新たな導の行く末を
事務所の会議室で五人揃って卓を囲んでいる。今はαIndiの今後、ひいては迫るデビューライブについて話し合う場のはずなのだが、それどころじゃなさそうなやつがひとり……。机に置かれた卓上鏡の前でうんうん唸りながらヘアセットに難儀している五十嵐を残りの四人で眺める。どうやら前髪をどうするかで永遠に悩んでいるらしい。M字分けにしてみたり真ん中分けにしてみたりアップにしてみたり、試行錯誤してるようだがなかなか納得できないようだ。
「どれも似合ってるよね? なにをそんなに悩む?」
瀬川はほんとうにわからないといったようにれいに聞く。それに「瀬川にもすこしはわからないかな? 俺らだってそういう年頃でしょ?」と五十嵐の肩を持つ。
「五十嵐~! そろそろ前髪いじるのやめな~話し合いするよ~」
新堂が声を張る。しかし五十嵐は「もうちょっとだけ……!」と鏡を見るのをやめない。
「もうー! 柊ぃなんか言ってやってよ。たぶんおまえの言うことなら聞くからさ」
「なんかってなんやねん」
「こう、五十嵐が前髪いじりやめそうな一言を、なんか適当に、良い感じに」
そのディレクションはアバウトすぎるやろと思いながら俺は改めて五十嵐を見る。
「具体的におまえはなにのどこが気にいらんの?」
「なんか顔がぱっとしないところが……。些細かもですけど印象薄くないですか? 俺の顔」
たしかにまだ幼い顔立ちに昔の俺が好んで着ていたようなラフでくだけた格好が若干ミスマッチというか、端的に言って服に顔が負けている。
「なんかもっと顔を強くしたいです。でもメイクは難しいからひとまず髪型とかから挑戦しようと思って……」
「なるほどねぇ。顔周りの印象に変化を付けるなら前髪をいじるのは正解やけども」
そやなぁ……と改めてまじまじ五十嵐の顔を覗き込む。緊張気味に俺を見返すその顔になんだか昔の自分を想起してしまう。
「……俺がおまえくらいのころはメッシュ入れたがってたなぁ。なつかし」
腕を伸ばし対面に座る五十嵐の前髪を軽くすくう。前髪の隙間から色素の薄い瞳が覗いた。
「メッシュ……! カッコイイ!」
「まぁでも結局当時のメンバーと被るから俺はやらんかったけどね。変化をつけたいならそういうふうに一部だけ髪色を変えてみるって手もあるし、あとは髪じゃなくてカラコンで瞳の色を変えるって手もある。青いカラコンとか似合うんとちゃうかな。興味あるならやってもいいかご家族と事務所に相談してみ」
「はい! 聞いてみます!」
「ほな鏡しまえ」
五十嵐は鏡を畳んでポーチにしまうと俺たち四人に「お待たせしてごめんなさい!」と元気に謝る。それに「いいよ」と答えるれい、「気にしてないよ」と本当に一切気にしてなさそう(というか興味すらなさそう)な瀬川、「次はないからね!」としっかり注意する新堂。
♪♪♪
一時間半に及んだ作戦会議だったが新堂はまだ話があるそうでこのあとも長引きそうだ。一度挟まれた休憩時間に五十嵐は改めて俺に話しかける。
「それにしても柊さんはやっぱりすごいですね! 俺の悩みなんてすぐに解決しちゃう!」
「そらそうやろ。おまえとは経験が違う」
「まぁアイドル期間だけで言っても柊は十歳でHairu結成してから随分長いもんねぇ」
「Hairuってあのうちの事務所の先輩ユニット? 柊さんってHairuだったの?」
「ああ、瀬川は興味ないだろうから知らなくても無理ないよ。柊も前はそこに所属していて、それからソロやって、その次に今があるんだよ」
瀬川は「へー」と初知り情報に相槌をうった。そして今度は五十嵐に質問を投げかける。
「五十嵐はHairuのころから柊さんのこと好きなの?」
「実は俺がファンになったのはソロ活動を始めたころくらいだからHairuはあんまり詳しくなかったり……あ、でもHairuの映像とかはちょいちょい見てるのでちょっとは知ってます」
「知らんでええあんなユニット」
イキり散らかしていたソロ時代以上の俺の人生最大の黒歴史。柊千景の最たる汚点。
「なんでそんなにHairuを嫌ってるんですか?」
れいの問いに俺は嫌悪を隠すことなく露骨に顔をしかめる。
「仲良しこよしを通り越してベタベタしてるノリ、仕事を楽しむを通り越して遊びに来てるんとちゃうかって疑うほどのエンジョイ勢なところ、あと当時の俺のクソダサポエムを「最高~!」って言っていまだに歌ってるところも気に入らん。あいつらのノリと趣味は最悪」
「Hairuはね~あれはあれで元気でいいんだけど、ちょっと元気良すぎるんだよねぇ」
「俺と同じか俺以上の年齢のくせに多分一生あのノリなのほんまにキツい。早々に抜けて正解やわあんなユニット。意地でも抜けたる言うていろんなところに直談判しに行ったわ」
「それで柊さんはソロになった、と」
「ソロの柊さんはホントにホントにかっこよくて! ビジュアルも歌声もどこまでも我を貫き通す信念も! ぜんぶすごくカッコイイんです! 俺の憧れ! 俺のアイドル!」
「まぁその我の強さで干されてソロの柊千景は死んだんやけど」
「死してもなお俺のヒーローであり続ける柊さんマジカッケーです!」
キラッキラな眼差しを向けられ、あまりの眩しさに俺は乾いた笑い声を発する。こいつの前でHairuは貶せても「ソロ時代もやや黒歴史」なんて口が裂けても言えん。
「俺やっぱり柊さんみたいにかっこよくなりたいです。だからさっきのアドバイスも実践したい。絶対大人のみんなを説得してメッシュとカラコンの許可もらいます……!」
宣言する五十嵐に新堂は「どっちもやるの? メッシュもカラコンも?」と苦笑する。
「カッコイイとカッコイイを掛け算したら〝めちゃめちゃカッコイイ〟になるんです! これはカッコイイを掛け算しまくって実際にカッコイイの頂点に君臨していた柊さんが証明した確立された式です!」
早口で熱弁する五十嵐に圧され新堂は「そ、そうだね」と納得を口にしてしまう。五十嵐の右隣に座る瀬川は「そんな乗算があったのか」と意味わからん感心をしており、そのまた隣に座るれいは「素敵な式だね」とこれまたマイペースに五十嵐の謎理論を褒めている。
♪♪♪
「それじゃあ今日の話し合いおわり~! 僕の長話に時間割きすぎて結局計三時間も会議しちゃってごめんね。みんなお疲れ様です。明日もレッスンあるからゆっくり休んでね~!」
新堂の締めを聞き終え各々席を立つ。れいと瀬川はふたり仲良く飯に行くと言って帰り、新堂は自主練に向かう。残された俺は帰り支度を始める五十嵐に声をかけた。
「おい五十嵐。俺の真似するのも俺のアドバイスをおとなしく聞き入れるのも好きにして構わん。でもあんまり従順にやって柊千景の二番煎じ、ましてやコピーのようにはなるな。『柊千景の真似をひとつしたらおまえらしさをそれ以上増やす』を徹底しろ」
五十嵐はすこし驚いたように目を丸くして、でもすぐになにかを言おうと小さく口を開く。
「……えっと、うまく言葉にできないかもなんですけど、たしかに俺は柊さんに憧れてます、でも柊さんになりたいわけではないってちゃんと自分の口で言えます。俺は柊さんのファンがほしいわけでも柊さんの地位がほしいわけでもない。ただなにがあっても安心して追い続けられる道導として柊千景さんを大切にしたいって思っています。……――それに」
五十嵐は照れくさそうに自分の前髪の毛先をいじる。
「俺の個性は柊さんの真似をしたくらいじゃ消えませんよ。だから俺はアイドルになれたんだって思います。柊さんは俺の個性の心配じゃなくてかっこよさで俺に追い抜かれるかもって心配だけしていてください。でも柊さんの真似をひとつ増やしたらそれ以上に自分特有の個性を増やすのはやります!」
すこしだけ震えた声で生意気口を叩く五十嵐は「それじゃ俺帰ります! お疲れさまでした!」と逃げるようにそそくさと部屋を後にする。
軽い音を立てて閉められたドアを見ながら部屋の中でひとりデカい溜め息を吐いた。
「はは。おもろ。俺がおまえに抜かれるなんてありえへん」
不意にこぼれた笑い声には不思議な嬉しさと安堵があった。そんな気がする。
俺がおまえに抜かれるなんてことはない。俺はそれだけおまえの先にいる。
けれどおまえがいつか俺を追い抜いて、そんで今度は五十嵐ネオンがだれかの道導になることがあれば、そのとき俺はその『五十嵐ネオンを目標にしています』って子に『おまえの道導は俺が立てた』ってドヤ顔をキメてやろう。その日がいつかはまだわからんけど。
まだ兆しすらないその日を期待している自分にまでなんだか笑えてきた
了