来店4回目

 二週間というものの長さを彼女と会うときほど実感する。

「いらっしゃいませ、銀花さん。こんばんは」

 エレベーターを降り、小さく微笑みながら「やぁ」と片手を上げる彼女の機嫌は今までにないくらい晴れやかな様子で、こちらまで嬉しくなる。

 ふと、上げられた手とは別の手に大きな袋が下げられていることに気がつく。お買い物でもしてきたのかしらと首を傾げていると銀花さんは口を開いた。

「今日はきみにプレゼントを用意してきたんだ」

 贈り物をいただくことは稀にあるけれどまさか銀花さんからいただける日が来るとは。

 わたしはなにをくださるのだろうとうきうきと胸を躍らせながらその袋を見つめた。

「一応ボーイに贈って良い物を確認したからそういった問題はないと思うが、ぜひ開けてみてくれ」

 わたしは席につくとそれを受け取って膝の上に乗せ中身を確認しようと袋の口を開ける。中にはお洋服が入っていた。畳まれている服を一枚一枚取り出してソファの上に並べていく。

 気候は徐々に暖かくなってきていたがまだこのお洋服達を着るには早そうで、すぐに初夏くらいの気温にならないかなぁと数ヶ月後が待ち遠しくなった。

 全ての服を取り出した後、袋の底にまだ包装された小物が入っていることに気がつく。包装紙に張られたテープを丁寧に剥がして中身を手のひらに出すと、コロンと小さな指輪が転がった。

「わぁ! どれもかわいい! それにお洋服だけじゃなくひまわりの指輪まで」

「ワタシは服に頓着しないからきみみたいな子が着るような洒落たものはわからなくてね。普段では絶対にないくらい真面目に選んで来たんだが、どうだろうか?」

「とにかく全てがかわいいです! わたしが着てもいいのかなってくらい! かわいい!」

 かわいいかわいいと呟きながら、わたしは取り出したお洋服達を畳んでしまい直す。そのあと改めて指輪をつまみ上げた。

「ひまわりがモチーフなのはこの前ひまわりの話をしたからでしょうか?」

 わたしの問いかけに銀花さんは小さく頷いた。見当違いなことを言っていなかったことにほっと微笑むとわたしはまた指輪を眺めた。

「そうだね。以前その話をしたときにきみはなんだかひまわりっぽいと感じたものだから、店先で見かけてつい買ってしまった。でも安物だから材質もそれほど良いものではないし、はめ込まれている石も偽物だ。受け取ってくれさえすれば身に着けなくても構わない」

 着けなくても構わないなんて言わないでと首を横に振った。こんなに嬉しい贈り物、勿体ないから着けられないことはあっても高価じゃないから着けられないなんてことはない。

 それにしてもわたしって……

「いえ、とても嬉しいです。大切に使わせていただきます。……というか、わたしってひまわりっぽいですか? どちらかというと白くて小さいお花を『きみっぽい』と言いながら渡される方なので、とても意外です」

 嬉し恥ずかしいとでも言えば良いのだろうか。わたしは根暗でそんなに明るいイメージを持たれることがなかったから、なんだか不思議な感覚で、恥ずかしさで思わず背を丸めてしまった。

「ワタシからしたら、きみはひまわりと布団のイメージしかないよ」

 銀花さんはすっとした表情のまま言った。

「ひまわりと、布団……」

 言われたことをそのまま復唱する。初めて言われた。ひまわりと布団のイメージだなんて。わたしの頭の中ではひまわり畑で干される大量の布団が思い浮かべられていた。我ながら、どんなイメージ……? と微妙な顔つきになっているのがわかった。でもそんなおかしな印象を持たれていることがなんだか面白くって、わたしはくすくすと笑い出す。

「銀花さんにとってわたしはあたたかい存在……ということでしょうか? それならとても嬉しいです」

 わたしの笑いにつられたのか、銀花さんも目をきゅっと瞑っておかしそうに笑う。その笑顔はやはり瞬く星を思い起こさせる。

 あぁやはり、彼女はお星様なんだ。

「そうだね。きみはなんだかぽかぽかしているよ」

 あなたの方がよほどぽかぽかしているなんて感じてもそれを言葉にすることが出来なくて、わたしはただ手にしている指輪を照れくさそうに眺めた。

「銀花さん」

「うん?」

「また二週間後の木曜日もいらっしゃいますか?」

 もはや次の予定が二週間後の木曜日だということは前提になっていた。あとは来るか来ないかを確認するだけ。

「うん。来るよ」

「ではご予約を入れられますけれどいかがでしょう?」

「そうだね。じゃあ二週間後のこの時間、きみを予約しておきたい」

「わかりました。もうお別れの時間なんて寂しいです。二週間後を楽しみにしています」

 彼女の訪れない期間を思うと寂しさで押しつぶされそうだった。もっと頻繁に来てほしいと何度思ったことだろう。だけどそんなことを口に出せるわけもなく、わたしは今日もいつもの約束を交わして彼女が退店するのを見送った。

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 銀花さんが帰ったあと、わたしはバックヤードで頂いたひまわりの指輪を眺めていた。

 彼女の言うところによるとわたしはぽかぽかしていてひまわりとお布団のイメージがあるらしい。なんとも意外な印象にわたしはまた照れ笑いを浮かべていた。

 この指輪、どの指が丁度良いのかしら……。

 そう思い左手の人差し指から小指に向かって順番に指にはめていく。

 ……人差し指はだめね。第二関節のあたりで止まってしまう。中指も大体一緒。無理矢理押し込めば入るけれどそんなことをしたら外れなくなりそうで怖い……。

 次にはめた薬指は思わず口元が綻ぶほどぴったりだった。わたしの左手の薬指に金色のひまわりを模した指輪が光る。

 ……左手の、薬指……。

 変な想像が頭に広がって、わたしはわたわたと慌てながら指輪を外した。

 おかしいわ、わたし。左手の薬指というだけで結婚を思い浮かべるなんて軽率すぎる。

 落ち着くためにふぅと息を吐き、窓からネオン街を見渡した。彼女はこの暗いのにギラギラした不思議な世界を歩いてどこへ帰るのだろう。そこは安らげる場所かなのかな。

 ふと、顔に傷を作ってきたことを思い出した。やっぱりあんな場所にそうそう傷なんてできるかしら……? 一度そう思ってしまうと心中をもやが埋め尽くしていく。

 誰かに傷をつけられた可能性が完全に拭えないことが嫌だった。わたしは頭を振るとスタッフにヘルプに入れる場所はないかと聞きに行く。働いてでもいないとずっとそんな沈んだ気持ちのままでいそうだった。

 もし、彼女にとってネオンの外が安らぎの場でないのだとしたら、そのときはこのネオンの中を、わたしの隣を、彼女の居場所としていつでも空けておこう。 

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