棺
柊千景は昔の方が尖っていてよかったって評価を目に入れるたび「それで業界から一瞬消えたんやけど」と思う。当時から仕事は楽しかった。ライブもレコーディングもレッスンも楽しかった。ファンとの交流も楽しかった。楽しいし向いていたから続けていた。
俺は俺の才能に自信がある。どこに出したって一番を取れる代物だと、現にランキングや世間の声が証明している。俺の表現やセンスは確実に世間にウケる。
じゃあなぜ干されたかといえば『俺以外のすべての才能を〝俺以下〟だと認識していた』からだろうと今なら見当がつく。
担当プロデューサーが考えるライブのセトリはいつもセンスがなくて盛り上がりに欠けるダサさだったから真っ向から意見を言って自分の理想のセトリに組み直させた。有名な作曲家と作詞家のコンビの新曲をあてがわれても気に入らなければ「自分で作るのでこの曲は歌わないです」と断った。音楽番組でカバー曲を歌わされそうになり「俺はオリジナルしか歌わない」と断固拒否した。
そういう『自分の才能を信じるがゆえの我の強さ』が業界の大人のみなさんにはさぞ使いづらかったんでしょうねぇ。切れ味が良くても扱いにくい包丁はいつか使う側が怪我をする。だから使わない。どうせ使うなら扱いやすくてそれでいて新品とかの方がええんちゃう? 知らんけど。
ソロ活動一年と数ヶ月目にマネージャーが変わった。前のマネージャーは俺の意向を尊重して一緒にプロデューサーに意見を言ってくれるひとだった。今思えば前のマネージャーは左遷されたんだろう。新しいマネージャーに変わってすぐ仕事がパタリとこなくなった。あったはずのレギュラーラジオも呼ばれたはずのトークショーも全部他のやつに変更されていた。突きつけられたまっさらなスケジュール表を前に頭痛がしたのを今でも覚えている。
ソロアイドル柊千景はその日死んだ。
才能あるわがままなガキを扱いこなせなかった大人たちはそれでも俺の才能を手放せず、誰が言い出したか表舞台から降ろして裏方として使おうとした。「柊くんは教える才能があるよ」「ダンスも歌も上手いしノウハウもある」「だから指導者の方やってみない?」ってな感じで。何度か来たその誘いのすべてに「誰がやるかボケ」と返し、俺は勝手に鍵をパクってレッスン室で自主練をし、好きに曲を作り、無断で制作したアカウントで弾き語りライブ配信をして、『柊千景は生きている』ことを発信した。もちろん事務所からはこっぴどく怒られたし、謹慎にもなったし、実際にそのようにはならなかったが契約違反でクビにするとも言われた。
けれど配信活動自体は半年も続かなかった。『配信者の柊千景』が肌に合わなくて、「俺はアイドルのはずなのに」って思う自分もダサくて人前に出たくなくなったから。
思えば七歳のころに業界に入ってから初めて人前に出ることが楽しくなかった気がする。これっぽっちも楽しくはなかったけれど才能をひけらかしたい欲だけはまだあった。
うちの事務所のアイドル部門は十歳からしか入ることができない。俺も九歳までは俳優部門にいたし、十歳でモデル部門ないしは俳優部門から異動してくるやつはわりと多い。俺に来ていたはずの仕事のほとんどは俺が干されたころに丁度良く俳優部門からアイドル部門に異動してきたとある後輩にすべて引き継がれた。その後輩こそが新堂サラである。
新堂サラは俺と違って愛嬌のある優等生だ。四方八方に媚びを売って他人の懐に入り込むのが上手い非常にしたたかなガキ。アイドル部門にある年齢制限を新堂だけ例外扱いにしようという声があがるほど当時からアイドルの才能に恵まれた天才だった。
まあそんな新鮮な天才が業界に入ってしまったらそれはもう『柊千景』の必要性がどんどん薄れていくわけでして。俺は目に見えてグレる。それからなにもしない日が続く。
すでに謹慎という休暇を満喫しだしたくらいのある日のこと、俺は事務所に来るようプロデューサーに呼び出される。面倒だと思いながらも同時にやっと俺の出番かと胸が躍った。
事務所内の一室に踏み入るとそこにはプロデューサーと新堂サラがいた。
「なんでそいつがおんねん。デュオやれとか冗談言いませんよね?」
俺の牽制も意に介さず新堂は「あはは、デュオではないで~す」と笑っている。
「じゃあなに」
「もっと多く! 三人以上六人未満!」
「はぁ? グループはもうイヤやで。なんでHairu抜けてソロになったと思っとるんや」
「前のユニットが合わなかったのは柊以外が団結しすぎてキモかったからでしょ? じゃあ違う雰囲気のユニットにすればいい。自分好みにさ」
にこにこと笑う新堂の真意が読み取れない。「意味わからんこと言うなや」とその笑みを少しばかり睨みつつ席につく。
「今日柊に来てもらったのは先程新堂が言ったとおり新しいアイドルユニットを作るためだ。二〇一〇年から新しく開催されるアイドルの冬季祭典『ウィンターダフネフェスティバル』通称WdFで活躍できるアイドルグループを作る」
「ウィン……なんて? まぁええわ。で? それに俺と新堂を組み込むって?」
「そうだ」
「残りは? 三人以上六人未満なんやろ?」
「夏頃から大規模オーディションを開催し半年程かけてWdFに最適な人材を選出する」
「は? いま二〇〇九年二月ですけど? わざわざ新しいユニット作るほど気合い入れてる来年冬季開催の祭典メンバーを今年の夏から集めるって? それもオーディションでほとんど素人みたいなやつを? アホですか? 世の皆さんは毎日四六時中レッスン来れるような暇人とちゃうで」
「そこでメンバー兼指導者として柊と新堂を入れる。きみたちがいれば価値のある原石を最短で美しく磨くことができる」
「……散々こっちのこと干しといて、俺が都合の良いときに利用される人間だと思います?」
「利用されるんじゃないよ。柊が業界を〝利用する〟んだよ」
発したのは新堂だった。
「大きな祭典には確実に多くのスポンサーがつく。スポンサーの目に止まればメディア露出は確実に増える。ねぇ柊。『柊千景』にまたスポットライトを当てようよ?」
「偉そうな口きくな。やっと年齢二桁いったようなガキになにがわかんねん」
「難しいことはわからないけど、それでも才能が潰されて死んだままはイヤだなって思う」
新堂はまっすぐな視線を俺に向け、口角をあげる。
「僕は見たいよ、柊がまた輝くとこ。掴んで見せてよ、目の前のチャンスを、柊千景の手で」
俺に向けて手を差し伸べる少年はもう一度、今度は強く「掴んで見せろ」と言う。
逃げたらきっと、死んだまま。真っ暗闇の中で死んだまま終わる。
じゃあここでこいつの手を取ったら? それでこの棺桶は開くか?
「おい」
「ん?」
「棺桶の開け方って知っとる?」
「え? 突然なに? 意味わかんない。でもなんか普通にカパって開きそうだよね」
「じゃあカパって開かなかったら」
「柊はそれを開けたい?」
「ああ」
俺は、再び俺が輝くために、この棺をこじ開けたい。
「そっか。それなら僕がこじ開けてあげる! ついでにおまえが救い出したかったものを二度と葬れないくらいぶっ壊してやるよ」
仮にもアイドルならそんな発言するなよと呆れながら
「……そか。ほなよろしゅう」
そう言って俺は結局差し伸べられたそいつの手を掴んだ。
「よーし! これでやっと【プロジェクト:α】始動だー!」
「え、なにそのダッサいプロジェクト名」
「ダサくないよ! WdF対策第一弾だからプロジェクト:αだよ! 命名には他にも深い意味があるんだけどそれは追々柊にだけ特別に教えてあげるね! ちなみに僕が一番最初のメンバーで柊が二番目のメンバーだ。僕の方がこのユニットお兄ちゃんだからね」
「じゃあユニットのお兄ちゃんらしくがんばってください」
「僕だけ頑張ってどうすんだよ! 柊も僕と同じくらい頑張るんだよ! 絶対みんなに愛される誰もが好きになるユニットにするんだから!」
かがやく瞳に夢を宿した少年は宣言する。俺はその光に己のアイドル生命という財産を賭けてみることにした。
「ほんなら棺こじ開け代くらいは働かせてもらうわ」
まだやっと芽が開いたばかりの双葉のようなこいつがいつか業界を揺るがすとき、その場に俺もいてやる。それが壊れた棺を燃やすための唯一な気がするから。
了