輪廻転生
テレビで芸能人の前世占いの結果が発表されている。それを面白可笑しくネタにするバラエティ番組だ。若者から絶大な人気を誇るアイドルの前世は時計技師で、大体いつもひな壇の奥の隅っこにとりあえず置かれている中途半端なお笑い芸人の前世はミジンコだった。
大して面白くも興味深くもないその番組を見ながら真希奈は目を細めて軽く眉を持ち上げた。
「前世とかないのにねぇ。だって――」
「魂は廻らないんでしょ」
次の言葉を奪ってリモコンでテレビの電源を落とす。一連の俺の行動を気にも留めず、真希奈はそうそうと相槌を打ちながら本体のボタンを押して再びテレビの電源を入れた。液晶に映像が戻る。
「内容が気に入らないなら観るなよ」
「違うわ、気に入らないわけじゃないのよ。私と画面の中の人達との間に認識の差があるだけ。それとテレビを観る観ないは別よ」
口の減らないひとだと思った。女とはこういうものだと早いうちに学んだのは間違いなくこのひとの存在あってのことであろう。
思えばこの人は口癖のように『輪廻転生はない』だの『魂は廻らない』だの『死んだら天国とか地獄とかじゃなく無になって永遠になるのよ』などと誰から吹き込まれたのだか分からない戯言を吐く。それも冗談で言っている風ではない。常にさも当然のことであるような口ぶりでそれを言ってのける。
「なんで輪廻転生はないって思うの? 死んだことなんてないから分からないだろうし、輪廻転生信仰者がよく言う前世の記憶が残っているみたいな妄言もその思想じゃ似たようなこと言えないでしょ。逆に、前世の記憶がないから前世なんてものはない、とか言い出さないよね?」
真希奈は軽い調子で唸った。今しがたした質問に俺が納得出来る答を返せなかったからだろう。
「難しいわねぇ……。ないものの証明は難しいって知ってる? 悪魔の証明なんていうのよ」
「なんで輪廻転生はないって思うの?」
俺は間髪入れずに再度問いかけた。また困ったような反応を示しながら少し言い淀みつつも真希奈はそれを口に出した。
「だっていやでしょう?」
「なにが?」
「転生なんてしたら別のなにかになっちゃうのよ? 生まれ変わりってそういうことでしょう。いやなのよ私、今まで生きてきたその個体の一生が何も知りもしない真っ新な別の個体に成り代わってしまうことが」
「そんなことで輪廻転生を否定しているの?」
「もう少し、いえもっと私の考え方に合った説明が出来そうなのだけれど、これ以上上手く言えないわ。というかこの話題って難しすぎるのよ。今の説明も分かり易いかもと思ってかみ砕いて説明してみたけど返って通じづらくなっているみたいだし」
「分かりやすく説明しようとする意志はあったんだ」
呆れ気味にそう言うと真希奈はうふふと暢気な笑い声を上げながらコーヒーを一口啜った。
「本当になんで輪廻転生がないのかは分からないのよ。そんなのを考えるのは宗教家であって私みたいなそこら辺の主婦じゃないと思わない?」
「理由もわからないことをそこまで過剰に信仰しているのもかなり変だと思うよ」
「なんででしょうね。どうして輪廻転生はないのかを考えるよりも輪廻転生はないって結論が先行して確立されてしまっていたから、どうしても理由の方が後付けになってしまうのよね。それっていけないことだと思うけど、やっぱり付け焼き刃の知識でこじつけた理由しか導き出せないのよ」
真希奈はそう言って先程まで晩飯のメンチカツが乗せられていた皿をシンクに片付けた。
「あのさ、いつからそんな考え方をしているの? 別に最近始まったわけでもないんでしょ」
素っ気なく聞くと真希奈は皿を洗う手を止めずに考えるように少し上を向く。水道から流れる控えめな水の音が真希奈が喋り出すまでの間を埋める。
「……さぁ、いつからかしらね」
はぐらかすような短い返答の間に真希奈は皿を洗い終えていた。
「真希奈の考え方だとさ、死んだら無になって永遠になるんでしょ? それって矛盾してない? 無とは存在しないことを意味するけど永遠とは時間や次元を越えて存在することを意味するはずだ」
ずっと前から頭に入れていた真希奈を論破出来るであろう文言を投げかけてみた。けれど真希奈は動じない。
「例えば私が死んだとしましょう。その時点で私という魂はどこに行くでもなく無になります。けれど私が存在したという事実は残るの。さて、どうしてでしょう?」
いきなりクイズ形式になった事に怪訝な顔をして眉間にしわを寄せると「痕が残るわよ」と少し濡れたままの両手の親指でそれを伸ばされる。
「正解を言いましょうか」
「うん」
「〝私がその世界に存在したことで生じた死で得た無を誰も何も侵せない〟から」
無を侵せない? とまた眉間にしわを寄せると再び皮膚を伸ばされそうになったので俺は慌てて首を回して真希奈の手を躱した。
「死んだら無になるわけだけど私が存在したことで無が生じたのだから間違いなく私は存在したのよ。そして死という無には何であっても干渉できないから永遠である。永遠の無を誰も何も無に出来ない」
「……はぁ。なんとなく分かってきた。その何ものであっても無に返せない死という魂の永遠の無に干渉できる唯一が輪廻転生だ? それがあると無と永遠は成立しなくなるが、そんなものは存在しないと」
「そういうことになるわね。魂を記録媒体……HDDとかに例えたら分かり易いかしら? 私ね、転生って要するに魂の初期化とフォーマットだと思っているの。結局は魂の使い回しよね。その人という記録を一掃して次のものを入れられるようにして、空になった魂に新たな他人(データ)を書き込んでいく。前のデータが残っていたりしたらそれこそ不具合よ。だから前世の記憶が残っているなんて吐く人は頭か心がバグっているの。それを鑑定と称して間違った入れ知恵をする人はもっとひどいわ。
輪廻転生は空になった魂が残るし尚且つ次の何かに使い回される。だから魂が無になるということは起こらないし、その人が消えた分の魂の空きを新たな誰かが所有した時点で元いた人の永遠は途絶える。それって無と永遠と対極だと思うわ。やっぱりない方がいいのよ、輪廻転生って」
少しずつ理解出来てきた。いや、理解には程遠いのだから言わんとしていることを僅かに汲み取れるようになってきたと言うべきか。だが――
「でもその理論だとただ単に輪廻転生があると不都合が生じるからそんなものはないってことにしたい風に受け取れるんだけど、そのあたりはどう考えているの?」
「言ったじゃない、いやだからない方がいいって」
向かいの彼女は微笑みながら首を傾げた。物事を誤魔化そうとするときのお決まりの仕草だ。
「……まだなにかあるんじゃないの? 誤魔化さないの」
「うーん、能代さんは哲学の話が好きなの? ああ言えばこう言われてしまっては私も弾切れになってしまうわ」
「それはそうだよ。俺は真希奈を論破したくて話を突き詰めているんだから。いわば嫌がらせだよ」
自分で嫌がらせであることを口に出してしまうのねと笑いながら、真希奈は新しくコーヒーを注ぎに行った。今度はついでに俺の分も用意しているらしい。スティックシュガーを二本入れているからあれは間違いなく俺の分だ。
「どうしていつも俺のコーヒーに砂糖を二本も入れるの? 大人ぶってるわけじゃないけど何も入れなくても飲めるよ」
「でもお砂糖が入っていても飲めるでしょう?」
「いや……飲めるけど……」
「そうよね。だって能代さんだもの」
この人は本当に意味が分からないことを言うのが上手い。全く褒められたことではないが。
「それで、さっきの話の続きだけど」
そう話し出せば真希奈はまだ終わってなかったのと苦笑を浮かべる。
「輪廻転生はないってことでいいけどさ、それは来世でまた出会うとか女子が好きそうなロマンチックなことが出来ないってことじゃん? そういうのに憧れたりはしないの?」
俺の質問は意外で尚且つ面白かったらしい。真希奈は腹を抱える勢いで笑い声を上げる。俺はその様に「真面目に聞いているのに」と少々苛立ちと呆れを募らせた。
「随分可愛い質問をするのね! 私も亜利紗ちゃんから借りた漫画でそういう設定を何度もみたわ」
そんなにツボにはまる発言をしたのかと疑ってしまうくらい真希奈はまだ笑いを噛みしめている。
「でもね、私はその設定に全くと言っていいほど関心が持てなかったのよ。それに胸をときめかせる余裕を与えないくらいずっと漠然と魂は廻らないって思っていたの」
俺はふーんと相槌を打ながらコーヒーを啜った。先程は文句を言ったが、俺は砂糖が二本入ったコーヒーの味が結構好きだった。
「じゃあさ、もし輪廻転生があったら?」
俺は最後の質問を投げた。どうせ真希奈は「もしもなにも輪廻転生はない」と当たり前のように答えると思ったが彼女はそうせず、代わりに少女のような笑みで、まるでずっと前から決めていたみたいに、淀みも迷いもない声で答えた。
「またハムスターを飼うわ」