当するのが柊さんでよかったって思います」
突然の素直な発言に俺は顔を背けたままほんの少しだけ照れる。
「へ~……俺と組めてうれしいんや?」
くそ生意気なことには変わらんけどなんやかわいいところも案外あるやんと瀬川の方を振り向こうとした間際――
「いや? べつにうれしくはないです。新堂さんだったらたぶん怒られることも多くて大変かもしれなかったってだけで」
いやほんまかわいくないなこいつ。俺は拳を握って瀬川の肩をどつく。
「いてっ――……ぼうりょくめがね」
「おまえやっぱかわいくないわ」
瀬川は先程殴られた肩を軽くはたきながら「俺がかわいくないことくらい知ってます」とわるびれた様子もなく言う。
「そもそも五人組のユニットに四人もかわいいひとがいたら胸焼けするでしょ。三人で十分」
「5分の3? 新堂、五十嵐、れいか? いや、れいはかわいいってよりはこっち側やろ」
「いいえ。れいはあれでいてかわいいところすごく多いですよ。好きな食べ物はフライドポテトだし、「ふふ」って笑うし」
そこはかわいいポイントなんか? と解せないふうに首を捻るが瀬川は気にしていない。
「それに多分だけどプロデューサーもれいをこちら側としては見ていないです」
興味深い発言に俺は「ほう?」と続きを促す。
「れいがこちら側だったらおそらく『ミッドナイトダンスパーティー』は三人組にしていたはず。でもれいは今回組み込まれておらずかわいい組に配置されている。この結果を見てもれいは〝かわいい〟んですよ」
瀬川は「これでおわかりですか?」とむかつくほど余裕な表情。
「じゃあ俺とおまえは〝かっこいい〟もしくは〝セクシー〟系として『ミッドナイトダンスパーティー』を担当させられることになった、と」
「そうだろうと思います。この曲、概要には『深夜のあなたが無事に朝を迎えられるように寄り添う歌』って聞こえのいい言葉を連ねてあるけど歌詞を見る限りわざと漢字を開いたり同音異義語に置き換えていたり他にも隠喩まみれ。それを踏まえて読み込むとかなり官能的な歌っぽいし、そういうことでしょ」
「なるほどねぇ。たしかにこの作詞家そういう言葉選び得意やわ。知っとったん?」
「いえ、知りません。俺は作詞家とかそういうの詳しくないし、わざわざ調べてもいませんから。なんとなく察したって感じです」
「普段もそんくらいいろいろ考え巡らせてくれるとうれしいんやけど」
「それはむり」
生意気な即答にもういっぺんどついたろうかと思う。思うたびにこいつの肩殴ってたら俺の拳が持たんからやらんけど。
「で、なんの話やったか……ああ、なんでこの組み合わせなのかって話題か」
「え、そんなに話戻すんですか? れいがかわいいかそうじゃないかの話じゃ?」
「れいのかわいさなんてのはどうでもええやろ。まあ結論から言えば大人達は五人組の俺らじゃなくて他でもない柊と瀬川に〝こういう曲〟を歌わせたかったってことなんやろうね」
「俺からしたらこの組み合わせの理由もどうでもいいですけど、まあそういうことでしょう」
そこまで話し終えて瀬川は席を立った。
「帰るん?」
「うん。だって眠いし。それじゃお疲れさまです」
「おう、お疲れ様」
瀬川は部屋を出ようとドアノブに手をかけてそこで一度こちらを振り返る。やけに目鼻立ちの整った顔がこちらを向いた。
「『ミッドナイトダンスパーティー』最高に愛される曲にしましょうね」
わずかに微笑みながらたった一言だけを残してその背は静かに廊下へ出て行く。去って行く背中を見届け俺は小さく柔らかな息を吐いた。
「ひとつまみだけかわいくてもしゃーないけど、まぁ心意気はええやん。それにしてもやっぱり瀬川はアホやな~」
俺の口角はすこし、本当にすこーしだけ上がっていた。
「俺らがやるなら最高も愛されるんも当たり前やって、そんくらいは自力で気がつけ」
この場にはもういない鈍感なあいつの姿を想像するように俺は軽く目を閉じた。
了